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決戦前夜

 わたしがピンクな妄想を抱いて眠りについた金曜の夜九時頃。

 明日の勝負を前にラムセス一階にあるレストランの厨房にて特訓にいそしむブーケの二人は指先を赤切れさせていた。

 調理に使うのはコテと鉄板。だがこの鉄板は熱などなく、むしろ不用意に触れば怪我をするほどに冷たい。

 こんな鉄板を用いる料理にわたしも心当たりがある。


「ダメだ。まだあの味には届いていねえ。マグレで出せても本番でヘマしたら意味がねえんだぞ」

「はい!」

「それじゃあもういっぺんだ!」


 二人の傍らには味見をして出来栄えをダメ出しする一人の中年男性の姿。

 彼は日曜日の夜から二人にこの料理の伝授を開始し、ラムセスの支配人にも断りを入れて二人の仕事を引き継いだ上で、失敗作はお店のサービスとして提供することで特訓の場として厨房を借りる許可を得ていた。

 かつてはこのバーツクに住んでいたとはいえ、今や流れの職人として根無し草なブーケに手を差し伸べる人間など数少ない。

 理由はわからないが、わたしも知っている彼はこの土壇場でわたしたちと戦う立場を選んだようだ。


「アンタの頼みだから厨房を貸すのは構わないが、さすがに無茶をさせ過ぎじゃないか?」


 レストランのチーフシェフは青ざめた顔色のノエルを指さして彼に忠告を入れる。

 ぶっ倒れるまでお菓子を作らせ続けて、倒れても小一時間でたたき起こす。

 まともな休みなど一日一回の入浴時間三十分間だけ。

 こんな荒行がお菓子作りの役に立つものかとチーフが疑問を持つのもさもありなんだ。


「もうちょっとなんだ。壁を超えることはできたから、あとはそれを狙って出せるようにするだけなんだよ」

「それにしても明日の勝負ってヤツも、どっちかと言えばあの二人には負けてもらいたいんじゃなかったのか? いきなり本腰を入れてしごき始めるなんて、どういう心変わりだよ」

「親心とでも思ってくれればいい。コイツらは俺っちの模倣に満足しててていい連中じゃねえんだ。これは俺っちからの最後のシゴキってやつよ」

「弟子の女の子をシゴく暇があったら嫁さんでも探してシゴいてもらえって言うんだよお前さんは。いい歳をして独身なんだし、なんなら犯罪臭いがロックはお前さんに気があるんじゃねえのか?」

「俺っちとアイツはそんな浮ついた関係じゃねえさ。もしアイツがそんなことを言おうものなら張り倒すぜ」

「ヘイヘイ。まあ既婚者としてこれだけは言っておくが、意地を張って拗らせるんじゃねえぞ。お前さんが結婚できないのはそういうところなんだからよ」

「うるせえ。嫁さんに逃げられておいてよく言う」

「だからこそ俺はお前さんが男としてダメなやつなのがわかるんだよ」

「ケッ!」


 この後、彼は零時を過ぎて日付が変わったところで特訓を切り上げた。

 ヘトヘトになったロックとノエルは着替えもしないまま自室のベッドに横たわると半日眠り続け、目が覚めたらブランチもそこそこにわたしたちとの勝負の場に向かうこととなる。

 彼は二人の現状に満足し、誰も見ていないところでは弟子の成長を喜んで頬が緩んでいた。

 彼が何をしたいのかなんてわたしにはよくわからない。

 男の世界とか言われても女の子に理解させるなとしか言えない。

 だがわたしにも一つわかることがある。彼───コーウェン・モトベは愛弟子であるロックとノエルを、本心では師弟の枠を超えて愛しているということだ。

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