7.あたしたち、冒険者ですから
ルナとアレクは、群衆の中を縫うように走る。
「別に逃げなくたって」
「治安係に関わると面倒なのよ」
この世界には、庶民を守る警察は存在しない。
代わりに、大きな都市では、治安係とか自警団と呼ばれる団体がある。
有志によって運営されているが、必ずしも頼りになるわけではない。
逮捕権も捜査権もなく、悪そうな人に注意して回るのが限界だ。
それでいて、中には威張り散らしている者もいる。
悪人と結託している場合すらある。
「賄賂を要求されたこともあるわ」
「そうなんだ」
「ここの治安係だとヨランダに買収されてるかもしれない。
その場合、あたしたちだけが役人に引き渡されちゃうわ」
アレクは、治安係や自警団の悪評を知らなかった。
町中で仕事をする機会が少なかったからだ。
特級冒険者が治安維持組織から丁重に扱われていたのもある。
もちろん、書物にも治安維持組織の実態は書いていない。
アレクは、自分の世間知らずぶりを思い知る。
「この町にはもういられないわね。
実質的にヨランダが支配しちゃうようなものだし。
どこへ行ったらいいかな」
「その前にちゃんと支度をした方がいい」
「そんなことしてる暇はないよ」
「でも……」
アレクは、恥ずかしそうにルナの体を横目で見る。
「あっ」
赤面するルナ。
服が切り刻まれてボロボロなことを忘れていた。
もう少しで大きめの胸がこぼれだしそう。
胸を押さえながら、服屋を探して走り回る。
「お金に余裕があるから、ちょっといい服買っちゃった」
服屋から出てきたルナは、新しい服をアレクに披露する。
動きやすい冒険者向けの衣装だ。
前の服と大きな変化はない。
ただ、わずかに肌の露出が増えているような気がする。
つい先ほどまでルナの肌は傷だらけだったが、今は傷が減っている。
鞄に残した二枚のサンダーニカの葉の影響だろう。
「ねえ、どうかな?」
ポーズを決めながら、アレクに意見を求める。
若い女の子らしい無邪気な振る舞いだ。
ついさっきまで流血の戦いをしていたのが嘘のようだ。
「どうかなと言われても、服のことはちょっと……」
アレクには、服の褒め方がわからない。
可愛いとは思うが、ただ「可愛い」とだけ言うのも恥ずかしい。
照れくさくて黙ってしまう。
その様子を見たルナは、少し微笑んでから話を変える。
「ところで、さっき突然幸運付与の効果が出たけど、何があったの?
ヨランダは、能力阻害を常に発動していて、魔法が効かないのに」
「そのことなら、僕も一か八かだった。
あいつの能力が能力阻害だということは、途中でわかったんだ。
で、能力阻害なら、敵対的な能力は阻害しても、そうでない場合は効果がないかもしれないと考えたんだ。
本にそういうことが書いてあったから。
でも、僕の能力察知の能力も阻害されていたから、本で読んだ通りか判断がつかなくて」
「なるほどね。
それで、オリューに幸運付与をかけたってわけか。
で、ああなったと」
オリューとは、最後まで残ったロンタイ女の名だ。
「あっ、そうだ。
早くこの町を出ないといけないんだった。
だけど、どこへ行ったらいいかな?」
「ある程度大きな町だと、ここからだとフェンスターが一番近いね。
それでも、徒歩で何日かかかるけど」
「アレクって、地理にも詳しいんだ」
「この近辺だけなら地図が頭に入っているから」
「じゃあ、そのフェンスターってとこへ出発!」
治安係は、管轄外までは追ってこない。
町を少し離れれば、ひとまず安心だ。
しかし、町の外には、また別の危険が待ち構えているのだった。
ᓚᘏᗢ
「あちゃあ、しまったあ」
田園地帯の街道を歩いていたルナが、いきなり声を上げる。
「どうかしたの?」
アレクが、驚いて尋ねる。
「金貨をお金に換えるのを忘れたの。
しかも、あたしの服を買うのに元々持ってたお金を使っちゃって、もうほとんど残ってないんだった」
「そういえば、そうだったね」
「これじゃ食事もできないよ。
そう思うとお腹もすいてきた」
ルナは、がっくりと肩を落とす。
足取りが重くなる。
敵のいない状況では、アレクの幸運付与の力も役に立たない。
ヨランダのいるクリガ市に今更戻りたくはない。
「このまま進めば何かあるかもしれないよ。
犬も歩けば棒に当たるって諺もあるし」
ルナを励まそうとするアレク。
「なあに、その『犬も歩けば……』って?」
「歩き回っていれば何かよいことに出会うってことだよ」
「よくそんな諺を知ってるね。
アレクって、知識があるなあ」
「そ、そうかなあ……」
「あたしは、勉強とかあまりできなかったから」
一瞬、ルナの顔に悲しい影が差す。
すぐにいつもの明るい笑顔に戻る。
「犬も歩けばなんとやらで行きますか」
胸を張って軽快に歩き始める。
