第2幕 夏
蝉の鳴く音で私は目を覚ました。眩しい日差しが降り注ぐ。雲1つない快晴だった。
少し暑いが風が吹いているおかげで気持ちの良い天気だった。そして、久しぶりに頭が軽くなった気がした。
「何しよっかな。」
ここには神社しかなく退屈なので回れ右して鳥居をくぐり、しばらくの間散歩をすることにした。夜になった。ずっと歩いていたのに不思議と疲労を感じることはなかった。私はおいていたベンチに腰を掛け深藍の夜空を見上げた。一際明るい星が目についた。あれはアルタイルだろうか。その輝きに見とれていると、突如として睡魔に襲われた。私はベンチに横になり、しばらく眠ることにした。
「おはよう、千夏。」
そう笑顔で声をかけてきたのは私と同じテニス部の美優だった。今日はお盆休み明けで久しぶりの部活の日だ。
「会えなくて寂しかったよぉ。」
美優はそう言いながら私に飛びついてきた。まるで幼稚園児のようだが、残念ながら私も美優も高校2年生である。
「私も寂しかったな。今日からまた一緒に頑張ろうね。」
寂しくはなかったが一応そう言っておくことにした。
お盆にほとんど運動してなかったからだろうか。久しぶりの部活なので練習メニューはいつもより楽なものだったはずなのに部活が終わる頃にはもうへとへとだった。
校庭を横切って駐輪場に向かっていると美優が声をかけてきた。
「千夏大丈夫?今日めっちゃ動き鈍かったよ?熱中症とかじゃない?」
「大丈夫。お盆の間ほとんど動いてなくてちょっときつかっただけだよ。」
ほんとはちょっとどころじゃないし今すぐにでもベッドで寝たいな、と思っていた。
「千夏っ危ない!!!」
そう言われるとともに私は顔を上げる。
「え。」
野球部の、恐らく打球だろう。それが私の方になかなかのスピードで飛んできた。避けないと。脳ではわかっていても身体が言うことをきかなかった。私は目を閉じる。
「痛っ。」
そう言ったのは私ではなく美優だった。私をかばうようにして美優は私の前に入り、ボールをキャッチしていた。
「大丈夫ですかっ。」
野球部の人が慌ててこっちに駆け寄ってくる。
「ちょっと痛むけど、このくらいほっとけばすぐに治るでしょ。大丈夫よ。」
美優はそう言ったがきっとちょっとどころではない、手首がかなり腫れている。保健室に行って湿布を貼ってもらったが病院に行くように言われていた。
数日後、あれ以来部活を休んでいた美優と学校の夏期講習で顔を合わせた。。彼女の手首には包帯が巻いてあった。
「私のせいで、ごめん。その怪我ってどのくらいで治るの?」
「それが骨折でさ、2ヶ月〜3ヶ月は短くてもかかるらしいんだよね。私ね、野球好きなの。だからついボール飛んできてるの見てキャッチしたくなっちゃったんだよね。」
「ごめん、ごめん。」
彼女は笑顔でそう言っているが嘘に決まってる。私は泣きながら謝った。美優という高校生はテニスの天才と言われていた。中学校ではで全国3位をとったこともあった。全国大会の予選が1ヶ月後には控えていて、彼女はその予選を勝ち抜き、全国優勝を目指していた。
「私のせいで大会出れなくしちゃって本当にごめん。」
「だからほんとに千夏は悪くないってば。」
何度謝っても美優は笑顔でそう言うだけだった。
今日はもう帰ろう。私は今日も部活があるので美優に1人で帰ってもらったが部活に行く気になれなかったので部活を休むことにした。人生で初めて部活をサボった。
1人になりたかった私は家に帰らず街を1人で宛もなく歩いていた。だんだん暗くなってきたしそろそろ帰るかぁ。家に向かって歩を進める。もう少しで家に着く、そんなときに何者かに突然腕を掴まれた。振り向くと黒い服を着ていてマスクをしている、それに夜なのにサングラスをした男がそこに立っていた。背筋が凍った。これはだめなやつだ。逃げないと。走ろうとしても大人の男の人相手に腕を掴まれていては逃げられない。
「そんな怖がられるとお兄さん悲しいな。ちょっとだけお兄さんとお茶しない?」
男はそんな事を言ってきた。気持ち悪い。逃げたい。
「誰か助けっ」
私がそう言いかけた時、男の体は何者かによって突き飛ばされた。男は倒れる時私の腕を離した。
「千夏、大丈夫か。」
「お父さん、、、ありがとう。」
「なんだてめぇ。」
男は隠し持っていた刃物を取り出しながらそう言った。
「千夏、逃げろ。」
「で、でも」
「早く!!」
私は後ろを振り返らず、震える体を無理やり動かし走った。気づいたら家の前に経っていた。あれから1時間経った。お父さんは帰ってこない。私はあの男に絡まれた場所へ戻った。
「お父さん、、、」
そこには冷たくなったお父さんの身体があった。
「お父さんってば」
返事が返ってくることはなかった。私はどうすることもできず、涙を流しながらその場に立ち尽くすことしかできなかった。
コンッ コンッ
下駄だろうか。誰かの足音が後ろから聞こえてくる。
「美優ちゃんのテニスの大会、父の命。あなたは一体どれだけ人の大切なものを奪うつもりなの。」
そこには狐の面を被った少女が立っていた。
「美優ちゃんのときはちゃんと周りを見ていれば、今回は暗くなる前に家に帰っていれば、両方防げたはずのことよね。あなたの不注意が人の大切な物を奪ってるの。」
彼女から放たれる言葉はどれも冷気を孕んでいた。夏だというのに冬のような冷たさを彼女からは感じた。でも。
「美優をテニスの大会に出られなくしたのは私よ。でも、お父さんの命を奪っったのはあの男でしょ。私じゃない。それに私だって奪われた側なんだから。」
「あら、そう?まぁあなたにはわからないかしら。ま、とりあえず家帰ったら?ここの後処理はやっとくから。」
私は彼女の前からいち早くいなくなりたかったので足早に家に帰った。
「ただいま。」
「おかえりなさい。」
出迎えてくれたのは母ではなかった。そこには狐面の少女がいた。そして、彼女の足元には胸元に包丁を刺されて血を流している母がいた。
「あなたはまた間違えたの。だから、また1つ人の大切なもの奪ってしまった。」
こればっかりは本当におかしい。自分で私のお母さんをを殺しておいて私が悪いと言っている。あぁもう何でもいいや。私は台所へ行きナイフを手にとってその少女に突きつけた。
「私を殺すつもり?いいよ。刺しなよ。」
私は少女にナイフを刺した。が、彼女は平然としたままだった。
「なんで、ナイフ刺さってんのに、死なないし、血も流れないのよ。」
私は叫ぶ。こんなに大きな声が自分から出ていることに驚きながらもこの少女と同じ空間にいたくなくて私は家を出た。
玄関を開けて門を出る。
「暗い中外にいてあんな目にあったのに、学習能力ないのかな。危なっかしいし私が守ってあげるね。」
彼女がそう言うとともに私の意識はなくなった。
目が覚める。最悪の目覚めだった。忘れていた記憶が全部思い出された。
それと同時にあの少女を殺すという私の目的が、より強固な決意に変わった。
空はまだ暗いままだった。
「待っててね。お父さん。お母さん。」
私はアルタイルにそう誓った。そのときほんの少しだけアルタイル、がいつもより明るく光った気がした。




