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飢饉も嵐も、待ってはくれない。今、治水工事の対策を進めれば、今、食料の備蓄を急がせれば、未来に救える命がいくつあることか。市井の数多の命は、皇帝の肩に重くのしかかっている。皇帝、皇后にかかる重責を、十分に承知しているからこそ。
今なら、引き返せる。これ以上、あなたを巻き込むわけにはいかぬ。皇帝は、妃にそう伝えたという。
***
「倒れた?」
今日も今日とて「背筋を伸ばしたまま座り、軽くお辞儀をしてその後背筋を伸ばしたまま政務をこなす」勉強という名の雑務をこなしていたシャルロットのところに報告が入った。
なんと、レイスが倒れたという。
あんなに飄々としていて冷徹、無慈悲だと言われている皇帝が倒れただなんて、俄かに信じられず、シャルロットは聞き返した。
「レイスは誰を倒したの?」
***
「これまでも、度々あったのです、過労で倒れることは」
皇帝は、この国を作った龍の直系の子孫であるから、相当丈夫に出来ているはずで。そんな陛下が倒れるということは、どれだけ無理に無理を重ねて執務をして来たのか。
医師はもともと下がっている眉をさらに下げてシャルロットにお願いした。
「寵愛を受けているあなたの言うことなら、聞くはずですから、どうにか陛下を休ませてください」
シャルロットの朝は早い。
しかし、レイスの朝はもっと早い。シャルロットが日の出と共に起きたときには、レイスはもういない。
シャルロットは夜も早い。
しかし、もちろんレイスの夜は長い。シャルロットが日の入りと共に勉強をやめ、身支度をして寝所に入る時、もちろん隣のベッドにレイスの姿はない。
いつ休んでいるんだろう、もしかして彼は機械人間なんじゃなかろうか、なんて考えていたが。
「ちゃんと人間だし、倒れるんですね」
シャルロットはレイスの寝顔を見ながらこぼした。
「人を何だと思っているんだ」
寝ていたはずのレイスから、急に声が聞こえ、シャルロットは飛び上がった。
どうせ、もっと休むよう言われたんだろう、なんて言いながらベッドから出て執務室へ向かおうとする。シャルロットは止めなかった。
台風も、飢饉も、待ってはくれない。こうして休んでいる間にも、この国では様々なことが起こっている。それはシャルロットが身を以て経験しているし、レイスこそ、そのことを理解しているからこそ、こんなにも働くのだろう。
シャルロットは、待って、と声をかけて。
「手伝います」
書類整理や、写の作成など、出来ることがあるはずだから、と。シャルロットは執務室に向かうレイスを追いかけた。
が。
止められた。
「来るな」
執務室には、この国の機密がたくさん詰まっている。
だから。
「手伝うなら、こちらに来るのなら、市井に帰すわけにはいかなくなる。」
執務室に入ることは、今のシャルロットにとっては「本当の妃になる」と同義である。そうなれば、孤児院の皆にも会えないし、何より、責任がのしかかる。
それは、レイスからシャルロットへの、優しい拒絶だった。
シャルロットは、何も言えず、そこに立ち尽くした。
のも束の間。
「ふざけないで!!」
シャルロットはおもわず怒鳴った。
「は、え、ちょ、落ち着いて」
まさかシャルロットが怒鳴るとは思っていなかったレイスは焦った。
「無理やり連れてきて、なのにこっちが踏み込もうとしたら拒絶するって何よ!!」
呆気にとられるレイスの腕を取り、シャルロットは執務室へ進む。そうこうしている間にも時は平等に流れるのだ。




