16.お化け屋敷なんて面白そう
「はい?」
と、振り向くアレク。
「オフィーリア、あの白玉の環はどうだろうか?」
コンラッドが、女魔術師に問いかける。
「そういえば、ありましたね。
デポジト・マジコ」
オフィーリアと呼ばれた女魔術師は、収納魔法を発動する。
ちなみに、アレクたちは、コンラッド以外の名前を聞き忘れていた。
今初めて女魔術師の名がオフィーリアだと知った。
オフィーリアの手元の空中に白い穴ができる。
亜空間の収蔵庫の入り口だ。
「うわっ、収納魔法とは便利!」
感心するルナ。
収納魔法の使い手は珍しいのだ。
ルナの魔法鞄より持ち運べる荷物の量が格段に多く、羨ましい限りだ。
「これね」
オフィーリアが穴の中から取りだしたのは、白いドーナツ状の物体。
純粋な翡翠輝石でできた環だ。
「これは! こん」
ミサキの耳が、ピンと立つ。
「我が国の白い玉であるこん。
この玉が発する気でわかるこん」
「やはり、そうであったか。
では、受け取ってくれ」
コンラッドの言葉に従い、オフィーリアが、環をミサキに差し出す。
「よいのであるかこん?」
戸惑うミサキ。
「以前、強い魔物を倒したときに手に入れたんだけど、使い道がなくて持て余してたの。
持つべき人に出会えてよかったわ」
オフィーリアは、白玉の環をミサキの手に乗せる。
「ご厚意、誠にかたじけのうございますこん」
ミサキは、深々と頭を下げる。
「そんなに頭を下げられても……」
苦笑いするオフィーリア。
両パーティーは、今度こそ別々の方向へ歩き始めた。
朝日に照らされる道を、アレクたちは、フェンスターへと戻る。
数キロ先に、町を囲む城壁がシルエットになっている。
「眠くなってきちゃった」
あくびをするルナ。
徹夜で戦ったので、眠くて空腹だ。
かろうじて眠気が勝っている。
「そ、そうだね」
アレクは、空腹時のルナの厄介さを知っている。
ルナには寝ていてもらいたい。
「寝たければ寝てもいいよ。
僕がおんぶするから」
「じゃ、お言葉に甘えて」
と言うと同時にアレクの背中にぴょんと跳び乗るルナ。
小猿のようにしがみつき、そのまま瞬時に眠ってしまった。
背中にむにゅっと押しつけられる胸の感触が悩ましい。
以前ゴブリンの群れと戦った後と同じだ。
「我も眠たいのは同じであるこん」
ジト目でアレクを見るミサキ。
アレクは、心の中で「しまった」と叫ぶ。
ルナばかりを贔屓してはならないのだ。
「ルナはねえ、お腹がすくと人が変わるんだよ。
だから、さっさと眠ってもらおうかなと……」
必死に早口で説明する。
「仲がよくて羨ましいこん」
「そのうち機会があったら、ミサキのことをおんぶするよ」
ミサキは、満面の笑みを浮かべて喜んだ。
ᓚᘏᗢ
「ちょうど開くところだ。
ギルドの中で休ませてもらおう」
アレクたちは、朝の営業を始めたばかりのギルドに入る。
ラウンジの椅子にルナを座らせ、自分も座る。
全員そのまま寝てしまった。
昼過ぎになって、ルナが最初に目を覚ます。
周囲の人が自分を見て何やらささやき合っているのに気づく。
恥ずかしい姿を見られたと思って赤面するルナ。
「ねえねえ、起きて」
アレクとミサキの体を揺する。
「どっかに食事しに行こう」
二人を誘ってギルドを出る。
ギルドの近くにある料理屋に駆けこむ。
少し遅い昼食だ。
この店でも、ルナの大食漢ぶりが遺憾なく発揮された。
大量の料理が、ブラックホールと化したルナの口に消える。
しかも、どんな料理でも最高に美味しそうな顔で食べる。
決して下品で汚い食べ方ではない。
なので、見ていて不快感はない。
料理をひっきりなしに運ぶ店員は大変そうだが。
それにしても、ルナの細い胴のどこに食べたものが入っているのか。
相変わらずの謎だ。
「豪快な召し上がりようであるこん」
ミサキがルナのドカ食いを目の当たりにしたのは初めてだった。
口をぽかんと開けて見つめている。
ドン引きしつつも尊敬している眼差しだ。
ルナの食べる姿には、不思議な魅力があるのだ。
