第8話 銃士隊長
局寮は局舎と隣接しており、全部で五棟あった。
大陸風の瀟洒な外観で、周囲には四季折々の花木が植わっている。
「桜と梅か……」
爛漫と咲き誇る春の花木に桜夜は目を細めた。
すべて二階建てで、一階奥には食堂と休憩室、浴場がある。局員の部屋は主に二階に集中しているとのことだった。
「桜夜さんはこちらの部屋を使ってください。蓮夜さんは右隣の部屋を。私とこのたわけ者の部屋はご姉弟の向かい側にありますので、なにかあったら訪ねてください」
「馬鹿と愚者の次はたわけ者か。額ちゃんの悪口レパートリーもずいぶん増えてきたな」
水を差す伊織を無視して、額は部下が用意してくれた親兵服を桜夜に手渡す。
「局員はこの制服を着ることが義務づけられています。まずは着替えを」
「わかりました」
「何着か私服も用意したので、よければ使ってください。こちらは蓮夜さんの分です」
そこで、額の隣に立っていた佳弥が蓮夜の衣服を手渡す。
「あ、ありがとう……!」
「どういたしまして」
上品に微笑む佳弥に、蓮夜はわずかに頬を朱に染める。
佳弥は桜夜が任務に出ている間の蓮夜の世話役として、傍に控えることになった。彼女もまた伊織と同じ立ち位置で、超常的な存在をその身に宿す蓮夜を監視する役目を担っている。それは彼女や額たちの口から直接聞かされなくても、姉弟にはわかりきっていたことだった。
「お、いたいた。おーい、伊織」
ふと、赤い絨毯が敷き詰められた回廊の先から溌溂とした声が聞こえた。一同が声の主を振り返ると、こちらに歩み寄ってくる青年の姿が目に映る。
漆黒の髪に琥珀色の瞳。身長は男性にしては低いほうで、桜夜と同じくらいだった。
――この人も神器所有者か。
彼の右肩には真紅の雄壮な狙撃銃が下げられている。神器にしては目新しく大陸由来の形をしていた。
「マス」
伊織に『マス』と呼ばれた青年は、歩を止めるや否や桜夜と蓮夜に視線を投げる。
「この人たちが例の?」
「そ。桜夜ちゃんと蓮夜くん。桜夜ちゃんは今日から親兵局員」
「え、マジ?」
「マジ」
目を丸くする青年の反応を面白がるように、伊織は口の端を吊り上げた。
「あ、この童顔は雑賀増長。通称マス。ボクの忠実な僕」
「ちげえわ。なんつう紹介の仕方してんだよ」
マスこと、増長は呆れ顔で言いながら伊織の頭を軽く叩く。確かに青年の顔立ちはいくらか幼く見えた。伊織と身長差があることも相まって、十代と言われても違和感がない。
増長は軽く咳払いして、屈託のない笑みを浮かべて元気よく名乗る。
「誤解を招きかねない他己紹介は忘れることとして。改めて、親兵局第三部隊、隊長の雑賀増長でっす! よろしくおなしゃす!」
「き、清水桜夜です」
桜夜は勢いよく差し出された手をおずおずと握り返す。続いて蓮夜も握手を交わした。
「第三部隊って……」
増長の肩書に桜夜が疑問を抱いていると、伊織が簡潔に説明した。
「親兵局は大きく四つの部隊にわかれてて、それぞれ隊長と副隊長がおんねん。部隊はボクら副長が監督してる。ボクは第三、第四部隊。額ちゃんは第一、第二部隊。だからマスはボクの僕ってわけ」
「だから僕じゃねえっつの」
部下と言いつつも、増長は遠慮なく上司である伊織の頭を再度叩きつける。
こんなひょうきん者の下につくとは、この人も苦労するな。姉弟は増長に対し、秘かに憐憫の情を寄せた。
「それはそうと、マス。ボクになんか用があってここに来たんとちゃうん?」
「ああ、そうだった。沈丁花の拠点が見つかったぞ」
増長以外、『えっ』と全員の驚愕が零れ出る。
「まあ、拠点っつっても本拠地のほうじゃないけどな。あくまで幹部がいる分拠地がわかっただけだ。昨日の夜、俺んとこの隊員が沈丁花に与している侠客と接触して、口割らせた。本丸を問い質しても、一向に答えないうえに最後は自害しやがったけど」
増長は軽く舌打ちしてから肩を竦める。
沈丁花は御庭番だけでなく、幕府に従属していた有力大名やその臣下たち、それから侠客なども多く参入している。その規模はおよそ数千と言われ、国内各地に拠点を設けて輪皇軍の兵力を分散させ、攪乱させる手法をとっていた。
「どうする伊織。第三部隊が出るか?」
「そうやな。沈丁花の尻尾掴んだのはそっちやし。――あ」
そこで伊織は何か思いついたように、桜夜を一瞥してはにやりと口の端を吊り上げる。
「せっかくやし、ここで桜夜ちゃんの初任務といこか」




