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かちこみ

 わたしの勧めで言われた通りにケーキを頬張ったマリーちゃんの口にクリームがなだれ込む。

 なんて言ってもナイフで切り分ける時点で崩れたほど柔らかいケーキだ。

 かじりつこうものなら中のクリームがトロトロ柔らかい生地を巻き込んで口の中に注がれていく。

 口元に少しクリームがこぼれたマリーちゃんはちょっと官能的だ。

 ヨハネも緊張した様子で見ているが、あの顔に欲情していないかとちょっと心配になってしまった。

 半分ほど食べたところでケーキを皿に戻したマリーちゃんは冷静にクリームを拭き取ると、紅茶を飲み干してからこほんと咳き込んだ。


「それでは今日の判定ですが……アマネさんの勝ちとします」

「そんな馬鹿な」


 判定を聞いて、勝利の嬉しさよりも勝てたことへの驚きでポカンとしてしまったわたしの横で、敗北に驚いたノエルが声をあげた。

 まるで昨日のわたしのようだ。


「昨日予言した通りです。アナタはアマネさんを侮ったから負けた。ただそれだけ」

「どういうことですの?」

「昨日の堅焼きガレットは独創的で、菓子職人としてのお二人の魂というものを感じました。だから昨日アナタたちに軍配をあげたわけです。

 ですが今日のクレープはあくまでモトベさんのガレットの延長線上でしかありませんでした。予想したとおり、昨日の勝利でアマネさんたちを見誤ったアナタがたはモトベさんに成長を見せつけるためのメニューを出してきた。だからアナタの負けだと判断したんです」

「それが何だっていいますの!」


 納得のいかないノエルは食べ残しのケーキを手に掴むと勢いよく一口で頬張った。

 そのまま指や口の周りにこぼれたクリームもペロペロと舌で舐めて食べきった彼女はロックの取り出したハンカチで手や顔を拭う。


「わたくしの舌ではわたくしのほうが美味しいと言っておりますわ。変な理屈で贔屓するのはやめていだだけませんか!」


 そして味見をした結果では自分の勝ちだと思ったようだ。

 マリーちゃんに食って掛かるノエルは気が立っている。

 それを見て判定の理由を理解しているのであろう。モトベさんはすっと彼女に近づくと、ビシンといい音を立てて頬を叩いた。


「バカ野郎。自分の程度も理解していないで調子に乗りやがって」

「ちょっと!」


 流石に驚いたわたしも止めようとするがモトベさんは振り払う。彼がもう一発ノエルを叩こうと言うところで間に入ったロックがノエルを庇うと、自分を庇うロックの姿にノエルは大人しくなった。


「申し訳ございませんでした」

「おめえは勝敗がどこでついたのか理解しているのか?」

「もちろんです。今回は妹一人でも大丈夫だと彼女を侮った私のミス。それ以上でも以下でもありません」

「フン。ロック……お前さんに免じて折檻はこのくらいにしておく。俺っちもつい熱くなって出過ぎた真似をした。もうお前さんらは俺っちの弟子ではないものな」

「そ、そんな……ん……」

「失礼しました。妹には私からよく言いかせておきます」

「頼むぞ」

「はい」


 この後、涙目のノエルの手を引いてロックはこの場を立ち去った。

 残されたのはわたしたちと審査員をしたマリーちゃん。わたしとしては勝てて嬉しい反面で、勝てた要因をきちんと聞いておきたいので彼女にたずねた。


「ねえマリーちゃん……実際のところ、わたしとあの子でどっちが美味しかったのかな? 勝てたのは嬉しいけれど、さっきあの子が自分のほうが美味しいって難癖つけていたし気になるんだけれど」

「ああ、彼女の言っていたことは本当ですよ。難癖でもなんでもなく、純粋な味比べだったらノエルさんの勝ちです」

「だったらどうしてわたしの勝ちにしたのよ」

「それは御自分でもわかっているでしょうに。今回勝負という場に適した料理を出したのはアマネさんの方だった。ただそれだけです」

「それは確かにマリーちゃんの言うとおり、わたしは勝負を意識してあのケーキを作ったよ。だけどそれだけが勝因と言われても釈然としないわよ」

「料理勝負とはそういうものです。今日は手慣れていてハズレのない味のノエルさんよりも、付け焼き刃でムラがあっても闘争心に溢れたアマネさんのほうが勝敗をつけるのならば上だっただけです。逆に味だけを比べた場合、昨日は僅差ながらヨハネさんのほうが上でした。ですが僅差ならばと、新しい味を見せてくれたロックさんに私は軍配をあげることにしたんです。

 一旦それを基準に採点をした以上、今日は味だけを見てノエルさんの勝利だなんて言う方が審査員として失格ですよ。ダブスタは最低の行為ですので」

「俺っちもまさかここまで審査員としてのスジ通すとは思わなんだよお嬢ちゃん。ひょっとして、その手の教育を親から受けているんか?」

「いろいろと実家の事情がありまして。生意気なことを言って差し出がましかったのなら謝ります」

「いや構わねえ。むしろお嬢ちゃんは俺っちが言いたいことを代弁してくれていて助かるよ。来週の三試合目もこの調子でジャッジを下してくれ。責任は俺っちがもつから」

「ありがとうございます」


 モトベさんが気になるのもわかるほどにマリーちゃんの審査基準には一定のスジがあり、まるでプロの審査員のようだ。

 実家の都合と言うことは、彼女は審査員の家庭なのかなと当時のわたしは勘違いしていたわけだが、まさか王族の姫様だとは思わなかったのも良い思い出だ。

 その後、勝負の後始末として店の撤収準備を終えたところでモトベさんは最後の勝負の課題を出してきた。


「そろそろ引き上げるが、その前に三試合目の課題を伝えておく」

「その前に一ついいですか?」

「ん?」

「ブーケ兄妹が先に帰ったので、わたしたちだけ課題を聞いたら不公平に思うんですけど……」

「それはこれから俺っちが直に伝えに行くから気にするな」

「それで、課題は何にしましょう。フルーツに生クリームと来た上での最終戦……ここは無難にノンジャンルが良さそうですけど」


 マリーちゃんは審査員としての意見なのだろう。最終戦ということでなんでもありのノンジャンルを提案した。確かに一理ある。


「俺っちもジャンルを問わなくてもいいと思う。そこはお嬢ちゃんと一緒だぜ。だがあくまでこれは勝負なんだし、課題だけは出させてもらう。

 お嬢ちゃんはここまで独創性を重視して審査してくれたわけだが、最後だけは俺っちの課題に準じて判定を下してくれ」

「わかりました」

「じゃあよく聞けよ二人とも。最後の課題は自分が最も美味いと思うモンだ」

「む……これは難しいね」


 そしてモトベさんが出した最後の課題。その内容を聞いただけで難しいと呟くヨハネにモトベさんも頷く。

 一番美味しいと思う料理を作ることは簡単だが、一番美味しいと思うという主観をどうやって審査員であるマリーちゃんに伝えるのか。

 それが難関なのだろう。


「それじゃあ次の勝負は来週土曜日だ。しっかり準備してこいよ」


 モトベさんはヨハネの肩をポンと叩いてから公園を後にする。残されたわたしは勝負の緊張が解けたからであろう。立ちくらみをしてヨハネに寄りかかっていた。

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