48.人間ってのは、変な生き物だ
「次はアレクさんですが……」
「どうかしたの?」
「この葉っぱを使わずやってみたいのですが」
「いいけど」
アレクが了承すると、イヨは、サンダーニカの葉をルナに返す。
そして、改めてアレクにヒールを行う。
「あっ、奇妙な感じだな。
疲れが治っただけじゃなく、体力が上がった気がする」
「やはりそうですか」
「どういうこと、イヨちゃん?」
一人で喜ぶイヨにルナが尋ねる。
「何故かはよくわからないのですが、葉っぱを使わなくても能力値を一時的に上昇させられるようになったみたいなんです」
「つまり、バフができるようになったのね」
「不思議であるのであるこん」
「これもサンダーニカの効果だろう。
イヨの隠れた才能を引き出したんだ」
イヨは、はにかんで照れ笑いをする。
「サンダーニカって凄いんだね」
ルナは、かつて仕事でサンダーニカを渡した男のことを思い出す。
そのシュルツという男の目的は何だったのだろうか。
単なる薬草ではないサンダーニカをどうするつもりだったのか。
「あの人たち、もう先に行ってしまったのであるこん」
エルールとギーゼラたちと邪妖精の姿が見えなくなっていた。
足音も聞こえないので、かなり離されてしまったようだ。
アレクたちは、ルナを先頭に、慌てて階段を駆け上る。
「うわっ、物凄く足が軽い」
「滑るように階段を上れるのであるこん」
体力のバフに感激するルナとミサキ。
少しかがんだ姿勢のアレクも、体に何の負担も感じない。
最も驚いているのは、バフをかけたイヨ自身。
体力の劣る自分がルナの脚力についてゆけているのだ。
「もう追いついた」
ルナの前方にギーゼラたちの最後尾を歩く取り巻きCの背中。
歩くペースがだいぶ落ちているようだ。
見るからに足取りが重い。
追い抜きたいルナだが、道が狭くて難しい。
「ちょっとどいてくれないかなあ。
あたしたち、急ぐんで」
「な、何故そんな余裕……?」
驚いて立ち止まるギーゼラ。
疲労のせいで、言葉もしっかり出てこない。
「君たち、急に元気になったみたいだね」
先頭のエルールが、ギーゼラ一味越しに声をかける。
エルールは、ギーゼラたちに合わせて歩いているが、疲れてはいない。
「えへへ、ちょっといいことがあってね」
体力の余っているルナは、階段で足踏みをしながら答える。
「あたしたち、先に行ってていいかな?」
「ずっと一本道だから、ドアに突き当たるところまでどうぞ」
「じゃ、お先に失礼」
ルナたちは、ギーゼラたちを壁際によけさせ、軽やかに走り抜ける。
追い抜く際にギーゼラたちと体がこすれる。
苦々しげな顔のギーゼラたちと爽やかな表情のアレクたちが対照的だ。
四人の最後尾がアレクで、その後ろに邪妖精たちが飛んでくる。
「君たちってバフが使えたんだね」
女邪妖精が、アレクに話しかける。
「ついさっき使えるようになった人がいるんだ」
「へえ、そんなこともあるんだ。
君たちって面白いよ」
「確かに面白い」
アレクは、女邪妖精の台詞を繰り返す。
少しずつ成長する仲間との旅は、本当に面白いと思うのだった。
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「耳の奥が、つーんって変な感じ」
ルナが、立ち止まって頭を押さえる。
高速のエレベーターに乗った時と同じ現象だ。
「どうしたのであるかこん?」
ルナの後ろを走っていたミサキが心配する。
「急に高いところに来たからじゃないかな。
飛行能力の持ち主が、よくそういう状態になるらしい。
気圧の変化で耳の奥の鼓膜に影響が出るのが原因らしい」
アレクが説明する。
「さすがアレク、よく知ってるね」
「自然に治るそうだから大丈夫だよ」
四人は、再び階段を上り始める。
ギーゼラたちは、アレクたちからかなり遅れていた。
「疲れたなら、ちょっと休憩する?」
エルールが、歩きながらギーゼラに尋ねる。
「何のことですの?」
疲れてなどいないふりをするギーゼラと取り巻きたち。
本当は、太腿の筋肉が痛くてつらいが、平気を装っている。
特にギーゼラは、右太腿のレッグホルスターで血行を阻害される。
右足の感覚が麻痺しかけている。
「大丈夫ならいいんだけど」
エルールは、軽い足取りで上り続ける。
「あの連中は、きっと疲労の回復と体力の強化の魔法を使ったんですわ」
ギーゼラの後ろから取り巻きAが耳打ちする。
「それがどうしたんですの?」
エルールに聞こえない声量で返すギーゼラ。
「さっき、あの連中に頼んで、私たちにも魔法をかけてもら……」
取り巻きAは、はっとして黙る。
ギーゼラは、取り巻きたちに背を向けたまま階段を上へと進む。
無言だが、背中から怒りのオーラを放っている。
取り巻きたちも、黙って階段を上り続ける。
「これが、エルールが言っていたドアか」
ルナが、階段を上りきった。
すでに耳の変調は直っている。
階段の終点がすぐにドアになっている。
ドアを開けようとノブを回そうとするが動かない。
「ここから外に出られるのであるかこん?」
すぐにミサキが到着。
「鍵がかかってるみたいで開かないのよ」
「エルールさんを待たないとならないのですね」
「わざわざ走ることもなかったか」
イヨとアレクも、遅れることはなかった。
ギーゼラたちを抜いてから数分しかたっていない。
「ずっとここで待つのかあ」
「それでは退屈であるのであるこん」
「あの人たちの歩く速さからすると、一時間以上は待つことになるかな。
いや、足の疲労を考えれば、もっと時間がかかるか」
アレクは、ギーゼラたちの到着時間を計算する。
「何でギーゼラなんかをそんなに待ってあげなきゃなんないのよ」
怒ったルナは、階段を椅子にして座りこむ。
「こんな狭いところじゃ何かをして遊ぶこともできないわよ」
「何かお話でもするのはどうであるこん?
