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和風アンチョビパスタ(似せ)

 シャワーで汗を流して一息つくと、脱衣場にはマリーちゃんが用意してくれた服があった。

 薄手だが色が濃く肌がすけない半袖シャツと、折り目のついたプリーツスカート。

 だが下着がないのだが───


「仕方がないですよ。私とアマネさんではサイズが合わないので」


 これには服を借りる立場としては何も言えなかった。

 元はと言えば昨日わたしが倒れなければ、無事に家に帰って着替えていたわけだし。

 デリケートゾーンの擦れを気にしてかシャツの生地は手触りのいいシルクなのも彼女なりの優しさだろう。


「そうよね。仕方がないか」


 アハハと道化を気取ったわたしがガン見する彼女の胸はたしかにわたしとは比べるまでもなく豊満だった。

 こうマジマジと自分のモノと比べると、茶碗とボールくらいのサイズ差がある。

 乳の重さだけで体重に一キロくらいの差がありそうだなと思うほどだ。

 やはりヨハネも男の人だから、彼女のように大きい方が好みなのかな?

 そんな風にこの頃のわたしは思ってしまった。


「ぐるるる」


 そんな雑念を無理やり引き剥がしたのはわたしのお腹の鳴き声。

 考えてみれば昨夜から断食状態なので、お腹と背中がくっつきそうなほど空腹でもさもありなんか。


「度々ゴメン。マリーちゃんのぶんも作るから、何か食べ物はないかな?」

「一応台所の棚に少しくらいなら。あまり自炊はしないので大したものはないですけど」

「ありがとう。ちょっと待ってて」


 意識すると気になりだす空腹をこらえつつマリーちゃんの案内で棚を開けてみれば、そこには日持ちを優先した非常食らしきものが並んでいた。

 未開封の黒麦を使った乾麺パスタにオイルサーディンらしき小魚の缶詰。

 それに常温保存できる調味料とお菓子の袋が入っていた。

 ジャポネで使われている丁字とも異なるよくわからない文字は彼女の出身国で使われているモノだろうか。

 棚を物色していると、その中にある茶色い粉末の入った小瓶をわたしは見つける。少し味見をしてその正体を見極めると、わたしはマリーちゃんにことわりを入れることにした。


「この缶詰と調味料でパスタを作るけれど、使っても大丈夫?」

「構いませんよ。色々と身内に持たされた食材ですので気にせず使ってくださいよ」

「ふふふ。ありがとう。代わりに出来た料理を最初に食べさせてあげるわね」

「最初と言っても私しか他には居ないですって」


 マリーちゃんのツッコミもごもっとも。

 だが作る料理が決まったので、わたしも空腹を我慢しながら上機嫌で調理に取り掛かった。

 普段の食事はパンの試作品が多いので案外この黒麦パスタを口にする機会がない。

 それにこの魚の缶詰がなんとなんと懐かしいことか。

 元の世界にいた頃はあまり好きじゃなかったのに、久々に食べると生臭く感じなくてとても美味しい。

 茶色い粉末ともよく調和して、この二つがあれば誰でも美味しいパスタが作れるだろう。


「これでよし。さあマリーちゃんも食べてみて」


 わたしが盛り付けた皿の上には、とろみのある茶褐色のソースに包まれた黒いパスタがオシャレにとぐろを巻いていた。


「ではいただきます……あん!」


 一口すすってみて唸ったのは出来栄えが良かったか。

 たまらずわたしも一口口に入れると、青魚の脂が喉をうならせてきた。

 粉末醤油のうま味と調和して、魚臭さはほんのりとしたクセになって食欲を誘う。

 黒麦の麺なので和風に近い醤油味のソースはお蕎麦のようでベストマッチしていた。

 このパスタには粉チーズは不要。薬味がいるのならばネギ、海苔、七味唐辛子あたりが良いだろう。


「どうかな?」

「驚きました。お店に出しても恥ずかしくない美味しさです」

「おだてなくても良いって。棚にあった食材が上等なおかげだし」

「それでも下手くそにはこんな味は出せませんって」


 褒められても照れるなと思うわたしだが、ふとあることに気がつく。

 もしや彼女は自分で作ってもこの味が出せなかったからこそ褒めているのかと。


「そこまで言うのなら、まだ材料は残っているし作り方を教えてあげるわ。ヨハネが戻ってきたら食べさせてあげると良いわよ」

「良いんですか?」

「もちろん。いろいろ手間をかけちゃった御礼にね」


 とりあえず上出来なパスタを平らげたわたしたちは、食休みをしてから再び台所に立つ。

 コンロの上にはパスタをゆでる際に使用した大鍋の中でゆで汁がぬるくなっていた。


「まずはお湯を沸かして乾燥麺をゆでなきゃいけないけれど……さすがにそれくらいは大丈夫よね?」


 マリーちゃんはこくりを頷いたが、なんだか嫌な予感がして小休止。たぶんこれは知らないとは言えなくて頷いたやつだ。


「でも今回は一応最初からやろうか。わからなくなったらたぶん袋にも書いてあるやり方だと思うし。まずは鍋に新しいお水を入れて強火にかけて。お湯を沸騰させなきゃいけないから」


