18.ようこそ、地下試験場へ
「何があるのであるこん?」
「さあ、あたしもよく知らないのよね。
闘技場みたいのがあるって聞いてるけど」
ミサキとルナは知らないが、アレクは知っていた。
憤怒の掌の一員として特級認定試験を受けたことがあるのだ。
別の冒険者ギルドでのことだが、同じように地下に試験場があった。
「足下に気をつけてください」
受付嬢は、ランプを手にしている。
アレクたちを率いて暗い階段を下る。
地下室に到着すると、壁にある複数のランプに火を移す。
全体が明るくなり、テニスコートほどの広さの四角い空間だとわかる。
壁が石のブロックでできていて、古代遺跡のようだ。
空気は、ひんやりとしている。
肌の露出の多いルナには寒いぐらいだ。
「ようこそ、地下試験場へ」
アレクたちの背後から女の声。
振り返ると、いつの間にか受付嬢とは別の女がいた。
青い簡素なドレスを着ていて、大人の魅力を感じさせる。
特に胸の谷間が凄い。
魔法少女が持つような、宝石のついたステッキを持っている。
「私は、ここのギルド長、ロレッタ・ピゼンデルと申します。
あなた方のような有能な新人に出会えて光栄に存じますわ」
「あ、その、それはどうも」
アレクたち三人は、たどたどしくお辞儀をする。
一般的なイメージとは異なるギルド長を前にして、少し混乱している。
「アレクさんでしたわね。
こんな可愛い子がダンジョンで大活躍だったなんて」
ピゼンデルは、胸の谷間を強調するような前傾姿勢でアレクに近づく。
いろいろな角度からアレクを眺める。
美術品の鑑定でもするかのようだ。
いや、美味しそうなケーキを前にした子供みたいと言った方がよいか。
今にも食らいつきそうだ。
「あの……、僕、何か変ですか?」
たじろぐアレク。
「あら、あまりに可愛いもので、ごめんなさい。
おほほほ」
ピゼンデルは、正気に戻って照れ笑いをする。
その照れ笑いも、どこかわざとらしい。
「何なの、この人?」
ルナとミサキは、呆れて顔が引きつっている。
「ところで、アレクさんは、幸運付与師なんですってね」
「ええ、まあ」
「珍しいスキルの持ち主で大変興味があるわ。
なので、そのスキルを活用できる試験にしてみるわね」
ピゼンデルは、受付嬢に合図をする。
「はい、わかりました。
あれですね」
助手となった受付嬢は、試験場の端へと走る。
奇妙な器具の乗った台車を押して戻ってくる。
扇風機に、羽根の代わりに車輪をつけたような道具だ。
「これは、運命の輪と呼ばれるものです。
状況の変化への対応力を調べるための道具です」
ピゼンデルが説明する。
「それでは、女の子二人には、早速戦闘試験を受けてもらうわ。
ただし、最初はアレクさんの幸運付与の助けは無しでね。
さあ、戦闘開始よ!」
ステッキを頭上に掲げるピゼンデル。
「ええっ、いきなりですかあ」
「準備もできていないのであるこん」
地下試験場の空気が揺れる。
壁のランプが消えかけ、一瞬暗くなる。
すぐに明るさが戻るが、何か雰囲気が違う。
見回すと、複数のオーガが、アレクたちを取り囲んでいた。
皆、筋骨隆々として二メートルを超える巨体だ。
「アレクさんは下がっていてね」
ピゼンデルと受付嬢は、アレクの手を引いて試験場の壁際へ。
「まずは、あの子たちのお手並みを拝見ね」
ᓚᘏᗢ
地下試験場の中心にルナとミサキと扇風機に似た運命の輪。
その周りを多数の巨大なオーガが取り囲む。
試験場の端にアレクとピゼンデルと受付嬢。
「二人でそのオーガたちと戦ってみなさい。
危なくなったら、その運命の輪を回してみるといいわ」
ピゼンデルが、ルナとミサキに告げる。
同時に、オーガたちが、ルナとミサキへの襲撃を開始する。
オーガは、二足歩行で、ゴブリンを凶悪にしたような姿の魔物だ。
武器は持たないが、岩のような拳の破壊力にかかれば、人間の頭など熟したトマトに等しい。
一体のオーガの拳が、ルナとミサキに振り下ろされる。
二人は、異なる方向へ素早く飛び退く。
他のオーガが、二人の着地点に走る。
敏捷性で勝るルナとミサキは、ぎりぎりで攻撃を躱す。
この調子で、敵の攻撃を避け続ける二人。
逃げるばかりで、反撃ができない。
敵が多すぎる上に、意外と攻め入る隙がない。
別々に動いていた二人が、再び試験場の中心で一緒になる。
「こいつら、意外と強い」
「はい、こん」
話をしている暇もない。
オーガの手や足が、次々と二人の体のすぐそばをかすめる。
ルナは、ダガーを鞘から抜く。
目の前に迫るオーガの腕にダガーを突き立てる。
だが、皮膚が硬く、掠り傷程度しか与えられない。
ミサキの雪泥鴻爪も同じだ。
猫が引っ掻いたほどの傷が精一杯だ。
狐火をオーガにぶつけても、皮膚の一部が焦げるだけ。
しかも、熱さを感じていないかのように動き続ける。
「強すぎるこん」
「これがテスト?」
二人の顔が、次第に絶望に染まる。
オーガから逃げるばかりになってしまう。
さらに、二人の目の端には、精神をかき乱す光景が映っている。
ピゼンデルが、アレクにぴったりと寄り添っているのだ。
これがなければ、もう少し戦いに集中できたのだが。
「何かいい手はない?」
「弱点があれば……こん」
「弱点……」
