41.この非常時に何やってんのよ
ギーゼラの三人の取り巻きたちは、三方向から封豨を囲む。
三人が代わる代わる封豨に斬りかかり、少しずつ傷を負わせる。
だが、封豨にとっては、掠り傷みたいなものだ。
封豨の皮膚が硬いのか、剣の切れ味が悪いのかは不明だ。
「ぶひひっ」
飛び跳ねる封豨。
ギーゼラ一味の包囲を抜ける。
「何をやっていますの」
「何をやってんのよ」
ギーゼラとルナが、同時に叫ぶ。
「こっちだ、こっち」
ルナは、封豨の目につくように大声を出して両手を大きく振る。
狙い通りに、封豨がルナの方へ突進する。
「よし、フレンドリーファイアー!」
ルナの勇ましい掛け声。
ミサキとイヨが、火の玉を作り出す。
「フレンドリーファイアーキーックッ!」
今度は火の玉を右足にまとわすルナ。
ジャンプして封豨の顔面を目がけて蹴りを入れる。
ところが、急に封豨が横にそれた。
ルナの右足が空を切る。
火の玉が、サッカーボールのように足から離れて飛ぶ。
その先には、封豨を追ってきたギーゼラたち。
ギーゼラに直撃し、炎に包まれる。
本当のフレンドリーファイアー、同士討ちだ。
「や、やってしまった……」
ルナは、顔面蒼白になり、その場にへたりこむ。
憎いギーゼラとはいえ、前の封豨のようにしてしまったのだ。
その間に、攻撃をよけた封豨は、どこかへ走り去ってしまった。
ギーゼラを包んだ火が消えると、意外な光景が目に入る。
驚くべき殊に、ギーゼラが生きていたのだ。
服と髪の毛が少々焦げた程度だった。
ギーゼラ自身も何が起きたのか理解していないようだ。
取り巻きたちとともに呆然と立ち尽くしている。
「生きてるじゃん」
安心して立ち上がるルナ。
「わ、わ、私を殺す気ですの」
正気を取り戻したギーゼラが、ルナに怒鳴る。
ルナに詰め寄ろうと歩き出すと、足に何かが当たった。
人間の赤子のような生き物が、仰向けに倒れている。
「ひいっ」
声にならない悲鳴を上げるギーゼラ。
慌てて飛び退く。
後ろに転倒しそうになるのを取り巻きに支えられる。
「何ですの、これ?」
足下の生物は、赤子のような形だが、極めて醜い顔をしている。
腹が丸く膨れ、背中に蝙蝠のような羽がある。
体が少し動いているので、生きているとわかる。
「先輩、大丈夫っすか?」
邪妖精が、倒れている生物のそばに飛んできて声をかける。
「大丈夫……なわけ……あるか」
先輩と呼ばれた生物は、倒れたまま苦しそうに答える。
「あの人が蹴り出した火の玉が当たったんすね」
邪妖精は、ルナを指さす。
先輩は、黙って頷く。
「何なの、それ?」
ルナが、邪妖精に尋ねる。
「私の仕事仲間で、私と同じ邪妖精だよ。
さっきの封豨を操ってたんだけど、ドジってあんたの技を食らっちゃったんだ」
「てことは、やっぱりあんたらが今のこの状況を起こしたんじゃないか」
「私たちは、頼まれて手伝っただけだよ」
邪妖精は、平然と答える。
「そんな気持ち悪いの、さっさと踏み殺しておしまいなさい」
ギーゼラが、邪妖精の先輩を殺すようにルナに命令する。
ルナにそんなことができるのだろうか。
ᓚᘏᗢ
「あたしだって、こんな気持ち悪いの踏みたくないし」
「先輩のこと酷く言いすぎ」
「この小さい女は何ですの?」
ルナと邪妖精とギーゼラの声が入り乱れる。
三者がまくし立てるので、会話が成り立たない。
「落ち着いて話しましょう」
アレクたちが割って入る。
三人は、すぐにおとなしくなった。
「では、まず邪妖精さんに聞きたいのですが、あなたたちの行いの理由は何なのですか」
アレクが質問する。
邪妖精は、少し考えてから話し始める。
「名前は言えないんだけど、ある人と契約しちゃったんだ。
若くて元気な女の子の生命力を集めるってね。
でも、これでも私、いい人の味方だから、ちょっと迷ってるのよね」
「邪妖精なんて名前からして邪悪なのに、いい人の味方?」
ルナは、疑わしそうな視線を邪妖精に送る。
「確かに、お化け屋敷の時も我たちを害さなかったのであるこん。
しかし、すぐには信用できないのであるこん」
ミサキも、疑いの眼差しだ。
「別に信じなくたって構わないよ」
邪妖精は、ぷいとそっぽを向いてしまう。
「いい人の味方などとおっしゃるのなら、早く私たちを元の場所に戻しなさい」
ギーゼラが、邪妖精に命令する。
「君は、いい人なのか怪しいなあ」
「なんですって」
ギーゼラは、空中にいる邪妖精をふんづかまえようとする。
ひょいと躱す邪妖精。
勢い余って体のバランスを崩すギーゼラ。
「ぎゃぴっ」
身の毛もよだつような悲鳴が轟く。
ギーゼラが、先輩邪妖精の腹をハイヒールで踏みつけていたのだ。
先輩邪妖精は、口から緑色の液体を吐き出している。
