47.恐ろしい敵が現れるんだ
ルナが苦しむのを目の当たりにして、邪妖精以外が驚愕する。
「大丈夫ですか」
イヨが、テーブルに突っ伏したルナの背中をさする。
同時に治癒魔法をかけようとする。
「ま、待って……」
ルナが、イヨを止める。
「どうしました?」
「う、う、うーっ……、嘘」
笑いながら起き上がるルナ。
「何をふざけてますのっ!」
激怒するギーゼラ。
あまりの剣幕にびっくりのルナ。
「冗談、冗談だってば」
「そんなつまらない冗談が許されると思っていますの?」
ギーゼラの額に青筋が浮かび上がっている。
恐い。
「はは、はは……」
笑ってごまかすルナだが、顔が引きつってうまく笑えない。
「ま、まあ、食べられることがわかったのですから、いただくことに……」
「でも、遅効性の毒や呪いかもしれないから、もう少し待って……」
「はあ?」
般若のような顔でルナに詰め寄るギーゼラ。
早く食わせろという言葉が、喉まで出かかっている。
ルナは、ギーゼラの威圧感にたじたじとなる。
「か、顔が近いんだけど……」
「みんなで食べよう」
そう言ったのはアレクだった。
「この料理は、誰かが僕たちに与えたものだけど、みんなでこれを食べなければ、その誰かにたどり着くことができない気がするんだ。
そうしないと、元の場所に戻る方法は見つからないと思う。
それに、歩いたり戦ったりで少しお腹もすいてきたしね」
アレクは、ちらりと横目でギーゼラを見る。
ギーゼラと取り巻きたちの顔が、ぱっと明るくなる。
今までに見せたことのない、悪役令嬢らしからぬ可愛らしい笑顔だ。
アレクは、ギーゼラの空腹を察していた。
これ以上ギーゼラを怒らせて大きな揉め事にならないようにしたのだ。
「いただきます」
八人全員が着席し、食事を始める。
ギーゼラ一味にとっては、待ちに待ったご馳走だ。
もちろん、がっついたりはせず、淑女らしく気品のある食べ方だ。
食べたくてしょうがなかったことなど、おくびにも出さない。
一方、ルナたちは、何となく食事がしづらい気分だ。
ギーゼラたちと一緒では、あまり楽しい食卓ではない。
会話も弾まない。
「せっかく美味しそうな料理なのに雰囲気が暗いね」
様子を察した女邪妖精が、人間たちをからかう。
邪妖精は、栄養の取り方が人間と違うらしく、お腹がすいていないのだ。
「お上品な人がいると堅苦しくてね」
ルナが、愚痴っぽく答える。
お上品なギーゼラたちは無反応だ。
貴族令嬢たる者、食事中には一切口をきかないのだ。
ルナは、また黙って食事を再開する。
どうしても、ギーゼラの気品に引け目を感じてしまうのだ。
「ごちそうさま」
最初に食べ終わったルナが席を立つ。
扉を少し開け、外の様子を窺う。
日が沈んだらしく、ゴブリンと戦った時より暗くなっている。
幸いにも、ゴブリンが近づいてくる気配はない。
「いつまたゴブリンが襲ってくるかわからないから、早く食べちゃってよ」
ギーゼラたちは、ルナの言葉を聞いていないようだ。
自分の食べるペースを崩さない。
「どうしてここにゴブリンが襲ってこないのか不思議だな」
食べ終えたアレクが、ルナのそばに立つ。
「この小屋がゴブリンのものとは思えないけど、だったら何でゴブリンがいる森なのにゴブリンに襲われた形跡がないのかも謎ね。
ゴブリンが襲いたくない何かがあるのかなあ」
ᓚᘏᗢ
全員の食事が終わった。
すると、薄暗かった小屋の内部が急に明るくなった。
自動的にランプに灯がともったのだ。
皆は、びっくりしてきょろきょろと小屋の中を見回す。
「やあ、みんな、食べてくれたようだね」
壁際に置かれた戸棚の陰から人が現れた。
十歳前後の女の子だ。
素朴なデザインのエプロンドレスを着ている。
「いたの?」
ルナが、驚いて声を上げる。
皆、住人の許可なく料理を食べたことを恥ずかしく思い、赤面する。
「勝手にいただいて申し訳ありません。
お腹がすいていたもので……」
「いいの、いいの、あなたたちのために用意しておいたものだから」
少女は、笑顔で答える。
八人は、少女に自己紹介をする。
少女も自己紹介する。
少女の名はエルール。
今いるこの小屋は、いくつかある家の一つなのだそうだ。
「君は、普通の人間なの?