例えば怪談とか、こん」
「そんな気分じゃないのよねえ」
「それでは、こうしたらどうでしょうか?」
イヨに何か提案があるようだ。
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「戻って、ギーゼラさんたちに私の強化魔法をかけるのです」
「えーっ、イヨちゃん、本気?」
「そんなことする必要はないのであるこん」
イヨの考えにルナとミサキは強く反対する。
「町役場で足引っかけて転ばされたこと、覚えてるでしょ?」
「ええ、でも……」
「とにかく早く来てもらわないとならないし、エルールが言っていた『恐ろしい敵』とやらと戦うことになれば、僕たちだけじゃ戦力にならないかもしれないから」
アレクが、イヨの考えを補足する。
「はあ、仕方ないなあ」
溜息をついて渋々納得するルナ。
ミサキも同じだ。
四人は、上ってきた階段を降りる。
「ライバルを助けに行くなんて、いいとこあるじゃん」
女邪妖精は、アレクたちに感心する。
「人間ってのは、変な生き物だ」
男邪妖精は、醜い顔をさらに醜くしかめる。
「君たちって体力あるね」
エルールが、階段を上りながら、後ろのギーゼラたちに話しかける。
「え、ええ、こう見えても鍛錬は怠っていませんから」
平気な顔で答えるギーゼラ。
貴族令嬢らしい優雅な外見の割に鍛えられているのは事実だ。
それでも、階段を上り続けるのはきつい。
すでに大腿部の感覚がほとんど麻痺している。
どうやって足が動いているのか自分でもわからないほどだ。
「まだこんなところにいたの?」
前方から聞こえた声は、ルナのだった。
勝ち誇ったような顔で、階段の上からギーゼラを見下ろす。
「一番上に着いたけどドアが開かないから戻ってきちゃったよ。
ねえ、ギーゼラ、あたしたちと一緒に走って上まで行こうよ」
ギーゼラの足が限界に近いのを承知で誘う。
「階段を走るなんて、はしたないことですわ」
しとやかな表情を崩さないギーゼラ。
内心では、ルナの嫌みに激怒している。
「あんたって、はしたないとか気にする人だったんだ。
気にしないから役場や庭園であたしたちにあんなことができたんじゃないの?」
「ああら、つまらないことを根に持っていらっしゃるのね。
貴族と根無し草の冒険者の違いを教えて差し上げただけですのに」
ルナとギーゼラは、エルールを挟んで火花を散らす。
もちろん、今のギーゼラにルナと勝負をする余裕はない。
「君たち、こんなところで喧嘩?
上に着いてからにしたら?」
エルールが、両者をなだめる。
「だから、早く上がってきてよ、ギーゼラ」
なおも挑発するルナ。
ギーゼラの顔には、悔しさが少しずつ表れ始めている。
取り巻きたちは、ギーゼラがどう出るかを固唾をのんで見守っている。
「まあまあ、もう許してあげてよ、ルナ」
アレクが割って入る。
ギーゼラを悔しがらせるのは得策ではないとの判断だ。
今後もギーゼラと協力しないとならないのだ。
これ以上険悪になるわけにはいかない。
「イヨ、この人たちにヒールとバフを」
アレクに言われたイヨは、ギーゼラ一味の前に進み出る。
「腿の筋肉が限界に達していますね」
治癒魔法師のイヨにはお見通しだった。
見えない体内の状態も経験的にわかるのだ。
事実を知られたギーゼラたちは、平然を装う。
しかし、恥ずかしさに顔が赤くなるのを隠せなかった。
「それでは、治癒と強化の魔法をかけます」
イヨは、ギーゼラたちに向かって両手をかざす。




