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斜め上の結末

 マリーちゃんはクロワッサンを食べ終えてお茶で一息をつく。

 両者の料理を食べ終えたのであとは勝敗を告げるだけとなり、わたしも緊張で手に汗を握ってしまう。


「両者の料理は食べ終えましたが、判定を出すのは少し考えさせてください」

「それは構わねえよ。審査員はお嬢ちゃんなんだからな」


 マリーちゃんはどちらの勝ちにするのか決めあぐねているのだろう。

 彼女の断りに立会人としてモトベさんも許可を出した。

 少し考えてからモトベさんを連れて距離を置いたのは判定結果についての相談であろう。

 さてどんな判定を下すのか。悩まずに即断即決されていない時点で多少の期待は持ってしまう。


「おまたせしました。これから勝負の結果を発表します」


 いよいよ発表ということでわたしも緊張に身震いだ。


「課題への回答を加味した上で……今回はヨハネさんの勝ちとします」

「そんなバカな!」

「依怙贔屓ですわ!」


 結果はなんとわたしたちの勝利。これには驚きのあまり気が抜けるわたしの横で、ロックとノエルが納得できないと声を荒らげていた。

 小生意気なノエルだけではなく紳士的なロックまでこの様子なのはよほど頭に来たのだろう。

 詰め寄ってマリーちゃんの胸ぐらを掴み上げるロックの膂力にマリーちゃんは宙に浮き、大きな乳房がぷるんと艶めかしく揺れる。

 ロックの狼藉に流石にマズイとわたしとヨハネは止めにかかるのだが、長身のロックの長い腕がそれを阻んだ。

 これは完全に修羅場。どうすれば場をおさめられるか。


「あのアイスのどこが劣っていると言うんだ!」

「や……お……」

「やめなさい!」


 なんだかんだ憎めないマリーちゃんのピンチに怖いだなんて言っていられない。

 こうなったら怪我させる勢いで一発ブチかましてやろうと袖を捲りあげるわたしの肩をヨハネが掴んで止めてきた。


「手出ししてはいけない」

「そんな場合じゃないでしょう」

「よく見て。ここはモトベさんに任せよう」


 悠長なことを言っていられないと息巻いていたわたしだが、ヨハネはモトベさんに任せようとしてわたしを止めた。

 モトベさんはゆっくりとロックに近づくと両手を広げて大きく構える。

 あのまま大ぶりでロックを引っ叩くのか?

 そう野蛮な方向に考えていたわたしの予想の斜め上の行動でロックは抑えられた。


「落ち着けロック。負けちまったのは俺っちの責任だ」

「あ……せ、先生……」


 両手を広げたモトベさんは二人の間に入り込むと、そのままロックに優しく抱きついた。

 モトベさんだって男性としては平均的な慎重なのだがロックが大きすぎるので彼の顔はロックの胸元である。

 抱きつき具合がかなりの密着だからか、マリーちゃんから手を離したロックは顔が女の子みたいに真っ赤に染まった。

 まるで恋する女子高生。いや……よく見てみればロックの胸元に密着したモトベさんの顔が柔らかい何かに埋もれてやいないか。

 身長が大きいので胸板も厚いのだと勘違いしていたが、よくよく考えるとロックの手足や指先は丸みを帯びて細い。

 もしかして彼……いいや彼女は───


「お前は完璧に俺っちが教えたアイスクリームを作れた。いや……俺っちが知るアレよりも上の一品を作れたのは間違いねえんだ」

「そんな。慰めはやめてください。惨めになります」

「慰めなんかじゃねえ」


 モトベさんはロックの胸に顔を押し付けながらの説得だ。

 一度気がついてしまうとセクハラに見えてしまうが、こんなシリアスな修羅場で茶化すわけにはいかない上にどうもロックからしたらむしろ喜ばしい様子なので何も言えずにわたしは傍観に徹した。


「おほん」


 そんな二人に割って入ったのはさきほどまで首を掴まれていたマリーちゃん。

 暴力を振るわれた後なので怒るか、反対に怖がったりしそうなところだが彼女は物怖じせずにロックたちに言い寄る。

 むしろいくら判定に納得がいかなかったとはいえ、さきほどの姉の狼藉が申し訳ないのか萎縮しているのはノエルのほうだ。


「モトベさんの言うとおりです。アナタのアイスクリームは絶品でした。ヨハネさんたちのクロワッサンも美味なのですが、それを超えるくらいに」

「だったら今の判定はどう言う事なのですか?」

「最初にも言いましたが問題は課題に対しての回答です。ロックさん……アナタはあのアイスクリームに自信を持っていなかった」

「待ってください。味で勝るのならわたくしたちの勝ちでよろしいではないですか」

「ヨハネさんたちのクロワッサンは普段トスカーナで出しているモノを今この場で食べるために細心の注意を払って調理していました。細部に宿る手配りからは、勝ち負けとは関係のない絶対的な自信が浮かび上がっています。

