49.かなり高度な技術だ
ギーゼラたちは、足の状態が完全に回復した。
おまけに、普段より体の調子がよい。
イヨによる治癒と強化の効果が覿面に現れたのだ。
「感じはどう?」
イヨの代わりにルナがギーゼラに聞く。
「そこそこの魔法みたいですわね」
つんとした顔のギーゼラ。
感謝したり褒めたりは、プライドが許さないのだ。
「何よ、その態度」
ルナが怒る。
「イヨちゃんに向かってちゃんとお礼を言いなさいよ。
あんたたちのために戻ろうって言い出したのもイヨちゃんなんだからね」
「う……」
たじろぐギーゼラ。
だが、すぐにいつもの態度に戻る。
「別に頼んだわけじゃありませんわ」
「あんたねえ……」
あとちょっとで殴りかかりそうなルナ。
「やる気ですの?」
体力が回復したので強気なギーゼラ。
「まあまあ」
アレクが、再び二人の間に入る。
二人とも、アレクの目の前だとおとなしくなる。
しかし、険悪な雰囲気は変わらない。
アレクは、話をそらそうとする。
「エルールさんは、足は大丈夫ですか」
アレクは、エルールも足が疲れているかと気を遣う。
「私は、慣れてるから平気だよ」
エルールは、その場で軽快にステップを踏んでみせる。
小さく華奢な体の割に恐ろしい脚力だ。
一体何者なのだろうか。
疑問には思うが、あえて誰も問いただしたりはしない。
「それじゃあ、早く上へ行こう」
アレクは、その場の全員を最上部へ急がせる。
皆、軽やかな足取りで階段を駆け上る。
ドアに到着すると、エルールが鍵を開ける。
外には、大木の側面にさらに木製の階段が取り付けられていた。
踏面が小さく手すりもない階段だ。
最初にエルールが出て、恐れる様子もなく上がってゆく。
「こんなところを歩かなきゃいけないの?」
次にルナが外に出る。
下を見ても、枝や葉で地面は隠れている。
かなり高いことは確かなので、足を踏み外したら大変だ。
「もうすぐだから落ちないように気をつけてね」
エルールが、上から声をかける。
ルナは、大木の樹皮に手をかけて階段を慎重に進む。
大木の太さは、地面付近と比べるとだいぶ細くなっている。
それでも、直径数メートルはありそうだ。
「うわあ、凄い」
何メートルか階段を上ると、木でできたテラスのような場所に出た。
相撲の土俵ほどの広さだ。
だが、本当に相撲なんて取ったら壊れそうなほど足下の板が薄い。
森の木々のてっぺんよりやや高い位置にある。
樹冠が濃い緑色の海のように広がっている。
上ってきた木は一際高く、他の木々よりさらに上へ伸びている。
小屋は暗かったが、まだ日は沈んでいなかった。
森の向こうに、平原からも見えた山々が夕日を浴びている。
やがて、邪妖精も含め全員がテラスに到着。
「こんなところに私たちを連れてきてどうするつもりですの?」
当然の疑問を口に出すギーゼラ。
「飛行船の発着場なんだよ、ここ」
エルールの発言に一同は驚く。
飛行船は、古代の乗り物として一般的によく知られているのだ。
「飛行船って、かなり昔に技術が失われたっていうあれのこと?
まさか、それがここにあるの?」
皆が思ったことを真っ先にルナが質問する。
ᓚᘏᗢ
「もうすぐ来るから見てて」
エルールが、空を見上げる。
他の人たちも、一緒に空を見上げる。
上空に雲はほとんどなく、何かが飛行しているのは見えない。
「何もないではありませんか」
怪訝な顔つきのギーゼラ。
エルールは、空の一点を見つめている。
皆は、エルールと同じ方向に目を向ける。
すると、空が突然暗くなる。
空中にどこからともなく何か大きくて丸い物体が出現したのだ。
直径十メートルほどの金属的な扁平楕円体だ。
物体は、少しずつ高度を下げる。
テラスの前の空中に浮かんだ状態で静止する。
「これが飛行船なのであるかこん?」
「思っていてたのと違うのわね」
ミサキとルナは、意外そうに言う。
袋を膨らませたような形をイメージしていたのだ。
「今の絵にある飛行船は、後世の想像だからね」
と、エルール。
「似ています……」
イヨがつぶやく。
「ゾナに似ています」
確かに、飛行船は、ゾナを大きくしたような姿だ。
表面の質感や模様までゾナに似ている。
「ゾナって何?」
エルールの質問し、イヨがゾナのことを説明する。
「へえ、そんなのを持ってたんだ」
エルールは、少し考えこむ。
何かを思いつくと、男邪妖精に対して手招きをする。
「俺?」
男邪妖精が、エルールのそばまで飛んでくる。
「後ろを向いて、じっとしてて」
エルールは、醜悪な男邪妖精を背後から抱きしめる。
