砂糖菓子の花束
モトベさんから車の件で催促の電話を受けたのは約束の期日の前日。
さすがにわたしも決断しなければいけないとは思っているわけだけど、未だヨハネは首を縦に振ってくれていない。
モトベさんにもその事を伝えると、彼はヨハネと代わってくれと言ってきた。
「モトベさんがヨハネに話があるって」
「何だろう。車の件で説得かな?」
ヨハネはわたしの差し金で説得するように頼んだのかと疑う様子で電話を受け取った。
わたしとしては彼に助け舟を求めたつもりは無かったのだが、結果として妙案があると持ちかけてきたので同じことか。
さて彼はどうやってヨハネを説得するのだろうかと思っていたわたしも拍子抜けするほどの速さでそれは済んだ。
「モトベさんは何だって?」
「予想通り車の件さ。あのねアマネ……あれだけ拒否した手前言いにくいんだけど……」
「ん?」
「やっぱりアマネの言うとおり車を買おう」
「本当!?」
「本当さ」
モトベさんがヨハネに何を吹き込んだのかは結局教えてもらえず終いだが、こうしてわたしたちは中古車を買うことに決めた。
形式としてはモトベさんに代金を立て替えてもらって月賦で返す予定。
早速わたしは車があれば出来ることを考えながら、明日の本契約を楽しみにして床についた。
それはおそらくヨハネも同じだったのだろう。
そう、翌日の出来事を見る限り。
「すまない嬢ちゃん!」
ヨハネの引くカーゴに揺られてモトベさんの家を訪ねたわたしたちに対して彼は出会い頭に謝ってきた。
「いきなりどうしたんですか?」
「約束していた車なんだけどよ、俺っちの手違いでヨソに渡っちまったんだ」
話を聞いた私は言葉も出ない。
「どういうことさ」
「車屋のゴーキが予約してたのを袖にして売り払っちまったんだ」
問いただすヨハネに対してもモトベさんは申し訳なさげだ。
「もしかして……僕がいつまでたっても回答を渋ったせいなのか?」
「それは違う」
「そうよ。先生は悪くないわ」
自分のせいかと質問するヨハネに対してモトベさんはそれを否定した。
だがそれを更に否定する声が後ろから響いた。
中性的で透き通った声は男か女か。
強いて言うなら宝塚の男役みたいな声の主は誰だろう?
「な、何をしにきたんだ!」
「そう大声を挙げないでくださいよ先生。わたくしはそこにいる二人に世間をわからせようと、あえて顔を出しましたのに」
「ややこしくなるからテメーらは来るなと言っておいただろうにチクショウ」
「その点は申し訳ありません。ですが妹がどうしてもと」
現れたのは青い髪をした長身の二人組。
短髪で身長は一八〇センチはあろうかという美丈夫と、それより背が低いとはいえ一七〇センチは超えているウェーブのかかった長髪の美女。
モトベさんを「先生」と呼ぶあたり、以前会ったカッツォと同様に彼の弟子なのだろう。
だがいきなり登場してわからせると言い放つ彼女は何様のつもりか?
「良いですか? あの車はアンティークのレストアカーで、百万ルートで買えるなんてのは先生がついた嘘なんですわ。先生が建て替えなければ倍の値段でも買えない掘り出し物。しかも以前から先生が探していた逸品なんですの。
先生自身が使うのならしゃしゃり出るつもりはありませんが、得体のしれないあなたたちが使うのならば愛弟子であるわたくしたちブーケ姉妹が使うのが筋な車なんですわよ」
「つまりモトベさんの好意を僕らが受けるのなんて認められないと言うわけか」
「当然ですわ。貧乏人は貧乏人らしく、今迄通り荷車でも引いていれば良いのですわよ」
「ちょっと!」
貧乏なのは事実なので言い返しにくいが、言葉から受けるトゲにわたしは反論してしていた。
たしかに自分でもいい加減カーゴは卒業したいという気持ちは強いが、ヨハネが今の自分たちで出来る最善手として用意してくれたカーゴをバカにされるのはカンに触る。
「わたしたちが貧乏なのはぐうの音もでないけれど、あのカーゴをバカにするのは止めてくれない?
