3.エルベって商売が上手ね
「この人は、もう死んじゃってるか」
ルナは、血を流して倒れている男のそばにしゃがむ。
護衛の剣で着られた男は、すでに息絶えていた。
他の男へ近寄る。
「こっちは、まだ息がある」
ルナの体術で気絶した男は生きていた。
ルナは、その男の片膝に手を当てる。
ごきっ。
鈍い音がした。
膝の関節を折ったのだ。
「ううっ」
男が、激痛で目を覚ます。
「あなたがこれ以上悪さをしないように片足を折っておきました。
もう片方の足でここを去りなさい」
ルナは、鋭い目つきで男に告げる。
恐れをなした男は、這うようにして逃げ出した。
以下、他の生き残りも同じ。
アレクは、ルナの荒っぽいやり方に唖然としている。
全てが終わって、二人は、改めてクリガへと出発した。
クリガへは、歩いて数日かかる。
さて、アレクを追い出した冒険者パーティーはどうなったのか。
特級冒険者パーティー「憤怒の掌」は、魔物退治の依頼を受けた。
いつもの憤怒の掌にとっては、簡単な仕事だった。
「田舎貴族の屋敷だった大きな空き家に魔物が住み着いたから退治して欲しいだとさ。
簡単すぎて、逆に面倒なぐらいだ」
団長のエルベは、かったるそうに仲間に話す。
「でも、貴族がらみの仕事なら、報酬は割といいんだろ」
と、キューボック。
「魔物退治の相場がわかってない金持ちだったから、多めにふっかけてやったぜ」
「役立たずをリストラして分け前も増えたし、エルベって商売が上手ね」
カーラが笑う。
ヌールは、相変わらず黙ってニヤニヤしている。
イヨだけは、わずかな不安が顔に表れている。
「そんじゃ、ヌールに場所は教えてあるから、準備ができ次第行くぞ」
数分後、五人は、目的の屋敷の前にいた。
ヌールが、瞬間移動の能力を使ったのだ。
鬱蒼とした森に囲まれた古風な邸宅。
昔の貴族の別邸らしい。
「いかにも化け物屋敷って感じだな」
「広そうだけど古臭くて、あんまり住みたくはないわね」
「魔物がいなくなってからリフォームでもするんじゃねえの」
ヌールとイヨ以外の三人は、愚痴っぽく会話をする。
自分たちには程度が低すぎる仕事だと思っているのだろう。
五人は、預かっていた鍵を使って門を開ける。
屋敷の中は、夜のように暗い。
朽ちかけた壁や家具が、不気味さを醸し出している。
「ほこりっぽいし、かび臭い」
カーラは、手で口と鼻を押さえながら言う。
「臭くない仕事にしてよ、もう」
「においのことまでは聞いてなかったからなあ」
エルベも顔をしかめる。
「さっさと終わらせちまおうぜ」
キューボックに促され、五人は、屋敷の奥へ進む。
やがて、天井の高い大広間とおぼしき部屋にさしかかる。
「来ます」
気配察知の能力にも長けたイヨが、か細い声で叫ぶ。
無人の室内に何かの気配が湧き上がってくる。
天井付近に黒い影が膨らんでくる。
影は、次第に人の形になる。
「大した魔力もない、ただのレイスじゃねえか」
エルベは、不敵な笑みを浮かべ、剣を構える。
ᓚᘏᗢ
「カーラ!」
エルベは、レイスを見据えたまま、カーラに合図を送る。
「はーい」
カーラは、気のない返事をする。
同時に、空中から人の背丈ほどの杖を取り出す。
魔導師が魔法を使う際に欠かせない道具だ。
収納魔法で異空間にしまっておいたのだ。
「パラライズ」
杖を振るい、痲痺魔法を発動。
杖に取り付けられた宝石から光線が出る。
光線は、光る縄のようになってレイスを縛り上げる。
「うう……」
レイスが、うめき声を発する。
光る縄のために身動きが取れない。
すると、部屋にあるテーブルや調度品が、がたがたと音を立てる。
それらが空中に浮かび上がり、五人の方へ飛んでくる。
レイスの攻撃だ。
キューボックが、大剣を振り回す。
四方から飛んでくるテーブルなどを的確にたたき落としてゆく。
「ポルターガイストとは、やることも古いな」
一分もしないうちにレイスの攻撃はやむ。
通じないと悟って諦めたのだろうか。
エルベが、空中のレイスを目がけてジャンプする。
剣でレイスに斬りかかる。
エルベの剣は、レギアと呼ばれる世界でもまれな聖剣だ。
物質的な体を持たないレイスにも効果がある。
レイスの体は、上半身と下半身に両断された。
「ぐおおおおーっ」
断末魔の悲鳴とともにレイスは煙のように消失。
レイスの禍々《まがまが》しい気は消え去った。
「あっけなく片付いたな」
