28.一暴れした後の飯は格別だなあ
「一暴れした後の飯は格別だなあ」
ユーザーワの料理屋。
テーブルに積み重なった空の食器。
大量の料理を食べ終えたルナの満足そうな顔。
「活躍した後のルナっちの食事は豪快であるこん。
見ていて気持ちがよいのであるこん」
「あれだけの食事、私には無理なので羨ましいことです」
「ほんとにどこに消えてるんだろう、あのたくさんの料理は」
何度見ても感心してしまう仲間たちだった。
「あっ、そうだ。
何か話があるんだよね、ミサキちゃん」
ルナが、ミサキの夢の話を思い出す。
「そのことであるこん」
真面目な顔つきになるミサキ。
「我が夢で見たのは、伝説の九尾の狐であるこん」
「きゅうび?」
「狐ということは、ミサキさんと関係が?」
「はい、こん」
頷くミサキ。
「九尾の狐かあ」
アレクは、脳内の記憶をたどる。
「アレクっちは知っているのであるこん?」
「前に読んだ古い書物に書かれていたんだ。
難しくて理解できない部分もあったんだけど」
「へえ、アレクでも理解できない本なんてあるんだ」
ルナが、軽く驚く。
「そりゃあるよ」
苦笑いするアレク。
「で、その九尾の狐がどうしたの?」
「九尾の狐とは、我がコンカイ国の大昔の女王なのであるこん」
「ってことは、ミサキちゃんのご先祖様?」
「そういうことになるのであるこん。
夢の中に現れた九尾の狐は、不思議な存在感があったのであるこん。
まるで本当に近くにいらっしゃるかのような……こん」
「そういえば、あの時『あの人』と」
イヨが、林での会話を思い出す。
「まさか、あの人なんてことは」
心当たりのあるルナが眉をしかめる。
「はい、露天風呂にいた女の人であるこん。
あの人から感じる気と夢で見た九尾の狐の気がよく似ていたのであるこん」
「私も、あの女の人は普通の人ではないと感じました」
「アレクは、あの女の人のこと、どう思った?」
ルナが、アレクに聞く。
「えっと、その……」
赤面するアレク。
混浴で色気を振りまいた美女を思い出し、どぎまぎする。
あの時は、意識が乱れて魔力を感じる余裕がなかった。
何も答えることができない。
「あーっ、アレクったら、あの人の裸を思い出してるでしょ。
やーらしーっ」
アレクをなじるルナ。
怒った顔をしながらからかう。
「そ、そ、そんなことないって」
アレクは、濡れた犬のように必死に首を横に振る。
「あの人のことなんて全然覚えてないって」
「あら、私のこと、忘れちゃったなんて残念だわ」
話題の当人が、いつの間にかアレクのすぐそばに立っていたのだ。
ᓚᘏᗢ
「ここ、いいかしら?」
謎の美女は、他のテーブルから椅子を持ってきて、アレクの横に座る。
噂をすれば影と言うが、それにしても唐突な登場だ。
浴衣の上に茶羽織を着ている。
いかにも温泉街の客といった出で立ちだ。
「あ、あなたは、もしや……こん?」
ミサキは、美女に質問しようとするが、うまく話せない。
「何かしら?」
言いながらアレクに肩を寄せる美女。
「あなたは、一体何者なんですか?」
ルナが、ミサキの代わりに尋ねる。
「まだ名告っていなかったわね。
私は、タマモと言います。
観光でしばらくここに滞在しているの」
「タマモさんですか」
アレクたち四人も自己紹介をする。
温泉でルナを助けてくれたことの礼も述べる。
「その若さで一級冒険者だなんて立派ね」
「ええ、まあ」
照れくさそうに頭をかくアレク。
アレクの態度が気に入らない三人娘は、むっとした顔になる。
三人娘の視線に気づいたアレクは、タマモに問いかける。
「あなたは、本当にただの観光客なのですか?」
「ふふふ」
タマモは、意味ありげに微笑む。
「この町の外れに町で使うお湯が湧き出す源泉があるの。
後でそこへ行ってみるといいわ」
立ち上がると、店を出てしまった。
しばし呆然とする四人。
「緊張して肝腎なことを聞けなかったのであるこん」
項垂れるミサキ。
「魔力が尋常でないことはわかります」
と、イヨ。
「あの人間の動きが捕らえられなかったぞな。
