男二人と姫の手料理
呼び鈴を鳴らした相手をマリーちゃんが出迎えると、入ってきたのは想定通りにヨハネだった。
だがもう一人、見知らぬ男性が一緒に入ってきた。
彼はフランツ・グーデリアンと言い、聞けばヨハネとは古馴染みなんだという。
マリーちゃんからは父親の知り合いでジャポネにおける後見人のようなものと説明されたが……その正体を知った未来のわたしの意見としてはざっくりと省略し過ぎじゃないかなとは思う。
まあマリーちゃんは素性を隠していたし、フランツ経由でそれを知っていたヨハネも黙っていたので仕方がないか。
「───そうそう、ちょうどマリーちゃんが朝ごはんにお料理を作ったから二人も食べてみてよ」
「いや……私は……」
「僕らの事よりも自分たちのぶんをしっかり食べなきゃ。特にアマネは昨夜から食べていないんだし」
「それならご心配なく。先にご馳走になっているので。わざわざマリーちゃんがヨハネの為に作ったんだから、食べてあげないと失礼だよ」
「む……そう言う事ならスエゼンか。でも一人で食べると彼に悪いので、僕は半分だけ頂こうかな」
「それならフランツさんのぶんと半分づつ皿に分けてきますよ」
「ありがとう。お願いするよ」
パスタを取りに台所へと向かうわたしとマリーちゃん。
そんな女たちの所作の影で、男二人はコソコソと何かを話していた。
「おい!」
「良いじゃないか。キミだってマリーの手料理を食べられると聞いて内心喜んでいるくせに」
「キミはお嬢様が普段から料理をしない人間だと知らぬから、そんな楽観的なことを言えるのだ」
「キミのほうこそ昔のマリーを引きずりすぎさ。彼女はあのマリーとは違って鋭敏な味覚を持っている。それにさっきからの様子だとアマネも手を貸しているから、昔のマリーみたいなことにはならないって」
「だと良いが」
昔のマリーとは、百年前のヨハネが惚れていたマリーちゃんの曾祖母のこと。
彼女は味覚にこだわりがない人物で、ズボラさがたたってか料理も下手くそだったそうだ。
そんな二人のヒソヒソ話を知らぬまま、わたしたちは半分ずつに盛ったパスタを居間に運んだ。
特にマリーちゃんは手料理の出来栄えに自身があるようで、二人が美味しいと口を漏らすことを期待してキラキラとした眼差しで見つめていた。
「いただきます」
男二人が仏頂面でパスタに向い、ゆっくりとフォークで麺を巻く姿は何処か滑稽に見えてしまう。
わたしは失笑しかけたのを我慢しながら二人の食事を眺める。
ヨハネの方は頬が緩んでいるので美味しいと感じているのだろう。だがフランツの方はどうなのかわたしには解らない。
初対面なのでどういう人物かすら知らない上に、ヨハネとは旧知という話も驚きだ。
人間嫌いで長年山奥に引きこもっていたヨハネの知人となれば、それよりも昔からの知り合いということになる。
わたしはこの時には十年か二十年ほど前からの付き合いで、いわゆる幼馴染みなのかと思っていた。
まさか百年前からの付き合いだなんて、ヨハネの詳しい過去を知るまでは予想できようものか。
「うん。美味しい」
「本当ですか?」
「嘘などつかないさ。食べるだけではなく作る方も得意だなんて驚いたよ」
「得意だなんて大げさですよ。アマネさんに作り方を教わらなければこんなに上手には行かなかったので」
「謙遜しなくてもいいわよ。今回は思いっきりヨハネにアピールしなさいな」
「ぶっ!」
純粋に友情の感覚でマリーちゃんの背中を押したわたしの言葉に、隣でまだパスタを噛み締めていたフランツがいきなり吹いてしまう。
驚いて彼の顔をじっと見ると、鼻からパスタが飛び出ていて美丈夫が台無しである。
これにはもう我慢できず、わたしは腹を抱えて笑ってしまった。
「ククク……きゅ、急にどうしたのですか」
「いや……なんでもない」
平静を装いつつハンカチで鼻を噛む姿も妙にツボに入り腹筋が壊れそうになる。
わたしに釣られてマリーちゃんまで笑い出す始末にヨハネはちょっと困り顔だ。
「二人とも笑い過ぎだって」
「ごめんなさい。なんだか変にツボに入っちゃって」
「私はアマネさんが笑いだしたのでつい」
「もう……それはそうと、急に咳き込んでいたけれど無事かい?」
「ああ。もう大丈夫だ」
一瞬フランツはヨハネを睨んだのだがわたしもマリーちゃんも気づかなかった。
人間ではない二人だけがわかる反射速度でのアイコンタクトで、フランツは「お前のせいだ」とヨハネに意見を飛ばしす。
ヨハネとは旧知だからこそフランツはマリーちゃんの恋心は諦めてほしいと願っていた。
なのでわたしの焚き付けは彼にとってはやめてほしいモノであり、彼からすれば「自分の男を籠絡しろと言い出すこの人は正気か?」とわたしに意見したいくらいなのだが、そんな考えを初手で汲み取れというほうが無茶だと未来のわたしだって思う。




