29.この先に何があるのでしょう?
「あれは一体……こん?」
「牙からすると、猪の骨でしょうか」
「どうしてこんなところに骨が?
誰かがここで猪を料理をしたとか?」
「いや、それはないかと……。
僕が思うに、火山性の気体のせいじゃないかな」
アレクが言うと、ルナたちは、きょとんとした顔になる。
聞き慣れない言葉が出てきたからだ。
「温泉の匂いの元になる硫化水素は、こういうところから発生するのだけど、有毒なので大量に吸いこむと死に至るんだ。
来る時に見た道標に書いてあった『殺生石の怒り』というのは、そのことだと思う」
「詳しいのですね」
「さすがアレクっちであるこん」
「なるほどねえ。
って、ここにいたら危ないってこと?」
「は、早く立ち去らないと、私たちも」
「ああはなりたくないのであるこん」
慌てる三人娘。
「待って」
冷静になったルナが、地下への穴を見つめる。
「タマモって人が誘ってるんだから、行くしかないわ。
あの穴の中へ」
「我も、タマモさんに会いたいのであるこん」
アレクとイヨも同意する。
「これは、僕たちピンクの猫に課せられた試練だと思う」
アレクは、改めて全員に幸運付与を行う。
地下へ通じる穴は、温泉に囲まれているにもかかわらず、乾いていた。
あまり温泉臭さもない。
アレクたち四人は、垂直に近い岩の壁を慎重に下る。
穴の底は、不気味な暗闇だ。
ミサキが、狐火を出す。
「まだ下まで続いているのであるこん」
狐火の明かりがあっても穴の終わりは見えない。
「みんな、落ちないように気をつけてね」
「は、はい」
イヨは、岩壁に体を押しつけて震えている。
下を見る勇気がないので、足をかける場所がわからない。
「僕が押さえてるから、足下に注意してゆっくり降りるんだ」
アレクが、横からイヨの腕を握る。
「は、はい」
頬を染めるイヨ。
「あー、いいな、いいな」
「羨ましいのであるこん」
ルナとミサキが、アレクとイヨをからかう。
アレクも赤面する。
「イヨに余計な手出しをするなぞな」
ゾナが、レーザーの発射口をアレクに向ける。
「別に、これは……」
慌てたアレクが、足を滑らす。
地の底へ真っ逆さまかと思ったが、一メートルほど下にあった岩の出っ張りに命を救われる。
「大丈夫?」
「ちょっと腰を打っただけ」
岩にしがみつきながら苦笑いするアレク。
「もう、アレクさんは敵じゃないのよ。
何度言えばわかるの」
イヨが、ゾナを叱る。
ゾナには、機械なのに嫉妬心があるかのようだ。
「わかったぞな」
ᓚᘏᗢ
一行は、さらに下へ進む。
洞窟の向きが縦から横に変わる。
「やっと普通に歩けるようになったわね」
「魔物とか出なければいいんだけど」
アレクは、周囲を警戒する。
狐火に照らされた鍾乳石が魔物のように見えて恐ろしい。
本物の魔物が出てきてもおかしくはない雰囲気だ。
そんなことを思っていた時だった。
ごごおおおおーーーー。
洞窟内に何かの音が反響する。
すると、にわかに強い風が洞窟を吹き抜ける。
「今まで風なんて吹いてなかったのに、どこから?」
ルナは、魔物の襲来に備えて身構える。
風は、三十秒ほど吹いてから止まってしまった。
「何だったの、今のは?」
「風に魔物の匂いは感じなかったのであるこん」
「自然の風だったのでしょうか」
「だとすると、どこかで外とつながっているのかな」
アレクは、風の出入り口を探す。
しかし、洞窟の形が複雑で見つけられない。
「ねえ、今の風がどこから吹いてきたかわかる?」
イヨが、ゾナに尋ねる。
「おいらが、この洞窟の中を調べてくるぞな」
ゾナが飛び立つ。
「待って」
アレクが、ゾナを引き留める。
「イヨの命令以外は聞かないぞな」
「待って」
アレクの代わりにイヨが言う。
「わかったぞな」
ゾナが引き返す。
「今は調べなくてもいいよ。
太陽の光がないところで無駄なエネルギーは使わない方がいい。
とりあえず先に進もう」
イヨが、ゾナを手に持つことにした。
しばらくして、ミサキが立ち止まる。
人間より鋭敏なケモ耳をぴんと立て、音に集中する。
「我らの後ろを誰かがつけてくるのであるこん。
かなり遠いのであるが、かすかに足音が聞こえるのであるこん」
「こんなところまで来る人なら、普通の人じゃなくて冒険者よね。
でも、源泉に穴ができたのを知ってるのは、あたしたちだけなのに」
「最初からこっそり見られていたのでしょうか」
「気配を感じさせずに僕たちを見張っていたのなら、相当な実力者だ。
あまり関わりたくないな」
四人は、歩きにくい洞窟を先へ急ぐ。
「でも、この先に何があるのでしょう?