エルベは、聖剣を鞘に収める。
「楽すぎて退屈なくらいだったわ」
カーラは、杖を異空間に収納しようとする。
「ま、待ってください」
イヨが、何かに気づく。
目を閉じて、その何かに意識を集中する。
「何なのよ、もう」
苛立つカーラ。
「鼠の足音でも聞こえたんじゃねえの」
キューボックが笑う。
ヌールも同調して、頷きながらニヤニヤする。
イヨは、黙って意識を集中し続ける。
「こ、これは、倒したはずのレイスです。
魔気が大きくなっています」
「馬鹿な。
俺の聖剣レギアで真っ二つされて消滅したじゃねえか」
「でも、この部屋が、この屋敷全体が、凄い魔気に覆われていく……」
怯えたカーラが、わなわなと震え出す。
しかし、まだレイスの姿は目視できない。
恐ろしい気だけが、五人の周りで膨れ上がってゆく。
魔力感知能力の低いエルベとキューボックにも感じられるほどだ。
エルベ、キューボック、カーラは、それぞれの得物を持って構える。
敵は、どこから攻めてくるかわからない。
周囲をきょろきょろと見回す。
緊張が続く。
恐怖のあまり退散を考え始めた時だ。
突然、空中から鋭い爪が生えた白く太い腕が現れた。
獲物を襲う蛇のような素早さでエルベの胴体をつかむ。
「うぐっ」
エルベは、声にならない悲鳴を上げる。
何もないところから伸びた手が、エルベを握りつぶそうとしている。
「ひゃあああ」
カーラの上擦った叫び声が、大広間に響く。
特級冒険者たちも、こんな敵は初めて遭遇したのだ。
ᓚᘏᗢ
エルベは、必死に剣を振るう。
だが、思うように腕が動かない。
魔物の手は、なおもエルベの体を締め付ける。
ぐさっ。
ようやくエルベの聖剣が敵の指に刺さる。
相手の握力が緩む。
エルベは、魔の手を逃れる。
しかし、魔物の爪のせいで血だらけだ。
肋骨も折れているようだ。
激痛で立ち上がることができない。
「ヒール」
即座にイヨがエルベに治癒魔法を発動する。
手の先から淡い光が出て、横たわったエルベの体を包む。
エルベの傷が少しずつ消えてゆく。
怪我が酷く、瞬時には治りそうにない。
「パラライズ」
カーラが、レイスにしたのと同じ技をかける。
光の縄が魔物の巨大な腕に絡みつく。
腕が動かなくなる。
「やった」
カーラが、喜びの声を上げる。
その喜びは、五秒も持たなかった。
腕は、光の縄を振り払って、再び動き出す。
しかも、肩から胸、首までが実体化する。
徐々に巨大な魔物の姿が形作られてゆく。
「何、こいつ」
カーラの顔は、恐怖でゆがむ。
「くそっ」
次に、キューボックが大剣で斬りかかる。
しかし、岩のように堅い相手に歯が立たない。
何度も渾身の力で大剣を当てるが、鈍い音ともに跳ね返される。
その間に、魔物の体が完全なものになる。
大広間の天井に頭が届きそうな紫色の大男だ。
狼のような顔で周囲を睨む。
「こいつ、強すぎるぜ。
おい、ヌール」
半分ほど体が治ったエルベがヌールに声をかける。
瞬間移動で退散するつもりだ。
ヌールは、首を横に振る。
いつもと違って深刻な表情。
敵の魔力の影響らしく、瞬間移動が発動できないのだ。
「ぐおおおお」
魔物が、獣のように吠える。
身も凍るような恐怖心を起こさせる声だ。
建物全体が、音で振動する。
魔物は、腕を振り上げキューボックに殴りかかる。
キューボックは、ぎりぎりで拳を回避する。
魔物は、すぐに反対の手の爪を立てキューボックを攻撃。
キューボックは、大剣で受け止める。
ガキッ。
大剣が弾き飛ばされる。
「ひいっ」
床を這うようにして逃げ、倒れたテーブルの裏に身を隠す。
魔物の視線が、カーラに向く。
「いやっ、来ないでっ」
闇雲に杖を振る。
杖の宝石から光が出るが、魔物には何の効果もない。
魔物が、カーラの眼前に迫る。
その瞬間、カーラの姿が、ぱっと消えた。
魔物は、カーラのいた場所を走りすぎる。
カーラは、数メートル離れた場所にいた。
ヌールが、瞬間移動を使ったのだ。
屋敷の外には行けないが、屋敷内の短距離なら可能だったのだ。
体勢を立て直す魔物。
エルベとイヨに狙いを定める。
イヨは、まだエルベに治癒魔法を行っている。
逃げられない。
魔物は、早足で襲いかかる。
イヨは、咄嗟に手のひらを魔物に向ける。
「ヒ、ヒール!」
苦し紛れの行動だった。
何を思ったか、魔物に対して治癒魔法を発動したのだ。
敵をヒールしてどうしようというのか?