「すげえな、あの女」
他の客も驚いている。
冒険者ギルドに近いので、大柄でたくましい男の多い店だ。
そんな男たちすら感心するルナの食べっぷりだ。
「あいつら、昨夜の死人がたくさん出た魔物退治で生き残ったパーティーだぞ」
「小僧と小娘だけなのになあ」
「だけど、あのモンスターみてえな食い方の女、ただもんじゃねえ」
褒めているのか貶しているのかわからない。
凄い奴として一目置かれているのだけは確かだろうが。
「あー、美味しかった」
ようやく無限に思えたルナの栄養摂取に一区切りがついた。
アレクたちが囲むテーブルには、大量の食器が積み上げられている。
ルナの食事が乗っていたのが大半だ。
三人は、ゴブリン金貨で代金を払い、店を出た。
その後、三人は、宿屋に入った。
部屋を二つ借りたので、以前のような気まずい思いはしないだろう。
そのうちの一つの部屋に集まり、今後のことを話し合う。
「ミサキの宝石を探すにしても、どう探せばいいのか全くわからない。
当てはあるの?」
アレクが、ミサキに尋ねる。
「全くないこん」
「それじゃあ、あちこち探し回るしかないわね。
でも、もう少し効率的に探せる方法があるといいんだけど」
「とにかく、僕の幸運付与をかけ続けて運をよくするしかないね」
「アレクの幸運付与は凄いけど、目当ての宝石が全部その辺に転がってるとはさすがに思えないわ」
結局は、地道に探すしかないとの結論に至った。
明日から探索開始だ。
「ねえ、まだ夜にもならないし、町に遊びに行かない?」
「行くのであるこん」
ルナの提案に、ミサキは、喜んで賛成する。
特に遊びたいとも思わないアレクだが、反対するような野暮ではない。
三人で繁華街に出かける。
ミサキは、以前の巫女服風の衣装に戻っている。
クリーニングが終わって服が帰ってきたのだ。
冒険以外の時は、着慣れた服の方が気が休まるらしい。
フェンスターの人々は、獣人であるミサキを見てもあまり驚かない。
大きな町なら獣人を目にする機会もあるからだ。
単なる変わったコスチュームの人と認識している人もいるようだ。
三人は、大勢の人で賑わう歓楽街を歩く。
ミサキにとっては初めての光景だ。
あちこちを興味深げに眺めている。
「あれは何であるこん?」
ミサキが指さしたのは、「お化け屋敷」と書かれた建物だった。
ᓚᘏᗢ
怪しい見世物小屋などが並ぶ一角に、そのお化け屋敷はあった。
古い木造の廃墟を模した簡易的な建物だ。
黒いフードで顔の見えない男が客引きをしている。
「お化け屋敷なんて面白そう」
ルナも、お化け屋敷に興味を示す。
ミサキにお化け屋敷についての簡単な説明をする。
「それは興味深いのであるこん」
二人は、入る気満々だ。
「でも、今朝方までダンジョンで本物の魔物と戦ってたんだよ、僕たち」
アレクは、あまり乗り気でない。
「だからこそ、口直しに偽物が見てみたいんじゃん」
「口直しって……」
アレクは、ルナとミサキに引っ張られる。
苦笑しつつ、客引きの男に木戸銭を渡し、お化け屋敷の扉をくぐる。
中は暗く、足下がやっと見える程度。
年代を感じさせる壁の汚れが、廃墟の不気味さと汚さを再現している。
順路を示す矢印が、ちょっとばかり興をそぐ。
「なかなかいい感じね」
三人は、ルナを先頭に、ミサキ、アレクの順に細い廊下を進む。
廊下は、何度も直角に折れ曲がり、先がわかりにくくなっている。
暗いのでゆっくり歩く。
暗闇でも目の利くミサキには少々物足りない。
「暗ければ狐火を出すのであるこん」
「暗いのもお化け屋敷の楽しみなのよ」
ルナは、ミサキの申し出を断る。
「そういうものであるかこん」
ミサキは、目を細くして歩くことにした。
「きゃはは、何これ?」
ルナが笑い出す。
作り物の犬型魔物が壁に立てかけられていたのだ。
布と紙と粘土で作られているようで、そこそこリアルな像だ。
完全にリアルでないところが、かえって不気味さを増してさえいる。
口の中は、本物の動物の牙がはめ込まれているらしい。