二人は、敵の攻撃を躱しながら考える。
オーガは、硬い皮膚の内側に分厚い筋肉をまとっている。
頑丈すぎて弱点などなさそうだ。
ルナは、一体のオーガの背後に回る。
背中に跳び乗り、後頭部の首の付け根を目がけてダガーを振り下ろす。
がっ。
「くっ、駄目か」
首の骨までは届かない。
オーガは、邪魔そうに上半身を揺する。
ルナを振り落とそうとするが、必死にしがみつくルナ。
そこへ別のオーガが殴りかかる。
首を刺されたオーガの顔面にパンチがヒット。
ルナもろとも壁際まで吹っ飛ばされる。
ルナは無事だが、殴られたオーガは起き上がらない。
すると、煙のように消えてしまった。
唖然とするルナ。
「あれって、もしかしてロストテクノロジーであるバーチャルリアリティーですか?」
アレクが、自分に体を密着させているピゼンデルに尋ねる。
「あら、よく知っていたわね。
やっぱりただの新米冒険者じゃないわね」
VRといっても、ただのVRではない。
感触まで本物と変わらないという謎の古代技術なのだ。
「普通の等級審査には使わないのよ。
あなた方が普通と違うから特別に使うことにしたの」
ピゼンデルは、さらに強くアレクに体を押しつける。
「そ、そうですか」
アレクは、押し返すのも失礼な気がして、なすがままだ。
このアレクの態度が、ルナとミサキを苛立たせる。
同士討ちさせればよいことに気づいた二人は奮起する。
オーガは知能が低いので、誘いに乗りやすい。
二人で一体ずつ誘導して、ぶつからせる。
すると、敵味方がわからなくなり、互いに殴り合いを始めてしまう。
すぐに双方が弱って倒れて消える。
「わかれば簡単ね」
「このやり方ならば勝てそうであるこん」
だが、油断は禁物だ。
ᓚᘏᗢ
ルナとミサキは、オーガをうまく誘って戦わせる技を身につけた。
「ほーら、こっちこっち」
「来るのであるこん」
家畜の群れを呼ぶようだ。
呼び寄せられたオーガたちは、接触すると殴り合いが始まる。
大勢のオーガが、ルナたちをそっちのけで乱闘する。
笑っちゃうぐらいアホだ。
倒れたオーガは、すぐに消滅する。
どんどんオーガの数が減る。
とうとう残り三体になった。
二人は、どうだとばかりにピゼンデルに得意げな顔を向ける。
「うふふ、やるわね。
でも、どや顔は負けフラグって決まってるのよ」
ピゼンデルは、魔法のステッキを掲げる。
すると、オーガの動きが変化した。
巨体が軽くなったかのように軽快なステップで攻撃してくる。
すばしこいルナたちでも逃げるのがやっとだ。
「急に速くなったわ」
「挑発に乗らないこん」
オーガたちは、知能もよくなっている。
三体が連携してルナとミサキの逃げ道を封じる。
オーガのパンチが、ルナの顔面に迫る。
避けきれないルナは、両手で受け止める。
試験場の中央付近から壁まで転がるルナ。
壁に強く体を打ち付ける。
「うっ」
かろうじて受け身を取れたので、怪我は免れた。
息が苦しい。
立ち上がることができない。
「ルナっちこん!」
ミサキは、ルナに駆け寄りたいが、オーガたちに阻まれる。
狐獣人の俊敏さをもってしても、オーガを躱せない。
次第に、ルナから離れた壁際に追い詰められる。
ついに石壁がミサキの背に触れる。
容赦なく振り下ろされるオーガの拳。
ぎりぎりでよけるミサキ。
オーガの拳が石壁に当たったはずだが、何の音もしない。
VRは、施設そのものを壊すことはないようになっているのだ。
ミサキは、身をかがめ、オーガたちの足の間から抜け出す。
ルナを助けに向かう。
ところが、すぐに一体のオーガがミサキの前に回る。
「幸運付与をしないと」
アレクは、ミサキに手をかざそうとする。
「優しいのね。
でも、まだ駄目よ」
ピゼンデルは、アレクの手に自分の手を絡める。
力が抜けてしまうアレク。
「まあ、見ていてご覧なさい」
ミサキは、オーガの殴打をすんでのところで躱し続ける。
反撃のチャンスがない。
だが、動きに精彩がなくなってきた。
オーガの作戦のようだ。
あえて逃げ回らせ、疲れさせようとしている。
「はあ、はあ」
ミサキは、呼吸が荒くなる。
負けを認め降参するという考えが、ミサキの脳裏をよぎる。
冒険者パーティーの等級は、絶対必要なものではない。
別の機会に審査に再挑戦してもよいのだ。
ルナに目をやると、まだ倒れている。
ルナのためにも棄権しよう。
そう思った時、忘れかけていたものが目に入った。
試験場の中央に鎮座する運命の輪だ。
危なくなったら回すのだとピゼンデルに言われていた。
あれを回そう。
運命の輪を目指すミサキ。
しかし、オーガは、簡単には運命の輪に触らせてくれない。
巧みにミサキの行動を邪魔する。
まるでサッカーやバスケのディフェンスだ。
ミサキは、フェイントを仕掛ける。
右に動くかのように体を右に傾け、足首をひねり左へダッシュ。
そのまま突き抜けるとかと思いきや、急速に右へターン。
三体のオーガの囲みを脱する。
ヘッドスライディングのように運命の輪へと跳びかかる。
ずざーっ。
やっと運命の輪の台座に手が届く。
だが、ミサキの体を黒い影が覆う。
跳び上がったオーガが、空中からミサキにのしかかろうとしている。
オーガの巨体の下敷きになったら、ミサキは助からないだろう。




