11.もしかして、あなた、獣人?
「今、ちょうどいい依頼がありますよ」
ギルドの真面目そうな男の職員が、アレクとルナに告げる。
「郊外の民家に魔物が住み着いたのを退治する仕事です。
報酬は三十クワンです。
あまり多くはありませんが、一人十五クワンとすれば、まあまあの金額ではありませんか」
「よし、それに決めたわ。
いいでしょ、アレク」
ルナが、一方的に決めてしまう。
まだ魔物の情報を聞いていないので、アレクは安心できない。
「その魔物の性質について教えて欲しいのですが。
僕たちだけでも倒せそうですか?
僕は支援魔法で、ルナは物理攻撃型ファイターなのですが」
「あっ、そういうこと考えるの忘れてたよ。
やっぱり仲間がいると頼もしいなあ」
アレクとルナでは、物理攻撃の通じない相手と戦うのが難しいのだ。
それに、本当に二人だけで戦える相手なのかもわからない。
職員は、魔物について判明していることを教えてくれた。
それによると、未知の種類の魔物だが、特別強そうではない。
物理攻撃で倒せるはず。
他の人が依頼を受けなかったのは、報酬の少なさのせいだそうだ。
「この家みたいだ」
「何てことない普通の家よね」
アレクとルナは、目的地である郊外の民家に到着した。
畑に囲まれた、やや裕福で歴史のある農家だ。
すでに住人は別の場所に移り住み、空き家になっている。
中に魔物がいるようには見えない。
「でも、魔力は感じる」
「じゃあ、魔物がいるのは確かなのね」
「うん……」
断言できないアレク。
感じる魔力の質が違うような気がするのだ。
「この家、農家としては大きいのだけど、魔物の巣にしては小さいわよね。
普通なら、古いお屋敷とかに住み着きそうなものなのに」
ルナは、首をかしげる。
「魔物の好みもいろいろだからね。
とにかく、そこの窓からこの家の中をのぞいてみよう」
アレクは、そっと家の壁に近づく。
全ての窓が、木製の鎧戸で閉ざされている。
「これじゃ中が見えないわね」
ルナが、自分の近くにある鎧戸を開けようとする。
ぎぎっ。
軋む音が立つ。
鎧戸の蝶番が古くなっているようだ。
「やばっ」
慌てて手を引っこめる。
アレクは、手振りで、ルナに慎重になるように促す。
ルナは、アレクに近寄り、小声で話す。
「いっそのこと、ドアを突き破って中に入っちゃおうか」
「向こうが予想以上に強かったら大変だよ」
「アレクの幸運付与があれば平気、平気」
「いや……」
アレクには自信がない。
相手は未知の魔物だとのこと。
運だけではどうにもならないほどの力の差がある可能性もある。
「突入するのは、もう少し様子を見てからにしよう」
「それもそうね」
アレクとルナは、家の周りを回る。
鎧戸が緩んで隙間ができている窓が見つかった。
アレクは、隙間から内部を窺う。
暗くてよく見えない。
目が慣れれば見えてくるだろう。
しばらく根気よく目をこらして、窓の奥を見続ける。
すると、暗闇の中に何かが光った。
二つの目だ。
向こうも、こちらを見ていたのだ。
ᓚᘏᗢ
「何かいて、こっちを見てる」
アレクは、ゆっくりと後ろ向きに歩く。
「え? 見せて」
鎧戸の隙間から中をのぞくルナ。
「わっ、目が光ってる!
こっちを睨んでる!」
鎧戸を、勢いで蝶番が壊れてしまうほど思いっきり開く。
窓から室内に飛びこむ。
光る目の魔物と退治する。
「覚悟しなさい」
拳を構える。
だが、目が慣れていないので、相手の姿がよく見えていない。
光る目だけが、相手の位置を教えている。
その間に、アレクは、玄関に向かう。
ドアの鍵はかかっていなかった。
あっさりと中へ入れた。
家の内部を明るくするために、廊下に面した窓を開けながら進む。
魔物とルナのいる部屋の手前まで来る。
扉が閉まっていて部屋の様子は見えない。
中から人の歩く音がする。
間合いを取っているのだろう。
直接的な戦いは始まっていないようだ。
「あなたは何者?
