第15話 内通者
局舎の地下は牢獄となっており、皇家に仇なそうと武器を掲げた不当な輩が収監されている。輪国の至尊に刃を向けた者たちなので狡猾かつ凶悪な犯罪者ばかりだ。それゆえ、地下牢には歴代の〈黄心〉所有者が張り巡らせている特殊な結界が施され、脱走不可避の仕様となっている。
「マス」
仄暗い石畳の回廊を突き進むと、腕を組んだまま佇む増長がいた。
「伊織。桜夜さん」
呼びかけに気づくや否や、増長はこちらを振り返る。増美は局舎に着いてすぐ負傷者の救護に向かったので今はここにいない。
「どう? 何か吐いた?」
「いや。こいつらときたら一向に口を割る気配がない」
溜息とともに増長は収監された千萩と菊星を見やる。
埃っぽく、澱んだ空気が充満した檻のなかで、二人は壁に背を預けたままあぐらをかいていた。玄星石の武器は押収され、代わりに頑丈な手錠が両者の手首につけられている。
「よお」
桜夜を視界に収めると、千萩は獰猛な双眸をぎらつかせて重厚な声を発する。菊星も歪に口の端を吊り上げて桜夜を凝視した。
「流石、嵐慶さんの五指に選ばれただけのことはあるね~。悔しいけど完全敗北だよ~」
「お前たちに情報を流したのは誰だ」
桜夜が問い詰めると、菊星は「さあ、誰でしょうねえ~」と白を切る。
「このままゆうつもりないんだったら、死なん程度にお仕置きするしかなさそうやな」
伊織が鯉口を切ろうとしたところを増長は「やめろ」と呆れ顔で窘める。
「拷問されようが極刑にされようが、お前らが望んでいる答えを出すつもりはねえよ。オレたちはとっくの昔に苦痛や死に対する恐怖を捨ててんだ。それはお前らも同じだろ?」
千萩の言葉に虚勢は感じられない。それは増長も同感だったようで、顎に手を添えて言う。
「こっちで内通者を炙り出したほうが早そうだな」
「そうやな。幸い候補は限られてくるし」
「局長と兎月副長にも伝えてくる」
「頼むわ」
増長は頷き、颯爽とその場を後にした。
一方、二人の囚人は去っていく増長の背を見つめながら不気味に笑んでいた。
「何がおかしい」
「いや別に。大変そうだなあって」
菊星の煽り文句に、桜夜の睥睨がより剣呑なものになる。
沸々と湧き上がる憤怒を宥めるように、伊織は桜夜の肩を軽く叩いた。
「相手にするだけ時間の無駄や。早く蓮夜くんとこ行ってあげ」
「だが……」
「何かあったらまた呼ぶし、近いうちにまたいっぱい働いてもらうことになるから」
それまで姉弟水入らずの時間もほしいやろ、と伊織は桜夜の背を押す。たたらを踏んで振り返ると、伊織はにこやかに手を振っていた。
「……わかった。お前の厚意に甘えることにする」
「うん。行ってら~」
遠慮がちに一歩踏み出してから、桜夜は速足で地下牢の回廊を進み、局舎の一階に繋がる階段を昇っていった。
「ずいぶん仲良くなったんだな、アイツと」
「あ、やっぱそう見える? ボクらは出会った時から相思相愛やから。とまあ、桜夜ちゃんに蹴とばされるような寒い冗談はさておき」
伊織は膝を折り、頬杖をついた。
「ほんまはもう内通者の目星ついてんねよなあ。ボクらが新越に行くこと知ってて、すぐにその情報をキミらに伝えられるんは、もう一人しか思いつかん」
「あんたのいうその一人が内通者だって証拠はあるの~?」
菊星が問うたところで、伊織は「いや」と即座にかぶりを振る。
「その子を疑ってるんはあくまで消去法に過ぎん。他の内通候補者が佐幕派につく理由が見当たらへんからな」
「じゃあ逆にそいつは佐幕派につく理由があるってのか?」
「直接的な理由っていうより、輪皇派につきたくないからキミらと手を組んだってゆうべきかな。皇族はなんも人がいいお方だけとちゃうし」
現輪皇である寧子はその地位に相応しい人徳を兼ね備えているが、彼女の兄弟は正直褒められた性格ではない。その性悪さは本当に血が繋がっているのかと目を疑いたくなるほどで、彼らの醜聞は二大側近家や三眷族の間では有名だった。
――なんで寧子様が輪皇になったんかって、口うるさく喚いてるくらいやしな。
唯我独尊、傲慢で差別意識が強く、この世はすべて自分たちの思い通りになると大層な勘違いをしている哀れで愚鈍な皇子たち。伊織にとって、彼らの印象はその程度だった。
「何はともあれ、もたもたしてるとお前ら全員痛い目を見ることになるぜ」
「特に桜夜先輩の弟がね~」
菊星の言葉に伊織は片眉をぴくりと持ち上げる。
「蓮夜くんのことももう知ってるんか」
「オレたちの仲間は優秀なんでね」
「アンタらがすでに知ってるってことは当然、嵐慶の耳にも入ってるか」
事は思っているよりも深刻で、これから厄介になるかもしれない。
――ボクの推測が当たってたら、今のままやと蓮夜くんがな……。
「……寧子様の〈無空〉がある限り、大事になることはないと思うけど」
伊織は目を眇めてから、膝を伸ばして千萩たちを見下ろす。
「ま、せいぜいそこで嘲笑ってればええわ。いずれ無様なツラを拝ませてくれるやろうし」
「お前だって、挑発的な口を叩けるのも今のうちだぜ」
「どっちが笑ってどっちが泣くか、楽しみだな~」
火花を散らしてから、伊織は踵を返し桜夜の後を追った。




