クロワッサンvs鉄板アイス
早めに睡眠を取っての翌朝早朝。目覚めスッキリなわたしたちはいつもより少し多めにパンを焼いてホームをあとにする。
この中には今日の勝負に使うパンも含まれている。
できれば焼き立てを出したいのだが、それが出来ない代わりとしての工夫はバッチリ考えてあるので大丈夫。
これで負けたら仕方がないと達観したわたしは眠気一つないクリアな思考で今日の営業に取り掛かった。
「あれ? カッツォさんじゃないですか」
公園に到着していつもどおりに開店の準備を始めていると、やってきたのはモトベさんではなく弟子のカッツォだ。
横には手伝いのつもりなのだろう。大きなおっぱいをプルプルと揺らして歩く彼の恋人、ラチャンが肉欲のフェロモンを朝から振りまいていた。
「今日はモトベさんの代打で俺たちが店を出すんだ」
「ドーモ叔父貴は大事な用事があるとかなんとかで、ここ一週間家にも帰ってないんでござるよ。おかげで今日はデートもおじゃんなので、腹いせにお手伝いしているのでござる」
「悪かったよラチャン。一応モトベさんは今日中に帰ってくると言ってたから、仕事がフケたらたっぷりと相手してやるからよ」
「頼むでござるよ」
この調子なら今日は休みにして家で続きをやってくれと思うほど見せつけてくるバカップルを他所に設営をして、十時をすぎると人集りも増え始めてきた。
いつも買ってくれる顔なじみの常連客がその場でクロワッサンを一つ齧って笑顔になる様子を見ると、わたしも今日の勝負に手応えを覚える。
やれるだけの準備はしているので、あとは相手次第だと手に汗握るわたしの気迫が伝わったのか。
勝負のことを聞き及んでいる何人かはわたしにエールを送ってくれた。
それが嬉しくて、なおさら負けたくないとわたしは呟く。もう車の所有権を賭けていることなどどうでも良くて、期待してくれるお客さんのために意地を見せたいと思っていた。
「そろそろ時間なのに来ませんね」
それから昼を過ぎて……更に時間が過ぎて。
勝負開始の十分前になってもまだロックとノエルは現れない。
準備して待ちわびるマリーちゃんもこれには困り顔で、不戦勝にしていいのかと首を傾げていた。
だが主役は遅れてやってくるとでも言いたいのであろう。二人は時間ギリギリになって、例の車に乗ってやってきた。
「お待たせしました。早速調理に取り掛かりましょう」
後部ハッチから降りてきたロックは紳士的な態度でマリーちゃんに挨拶すると、車に戻って社内キッチンで作業を始めた。
開かれた横の窓からはノエルの姿もあり、二人で調理をしているようだ。
だがよく考えるとこれはどういうことだ?
ロックもノエルも後ろに居るということは、誰が車を運転してきたのであろう。
それに肝心のモトベさんが居ないのに勝負を始めるのもどうなんだ。
マリーちゃんも同じことを考えたのかソワソワと周囲を見回している。
そんなわたしたちの疑問に答えるように、車の運転席から彼は現れた。
「すまねえな皆の衆」
車から降りてきたモトベさんはすまないと言うのだが、これでは謝るよりもどういう事か説明してほしい。
「姉さんたちと一緒だったんですか」
「カッツォ……そこは察してくれ」
モトベさんがロックたちと一緒だったのはバレバレなのだが、察してくれとあえて言うのは立会人としてのマナーなのだろう。
審査員であるマリーちゃんと同じく公平性が求められる立場でありながら片方の対戦者に肩入れするのはバツが悪いというわけだ。
わたしたちもロックらに負けじと調理を開始したわけだが、今回は事前に準備してあるのでわたしたちのやることは至ってシンプル。
ヨハネとわたしで手分けをして、自分が作ってきた料理を温め直すだけなのだから。
十分後、手に完成した料理を持って車から降りてきたロックとノエル。
二人の姿を確認したところでわたしたちもマリーちゃんの元に向かう。
「完成しました。試食をお願いします」
よく見れば青ざめている様子のロックが出した料理は紅白二色が絡み合うアイスクリームのようだ。
思い返せば調理中微かに「カツカツ」と金属が擦れ合う音がしていた。
その音がわたしがイメージした通りのモノならば、あれはおそらくロールアイスのようにこの場で冷やし固めたアイスクリームだろう。
「鉄板アイスです。フランベした火に気をつけてください」
仕上げにロックがお酒を少量ふりかけてからライターの火を近づけると、アイスクリームから青白い炎が上がった。
アルコールを飛ばして風味だけをアイスクリームに纏わせる様子は綺麗の一言。
「それじゃあ火がついている間に僕らの料理も紹介するよ」
フランベの火はまだ少し消えないようだ。
この僅かな時間に割り込んだヨハネはわたしたちの料理をマリーちゃんに差し出した。
冷めぬように温めた皿の上にあるのは横に切れ込みを入れたクロワッサン。見た目には普段売っているモノと大差がない。
「これは……まさかいつものクロワッサンでは?」
「クロワッサンなのは間違いないが、いつものとは違うよ」
「確かに中に何かが入っているようですけれど……」
「それは食べてからのお楽しみさ。さあフランベの火は落ちた。まずは溶ける前に彼らのアイスを先に食べると良いよ」
「わかりました」
マリーちゃんとしては最初の勝負を思い出してヨハネを心配したのだろう。
これでブーケ兄妹に勝つつもりなのかと顔に暗い影が指したが、今回はヨハネも言ったとおりにいつもとは違う。
なのでこれで負けたら仕方がない。
「ではいただきます」
マリーちゃんがスプーンで一口大に切り取ったアイスクリームは二色が綺麗なマーブル模様を描いている。
色合いから予想するにミルクといちごであろうか。甘さと酸味をイメージしてわたしも喉が鳴りそうだ。
「これは……」
驚愕らしき一言を漏らした後、マリーちゃんは黙々とアイスクリームを食べ始めた。
舌先に神経を集中させているのか瞳を閉じて、モムモムと口をゆっくり動かしての咀嚼。
どこか官能的ですらある彼女の口元だが、元からシャキっとしているときは気品あふれる高貴な雰囲気の彼女だ。エロスよりもエレガントが勝っていて拝みそうになる。
「ごちそうさま。次はヨハネさんのパンを……」
アイスクリームを食べ終えたマリーちゃんは紙ナプキンで口元を拭うと、皿の上に置かれたクロワッサンを手に取る。
このとき温度の仕掛けに気がついたのだろう。一瞬彼女の目が見開いた。
そのままゆっくりと口を近づけると、手で千切らずにそのまま小さな口でかぶりつく。
先端は細いので大口は開けなくても平気だ。丸かじりでもこれなら下品には見えない。
「もむもむ……」
一口咀嚼し終えるごとに噛み進んでいくマリーちゃんの口はさながら小動物のようだ。
そのまま食べ終えたマリーちゃんの口元には、クロワッサンからこぼれたジャムが付いていた。