そもそもモトベさんの弟子らしいけれど、ろくに自己紹介もせずに上から目線で何様なのよ!」
「妹が失礼をした。いくら事実でも口にして良い内容ではなかったな」
「その言いまわしも失礼じゃない?」
「ちょっとアマネ」
失礼と言いつつ兄の方も妹の暴言は残念だが当然と言いたげで、それがわたしを苛立たせる。
初対面の相手にここまでハッキリと怒りをぶつけたのなどいつ以来であろう。
そんなわたしの肩をヨハネはギュッと抑える。
この先は自分の役目だと言わんばかりの態度であり、わたしは思わずキュンとときめいて頬を染めた。
「彼氏の方はわたしたちをご存知なのかな? それで彼女を止めたと?」
「いいや全く。単純にこういうときに後ろに隠れていたらエドマエ男子が廃ると思っただけさ。態度を見る限り有名人らしいが、キミたちは何者だい? アマネの言うとおり、自分の知名度を傘に威張る何様にしか思えないけれど」
「それは俺っちから説明させてくれ。コイツらは家族二人で渡りの菓子職人をしている昔の弟子だ。大きいほうがロックで小さい方はノエル。普段は礼儀正しい仲のいいキョウダイさ。
たしかにここ数年は幻の菓子職人とか言われて有名になっているらしいが、今みたいに偉ぶった奴らじゃなかったと記憶している。これは一体どういう了見だロック? 俺っちに恥をかかせるつもりだったら容赦しねえぜ」
「それはわたしのセリフと言うやつですよ先生。あの車……コールマン五号は先生が長年探していた思い入れのある車種じゃないですか。何故彼らに譲るつもりなんですか」
「そうですわ。先生が自分で持っていれば良いじゃありませんか。異邦人なんて何処の誰とも知らない女に譲り渡す道理はありませんわ。そんなもったいないことをするのならばわたくしたちに譲って頂いた方が良いに決まっています。先生の一番弟子であるわたくしたちなら、あの車も立派に使いこなしてみせますよ」
「テメーら……そこまでバカだとは思ってなかったぜ。そういう勝手な行動が俺っちの顔に泥を塗っているとわからねえのか?」
口論になるモトベさんたちの話から察するに───
①この二人はロックとノエルという兄妹でモトベさんを慕う弟子なのは間違いない。
②モトベさんに勧められた例の車は百万ルートでは本来買えない価値のある旧車。
③その車はモトベさんとは因縁のある車種で、わたしたちに使わせるくらいなら自分たちが貰うのが筋だと兄妹は考えている。
このあたりの事情を察することが出来る。
わたしとしては仕事とプライベートで使うのに充分であれば希少な旧車である必要はない。
ぶっちゃけて言えば同じ値段でキビキビ動けば何でもいいが、モトベさんが本来の価値との差額を受け持ってまでその車を用意したことにはきっと理由がありそうだ。
恩人としてモトベさんの顔を立てる意味では「別の車を用意してくれればどうでもいい」とは流石に言えない状況だ。
「キミたちが何者かで何故車を横取りしたのかという事情は察したよ」
「では例の車はわたくしたちが譲り受けますわ。先生が建て替える予定だった代金は全てわたくしたちが払いますので、先生もご心配なく」
「もし先生自身が使うのであればすぐにお返しします。その場合は弟子から恩師へのプレゼントとお思いください」
「だったら受け取ってそのまま嬢ちゃんたちに貸し出しちまうかと言いたいが……流石にそれは許さねえって態度だな」
「勿論ですわ」
「まいったな」
「待ってくれ。勝手に話が進んでいるが、僕はキミたちの行動を許したわけじゃないよ」
「兄ちゃん……」
「ここは今後に遺恨を残さないためにも正々堂々と勝負で決着をつけようじゃないか。僕らは専門は違うが同じ料理に関わっているんだから、何で勝負するのかは言わずともわかるだろう?」
「勝負!?」
強引な兄弟の進める話を切り替えるためであろう。
ヨハネが勝負で白黒付けようと言い出したのを聞いて、この場ではわたしが一番驚いていた。
「何ナマ言っているんだ? 兄ちゃん」
「生意気ではありませんよ。極端な事を言えば、彼らが僕たちに対して嫌がらせじみた横取りをしてきたのは例の車を僕らに使わせたくないのが理由。言い換えれば、彼らは僕らをヒトとして認めたくないって事です」
「よくわかりましたわね。異邦人と経歴負傷の傷顔男なんて、あの車を手に入れたら売り飛ばして雲隠れするに決まっていますわ」
「おいノエル、テメェ」
「良いんだモトベさん。彼女が僕らを疑うのはむしろ当然の事さ。だから僕らを認めてもらうためにも、正々堂々と勝負をするのが一番なんだ。生意気で挑もうって訳じゃない」
「ナマじゃないのはわかった。だが相棒はああ言っているが、嬢ちゃんは良いのか?」
三ヶ月の付き合いでだいぶモトベさんもわたしを理解している。
それ故に料理勝負という過激な手段を主張するヨハネの暴走を見てわたしが彼を御しきれずに困っているのではないかと確認の意味で彼は尋ねて来た。
たしかに普段のわたしは人見知りがちで闘いはあまり好みではない。
だけどわたしが内面では嫉妬深い女だってことも彼にはバッチリと知られている。
今回は色恋ではないがわたしは彼女たちに嫉妬していた。
彼らの傲慢な態度がいじめっ子のようでイラッと来ていたのだ。
「当然。ヨハネがジャポネでも一番のパン職人だってわたしは知っていますから、負けるつもりも無いですよ」
「ジャポネ一とは随分と大きく出ましたね、お嬢さん」
「お嬢さんじゃなくて、わたしには天音ミレッタっていうちゃんとした名前があるんです。今のはわたしの名前なんて欠片も興味ないって意味での『お嬢さん』でしょう? ロックさん」
「これは失礼したアマネさん。ですがお二人ともやる気充分となれば、これは勝負を受けなければブーケ姉妹の名が廃ります。その勝負、お受けしましょう」
「良いんですの? ロック」
「勿論さノエル。わたしとお前が力を合わせれば負けはない。言い出したのが彼女たちなのだから、わたしたちが勝てばこれ以上は反論もできないでしょう」
「そういうことでしたら」
わたしたちの挑戦をロックは勝って当然と言う態度で受けてくれた。
ヨハネが言うようにわたしたちを彼らに認めさせるのにはこっちが勝つしかなさそうだが、大見得を切っておいて内心わたしは勝てるかどうか不安を覚えていた。
だって料理勝負だなんて漫画の中でしか見たことがないんだもん。
ヨハネの実力は知っているし、何よりヨハネが負ける姿なんて見たくない。
だから強気のブラフは出来るけれど、心の中ではビビっていた。