本当に人間だったのかも不明ぞな」
イヨの頭上に浮かんでいたゾナが、イヨに告げる。
「とにかく、準備を済ませて源泉に行こう」
ルナの瞳に闘志がみなぎる。
タマモの誘いを挑戦と受け取ったのだ。
アレクら四人とゾナは、町の中心部から離れた場所まで来ていた。
岩だらけの坂道で、植物が生えていない。
温泉の匂いが強い。
「あっ、道標がある」
ルナが見つけた木でできた道標は、かなりボロくなっている。
かろうじて文字が判読可能だ。
観光客があまり来ないので、道標が古いままであるらしい。
「『この先源泉』だって」
「さらに何か書いてあります」
イヨが、道標に顔を近づける。
眼鏡をかけ直し、かすれた小さな字を読む。
「『殺生石の怒りに注意』だそうです」
「なんか物騒なことが書いてあるけど、引き返すわけにもいかないし」
ルナは、一人で先へ進む。
他の三人は、不安を感じているが、ルナに従う。
「凄い湯気であるこん」
行く手に源泉が見えてくる。
岩山の谷間から雲のような湯気が立ちのぼっている。
温泉が沸き立つぼこぼこという音も聞こえる。
近づくと、熱水の池がいくつか集まっていることがわかった。
「ここに何があるというの?」
ᓚᘏᗢ
源泉の付近は、温泉の成分によって白や黄色に染まっている。
足下がぬるぬるしていて、気をつけて歩かないと転びそうだ。
四人は、きょろきょろと辺りを見回す。
自分たち以外に人の気配はない。
生物の存在する様子すらない。
「あのお湯の中に落ちたら一溜まりもないのであるこん」
「ここから管を引いて町のお風呂にお湯を供給しているのですね」
曇った眼鏡をハンカチで拭いてかけ直すイヨ。
「温泉卵がすぐにゆであがりそう」
食べ物のことを考えるルナ。
すぐにここに来た目的を思い出す。
「あの人は、何でここにあたしたちを呼んだのかな。
それと、殺生石ってのはどれ?」
「あの大きな岩がそうかも」
アレクが、熱湯の池の対岸を指さす。
多くの岩が転がっている中で一際大きい。
高さが人の背丈の三倍ほどあり、ほぼ球形。
湯気の向こうで揺らめいて見える。
目をこらすと、結界を示す縄で囲まれているのがわかる。
日本の注連縄のようなものだ。
「あれがいろいろと怪しいわね」
ルナが、一人で近づこうとする。
「落ちないように気をつけるのであるこん」
「大丈夫だっどわっ」
どてっ。
足が滑ってすっ転び、尻餅をつくルナ。
「いてて」
尻をさすって立ち上がろうとする。
横を見ると、熱湯のすぐそばだった。
目の前で激しく沸騰する熱泉に顔面蒼白となる。
「あわわわ、あたしが温泉卵になるところだった」
四つん這いで仲間のところへ戻る。
もう一度転倒するのが恐いのだ。
「池から離れたところを通った方がいいんだけど」
アレクは、殺生石への道を探す。
だが、他の岩と池に囲まれていて、安全なルートはない。
「慎重に近づくしかなさそうだ」
アレクがそう言った時だった。
ごごごごごごご……。
地鳴りが響く。
「何なの?」
「あの岩が、こん」
巨大な殺生石が傾きだしたのだ。
結界の縄を越えて、ごろんと転がる。
蓋をするように一つの池にはまってしまう。
殺生石があった場所には、地下へ通じる穴が見える。
「あの岩の上を通ればあの穴に行けそう。
というか、そうやってこっちに来いってことよね」
「そうみたいだね……」
不安を拭えないアレク。
「殺生石なんて恐ろしい名前だし、何かあると思うんだけど」
進もうとするルナに注意を促す。
「そんなはったりで人を近づけないようにしてるのよ、たぶん。
もし何かが出てきたって、あたしがやっつけてやるから」
ルナは、強がってみせるが、恐怖心が顔に表れている。
アレクの忠告にも一理ありそうだと感じているのだ。
「我の国にも恐ろしい伝説があるのであるこん。
近づく生き物を呪い殺す岩の伝説であるこん」
「そんな魔物、あたしにかかれば」
「いや、魔物とは違うかもしれないぞ」
アレクは、熱湯から少し離れた岩陰を指さす。
何かの動物の白骨化した死体だ。




