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清流の蛇姫  作者: 海山 紺
第三章
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第16話 修行あるのみ

「まずは神力を操作できるように、神器を作る練習からしよう。手のひらを上に向けて」

「こう?」

「そう。そのまま手のひらの上に神力を集中させるの。体内に流れている神力を一点に集める想像をして」


 蓮夜の部屋に戻った桜夜は、さっそく彼の修行に精を出していた。


 休まなくて大丈夫なのかと蓮夜から気遣われたが、任務直後でもそれほど疲労感は感じていない。むしろ御庭番時代のほうがよほど堪えた。それに蓮夜が一刻も早い修行を熱望しているのなら、姉としてそれに応えないわけにはいかない。


「むううう」


 蓮夜が必死に神力を集めようとするが、掌上では何の変化も見られない。


「体に力が入ると神力は操作できない。いったん目を閉じて、深呼吸しな」


 言われた通り、蓮夜は視界を遮断して大きく息を吸い、ゆっくり吐く。それを何回か繰り返しているなか、姉の玲瓏な声音が明瞭に響いた。


「そのまま神力の流れを掴んで。血の流れを感じるのと同じように」

「血の流れ……」


 静かに胸を打つ鼓動。全身を駆け巡る血流。確かな脈拍を感じていると、静穏で柔らかな力の流れを確認できた。


「あ、これが神力かな」

「わかった? 力の流れが掴めたら、それを手のひらの上に集約して。さっき言ったみたいに、神力を一点に集める感じで」


 蓮夜は目を開けて、再び神力操作に挑戦する。すると、掌上で淡い水色の小さな水玉が具現化した。


「できた!」


 だが、気を抜いた瞬間にすぐに水玉は消滅してしまう。


「消えちゃった……」

「大丈夫。今の感覚を忘れないで。でも、少し教えただけでもう神力を具現化できるようになったんだから自信持って。蓮夜は呑みこみが早い。流石は我が弟」

「ありがとう姉ちゃん」


 はにかむ弟の姿に、桜夜は目を細めるなり蓮夜を腕のなかに閉じこめた。いつもの如く、蓮夜はむあああ! と呻きながら抵抗するが、なかなか姉の愛の拘束からは逃れられない。


 この調子でいけば錬成神技はすぐに会得するだろう。いずれは放出神技も難なく発動できるようになり、己の力をうまく制御できるはずだ。

 万が一蓮夜が龍男になってしまった場合、自分で力を抑えられるようになればそれに越したことはない。とはいえ、まずは自分が蛇女を制御できるようにならなければ。


「ようし、もう一回!」


 蓮夜が意気込んで具現化練習に勤しむのを見守っていると、扉を叩く音がした。

 蓮夜の代わりに扉を開けると佳弥がいた。神器が入った弓袋を肩にかけて、両手で小箱を抱えている。


「佳弥さん」

「すみません。ただいま戻りました」


 蓮夜との茶会の片づけついでに修行用の小道具を自室から持ってくると言って、佳弥はいったんこの場から退室していた。


「蓮夜くん、頑張っていますね」

「ああ。このままいけばすぐに神器を作れるようになるだろう」

「流石は桜夜様の弟さんです」


 修行に励む蓮夜の姿に柔和な笑みを浮かべてから、佳弥は一抹の懸念を滲ませて言う。


「でも、本当にわたしも蓮夜くんの修行のお手伝いをしてもいいのでしょうか。蓮夜くんからお願いされたとはいえ、やはり体術なども桜夜様から教わったほうが身になるのでは……」