それとも……?」
全員の心に浮かんだ疑問をアレクが代表して訪ねる。
「さあ、普通なのかどうか、私にはよくわからないな」
エルールは、笑顔で答える。
「あたしたちみんなが食べ終わるまで出てこなかったのはどうして?」
「あなたたちは冒険者なんでしょ。
その冒険者が、あの状況でどんな判断をするのかちょっと興味が出てきたんで、こっそり様子を見させてもらったんだ」
「あっ、そう……」
呆れ顔のルナ。
「私たちは、冒険者とは違いますけどね。
それはともかく、いろいろと聞きたいことはありますが、ここはどのような場所なのですの?」
ギーゼラは苛立っている。
「あなたたちがいた場所から遠いけど、普通の場所だよ」
「遠いって、どれくらい遠いのですの?」
「距離はわからないけど、別の大陸だよ」
「何ですって!」
愕然とする八人。
「どうやって帰ればよいのであるこん」
両手で顔を覆うミサキ。
ルナやイヨの顔にも絶望が表れている。
「帰る方法ならあるよ」
エルールの衝撃の発言。
ルナとギーゼラが、エルールに詰め寄る。
「どうやって帰るの?」
「早く教えなさい!」
「そんなに急かさないでよ。
これから案内するつもりだったんだからさ」
そう言うと、エルールは、自分が出てきた戸棚の陰に向かう。
テーブルからだと見えにくい位置に小さな扉があった。
「ついてきて」
エルールに従って、扉をくぐる八人。
邪妖精も、後から続く。
扉の中には、上と下に向かう階段があった。
階段がカーブを描いているので、螺旋階段になっているようだ。
壁面にランプがあり、足下の心配はない。
「これって、森の大木の樹皮の裏あたりをくりぬいて螺旋階段にしてるんだね」
アレクが気づく。
「そう、ここを通って木の上まで行くんだ」
「凄く高い木でしたけど、歩いて登るのですか?」
イヨは、自分の足がどこまで持つか不安になる。
ᓚᘏᗢ
「足が疲れたら自分の足に治癒魔法をかければいいんじゃないの?」
ルナが、イヨに尋ねる。
「そういうのは、やったことがなくて……」
「とにかく頑張って上ってきてもらわないと」
エルールに言われ、イヨは、長い階段を上る決心をする。
「じゃあ、みんな、ついてきて」
全員が、木をくりぬいた階段を上へ上へと進む。
木のトンネルは、エルールの身長に合わせてあるらしく、高さが低い。
アレクだと、猫背にならないと歩けない。
百段を越えたあたりから、皆の太腿の筋肉が痛くなる。
平気なのは、エルールと飛行する邪妖精たちだけだ。
階段から外が見えないので、どれくらい上ったかわからない。
二百段を超えると、段数もわからなくなってくる。
「足が痛くなってきたのであるこん。
イヨっちは大丈夫であるかこん?」
ミサキが、最後尾のイヨを振り向く。
「え、ええ……」
苦しそうなイヨ。
「ねえ、ちょっと休ませてよ」
ルナが、イヨのためにエルールに頼む。
先を行くエルールは、少し困った顔をする。
「急いで欲しいんだけどなあ。
早くしないと、君たち、帰れなくなっちゃうかもしれないよ」
「どういうことですの?」
と、ギーゼラ。
「恐ろしい敵が現れるんだ」
「なんだか知りませんが、一刻も早くこの階段の先で私たちが何かをしないとならないのですわね?」
「そういうこと」
「でしたら、そんなところで弱音など吐かずに、さっさとついておいでなさい」
ルナたちを叱咤し、エルールとともにどんどん進む。
もちろん、ギーゼラも取り巻きたちも、足の痛みを顔には出さない。
「何よ、あいつら」
むっとするルナ。
「私は遅いので、皆さん先に行ってください」
「だったら、あたしがおんぶしてあげる」
ルナは、イヨに背中を向けてしゃがむ。
「エルールが、敵が現れると言っていたから、無駄な体力を使うのはよくないよ。
それに、天井が低いから、イヨの頭が当たって危ないよ」
アレクの言葉で、おんぶは取りやめとなる。
「ところで、思ったんだけど、さっきルナが言ったみたいに、自分に治癒魔法をかけてみたらどうかな。
サンダーニカの葉と併用で」
「併用ですか?」
首をかしげるイヨ。
「ゴブリンとの戦闘中にルナをイヨの治癒魔法とサンダーニカでヒールしただろ。
そしたら、ルナの力が前より強くなっていたんだ」
「確かに、あたし、凄く調子がよくなった気がしたわ」
「どういうわけか、治癒だけじゃなく、体力を強化するバフの効果があったんだよ」
イヨは、ルナからサンダーニカの葉を受け取る。
手に葉を持ったまま、自分の足に治癒魔法をかける。
「足がすっとした気がします。
それに、前より歩けそうな気もします」
イヨは、疲労の回復と体力のバフを実感する。
「じゃあ、あたしたちにもやってよ」
「はい」
ルナとミサキにも、同じやり方で治癒魔法を行う。
「足が軽いなんてもんじゃないわ」
「自分の足でない気分であるこん」
ルナとミサキは、強化された足の感覚に感激する。




