37.歌と踊りで勝負するのです
「挑発に乗ってはいけませんよ」
イヨが、ルナとミサキを落ち着かせようとする。
「しかし……こん」
「私たちは、歌と踊りで勝負するのです」
「まさか、眼鏡のあなたもフェスに出る気?」
取り巻きAが、イヨを指さして笑う。
鉄の鉤爪を手につけたままだ。
「こんな貧乳で地味な陰キャみたいなのが出てきても、会場がしらけるわ」
と、取り巻きB。
イヨは、言う通りに思えて項垂れてしまう。
仲間を馬鹿にされたルナとミサキは、爆発寸前だ。
アレクは、やや離れた位置から女たちの言い合いを見ていた。
自分が目立つとフェス本番で女装がばれるかもしれないからだ。
女どうしの諍いなので、男が入りこみにくいというのもあった。
かといって、本格的な喧嘩になるまで放置はできない。
問題を起こせば、フェスに参加できなくなる。
争いをやめさせる方法を思案する。
だが、アレクにできるのは幸運付与だけだ。
アレクは、とりあえずルナたちに幸運付与を行う。
運良く穏便に解決することを祈る。
「戦えるのは、こちらが三人で、あなた方が二人。
もう勝負は見えていると思いますけど」
自信満々のギーゼラ。
高飛車な態度に拍車がかかる。
「しかも、まともな衣装すらないのでしょう?」
取り巻きCが、鉤爪の先端をルナの鼻先に近づける。
「はあ? 何言ってんの?」
ルナは、鉤爪を手で払いのける。
「あれー」
取り巻きCが、大袈裟に倒れる。
「この人が暴力を振るったわ」
「まあ、なんて酷いことを」
「野蛮人だわ」
ギーゼラ一味は、口々にルナたちを責め立てる。
しかも、遠巻きに見ている見物人にも聞こえるような大声で。
このままでは、ルナたちが悪者にされてしまう。
「そいつが、勝手にわざとらしく倒れたんでしょうが」
「ずるいのであるこん」
弁明を試みるルナとミサキ。
だが、周囲の人々は、ギーゼラ側を正しいと思っている様子だ。
貴族と冒険者では、貴族の方が正しそうに見えるらしい。
まして、ギーゼラたちは、庭園で暴れた魔獣を倒している。
この場では、ギーゼラたちが正義なのだ。
ルナたちの旗色が悪いことにアレクも心配になってくる。
すると、突然、倒れていた魔獣が起き上がった。
「ちゅちゅー」
全身傷だらけの鼠型魔獣は、先ほど以上に猛り狂う。
「あなたたち、しっかりとどめを刺さなかったのね」
ギーゼラが、取り巻きたちを叱る。
再び取り巻きたちと魔獣の戦闘が開始される。
今度は、前より苦戦している。
「早くここを立ち去ろう」
アレクが、三人娘に声をかける。
どさくさに紛れて庭園の外に出る。
しばらく走ってから立ち止まる。
「喧嘩にならなくてよかったよ」
「ありがとう、アレク」
「挑発に乗せられるところだったのであるこん」
「喧嘩じゃなくて、明日のフェスティバルであいつらに勝ってみせる」
高らかに宣言するルナ。
「ですが……」
落ちこんでいるイヨ。
取り巻きの「貧乳で地味な陰キャ」発言が気になっているのだ。
イヨは、劣等感を克服できるのだろうか?
ᓚᘏᗢ
「イヨちゃんはさ、その飾らない感じが可愛いんだよ。
普通にしてればいいんだって」
「今まで冒険者として戦ってきた度胸が明日も役に立つのであるこん」
ルナとミサキは、左右からイヨの肩を揉んで励ます。
「ありがとう。
私、頑張ります」
イヨの顔が明るくなる。
「それでこそイヨちゃんだよ」
じゃれ合いながら笑い合う三人娘。
アレクは、三人娘の仲の良さを微笑ましく見つめていた。
「ん、そういえば」
旅館へ帰る道すがら、ルナがつぶやく。
「あいつの取り巻きの一人が、あたしに『まともな衣装すらない』とか言ってたな。
まるで、ミサキたちが服を買えなかったことを知ってたみたい」
「まさか、あの人たちが買い占めたのであるかこん?」
「あり得ますね」
「もしそうであるなら、卑怯であるこん」
「だけど、その代わりにあたしたちオリジナルの衣装ができたんだから、感謝したいぐらいね」
三人は、また笑い合う。
アレクたちは、店で必要なものを買いこんでから旅館に戻った。
幸いにも、服以外は買い占められていなかった。
ちなみに、庭園に魔獣が現れた原因は、魔獣使いのミスだった。
アイドル魔獣使いを自称するフェス参加者が、うっかり魔獣を逃がしてしまったのだそうだ。
もちろん、その魔獣使いは、こっぴどく叱られたとのこと。
かくして、フラワー・アイドル・フェスティバルの日が来た。
四人は、自前のコスチュームに身を包み、フェスの会場へと向かう。
もちろん、アレクもルナたちと同じデザインの服だ。
同じデザインだが、生地が違うので模様も異なる。