ギーゼラは、思わず近くにいたアレクにしがみつく。
ぶちっ。
糸が切れる音。
アレクが着ているアイドル衣装のほころびを繕った糸だ。
ギーゼラの目の前でアレクの上半身が露出してしまう。
「あなたは……」
驚いて仰け反るギーゼラ。
慌てて服を押さえるアレクだったが、もう遅かった。
「男でしたの……」
わなわなと震えるギーゼラ。
「ええと、その、これはですね……」
アレクは、必死に言い訳を考えるが、何も出てこない。
ルナたちも、フォローのしようがなく、固まってしまう。
「う、う、美しい……」
ギーゼラは、うっとりとした目でアレクを見つめる。
恥ずかしそうに体をもじもじさせる。
「普通の人と違うとは思っていましたが、こんな美しい殿方だったなんて」
ぐいぐいとアレクに体をくっつけてくる。
アレクは、ギーゼラの意外な反応に頭が混乱する。
男であることを隠していたのを非難されると思っていたが、これなのだ。
ギーゼラの取り巻きたちも、ギーゼラの激変ぶりに呆然としている。
「ふうん、君があの時の男の子だったのかあ」
邪妖精は、アレクの顔の前に飛んできてまじまじと見つめる。
地面で死にかけている先輩よりもアレクのことが気になるようだ。
「あなたのように美しい殿方は、私にこそふさわしいわ」
ギーゼラは、アレクの胸に頬を擦り寄せる。
「ちょ、ちょ、ちょっと、この非常時に何やってんのよ」
ルナが、アレクとギーゼラを引き離そうとする。
だが、ギーゼラは、なかなかアレクから離れようとしない。
ᓚᘏᗢ
「ふざけている場合ではないのであるこん」
ミサキが、ルナに助勢して、アレクの腕を引っ張る。
すると、ギーゼラの取り巻き三人が、ルナとミサキを妨害する。
これを見たイヨは、少しでも力になろうと、ルナとミサキを助けに入る。
七人の女が一人の男を奪い合う修羅場となってしまった。
邪妖精は、この様子を上空から楽しんでいる。
「おっと、こうしちゃいられない」
邪妖精は、地面に降りて、先輩邪妖精を助け起こす。
先輩邪妖精は、緑色の吐瀉物にまみれている。
ただでさえ醜悪なのに、余計にグロテスクだ。
「先輩、早く起きて」
「ぐへっ、ひでえ人間だ」
先輩邪妖精が立ち上がる。
羽を動かすが、飛ぶことができない。
「あっ、あれが逃げるよ」
女たちによって綱引きの綱にされているアレクが叫ぶ。
全員の視線が、邪妖精たちに注がれる。
「あの気持ち悪いの、さっさと始末した方がいいわね。
もう一度フレンドリーファイアーを食らわせてやろう」
「技の名前は変ですけど、とにかくやっておしまいなさい」
「待ってってばあ」
邪妖精は、ギーゼラの顔の前に飛んでゆく。
「君は、先輩のおかげで命が助かったようなものなんだよ。
あの火の玉が先輩に当たって、君は無事だったんだから」
「そんなのは偶然ですわ。
その女のドジのせいで、私が死にかけたのですわ」
ルナを指さすギーゼラ。
「もしかすると……」
アレクが、服の乱れを直しながらつぶやく。
「私の、あ、もう僕でいいのか、僕の幸運付与をギーゼラさんたちにもかけておいたので、本当のフレンドリーファイアーにならずにすんだのかも。
だとすると、その先輩の邪妖精には、とんだとばっちりだったってことになるかな」
「やっぱり君は物わかりがいいね」
邪妖精が、アレクを褒める。
「それでは、なぜその先輩とやらは、私の前にいましたの?」
「あの封豨に取り憑いて操っていたんだよ」
「でしたら、やはり私たちを害するつもりだったのでありませんか。
たまたま同士討ちの身代わりになったぐらいで恩を売らないでくれませんこと」
「はは、そういうことになるかなあ」
笑ってごまかす邪妖精。
「もももっとじょじょ上手に庇え」
先輩は、邪妖精に隠れて震える。
「じゃあ、やっぱりぶっ殺していいんだね、あんたと一緒に」
ルナが、にやりと笑って邪妖精を睨みつける。
たじろぐ邪妖精。
「そんじゃ、バイバーイ」
先輩を放り出し、遙か上空へ逃げ去ってしまった。
「お、俺をおいて……げふっ」
先輩邪妖精は、また緑の液体を吐いて卒倒する。
後輩に見捨てられたのがショックだったらしい。
「やっぱり、踏みつけてしっかり息の根を止めとこうか、こいつ」
先輩邪妖精を見下ろすルナ。
靴の先で先輩邪妖精の体をつつく。
「邪妖精を敵に回すのはよくないよ」
アレクが答える。
「邪妖精は、人間に害を及ぼすこともあるけど、貧乏神みたいに人間の心がけ次第では福をもたらすこともあると伝えられているからね」
「アレクさんって、物知りでもいらっしゃるのですわね」
ギーゼラは、潤んだ瞳でアレクを見つめる。
アレクは、目をそらして話し続ける。
「それに、この邪妖精からいろいろと聞き出す必要があるし」