ただの魔物じゃない気がするんだけど」
ルナが問いかける。
相手の答えはない。
アレクは、魔物を刺戟しないように、扉を少し開けて様子を窺う。
ルナの正面には、人とも動物ともつかない影が見える。
中腰の姿勢で、今にもルナに襲いかかりそうだ。
アレクは、ルナに幸運付与の魔法をかける。
以前かけた魔法は、もう効力が切れているのだ。
「ねえ、あたしの言葉はわかる?」
ルナの問いかけに、向こうは無言だ。
人語を解さないのだろうか。
ルナは、少しずつ相手に歩み寄る。
まるで警戒心の強い野良猫にでも近づくかのよう。
そのやり方は正しかったのかもしれない。
「ううーっ」
相手は、動物のように唸る。
アレクが、唸り声の主をよく見るために、部屋の扉を大きく開ける。
部屋の中が明るくなる。
「魔物じゃないよ、ルナ」
「もしかして、あなた、獣人?
それも、女の子の獣人」
体は人間だが、白い髪の毛の中から動物の耳が生えている。
敵意をむき出しにしているが、魔物が持つ禍々しい気がない。
ルナより少し幼い感じだ。
エキゾチックな衣装を着ている。
今まで目にしたことのない衣装だ。
アレクたちは知らないが、日本の巫女服に似ている。
アレクたちの住む大陸では、獣人は滅多にお目にかかれない。
人間と交流をほとんど持たないからだ。
アレクとルナも、獣人を直接見たのは初めてだ。
ギルドの情報は、獣人を知らない人からの誤情報だったと思われる。
「なんか、可愛い」
微笑みながら獣人にさらに接近するルナ。
獣人は、困惑した様子。
壁際へと後ずさる。
「怖がらないで」
ルナが、獣人に手を差し伸べる。
もう少しでルナの手が獣人に届きそうになる。
ぴょーん。
獣人が、ふさふさの尻尾を翻し、ルナの頭上を軽々と飛び越えた。
部屋の反対側に、すっと着地する。
身体能力は、ルナといい勝負だ。
獣人が、部屋を見渡す。
アレクの開けた扉に気づくと、そちらへ跳びかかる。
思わず仰け反るアレク。
獣人は、アレクを飛び越え、家の奥へ。
「ああ、行っちゃった」
がっかりするルナ。
魔物として退治したかったのではない。
獣人と仲良くなれなかったのが残念なのだ。
だが、退治しなければ報酬は得られないが、どうしたらよいのだろう。
ᓚᘏᗢ
「奥に入っちゃったから面倒なことになった」
「捕まえたりしたら可哀想な気もするし、どうする?」
ルナは、アレクに意見を求める。
「この家の人も迷惑してるだろうから、どうにかしないとね。
退治しなくても、獣人をこの家から出せば報酬はもらえると思う」
「じゃあ、あの獣人の子を追い出すの?
それも可哀想な気がするわ」
「何か事情があってここに住み着いたんだろうしね。
その事情がわかれば、解決策もあるんじゃないかな」
「そのためには、やっぱりあの子と話してみないと」
「獣人なら会話は成り立つはず。
話そうとしないのは、僕たちを警戒してるんだと思う。
それで、一度フェンスターに戻って準備がしたいんだ」
「準備?」
アレクは、ルナを連れてフェンスターに戻り、市場に向かう。
「何を買うの?