その場の全員が唖然とする。
飛行船の正体もわからないのに、エルールが謎の行動をしたのだ。
頭が混乱するのも無理はない。
「ぐええっ」
抱き方が激しいので、男邪妖精が苦しむ。
醜い顔が余計醜くなり、身の毛がよだつほどだ。
「げばっ」
男邪妖精が、口を多き開けて何かを吐き出す。
吐き出された物体が、テラスの床を転がる。
男邪妖精も一緒に床に倒れる。
「ゾナ!」
イヨが叫ぶ。
男邪妖精の体内から出てきたのは、行方不明になっていたゾナだった。
気持ち悪い液体でべとべとなのを厭わず、ゾナを抱き上げる。
ゾナは、エネルギー切れらしく、機能を停止している。
「どうしてイヨちゃんのゾナをこいつが?」
「邪妖精って、悪食だから」
ルナの問いに、あまり答えになっていない答えを返すエルール。
「悪食って言い方は、やだなあ。
君たちとは食事の概念が全然違うんだよ」
女邪妖精は、エルールの発言にかちんときたようだ。
むっとした顔をしている。
「あ、ごめん、ごめん」
「ま、いいけど」
エルールが笑顔でわびると、女邪妖精はすぐに許した。
どうやらエルールと邪妖精たちは、初対面ではないようだ。
「君はイヨだっけ、そいつが汚くなったから綺麗にしてあげるよ」
エルールが、ゾナを抱きしめるイヨの前に立つ。
エプロンドレスのポケットから一本の孔雀の羽のようなものを取り出す。
その羽をゾナの上で揺らす。
ゾナを覆っていた液体が、綺麗さっぱり消えてしまった。
ᓚᘏᗢ
「で、こっちのでっかいゾナみたいなのは何なのよ」
「そこの浮かんでいる物体のことが気になっているのですが」
ルナとギーゼラが、エルールに飛行船のことを尋ねる。
「あ、そうだったね」
エルールは、飛行船についての説明を始める。
「この円盤形の飛行船はね、遙か大昔に使われていたものなんだ。
すでに失われたと思われているけどね」
「ゾナは古代の機械を模して作られたと、モローニョのギルドの人が言っていましたが……」
イヨは、ギルド職員との会話を思い出す。
「君が持ってるのは、この飛行船を小型にしたのの複製だね。
現代人の再現にしてはよくできてると思うよ」
「そうなんですか」
「で、そっちの大きいのにあたしたちを乗せてくれるのね」
「うん」
「入り口が見当たらないのであるこん」
「まあ、見ててよ」
エルールは、手を挙げて円盤形の飛行船に合図を送る。
飛行船が、テラスの真上に移動する。
「みんな、私の周りにくっつくように集まって」
エルールに言われて、全員が飛行船の真下で一塊になる。
ルナとギーゼラの体が密着し、気まずい雰囲気になる。
「何でこんな奴と」
「それは、こちらの台詞ですわ」
「まあまあ」
アレクが、また二人をなだめる。
その時、アレクたちは、急に目の前がぼやけるのを感じた。
次の瞬間、別の空間に転移していた。
殺風景な円形の部屋だ。
白い壁だけで扉もなければ家具などもない。
「もしかして、飛行船の中?」
アレクは、すぐに状況を理解した。
「そうだよ」
エルールは、空中に字を書くかのように手を動かす。
その途端、床と壁と天井が透明になった。
まるで、いきなり空中に放り出されたかのようだ。
「きゃあ」
落ちるかと思って腰を抜かしたイヨ。
ゾナを抱いたまま、透明な床に尻餅をついてしまう。
他の人たちも、驚いて倒れそうになる。
平然としているのは、エルール自身と飛んでいる邪妖精たちだけだ。
ついさっきまでいたテラスが数メートル下に見える。
皆は、確かにここが飛行船の中だと理解する。
「透明度の高いガラスみたいになった。
かなり高度な技術だ」
アレクは、手の指の関節で床をこんこんと叩く。
「外からはこっちが見えないようになってるよ」
エルールが教える。
「外から私たちが見えるようにもできるし、中の私たちも見えないよう完全に透明にすることもできるよ」
「どういう仕組みか知らないけど、凄いなあ」
書物で断片的に知っていた古代技術を目のあたりにし、感動するアレク。
「仕組みは私にもよくわからないけどね。
そんなことより、早速出発するよ」
エルールが、また手を動かす。
飛行船が上昇を始める。
すぐにアレクたちが上ってきた階段の木より高くなる。
沈みかけていた太陽が、少し昇ったように感じられる。
「これから君たちのいたルーレの町に向かうけど、途中で邪魔が入ると思うから気をつけてね」
「邪魔って、『恐ろしい敵』とか言ってた奴のこと?」
「そう」
エルールは、真剣な表情でルナの問いに答える。
恐ろしい敵とは、一体何者?