 マリーちゃんに中身を真水に入れ替えさせてから鍋に火にかける。

 さきほど食べた麺の空袋には基本的なゆで加減らしき絵図が書かれていたし、それを覚えてくれればメモする必要もないだろう。


「ゆでるお湯には塩を入れるわけだけど、その量は一リットルにつき小さじ四杯が目安。この鍋だと三リットルくらいお湯が張れるから十二杯くらいね」

「こんな感じですかね?」

「ん……まあいいか」


 塩の量をアドバイスすると、マリーちゃんは大雑把に考えたのか、大さじにこんもりと盛った塩を一杯ドサリと鍋に打ち込んでいた。

 小さじ十二杯は大さじ四杯に当たるわけだが、あくまで擦り切り一杯の計算なので、あれだけこんもり盛れば四杯分は多分あっただろう。

 ゆで汁の塩分濃度はある程度自由度があるのでここは下手にこだわったら逆にマリーちゃんがやらかしそうなのであえてスルーさせた。

 さて、お湯の沸騰を待つあいだに麺に絡めるソースの準備と行こう。


「麺の方はゆであがったらすぐフライパンに上げるから、お湯の準備をしている間に大事なソースを作るわよ。ここからはちゃんとメモを取ってね」

「わかりました」


 料理は苦手そうな雰囲気がさきほどからプンプンと漂わせているが、ちゃんと言われたとおりに紙とペンを用意するあたりマリーちゃんはやはり素直だ。


「まずフライパンにお魚の缶詰とバターを入れたら弱火にかけて。今回は用意していないけれど、ここでスライスしたニンニクとかトウガラシをいれても美味しくなるわ」

「とりあえず魚はさっきの残りを全部でいいとして……バターはどのくらいでしょう?」

「このバターは使いやすいように十グラム単位で切り込みが入っているから、今回は二つぶんを切って入れて」

「はい」

「入れたらこのまま弱火でバターを溶かして」


 フライパンに火が入るとバターが溶けて台所にいい匂いが漂う。


「溶けて来たらそこの小瓶に入っている茶色い粉末を小さじで入れて。バター一欠片につき小さじ一杯だから、今回は二杯」

「わかりました。ところでこれは何の粉末なんでしょう? 自分の家にあった調味料なのに不勉強ですみません」

「お醤油を粉末に加工した調味料みたいね。さっき食べたパスタもお醤油の風味があったでしょう? その正体がこの粉末ってわけ」

「なるほど」

「その前にステイ!」

「ん?」


 小瓶にスプーンを入れたマリーちゃんだが、彼女はまたしても山盛りでフライパンに投入しようとしていた。

 今回は流石に適当ではしょっぱくなりすぎるのでNGだ。


「麺をゆでるのに使うお湯のお塩と違って、ソースの分量はきっちりね。小さじは丁寧にすり切りで二杯分」

「こ、こうですか?」

「そうそう。やればできるじゃない」

「バカにしないでくださいよ」

「そんなつもりじゃないって。あ! そろそろお湯も沸騰してきたし鍋に麺を入れてタイマーをスタートさせて。フライパンの方は粉末醤油が溶けたら一旦火をストップ」

「は、はい」


 わたしの指示にあたふたしながらも調理を進めるマリーちゃんの手際は案外いい。

 審査員を買って出るほどの舌の持ち主なのも考えれば、料理が不得手そうなのは経験不足ゆえなのだろう。

 ゆで時間の五分などあっという間だ。タイマーがピピピと時間を告げる。


「時間が来たら、慌てずに鍋の火を止めて。そうしたら麺つかみのトングでゆであがった麺を掴んで、そのまま隣のフライパンに入れちゃって。ゆで汁は仕上げに火を入れて水分を調整するから気にせず入れて大丈夫。塩水なんだから多少水っぽくてもなんとでもなるし」


 そしてゆであがったら最後の仕上げだ。

 麺をフライパンに移動させると、そのままトングでソースとあえさせる。

 ゆで汁とソースの油分が混ざり合って白く濁るのはいわゆる乳化。これがなければ麺とソースはうまく絡まないので大事な工程だ。


「で、出来ました」

「上手に出来たじゃない」


 こうしてマリーちゃんが作ったパスタは乳化したソースがきっちりとろみが出ていて美味しそうに完成した。

 深呼吸をして一息ついているとピンポンと呼び鈴が鳴って、ちょうどヨハネも戻ってきたようだ。

 麺モノなので時間が経ったら伸びてしまうことを考えると、作り直ししなくてもいいのでナイスタイミングってやつだろう。

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