 ですがアナタたち……いいや、ロックさんは違っていました。ロックさんが作ったいちごのアイスクリームからは、絶対に超えられない何かに対しての挫折を感じ取ったのです。それがノエルさんの担当したミルクのアイスクリームと僅かに喧嘩していたんです。

 絶対評価で味比べをすればそれでもなおロックさんたちの勝ちにしても良かったのですが……そもそもの勝負の目的は何かと考えて、課題を優先してヨハネさんの勝ちにしました。回りくどい説明だし依怙贔屓なのも否定はできません。ですが審査員を引き受けた以上、この判定の責任は私にあります。なのでノエルさんもさきほどのロックさんのことはお気になさらず」

「聞いただろう? ロック。俺っちが余計なお節介であのアイスクリームを教えたから、お前さんに余計な雑念を与えちまったんだ。俺っちが手出ししないで別の料理を作っていたら、勝ってたのは間違いなくお前たちだ。すまない。そもそもの発端も俺っちを思ってのことなんだし、今回は俺っちが詫びるのがスジさ。謝らせてくれ。そして責任を取らせておくれ」

「先生……いいや、コーウェンさん……」

「アマネの嬢ちゃんとヨハネの兄ちゃんも悪かったな」


 相変わらずロックに抱きついたまま謝るモトベさんの姿は彼が四十代のオジサマだということを忘れてしまう。

 それに責任だなんだと言われると、謝罪よりも目の前の相手に取ったらどうだとわたしは邪推してしまった。


「もういいんですよそんなこと。それよりも責任を取るんだったら、ロックさんとよく話し合ってくださいよ。わたしはお似合いだと思いますよ?」

「何を言っているんだ? アマネ」

「はわわ……こ、こ、こ……」

「人前でそんなことを言ってロックを困らせるなんて、デリカシーのない女ですわね」

「そう言われてもこの状況じゃ……」


 ヨハネの反応はまだロックを男性だと勘違いしてのことだろう。

 だが胸に抱きついて頭をグリグリと押し付けて謝るものだから、胸のボタンがはだけてロックの抑えられていた乳房の膨らみが開放されていた。

 男性のように振る舞っていたロックだが実は彼女はとても背が高いだけの女性なのだ。

 しかも十歳以上も歳の離れたモトベさんに師弟関係とは別に男女の恋慕を抱いている。

 女性と気づいて考えるとこれまで彼女から感じていたものが繋がって、そこに直感を織り込んで導いたこの推測はノエルの態度を見るに正解らしい。

 わたしの言葉に赤面したロックは破顔して、貴公子的なペルソナがなくなった女の子の顔だ。

 このままキスをして愛の告白をしたらと思うと他人事ながらなんだか嬉しい。

 ギャラリーもそう思ったのか二人を見つめる視線が生暖かい。

 これでは恥ずかしいが勝るか。ようやく顔をロックの胸から離したモトベさんは照れて怒鳴る。


「なんでい! ジロジロ見つめられると恥ずかしいじゃねえか」

「いい加減にしたらどうですか先生。歳の差だなんだとすっとぼけて来た末に免許皆伝だって姐さんを遠ざけてたが、内心年下美人に好意を持たれて喜んでたじゃないですか」

「そうでござるよ。拙者だって知ってるくらいでござるし」

「黙ってろバカップル! 破門にされてえのか?」

「コーウェンさん……今のカッツォの話って……」

「聞かれちまったんなら腹を括るしかねえか」


 そんな彼にトドメを刺したのはカッツォの失言だ。

 彼は観念してロックの気持ちを受け入れてあげたらと忌憚なく漏らしラチャンがそれに乗った形なのだが、流石に公衆の面前で言うのは今の元部さんには痛恨の一撃だろう。


「ちょっとこっちに来い」


 年甲斐もなく赤面したモトベさんはロックの手を引くと車の後部に連れ込んだ。

 少ししてかすかに揺れた車体が何を意味するのか。

 それはまあ言わぬが華ということで。


 こうしてブーケ姉妹との料理勝負は実質負けながらわたしたちの勝利に終わった。

 片付けだのなんだのと準備があるうえにロックが車を借りたいということで引き渡しは来月以降になったのだが、代わりに車の代金はロックが今回の迷惑料として建て替えると言っていた。

 これではしばらく彼女が借りたいと言うのならば貸すしかないだろう。

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