第ニ試合
帰宅後、明日の通常営業の仕込みをヨハネに任せたわたしは勝負の準備に取り掛かった。
ヒントはトロトロ、そして勝負らしい料理。
いつもとは違う特別な料理を出してやろうと意気込むわたしは寝る間も惜しんで試行錯誤を繰り返した。
本当ならばヨハネに頼めばもっと楽だったなどというのは過ぎたこと。わたしは勝負食に必要な卵白を泡立てて、焼き加減の調整を繰り返した。
「結局寝ていないけれど大丈夫かい?」
ヨハネの声に気がつくと朝日が登り始めており、驚いたわたしは時計を見た。
「もうこんな時間。今日のぶんの仕上げをしないと」
「それなら僕が全部やっておいたから安心して。あとは焼き上がりを待つだけだから、アマネは今のうちに身支度を整えて。そんな格好じゃ看板娘の名折れだし」
言われて自分の姿を確認すると体中がクリームや粉で汚れていた。
これでは客商売として流石にマズイと軽くシャワーを浴びたわたしは寝不足のクマを化粧で隠し着替えの衣服を身にまとった。
パンが出来上がりカーゴにのせてからはヨハネに任せてわたしはぐーすかと軽く仮眠。気が立っているのか短時間でもだいぶマシになったわたしはその日の仕事をそつなくこなし、気づけば勝負の時間がやってきた。
昨日と同じくモトベさんの段取りで勝負が開始されたわけだが、ロックは腕組みをして後ろで見ており、レストランでの予告通り今回調理を行うのは妹のノエルだけのようだ。
「さあ、何を作るのか教えてくれないかな? 手の内を教えてくれないと手伝いをしようにもできないよ」
一方ヨハネはわたしがひとりで全部やるとは思っていないので当然の質問だ。
本音を言えばメレンゲを作って欲しいのだが、ここはわたしも一人でやらなければ負けだと意地を張る。
「大丈夫。向こうも一人だから全部わたしにやらせて」
「でも……昨夜もちゃんと寝ていないし、大丈夫かい?」
「だいじょーぶ。ヨハネには最後の味見だけをお願いするわね」
本当に大丈夫なのかと疑う様子で一歩引いたヨハネは調理中わたしを後ろから見守ってくれた。
今日は勝負に勝ちたいのももちろんのこと、何よりヨハネにもいい格好を見せてあげたいと拳を握りしめる。
空回りしていることにも気づかずに。しかし空回りしたリキミはうまい具合に卵白をかき混ぜてメレンゲのキメを細やかに整えてくれた。
このメレンゲに卵黄と黒麦粉を混ぜた生地を鉄板で焼けばあとは仕上げのクリームを用意するだけだ。
カセットコンロにフライパンを乗せてバターを溶かし、温まったら生地を投入して弱火で加減を見ながら焼き上げる。
多少時間がかかるのでフライパンに蓋をしてからは、生クリームに砂糖と香料を混ぜ込んでクリーム作りに励んだ。
「そろそろ時間だ」
そしてヨハネの試食も終えてついに実食となった。
「まずはわたくしから。米粉とホイップクリームのクレープですわ」
「これはそのままかぶりつけばいいのかな?」
「もちろん」
「では……いただきます」
先行のノエルが出してきたのは乳白色のクレープだった。
ホイップクリームということはあの中に入っているクリームはふわふわで、熱で溶けないように生地は冷ましてあるのだろう。
お上品に小さめに口を開いたマリーちゃんが先端にかじりつくと彼女の歯がむにゅりと生地に食い込む。そのままゆっくりと咀嚼していく彼女の姿はハムスターのようだ。
「もむもむ……」
半分ほど食べたところで試食はこのくらいと言うことか、マリーちゃんは口を離した。
唇にこぼれたクリームがついていて、わたしならつい舌でぺろりと行きそうなところなのだがマリーちゃんはお上品だ。
冷静に紙ナプキンで唇を拭うと紅茶を一口飲んで口を洗った。
「なるほど……このモチモチとした弾力のある生地は米粉のおかげというわけですか。なんだかお餅みたいですね」
「これは随分と舌が鋭いようですわね。隠し味の意味も込めて米粉にはもち米を混ぜておりますの」
「柔らかくて弾力がある生地とホイップクリームのとろけるような口当たり……なかなか面白いです」
マリーちゃんのコメントはノエルの狙いそのものだったようだ。
勝ち誇るように腕を組んだ彼女がこちらをちらりと見たのでわたしは目をそらす。目線を合わせたらマウントを取りに来そうで嫌だったし。
こちらとしてはやれるだけのことをやったこのケーキに全てを賭けるだけなので、そういう同級生内のヒエラルキーを主張する性悪女ムーブはやめてほしいなと思っていた。
「では次はアマネさんのを。これは……パンケーキ? 課題の生クリームが見えませんが……」
「二つあるので、まずは片方をナイフで半分にしてくださいな」
わたしが出した料理は一見すると二枚の極厚のパンケーキだった。
課題は生クリームなのにその姿が見えないので気にするマリーちゃんに食べ方を教えると、彼女は言われたとおりにナイフとフォークでケーキを切った。
とろけるようにトロトロと生焼けになるギリギリのラインで焼き上げられたケーキの表面にナイフが刺さると、横から充填しておいた生クリームがぷちゅりと溢れ出た。
メレンゲを泡立てて生地に練り込んだスフレなので見た目よりも軽いケーキはナイフで切り分けるだけでクリームまみれになり、柔らかすぎてフォークで刺しても滑るのをマリーちゃんは上品にすくい上げた。そのままパクリと最初の一口。
「うん……柔らかい。でも生焼けにはなっていないですね」
「その点は安心して。わたしが何度も実験して丁度いい焼き加減を割り出しておいたから」
わたしの説明に味見をして失敗していないことを確認済のヨハネもうんうんと頷いた。
彼の態度に安心したマリーちゃんはそのまま最初の一個をぺろりと平らげたので、わたしは二個目を食べる前に指示を出した。
「アマネさん、二個目も同じ味付けですか?」
「味付けは同じだけど食べ方は変えてほしいんだけど良いかな?」
「それは構いませんが……」
「だったらその紙ナプキンでケーキを包んで、横にあるクリームを充填したときについた穴を口に持ってきて」
「こうですか?」
「そうそう。あとはそのまま穴の部分から手づかみで食べてほしいのよ」
「わかりました」
マリーちゃんの顔には「手づかみで食べたら何が違うのだろうか?」「同じ味ならこのあたりで判定に移ってもいいのに」と書いてあったがわたしは押し通した。