獣人と話をするための道具とか売ってるの?」
ルナは、立ち並ぶ店を見渡しながら、アレクに尋ねる。
「そんな都合のいい道具はないけど、そんなようなものかも」
アレクは、肉屋の前で立ち止まる。
「あっ、なるほど。
食べ物で釣る作戦ね」
「そういうことになるかな。
あの家には、食べ物がなかったみたいだからね。
で、あの獣人は、狐の獣人みたいだから、肉を喜ぶんじゃないかと」
「さすがアレク。
あたし、そこまで考えてなかったよ」
「獣人といっても知能は人間と変わらないから、動物を手なずけるみたいにいくかどうか」
ソーセージを約一食分買う。
ついでに、市場にある他の店も巡り、アレクたち自身が食べる分も購入。
再び獣人少女のいる民家へ。
まだ中にいるのが気配でわかる。
アレクとルナは、そっと玄関から入る。
「あー、美味しい」
二人は、ダイニングルームのテーブルで、食事を始める。
これ見よがしに美味しそうに食べてみせる。
窓が開いているので、暗くはない。
作戦通り、食べ物に引き寄せられた獣人が現れた。
ダイニングの入り口から顔を出し、じっとのぞきこむ。
鋭い視線だ。
じぃ~~~~~~。
羨ましそうに二人を凝視している。
目は光っていない。
暗闇で目が光っていたのは、猫の目と同じ現象だったようだ。
眼球の奥にタペタムがあるらしい。
アレクとルナは、獣人を横目に見ながらも、気づかないふりをする。
「くふ……ふ」
ルナは、食べながらも、笑いが漏れてしまう。
獲物を狙うような獣人の表情が可愛いのだ。
じぃ~~~~~~。
獣人少女は、まだ見ている。
「可哀想だから食べさせてあげようか」
「そうだね」
小声で話す二人。
ルナが、獣人のために買ったソーセージをもって席を立つ。
「ねえ、食べる?」
獣人に話しかける。
驚いた獣人は、見えないところに隠れてしまう。
しかし、すぐに戻ってきた。
空腹に勝てなかった悔しさが顔に出ている。
警戒は緩めず、少しずつルナに近寄る。
「安心して。
あなたと友達になりたいの」
「とも……だち……こん?」
ᓚᘏᗢ
「あなた、あたしたちの言葉が話せるのね」
「うん」
「あたしたち、獣人に会うのは初めてなの。
あなたは、どうしてここに?」
「ええと……」
答えにくい様子の獣人。
「ま、それより、あたしたちと一緒に食べよう」
ルナは、獣人をテーブルに誘う。
獣人は、ルナを信用したようだ。
尻尾を曲げて椅子に座る。
ソーセージを受け取り、勢いよく食べ始める。
きつかった表情が、だんだん緩んでくる。
よほど美味しいらしい。
アレクとルナは、微笑みながら、獣人の食べっぷりを眺めている。
「あたしはルナ」
「僕はアレク」
二人は、獣人が一息ついたタイミングで自己紹介する。
「我は……ミサキであるこん」
獣人は、照れくさそうに、ミサキと名告った。
頭上の耳が、少し垂れ気味になる。
心理状態が耳に現れるらしい。
「君にこの家に居座られると、この家の人が困っちゃうんだよね」
アレクは、ミサキに立ち退いてもらえるように話す。
「わかっておるこん。
なれど、雨風をしのげるところがないのであるこん」
「あなたは、道に迷ってここに来たの?」
「そうではないが、そうであるとも言えるのであるこん」
またミサキの耳が垂れる。
要するに、道に迷ったのである。
「迷子にしても、遠くまで来すぎじゃないかなあ。
獣人が暮らす国は、かなり遠いところのはず」
アレクが、疑問を呈する。
「それは……」
ミサキは、今までのことを話す決意をした。
アレクとルナを信用したのだ。
数ヶ月前のことだ。
狐獣人の国であるコンカイという名の小国。
住民の服装や建物は、日本のに似ているが、少し違う。
この国で、数百年ぶりに新しい神殿が建てられることになった。
神殿は、ほとんど完成しているが、足りないものがある。
神を新たに祀る儀式には、五種類の宝石が必要なのだ。
だが、長い年月の間に全ての宝石が国外に流出してしまった。
王宮のなかにある霊廟に、王の家族と神官がいる。
神官が、祭壇に向かって祈っている。
祈りの言葉が終わると、煙の出ている線香を祭壇にばらまく。
散らばった灰の様子を確認する。
何かを占っているのだ。
その後ろで、王様と妃とその娘ミサキが見守る。
「やはり、五色の玉を探し出すのは、ミサキ内親王殿下のお役目にございますこん。
神のお告げでございますこん」
神官が、占いの結果を王の家族に述べる。
「うむ、そうであるかこん」
王は、ゆっくりと頷く。
「しかし、ミサキは、まだ一人で異国に行くには若すぎますわこん」
心配する妃。
ミサキを抱き寄せる。
「我は平気であるこん。
異国にも行ってみたいのであるこん」
ミサキは、笑顔で話す。
両親を心配させまいとしているのだ。
「次の女王になるためには、修行も必要なのであるこん。
これを機会に、広い世界を見て見聞を広めてくるのであるこん」
王は、ミサキが五色の玉を探しに旅立つことに賛成する。