「いや、佳弥さんさえ良ければあの子の力になってあげてほしい。蓮夜もあなたに懐いているようだし。それに、私はずっと蓮夜のそばにいれるわけではないから」

「承知しました。桜夜様がそうおっしゃるのであれば」


 誰もが見惚れてしまうような微笑みに、桜夜もまた笑みを返す。


「改めて、蓮夜のことよろしく頼む」

「はい。お任せください」

「あ、佳弥!」


 佳弥が戻ってきたことに気づき、蓮夜は興奮した面持ちで駆け寄る。


「さっき神力を具現化できたんだよ! あともうちょっとで自分の神器ができる」

「そうなんだ。すごいね。蓮夜くんならきっと立派な神器が作れる」

「それが、佳弥が使っている道具?」

「わたしだけじゃなくて、他の親兵も使っているものだよ」


 箱のなかには投擲用の小刀や苦無、携帯用の棍棒が入っていた。

 それぞれの使い方を説明し、佳弥は箱に一緒に入れていた練習用の的を壁に設置して少し離れた場所から小刀を連続で投擲(とうてき)した。


 見事、五本すべて中心に的中し、姉弟は思わず感嘆の息を漏らす。


「すごい!」


 蓮夜が興奮冷めやらぬ面持ちで言うと、佳弥は照れくさそうに微笑を浮かべながら的に突き刺さった小刀を抜いていく。


「練習すれば誰だって百発百中になるよ」

「ねえ、どうやったら的に当てられるの?」


 さっそく指南を乞う蓮夜に、佳弥は小刀を一本手渡して投げ方を伝授し始めた。


 ――しばらくは佳弥さんに任せておこう。


 桜夜も自身の修練に勤しまなければならない。来たる日に備えて、蛇女を掌握しておかなければ。


「佳弥さん」


 呼ぶと、佳弥だけでなく蓮夜も桜夜に視線を向けた。


「しばらく蓮夜のことを任せてもいいだろうか。私も場所を移して鍛錬をしようと思う」

「承知しました」

「姉ちゃん、また神力のこと教えてね」

「うん。次教える時まで反復練習しておいて」

「わかった!」


 桜夜が身を翻し、蓮夜の部屋を出ようとした時――


「おお、びっくりした」


 (ドア)を開けると、目を丸くした伊織が佇んでいた。


「うが……伊織」

「あ、いま烏賀陽って言いそうになったやろ」


 いちいちうるさいなと辟易した面持ちで語る桜夜に、伊織は相変わらず呵々と笑う。


「桜夜ちゃん、どっか行くん?」

「修練場があればそこに行こうかと。私だけ胡坐をかいているわけにはいかないからな」

「そっか。いい心構えで感心するわ。蓮夜くんは?」

「いま佳弥さんから暗器の使い方の手ほどきを受けている。しばらくは彼女に見てもらおうと思って」

「ふうん」


 桜夜の視線を辿って、伊織もまた仲睦まじく修練する少年少女を見やる。伊織は再度、桜夜を見据えて言った。


「よし。じゃあボクも桜夜ちゃんと一緒に修行するわ」

「は? なぜ」

「なぜって、ボクは桜夜ちゃんの監――護衛やからな」


 ――こいつ、いま監視って言おうとしたな。


 桜夜が胡乱な眼差しを寄せるなか、伊織は滔々と続ける。


「それに桜夜ちゃんのことやから多分、蛇女になっても理性を保てるように特訓しようと考えてるんちゃうかなあと思ったから。暴走した時、誰が桜夜ちゃん止めるん?」

「それは……」


 言い淀む桜夜に、伊織はしたり顔で返した。


「な? サポート役が必要やろ」

「だが、お前に何かあれば――」

「何もないよ。ボク、強いし」


 躊躇いなく自負する伊織に桜夜は呆気にとられる。だが、これまで見てきた彼の剣技がかの発言が誇張ではないことを証明していた。

 桜夜はふっと笑みを零す。初めて眼前の少女の笑顔を垣間見、伊織は目を瞬いた。


「そこまで言うなら付き合ってもらおうか。後悔しても知らないぞ」


 花唇を吊り上げて言う桜夜に、伊織もますます愉悦に浸るかのように口角をあげて相槌を打った。


「望むところや。修練場は局舎出て右側にあるから、先に行っといて。ボクは額ちゃんにゆわなあかんことあるから」


 桜夜は頷いて、蓮夜の部屋を退室する。伊織もまた蓮夜たちを一瞥してから、謹厳に執務にあたっているであろう同僚のもとへ赴いた。

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