ヒーローとヒロイン
大事なところを目撃されてギクシャクした一日が終わり翌朝の火曜日。
準備期間はあと四日ということで、気を取り直して勝負のための相談に取り掛かることにした。
珍しくわたしより遅く起きたヨハネは微妙に顔が赤いのだが、もしや昨日のことを引きずっているのだろうか?
それならば嬉しいと、わたしは一方的にすけべなことを考えていた。
「おはよう。わたしより遅いだなんて珍しいわね」
「うん……まあ……」
ヨハネの挨拶はどこかよそよそしく、これはもしや噂に聞く賢者モードなのだろうか。
ますます妄想の通りかと期待に胸を膨らませてしまう。
「昨夜アマネが寝たあとにもずっと考えていたんだけれど考えがまとまらなくて困ってしまったんだ」
「別にもう気にしなくても良いわよ。何ならこっそり思い出すくらいいくらでも」
「気にするさ。日曜日はアマネの考えが正しかったから運良く勝てたけど、テーマの解釈で加点されなければあれでも負けていたんだ。僕とアマネの力をうまく組み合わせないと、本気になったあの二人には勝てっこない」
「あ……」
てっきり素肌を見たことを気にしていたのかと思って回答していたわたしは思わず赤面してしまう。
「そっちか」
「ん?」
「い、いや。なんでもない」
なんとか取り繕ったが勘違いしていないかは少し心配だ。
だがヨハネの真面目な話は言うなれば現実ってやつだろう。
日曜日の勝負はあれだけ工夫を凝らしても、結局はブーケ兄妹がわたしたちを甘く見ていたおかげで足元をすくえた運勝ちと言っていい。
今度の課題は「自分が最も美味いと思うモノ」なので、あの二人はきっと自信に溢れたきらびやかなスイーツを作るに違いない。
改めて考え始めるとわたしも頭の中でいままで食べた料理がグルグルとリコールして悩ましい。
「うーん……ヨハネの言うとおりね。一人で考えると余計に悩んじゃう」
「でも僕の場合、一番の問題は僕には作れないということなんだ。だってもう……あの人は居ないのだから」
「あの人って……もしかしてトスカーナの?」
「うん。僕の御主人様だったトスカーさん」
「そんなに凄い職人なんだ」
「もちろん。パン職人としての腕前で一国のお姫様をその手に掴んだくらいだしね」
「まるで漫画ね」
「そうだね。僕は漫画には疎いからズレた表現かもしれないけれど、僕にとってトスカーさんは物語のヒーローみたいなものだったんだ」
「まるでわたしにとってのヨハネね」
「……褒め過ぎだよ」
ヨハネは照れて更に顔を赤らめた。
「それこそ謙遜し過ぎだよ。あの日……早々にヨハネと出会えなかったら、右も左も分からないわたしなんてどうなっていたか」
「そういうアマネもそれは謙遜さ。僕が思うに僕がいなくてもアマネは一人でなんとかできたさ。トスカーさんもそうだったけれど、ヒーローになる人って逆境での縁が強いものなんだ」
「ヒーローねえ。どうせならわたしだって女の子だし、ヒロインが良いなあ」
「おっと。気が利かなくてごめん」
「謝ることはないって。でもわたしがヒロインならば、ヨハネはその相棒なんだから、立派なヒーローよね?」
「理屈ではそうだけど……」
「だからヨハネの方こそ謙遜せず、胸を張ってわたしのヒーローであることに自信を持ってほしいなあ。だってヨハネにとって、わたしはヒロインなのでしょう?」
「うん……そうだね」
「それじゃあヒーローとヒロイン手を取り合って奇跡を起こしてあげようじゃない。あるのは偶然と必然、誰が何をするかだけってね」
「奇跡と言ったそばから偶然と必然だなんて……アマネの故郷ではそういう言い回しが流行っていたのかな?」
「流行ってはいないわよ。でも奇跡は願うものではなくて勝ち取るモノだって前に聞いてから、わたしもできるだけそれに賛同しているのよ。人事を尽くして天命を待つってね」
「ジンジ?」
「ようするにやれるだけのことをやれば結果はついてくるってことよ。わたしたちの出会いは偶然。だけど互いに欠点を補える関係なのはたぶん必然。あとはわたしたちが何をするかだけってね」
後々振り返ればお互いにヒーローだのヒロインだのと呼び合っていたこのときのわたしたちは未来の関係を暗示していた。
というよりも、もう愛の告白と受け取った方が良くないかとさえ思ってしまう。
最終的にわたしたちはつがいになるとはいえ、このときはまだ男と女の関係ではない。
いわゆる恋愛素人過ぎた結果、他人が聞いたら別の意味に捉えるやりとりをしても素面で週末の勝負に向けた打ち合わせに没頭していた。
四日間などあっという間。伸るか反るかの段階まで勝負食を煮詰めたわたしたちは、金曜の夜はいつもより早めに眠りについた。
興奮のせいか夢の中である意味で未来視をしていたのは乙女のご愛嬌としよう。