図らずも、統一感があるのに見分けがつきやすい衣装になった。
アレクは、しっかりと化粧もしている。
宿で三人娘が気合いを入れて化粧を施し、髪型も整えた。
男だと気づく人は、よほどの失敗をしない限り、いないだろう。
「アレクがこんなにお化粧が似合う男の子だとは思わなかったよ」
ルナが、道を歩きながら、アレクのそばでささやく。
「町の人がアレクのことを噂しているのであるこん」
ミサキは、ケモ耳に意識を集中し、人々の会話を聞き取る。
「あの四人、フェスの参加者だよ、きっと」
「あの背の高い子が一番可愛いな」
背の高い子とは、アレクのことだ。
「アレクっちに嫉妬してしまいそうなのであるこん」
ミサキは、にやにや笑いながら肘でアレクを小突く。
「はは……」
苦笑いするアレク。
「ちゃんと女らしい歩き方をしてください」
イヨが、小声でアレクを注意する。
アレクは、油断すると男の歩き方に戻ってしまうのだ。
「うわあ、凄い人の数」
会場の近くに来ると、人が多くて歩くのも大変なほどだ。
人混みを縫ってフェス参加者の入り口を目指す。
「迷子にならないように気をつけてください」
体を寄せ合って歩く四人。
やっとの思いで会場に入る。
ステージの裏にある広い控え室に案内される。
「さすがに美人がいっぱいであるこん」
「みんな気合い入ってるわねえ」
控え室には、何組ものグループが待機している。
皆、真剣な面持ちで、最後の調整に余念がない。
三人娘は、本気で可愛さを誇示しようとしている女たちに気後れする。
アレクは、参加者たちの気迫に身がすくむ思いだ。
この状況で、女装がばれたらどうなるか、考えるだけでも恐ろしい。
ᓚᘏᗢ
「そういえば、あいつらがいない」
ルナが、控え室の中でギーゼラ一味を探すが、姿が見えない。
「自信がなくなって逃げたのであるこん?」
「そんな繊細な人でしょうか」
「いないなら、それでいいんじゃないかな」
アレクは、諍いの原因がいなくて安心する。
「アレクさん、話す時の声にも気をつけてくださいよ。
もう少し高い声にしないと」
イヨが、またささやく。
「そ、そうでしたわね」
甲高い声になるアレク。
口調や仕草も極力女っぽくする。
女装がばれないように必死だ。
しばらくして、フェスの役員たちが控え室に入ってきた。
一通りの挨拶と説明を済ませる。
「では、出場の順番を籤引きで決めます。
グループのリーダーはこちらへ」
上に穴の開いた箱をフェスの実行委員長が持ってくる。
穴に手を入れて番号が書かれた札を取るありふれた籤だ。
「うちのリーダーって誰?」
ルナは、仲間の顔を見回す。
ミサキとイヨは、首を横に振る。
三人娘の視線がアレクに向く。
「えっ、僕……、私?」
戸惑うアレク。
三人娘は、うんうんと頷く。
拒否できる状況ではないアレク。
「わかったわ」
女言葉で承諾し、一人で委員長のところへ向かう。
籤の入った箱の前には、すでに列ができている。
アレクは、最後尾だ。
「よろしくお願いします」
度胸試しに、一つ前に並んでいる人に挨拶する。
女の子っぽい笑顔は忘れない。
緊張を顔に出さないように内心は必死だ。
「こちらこそ」
相手は、自然に挨拶を返す。
アレクを怪しむ様子はない。
アレクは、心の中で安堵の溜息をつく。
やがて、籤引きの順番が来た。
「チーム名は、ピンクの猫ですか。
面白い名前ですね。
それでは、引いてみてください」
実行委員長が、アレクに籤の入った箱を差し出す。
「どきどきしちゃいますぅ。
何番になるのかしら?」
ぶりっ子するアレク。
先に籤を引いた女たちがそうしていたのを真似たのだ。
自分だけ平然としていると変に思われてしまう。
恥ずかしさで爆発しそうだが、表には出さない。
最後なので籤を引かなくても番号はわかるのだが、アレクは一応引く。
「十三番と出ました。
これで全チームの出演順が決まりました。
「きゃあ、なんか可愛い順番。
パン屋の一ダースで大アルカナの死神ってところが可愛い」
「お、お、面白い感想を言うお嬢さんですね」
気の利いたことを言おうとして委員長をドン引きせてしまった。
三人娘は、大笑いしたいのをこらえながらアレクを見守っている。
アレクは、逃げるように委員長のそばから離れる。
「アレクったら、こんなところで笑わせてどうすんのよ」
ルナが、アレクの耳元でささやく。
腹筋が痛むので脇腹を押さえている。
「ウケ狙いにも限度があるのであるこん」
ミサキは、口に手を当てて、こぼれる笑いを押しとどめる。
イヨは、笑いをこらえるのに必死で口を開けて話すことすらできない。
三人娘の変な笑い方が、控え室の中で目立ってしまっている。




