とある産婆の回想
ええと……ええ、そう、あれはかれこれじゅう、……いや、20年ほど前のことだったかねえ。
雪がようやくとけだして、春のお日さまのあったかさが心地よい頃合いだったよ。自慢じゃないが、働き者って言われてるあたしもちょっとばかし起き上がるのが億劫で、寝床でまどろんでいた時さね。急に目の前に人が現れたんだ。布団を被ったまま、何度も瞬きしちまったよ、こりゃ夢かってね。なにせ、ちょっと村では見かけない……いいや、たぶんあたしのそこそこながーい人生でも、滅多にお目にかかれない綺麗な顔した男……あ、男ってのは後でわかったんだけど、そいつが、一人暮らしの五十女の寝室にいるもんだから、思わず身構えちまったもんさ。……ん?ああ、そうじゃない、夜這いとか、そんなあたし今よりちょっと若いとはいえ、自惚れちゃなかった。あんまりにも人並外れた整った顔かたちしているもんだから、天使……いや、黒髪だったから死神さね、そう思ってね。とうとうあたしにもお迎えが来たのか、予想よりちょっとばかし早いが、旦那に比べればまあ妥当かねってしみじみ人生を振り返ってたのさ。……おっと、話がそれたね。そいつはもちろんお迎えじゃなくて、自分のことを魔術師だか、魔法使いだっていうんだ。ああなるほど、魔法使い様なら人ん家に入るのも魔法で好き放題だろうねって、あたしが暢気に合点がいっている間も、ひどく焦って言うことにゃ、「妻が産気づいたんだ、お前の力を貸してくれ」って。それを聞いた瞬間、あたしゃ布団を放り投げて怒鳴っちまったね、思わず。「それを早く言いなアホタレ!」……はは、あたしも後から思ったよ、たかがそこらの産婆風情がお偉い魔法使い様にずいぶんな口を聞いたってね。そっからあたしは着の身着のまま、必要な道具だけ引っ付かんで、魔法使い様の魔法とやらで奥様の部屋まで一直線さ。寝台に横たわる奥様はかなり苦しそうで、長丁場になりそうな予感がひしひしとしたものさね。とりあえず魔法使い様にお湯を張ったたらいと清潔な布を持ってくるよう頼んだら、何やらぶつくさ呟いて、何もないところからひょいと出したんだ。魔法って便利だね。あたしも使えたらよかったんだけど。え?怖くなかったのかって?魔法使い様が?……それがね、魔法使い様ったら、生っ白い顔しててね、当の奥様より死にそうな面してるもんだから……あれだね、どんなにすごいお人でも、出産に立ち会う旦那ほど頼りないもんはないんだって妙に悟っちまってさ。怖いとか欠片も感じなくてね。……ああそう、出産なんだが、奥様の出産は予想通りお日さまが隠れるまで続いてね。なんてったって、奥様のお腹の中にゃ、二人も入ってたんだ!そう、双子だよ!しかも男女でね、どんだけ幸わせ者なんだって、思わず魔法使い様の背中を叩いちまった。魔法使い様は案の定、無事に生まれた安堵からかねえ、ふらふらで、ばばあの叩きひとつにみっともなくよろけて、そりゃあ傑作だったさ。そんな魔法使い様を叱咤して、奥様を労うよう促したら、あはは、半泣きで奥様の名前を何度も呼ぶばっかりで、やりきった表情の奥様にさ、逆に慰められてたよ。疲れが出た奥様が眠られた後、魔法使い様に赤ちゃんたちを抱かせてやったら……ふふ、ほんと、頭の作りなんかあたしと天と地ほども違うだろうに、子供の抱き方ひとつに、大の大人がおっかなびっくりでさ。はは、新米の父親は誰だろうとそんなもんなんだって、あたしもちょっと親近感がわいたもんさ。
それから双子ちゃんも健やかで、奥様の産後の日達も良くって、あたしもお役御免ってことで家に帰してもらった時に、魔法使い様が真面目くさった顔でね、こう言ったのさ。
「急に押し掛けてすまなかった。お礼と言っては何だが、何か望むものはあるか?」
よく知らないけど、魔法使い様はそんじょそこらの魔法使い様とは別格らしくってね、大体のことは何とかなっちまうって言うもんだから。……柄にもなく、鼻を明かしてみたくなってね。
「次の時も、この産婆ケイトをご贔屓に」
一拍おいて、真っ赤になった魔法使い様の顔は、今でもありありと思い出せるよ。
――まあ、二度と会わなかったけどね。
こんな年寄りの与太話に付き合ってくれて、ありがとうね、お嬢さん。ん、魔法使い様の名前?……悪いが、聞いてなくてね。
魔法使い様の、瞳の色?
確か……おや、偶然だね。あんたと同じ、紫色だったよ。