あのタマモという人がいるのでしょうか?」
不安げなイヨ。
確かに、アレクたちは、何の確証もなく洞窟を奥へ向かっている。
何もない行き止まりだったらどうするのか。
タマモの仕掛けた罠の可能性もある。
「あの人は嘘は言っていないと感じているこん。
もう少し行きたいのであるこん。
そして、確かめたいのであるこん」
ミサキの真剣な眼差しを見たイヨは、黙って頷く。
仲間の思いに応えるという意思表示だ。
「ところで、まだ足音は聞こえる?」
ルナが、ミサキに尋ねる。
「はい、こん。
しかも、距離が縮まっている気がするのであるこん」
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「こっちの存在を隠すために狐火を暗くした方がいいかも」
アレクの提案にミサキが従う。
互いの存在がぎりぎりわかる程度になる。
「向こうが僕たちを追っているのなら手遅れかもしれない。
分かれ道のない洞窟だから、いずれ追いつかれるかもしれないし」
「声も小さくした方がいいですね」
「ルナっちは、特に気をつけるのであるこん」
「えーっ、あたしの声うっ」
慌てて口に手を当てるルナ。
洞窟の反響で自分の声の大きさを自覚したのだ。
ざざざざざ……。
「何でこんなにあたしの声が響くのよ」
ざざざざざ……。
「いや、何かが動いているような音だ。
狐火を明るくして」
アレクが、ミサキに指示する。
再び洞窟内が明るくなる。
「うげっ、何、あれ、虫?」
ルナが、洞窟の天井を見上げて叫ぶ。
胴回りが一抱えもある巨大で体の長い虫が張り付いている。
体の一部が鍾乳石に隠れているので、全体の大きさは不明だ。
「気持ち悪いのであるこん」
ミサキは、たじろいで後ずさる。
「大きな蜈蚣ですね」
意外と冷静なイヨ。
興味深そうに見つめている。
さほど虫に嫌悪感がないらしい。
ざざざざざ……。
巨大蜈蚣が、その無数の足で動き出す。
鞭のような二本の触覚を振りながら、アレクたちに向かってくる。
「逃げろ!」
逃げるアレクたち。
しかし、イヨが逃げ遅れる。
「何をしているぞな」
ゾナが、イヨを乗せて飛ぶ。
「あ、ありがとう、ゾナ」
蜈蚣は、アレクに狙いを定める。
巨大な顎肢を左右に開いて、アレクに襲いかかる。
鍾乳石の隙間に身を隠すアレク。
蜈蚣の頭が、アレクを隠す鍾乳石にぶつかる。
鍾乳石にひびが入るが、アレクは無傷だ。
蜈蚣は、再び鍾乳石に頭突きをする。
これでは、すぐにも崩れてしまうだろう。
「こっちだ」
ルナが、蜈蚣に石を投げつける。
自分の方に誘っているのだ。
だが、蜈蚣は気にしない。
もっと蜈蚣に接近したルナだが、気持ち悪くて躊躇してしまう。
「蜈蚣には毒があります。
油断しないでください」
ゾナから降りたイヨが、ルナに注意を促す。
「うえっ、ただでさえキモいのに」
「ゾナ、アレクを助けて」
「わかったぞな」
ゾナが、蜈蚣にレーザーを撃つ。
アレクへの攻撃をやめる蜈蚣。
ルナたちの方へ向き直る。
なおもレーザーを撃ち続けるゾナ。
蜈蚣は、痛そうに身をよじるが、なかなか死なない。
虫型の魔物は、生命力が強いのだ。
「むしろ怒らせてしまったようであるこん」
蜈蚣は、激しく牙や触角を動かす。
レーザーのせいで体液が流れていて、一層不気味で鬼気迫る姿だ。
物凄いスピードでルナたちに迫り来る。
ルナたちは、恐怖で体がすくんで動けない。




