第六話 ヒャッハーできないのであれば、バイクになればいいのです!
モヒカンDさんの情報により、わたくしたちはひたすら西へと進みます。見えるのは果てしない地平線。この先に本当に森があるのか疑わしくなります。
「はぁ……はぁ……エルネキ、そろそろ休憩しませんかね?」
「なにを言っているのです。まだ移動を開始して10時間も経っていませんよ」
「でもエルネキ。俺たちずっと歩き続けてますよ。適度に休憩を入れないと倒れちゃいますぜ」
「いや、待て」
ボスさんが講義をするモヒカンさんに手を向け、静止させました。
「よく見ろお前ら。エルネキはさっきからまったく汗をかいてないぞ」
「あ、本当だ!」
「すげぇエルネキ! なんで汗かいてないんだ!?」
「ネグリジェみたいな格好してるのに!」
「下着が見えないですぜエルネキ!」
「悪役令嬢アッパー!」
不埒なことを喋ったモヒカンCさんの顎を打ち抜くと、彼らは一瞬で静まり返ります。
Cさんはそのままお星さまになりました。
「悪役令嬢たるもの、無駄な汗はかかないのです。あくまでダーク。そしてクールなのが売りですから。水に濡れるのは精々海水浴イベントか、お仕置きのねばねば地獄くらいなのです」
「エルネキ、後者は完全にバラエティのノリだ!」
「つまり、バラエティじゃないとエルネキは濡れないのか!」
「すげぇ、なんかよくわかんねぇけどすげぇ!」
モヒカンさんがたは納得してくれたようですね。
そう、悪役とはいえ令嬢である以上、常に優雅で美しくなくてはならないのです。汗で下着が見えるなど言語道断なのです。
「はぁ……」
ただ、そんな中にひとりだけ。
盛り上がるモヒカンさんがたの中に、溜息をつくモヒカンさんがいらっしゃいました。森の情報を提供してくださったモヒカンDさんです。
「どうしたモヒカンD」
「なんか元気ねぇぞ」
「そんなにエルネキの下着が見たかったか」
「見たかったけど、そんなのは念視でどうにかなるだろ」
Dさんが不吉な事を呟いています。彼もアッパーカットを受けたいのでしょうか。
「……やっぱりさ。バイクがないと辛くないか?」
指を鳴らしていると、Dさんが悩みを零しました。
彼らはバイクやジープに乗って砂漠を駆けまわっていましたが、自慢の乗物はすべてバイク魔人のパーツとなってしまいました。
「エンジンの唸り! 高まる緊張感! 風を感じるハッピーな気持ち! なによりも響く俺たちのモヒカン! そのすべてが、俺たちの愛機にあった!」
Dさんが熱弁しはじめました。
すると、モヒカンさんがたは彼に注目し、力強く頷きはじめます。
「そ、そうだ!」
「俺たちはバイクがないとだめだ!」
「跨らないとヒャッハーできねぇぞ!」
「モヒカンも晒しても気持ちよくないじゃねぇか!」
それ以前にちゃんとヘルメットを付けてくださいね。
「バイクに乗りてぇ!」
「そうだ! 俺たちはバイクが必要だ!」
「トゲトゲつけて!」
「旗も準備して!」
「ラジオも準備!」
「雨が降ってもいいように傘をつける!」
「昼飯時には片腕運転でおにぎりだ!」
「ひゃっはあああああああああああああああああ!」
なんて下品で危ない行動をとる方々でしょう。
彼らはツッコミどころの多い会話を続けると、たちまち元気になりました。そして一斉に振り向くと、私にいいます。
「エルネキ、俺たちバイクが欲しい!」
「買ってくれエルネキ!」
「無理です」
あまりにも無理な要求だったので、即答しました。
彼らは無残に膝を折ると、そのまま砂の上に倒れてしまいます。
「わたくし、みなさんの為に使うお金はもっておりませんのです」
「そ、そんな」
「ひでぇぜエルネキ! こんなに尽くしてるのに!」
「でも、そんなエルネキもヒールだぜぇ!」
「まあ、悪役令嬢ですから」
クールに前髪を掻き上げると、モヒカンさんがたは一斉に『ヒューッ!』と口笛を噴き出しました。
なんて単純な方々なのでしょう。見ていて少し悲しくなります。
「それに、世紀末になってしまったこの世界でバイクを売っているような場所などありません。給油できる場所もないでしょう」
「おい、給油ってなんだ?」
「わからねぇ。バイクは俺たちの魂だけどな」
