2
かの王が愛した妃は、それはそれは美しく、立ち振る舞いも上品で、聖母のような心の持ち主だったという。
***
シャルロットは、貴族というものにとてもうんざりしていた。貴族とは、嫌味をネチネチ言うのに長けている人種のことで、さらに言い返せば、「あらそんなつもりじゃありませんことよ」なーんて、こちら側の受け取り方にケチをつける上に、「庶民の方って恐ろしいのね」と、さらなる嫌味と、自分のか弱さをアピールする技を持っている。
これが貴族の鑑というならば、シャルロットは一生貴族になれないことだろう。
もう1つ、貴族以外にうんざりしているものといえば。
「シャルロット様、あなたは妃となったのですから(バイトの分際ですが)、前妃の顔に泥を塗らぬよう(バイトとはいえ)最大限努力して下さいね」
なんて言ってくるお目付役で皇帝の側近である。この男、上のように「思い上がるなよ貴様はバイトだ」と伝えながら妃としての振る舞いを要求する高等なテクニックを駆使している。
これが皇帝のそばに立つものの資格ならば、シャルロットは一生皇帝のそばに立つことはできないだろう。
しかし。
シャルロットは、学ぶことも体を動かすことも大好きである。この国の歴史書を読めと言われれば喜んで読むし、ダンスを習得せよと言われれば喜んでダンスホールに通う。
特にマナーは、もともと覚えることも手先を動かすことも得意であったシャルロットにとっては、朝飯前である。いまでは、もともとその動作をしていたかのようにナイフとフォークを扱えるし、ティーカップの持ち方も完璧である。
あれ、もしかして私って、妃に向いているんじゃ無いの、なんてシャルロットが自惚れ始めていた頃。
では逆に、シャルロットが苦手なものが無いのかといえば、もちろんある。
それは、「駆け引き」、「勝負」、(嫌味をサラッと言う)、「言外に苦言を呈する」などと言った、貴族社会では不可欠なことであった。
もともとシャルロットが雇われたのは、外交のためである。なのにこれらの項目ができなければ意味が無い。しかし、そう落胆するシャルロットに教師は秘策を教えた。
そう。扇子である。
何か嫌味を言われても、扇子で口元を隠して静かに笑っていれば良い。そうすればもし相手が馬鹿であれば、逆上して勝手に自滅するから、と。
知識は十分にある、扇子という秘策もある。
あとは実践あるのみである。
そうして、実践という名目で、寝る前のティータイムを皇帝と過ごすという罰ゲーム(シャルロットにとっては)が始まったのであった。
偽物とはいえ、夫婦なのだから、と寝室は同じである。もちろん寝台は別のものを準備してもらっているが。
「シャルはとても頑張っていると聞いてますよ」
「ありがとうございます」
ここで注意するのは、謙遜することは、マナー教師を貶す、つまりマナー教師をつけた陛下を貶すことに繋がるということ。
ありがとうございますの一文を言うのにもこんなにしがらみがあるのか、とシャルロットはうんざりしたが。
地方の治水工事についての話題になるや否や、シャルロットの瞳は輝き出した。その土地の歴史、地理、そして治水工事のための設計。
この国ーベルハルト皇国ーは、皇族の先祖であると言われる龍が治めると言われる山地と、命を宿す女神が収めると言われる平地があるが、問題は、両者の高低差が激しく、何人もの設計士を泣かせて来たということである。
そもそも測量でさえ一苦労なのだ。そんな地方を担当する測量士はどんな手法を使い、どんな設計が仕上がるのか。
熱く語るシャルロットを、皇帝は苦笑した。少なくとも、貴族令嬢に、「こんなこともご存知ないの?」なんて言わせることはなさそうだし、熱弁しながらもティータイムのマナーは完璧である。
まるで、もとから貴族令嬢であったかのように。
「シャルロット、その動作はとても美しいね」
皇帝(恐れ多くもレイスと呼べと言われた!)がシャルロットのマナーについて褒めると、途端にシャルロットは沈黙し、扇子を広げて口元を隠す。
(甘言への対応は、まだまだ、と伝えておこう)
「嬉しいことの裏には、やましい事が必ずあるんだ、貴族社会には。」
だから、何か嬉しいことを言われても、他にふさわしい人がいる、と言ってかわしなさい。
それはつまり、皇后であるシャルロットにあなたは見合わないと遠回しに伝えていることになるから。と。
皇帝は、そうシャルロットに伝えた。
今回のバイト皇后は、なかなか見込みがある。これなら、そのまま皇后にしてやってもいいかもしれない。そう思って一言。
「シャルロット、余の妃にならぬか?」
「他にもっとふさわしい方がいらっしゃいますわ」
あっさりかわされた。