アレクは、ルナの元気な性格から自分も元気をもらった気がした。
しばらく進むと、反対方向へ向かう一人の旅人と出会った。
旅人は、アレクとルナに忠告する。
「この先、森が深くなりますが、嫌な気配がしました。
魔物かもしれないので、行くなら気をつけた方がいいですよ」
「ありがとうございます。
でも、あたしたち、冒険者ですから」
ルナが礼を述べる。
自信ありげな笑顔でボクサーのようなポーズをする。
強いから大丈夫だというジェスチャーだ。
「ああ、それなら安心ですね」
旅人は、そう言うとそのまま歩いて行った。
ルナの雰囲気を見て、自信は本物だと察したようだ。
アレクたちは、またさらに進む。
確かに薄暗い森に囲まれた道になった。
ただの森以上に不気味な気配が漂っている。
冒険慣れした身からすると、むしろ高揚感を覚えるほどだ。
「いかにも何か出てきそうね」
魔力を感知する能力のないルナだが、経験的にわかる。
がさがさ。
がさがさ。
周囲の灌木が揺れる。
何かがうごめいている。
「出たわね」
現れたのはゴブリンだった。
冒険者にはお馴染み、短身の人型で緑色の凶暴な魔性の生物。
皆、手に棍棒を握っている。
かなりの数でアレクとルナを包囲する。
「こんな街道に出てくるなんて、通行人に危害を加えるかもしれないからやっつけちゃおう」
ルナは、余裕の笑みでダガーを構える。
今まで何度も一人でゴブリンの群れを退治した経験がある。
今回は、アレクの補助がある。
負ける気がしない。
その時、アレクは、先ほどの諺のことをふと思い出した。
そういえば、「犬も歩けば棒に当たる」には、別の意味もあったっけ。
無駄に出歩くとよくないことがあるという正反対の意味が。
ᓚᘏᗢ
「きえーーーっ」
ゴブリンたちが、奇声を発しながらアレクとルナに襲いかかる。
「アレクは、そこを動かないで」
ルナは、アレクを守りながら、八方から襲い来るゴブリンを迎え撃つ。
次々とゴブリンをダガーで斬り伏せる。
アレクは、ルナに幸運付与を行う。
これで自分たちの勝利は間違いない……はずだった。
ゴブリンの攻撃は、闇雲なばかりで単調だ。
ルナの敵ではない。
幸運付与など不要なほどだった。
ほんの数分で、ほとんどのゴブリンは斬り殺された。
残り数体のゴブリンが、まだ攻撃を続けようとしている。
勇ましいのか愚かなのか、仲間の死に動揺する様子はない。
一匹のゴブリンが棍棒を振りかざし、ルナに跳びかかる。
ルナは、慣れた手つきでダガーを突き出す。
その時だった。
突然、ルナの体がよろめく。
ごんっ。
ゴブリンの棍棒が、ルナの頭に当たる。
棒に当たってしまったのだ。
意識を失ったルナは、地面に倒れる。
ゴブリンは、確実にルナを殺すため、さらに棍棒で叩こうとする。
別のゴブリンが、アレクに狙いを定める。
支援魔法の使い手であるアレクには、戦闘力はほとんどない。
絶体絶命だ。
「きえっ」
ゴブリンたちが、悲鳴らしき素頓狂な声を出す。
何かに怯えているようだ。
地面の一点を見つめながら、がくがくと震えている。
そして、逃げるように森の奥へ走り去る。
アレクは、ゴブリンたちが見つめていた場所に近寄る。
草の中に落ちていたのは、赤い宝石だった。
以前ルナが倒したミノタウロスが落とした宝石だ。
ルナの鞄から転がり出たのだ。
ゴブリンは、この宝石から自分たちより強い魔物の気を感じたらしい。
「うんん……」
ルナが、意識を取り戻す。
まだ頭がくらくらしている。
上半身だけ起こして、周囲を見回す。
ゴブリンの死体は、すでに泥のように溶けて消えている。
「どうなったの?
ゴブリンは?」
「逃げてったよ」
アレクは、目の前で起きた出来事を話す。
「へえ、この宝石にそんな力があったなんてね。
でも、やっぱりアレクの幸運付与がなきゃ、こうはならなかったよね」
「そうかなあ。
そんなことより、町で戦ったばかりで疲れてるんじゃないの?」
「うん、食事もしてないしね」
ルナは、立ち上がろうとする。
「あいたた……」
頭が痛くて立つことができない。
「サンダーニカの葉を使ってみたら?」
ルナは、アレクの提案に従い、鞄からサンダーニカの葉を取り出す。
その葉で自分の頭を数回撫でる。
「痛みが引いちゃった。
やっぱり、この葉っぱを残しておいて正解だったわ」
勢いよく立ち上がり、元気さをアピールする。
「ところで、どうして葉を全部シュルツさんに渡さなかったの?」
「アレクの言っていたように、ちょっと怪しい気もしていたし、今みたいに自分で使えるかなと思って」
「まあ、そうだよね」
ルナは、歩き出そうとして、ふと下を見る。
「あっ、何か落ちてる。
もしかして」
金色に輝く金属の粒だった。
大きさは、林檎の種ぐらい。
「ゴブリン金貨を落としてくれたわ!」




