17.何で気がつかなかったんだろう
「あたしには魔力を感じる能力はないけど、様子がおかしいのはわかるわ」
廊下の壁が、少しずつぐにゃりとゆがんできているのだ。
壁に立てかけられた魔物像が、こちらに迫ってくる感じがする。
像が動いているのではない。
徐々に廊下が狭くなっているのだ。
「これは絡繰りであるこん?」
「絡繰りだとしたら凄い技術だけど、そんな感じじゃないなあ」
アレクは、周りを見渡し、対策を考える。
「ルナ、あの赤い宝石を!」
「うん、わかった」
ルナが、ミノタウロスの赤い宝石を取り出す。
壁の動きが止まる。
魔物を恐れさせる効果を発揮したのだ。
走り出す三人。
入り口の方へ戻る。
廊下が狭くなりすぎて通れない。
また壁がゆがみ始める。
赤い宝石の効果は、長続きしないのだ。
三人は、入り口とは逆の方向へ走る。
だんだん廊下の幅が狭まる。
左右の魔物像が邪魔になり進みにくくなる。
「この壁をぶち破れば……」
ルナが、壁をパンチする。
壁に弾力があり、破壊できない。
「なんか変な感触……」
「ならば、我の雪泥鴻爪こん」
ミサキが、魔法の爪を振るう。
魔物像は切り刻まれたが、壁には傷がつかない。
アレクは、ルナとミサキに幸運付与を行う。
廊下が狭まるのは止まらない。
しかし、入り口方向から狭まるので、出口方向には進める。
三人は、追い立てられるように出口方向に向かう。
「出口だわ」
前方が開けているのが見える。
ようやく潰れる廊下から脱出できた。
「って、ここ、外じゃないような……」
真っ暗な空間だ。
ミサキが、狐火を出す。
十人で満員になりそうな広さの丸い部屋だ。
通ってきた道はふさがれ、出口はなさそうだ。
魔物の像もない。
「なんだか大きな動物の胃の中にいるみたいね」
壁にしわが寄っていて、生物的な感じがする。
「本当にこのお化け屋敷自体が巨大な生物なのかも」
アレクは、壁を触って確かめる。
ざらざらとぶよぶよが混ざった奇妙な感覚だ。
湿り気はない。
「消化液みたいなのが出てないかと思ったけど、それはないみたいだ」
「こんなところで餌になんかなりたくないわよ」
「困ったことになったのであるこん?」
「僕の判断が間違ってた。
ミサキが床に血を見つけた時、さっさと入り口へ引き返すべきだった。
暗闇でものがよく見えなきゃ見つけられない血糊を演出に使うわけはなかったんだ」
「演出だとか言ったのは、あたしよ。
あたしが悪かったのよ」
ルナは、悔しそうに歯を食いしばる。
目には涙が浮かぶ。
「誰が悪いかなど、どうでもよいことであるこん。
ここから逃れる手段を考えるのであるこん」
「そうだね」
「こんなところでくたばってなんかいられないわ」
ミサキの言葉に励まされるアレクとルナ。
ルナは、ダガーを取り出し壁を切りつける。
しかし、どうしても傷がつかない。
ミサキが雪泥鴻爪を使った時と同じだ。
泥を切ったように、切れ目がすぐに元に戻ってしまうのだ。
「どうなってんの、これ?」
この謎の空間に穴を開けることはできるのだろうか。
ᓚᘏᗢ
「不思議な物質だ」
アレクは、ミサキの狐火に照らされた壁や床を観察する。
ルナのダガーを借りて、壁に傷をつけてみる。
やはり、傷がすぐに修復されてしまう。
「壁自体が意思を持っているような感じだ」
「やっぱり、このお化け屋敷自体がお化けなのね」
「というより、壁土の一粒一粒が小さな生物みたいなんだ。
壁の傷が元に戻る時の動きがそんな感じだった」
「へえ……」
「ほお……こん」
ルナとミサキは、アレクの観察力に感心する。
「それがわかったところで、脱出の方法は見つからないんだけどね」
アレクは、頭をかく。
必死に脱出法を考えながら、ふと頭上に目をやる。
そこには、狐火が漂っていた。
「何で気がつかなかったんだろう。
この狐火を使えばよかったんだ。
今、僕たちに迫ってこないのも、この火を恐れているからかも」
「我も、そのことを忘れていたのであるこん」
ミサキは、狐火に魔力を送って火力を強める。
まぶしくて直視できないほどになる。
その狐火を壁に近づける。
すると、壁が狐火を避けるようにゆがむ。
明らかに火を恐れている。
さらに壁にくっつくほど狐火を近づける。
壁に人が通れるほどの穴が開く。
「うまくいったわ」
「元に戻らないうちに通り抜けよう」
三人は、狐火とともに壁の穴に突入する。
自分に火がつかないよう気をつけつつも一目散に走る。
目の前が開ける。
ミサキの魔力が尽きて狐火が消える。
「ここは?」
「出られたのであるこん」
町並みと暮れかけた空。
人々の喧噪。
食べ物やゴミなどが入り交じった匂い。