まさか給油を知らないというのですか。驚きで哀れな目線を送りそうになりましたが、そこはわたくし悪役令嬢。あくまで冷めた視線に切り替え、言い放ちます。
「お馬鹿さん! バイクは動かす為のエネルギーが必要です!」
「そうだったんすか!」
「エルネキってなんでも知ってるな!」
「流石だぜぇ!」
もう嫌です。なんでこの方々はなにも知らないのでしょう。
今までどうやってバイクで走り抜けたのか不思議でなりません。
「でもなぁ。結局、バイクに乗らないことにはどうしようも」
「そうだよなぁ。なにより俺たちがハッピーになれねぇ」
ハッピーに拘りますね、モヒカンさん。
ですが、その気持ちはわかります。人はハッピーを望むからこそ頑張れるのです。わたくしはリーアさんの魔の手から逃れるために頑張っていますが、よくよく考えたら彼らは勝手について来ているだけ。
これではやりがいなど感じるわけもありません。
まあ、正直なところ。
ハッピーにならないからどうしたといった話なのですが、彼らには情報を提供してもらった恩もあります。ここはほんの少しだけ、アドバイスを送ってみましょう。
「あら。なにも深く考える必要はないのでは?」
「え?」
「どういうことだいエルネキ」
「みなさんはバイクが欲しいのでしょう。だったら簡単なことです」
そう。彼らが欲しているのはバイクの感触。
ダイレクトに感じる風。唸るエンジン。それらを体感できればいいわけです。
ならな、それらを与える丁度いい方法があるのです。
「みなさんがバイクになればいいのです」
「俺たちが……」
「バイクに……!?」
「ジープに……!」
モヒカンさんがたの目が点になりました。
おや、理解できていないのでしょうか。バイクごっこをやれば多少は気持ちが晴れるかと思いましたが。
「そうか……その手があった」
いうと、モヒカンEさんが地べたに這い蹲りました。
なにを思ったのか、そのままの体勢で『ぶるるん、ぶるるん』と言い始めます。次第にではありますが、身体がぴくぴくと震えはじめました。
「ど、どうだ?」
「いけるかもしれねぇ」
どこにでしょう。
「俺は今、風になる!」
モヒカンEさんが手足をばたつかせはじめました。砂を勢いよく飛び散らした後、前進していきます。俗にいう四足歩行という奴です。
「も、モヒカンE!」
「どうだ!? 風になったのか!?」
「良いぞ、お前ら! これ、風になれる! それに、」
途中、振り返るとモヒカンEさんは髪型を畳み始めました。
綺麗に折りたたまれたモヒカンを左右に分けると、彼は言います。
「見ろ! ハンドルだ!」
「おおっ!」
いえ、確かにハンドルのように見えなくもないのですが、あなたはそれでいいのでしょうか。
他のモヒカンさんがたも、なぜか髪を折りたため始めました。ボスさんに至ってはマスクを外してわざわざ髪を整えています。
「よし、お前ら! 善は急げだ。全員でバイクになってエルネキを送り届けるぞ!」
「おう!」
皆さんが一斉に土下座しました。
わたくし、男の背に跨る趣味はないのですが、もしかして本当にこのバイクごっこに付き合わないといけないのでしょうか。ちょっと抵抗があるのですが……。
「野郎ども、駆け抜けるぜ!」
その号令と共にモヒカンさんがたが一斉に四つん這いになりました。彼らはじわりじわりとこちらに近寄ってきたかと思うと、わたくしにいいます。
「さあ、エルネキ! どれでも好きなのに乗ってくだせぇ!」
「今日の俺はターボでさぁ!」
「俺はハイオクでさぁ!」
「だったら俺はエンジンでさぁ!」
完全にパーツではありませんか!
いえ、それはとにかく。モヒカンさんがたがやる気になったのは結構です。しかし、わたくしはこんな乗り心地が悪そうなバイクにまたがる趣味はございません。ここは彼らよりもさきに前進あるのみ!
「あ、エルネキが走り出したぞ!」
「エルネキは先に辿り着いた奴をバイクとして扱うつもりだ!」
誰もそんなこと仰っていませんけども!
「それ、エルネキを追いかけるぞ!」
「誰が一番になっても文句をいうんじゃねぇぞ!」
四つん這いになったモヒカンさんがたが一斉にわたくしをおってまいりました。
彼らとの追いかけっこは、あの地平線の彼方まで続きました。