魔物を見たことのない人には恐ろしく感じられるのだろう。
だが、実際の魔物を見慣れた冒険者には、ちゃちな人形でしかない。
「結構頑張って作ってあるじゃん」
「よく見れば可愛いのであるこん」
ミサキが、目を開いて魔物の像を観察する。
同じような動物型魔物の像が、先の廊下の左右に並んでいる。
魔物の像を並べる物好きなど普通いないので、異様な光景ではある。
「魔物の等身大の像を飾ってあるだけで、お化け屋敷なのか?」
アレクには、あまり面白く思えない。
もう少しクオリティーを上げて欲しいものだ。
ずずっ。
突然、像の一つがルナに倒れかかってきた。
「きゃっ」
可愛い悲鳴とともに少し飛び退くルナ。
「なるほど、こうやって脅かすつもりかあ。
ま、あたしは、こんなことじゃ驚かないけど」
強がりを言う。
「どこかで操ってるんだな」
アレクが、辺りを見回す。
暗くてスタッフの姿は見えない。
ばさっ。
また突然、ミサキの頭上に天井から白い布の塊が落ちてきた。
大きなてるてる坊主のように紐でぶら下がって揺れる。
古典的なシーツお化けだ。
「これもお化けであるかこん?」
迷惑そうにシーツお化けを頭から払いのけるミサキ。
「いきなり安っぽくなったわね。
まあ、見世物小屋みたいなものだし、こんなもんよね」
ルナが苦笑したその時だった。
アレクたち三人の背後から何やら声が聞こえてきた。
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「何だよ、これ」
「くだらねえ」
柄の悪そうな数人の男が騒いでいる。
下卑た笑い声がお化け屋敷の廊下に響く。
アレクたちの場所からでは、その様子は見えない。
どすっ。
どすっ。
魔物の像を殴ったり蹴ったりして楽しんでいるようだ。
猿の威嚇みたいな声で爆笑している。
「ああいうのがいると気分悪いのよね」
むっとした表情のルナ。
「注意してくる」
「やめといた方が……」
ルナを止めるアレク。
ここで暴力沙汰が起きたら大変だ。
怪我をするのは男たちの方だ。
「我も一緒に注意しに行くこん」
「だから、やめた方が……」
「あのような者たちをのさばらせておくのはよくないのであるこん」
ルナは、呪いの獅子のことを思い出していた。
「そうだね」
アレクは、渋々納得する。
三人で廊下を引き返し、大声のする方へ向かう。
「うぎゃあああああっ」
「ぐぎゃっ」
突然、男たちの悲鳴が轟く。
何かに襲われたような様子だ。
アレクたちは、思わず立ち止まる。
お化け屋敷の中は、すぐに静かになった。
男たちの声は、全く聞こえてこない。
三人は、男たちがいたとおぼしき場所へ走る。
「この辺にいたと思うんだけどなあ」
首をかしげるルナ。
人の姿はない。
立ち去る足音も聞こえなかった。
魔物の像の列が佇んでいるだけだ。
「床に血がついているこん」
ミサキの光る目が、数滴の血痕を発見する。
「やっぱり何か事件があったらしい」
アレクは、腕を組んで考えこむ。
「わかったわ」
くすくす笑いながら声を上げるルナ。
「これは、このお化け屋敷の演出なのよ。
怖がらせようと思って、隠れて芝居をしていたってところね」
確かに一理ある。
乱暴な男たちが魔物に襲われる場面をスタッフが声だけで演じていた。
真実味を出すために現場に血糊を垂らしておいた。
「そういうことかな」
アレクは、とりあえずルナの考えを受け入れた。
少し引っかかるところはあるのだが。
「それじゃあ、先に進も。
できるだけ怖がってあげないとね」
再びルナを先頭に進む。
魔物の像に囲まれた廊下が続く。
「意外と広いんだね、このお化け屋敷」
アレクが、なかなか出口にたどり着かないことに疑問を持つ。
「そういえばそうね。
仮設の小屋のはずだから、そんなに広いはずはないんだけど」
「何となく変な気分になってきたのであるこん。
魔力がだんだん強くなってくるこん」
「言われてみれば、僕も感じるかも」
ミサキとアレクが感じた魔力の正体は何か。