フェンスターの町に戻ったのだ。
三人は、ほっと息をつく。
振り返ると、そこにお化け屋敷の建物はなかった。
周囲を建物に挟まれた四坪ほどの空き地があるだけだ。
お化け屋敷の中は、もっと広かった印象なのに。
「君たち、なかなかやるねえ」
どこからか声がした。
よく見ると、空き地の上に、小さな人間型の生物が浮かんでいる。
美少女の姿だが、背中に蝙蝠の羽がある。
悪戯っぽい顔で微笑んでいる。
「まさか、妖精?」
目をこらすルナ。
冒険者歴の長いルナも初めて見る。
「こんな町中に邪妖精がいるなんて」
アレクは、蝙蝠の羽を見て普通の妖精と違うことがわかった。
悪事ばかりする邪妖精なる存在に関する知識を持っていたのだ。
「私、邪妖精だけど、相手は選んでるんだよ。
君たちの後に入ってきた乱暴者たちをお化け屋敷の餌にしたけど、君たちは食べさせなかっただろ」
「本当に演出ではなかったのね。
お化け屋敷は幻覚か何かじゃなかったの?」
ルナが、邪妖精に疑問をぶつける。
「お化け屋敷なら、形を変えてあそこにあるドブに入っていったよ」
邪妖精は、道の端に並んだ汚れた板を指さす。
やはり、お化け屋敷は形を変える生物だったのだ。
「君たちは面白そうだから、ちょっと様子を見てたんだ。
意外と早く抜け出したんでびっくりしたよ。
そんじゃ、バイバーイ」
それだけ言うと、邪妖精は、どこかへ飛び去ってしまった。
残されたアレクたちは、しばらく呆然と空を見ていた。
「あいつ、何がしたかったの……?」
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お化け屋敷の跡地に何枚かのコインが散らばっていた。
「これが、この一件の戦利品ってことになるのかな」
アレクが、コインを拾い集める。
「餌食になっちゃった人が持ってたお金かもね」
「拾って使って差し上げることで供養になると思うのであるこん」
三日分ぐらいの生活費にはなりそうな額が手に入った。
その後、その金の一部で屋台の料理を堪能した。
「眠くなったのであるこん」
宿に戻る途中、睡魔に襲われたミサキ。
お化け屋敷脱出の際に魔力を消耗したせいだ。
目をこすって立ち止まる。
とろんとした目でアレクを見つめる。
おんぶをして欲しいと表情で訴えている。
「じゃあ、僕の背中へ」
ぴょん。
アレクの背中へ跳び乗ったかと思うと、すぐに寝てしまった。
朝のルナと同じだ。
「あーあ、先越されちゃった。
ま、今回はミサキちゃんに譲るか」
からかうように言うルナであった。
翌日の朝。
アレクたち三人は、冒険者ギルドへ向かう。
「あなた方は、まだ冒険者パーティー等級がないのですよね?」
「ええ、まあ」
若い受付嬢の問いにルナが答える。
「あのハッシダーテ洞窟の惨事から全員生還したパーティーが等級もついていないなんておかしいことですよ。
審査を受けて等級をつけてもらうべきですよ」
興奮した口調の受付嬢。
アレクたちの実力を高く買っているようだ。
「等級とは、それほど大事なのであるかこん?」
「ご存じありませんか?
等級が高ければ、様々な場面において優遇されるのですよ。
本来なら不安定な立場で、ともすれば疎まれやすい冒険者の身分をギルドが保証することになります。
世間からの信用が段違いなのですよ」
「ほお、なるほどこん」
ミサキは、何となくだが、説明を理解した。
「どうする、アレク?
等級があった方がいいかな?」
ルナは、等級が欲しいとは思っていない。
単独で活動してきたルナは、等級とは無縁だった。
等級は、パーティー単位でないと与えられないのだ。
それでも、ルナには困ることはほとんどなかった。
「そうだねえ」
悩むアレク。
特級冒険者パーティーから追放された身だ。
等級には複雑な思いがある。
受付嬢は、わくわくした表情でアレクの返事を待っている。
高い等級のパーティーの誕生に立ち会えるのは、ギルド職員の名誉。
そんな意識があるのだ。
「せっかく勧められたから、審査を受けてみてもいいかも」
アレクは、ルナとミサキの顔を見る。
二人が頷く。
「それでは、これから等級審査を行いますね。
私についてきてください」
受付嬢が、アレクたちをギルドの奥へ案内する。
職員専用の扉をくぐり、事務室の中に入る。
「さ、こちらですよ」
アレクたちは、受付嬢に従い、事務室の中を抜ける。
仕事中の事務員へ申し訳なさそうに会釈をしながら進む。
事務員たちは、笑顔でアレクたちを見送る。
もう一つの扉を開けるとまっすぐな廊下が延びていた。
その先は、地下へ続いているようだ。
地下に何があるのだろうか。




