第9話 出会い――剣と荷車
持ち出した食料は三日で食べつくした。
「さすがに狩りをせねば、飢え死にするなり」
へこんだ腹をさすりながら、ダーミアは独り言ちた。
この三日間、ひたすら前に進み続けた。シラン村からできるだけ早く離れたかったのだ。
のんびりしていれば、村から追手がかかるかもしれない。
もっとも村の人間はそれどころでないだろうと、ダーミアは見込んでいた。
自分が直した水車を燃やして出てきたのだ。村はまた水不足に逆戻りだろう。
――されど、水源はある。自分たちで何とかするがよし。
職人を呼んで水車を作り直すことになるのだろう。それまでは村人が手桶で水を水路に流さねばなるまい。
とてつもない重労働だが、自業自得だ。
つまり、ダーミアを追うために人手を割いている場合ではない。シラン村は危急存亡の危機にあった。
――それでも、水源の存在を知らなかった状態に比べれば、まったく問題ないのである。
苦役に喘ぐくらい当然だ。村人が自分とマルスにしたことを考えれば、罰にもなっていない。
「こっちはこっちでその日暮らしなり。過ぎたことにかかずらう暇はなし」
三日の間、昼は歩き、夜は手を動かしてきた。今後の旅に必要なものを製作していたのだ。
必死に作り上げた道具とは、ダーミアの後ろで音を立てている荷車もどきだった。
車輪こそ備えているが、荷物を載せる台部分は木の枝を並べて縛っただけで、いかだのような作りだ。
相変わらず生木の部分が多いやっつけ仕事だったが、最初は仕方がない。使っているうちに木は乾燥し、しまっていくだろう。不具合が出たら直せばいい。
――この辺の森は緑が深し。水に恵まれている証拠なり。どれ森に入ってみるべし。
ダーミアは街道をそれて森に入ろうとした。森までの野原は平地とはいえ、背丈を超える草がそこかしこに生い茂っている。茂みの隙間を縫うように進まなければならない。
ダーミアは台車をいたわってゆっくりと歩いて行った。
「今夜は森で夜を越さんかな」
そう考えていた時、横から人が近づいてくる気配がした。それも複数で争っている様子だ。
「待て、こいつめ!」
「はあ、はあ。待てと言われて待つわけないでしょ!」
「くそっ! 口の減らねぇガキだ」
草むらを分けて飛び出したのは小柄な少女だった。と言っても、ダーミアよりはいくつか年上に見える。
(十歳は越えていようか……。それより大丈夫か?)
少女を追って現れたのはむさくるしい男が三人。いかにも山賊という風体だ。
いかつい体に髭面、ぼさぼさの長髪でぼろを着た男たち。そんな連中が蛮刀を引っ提げて少女に迫る。
対する少女は赤毛のベリーショート。細い手足、そばかすの浮いた丸顔。
着ているものは古着だが、村で見たことがない上等な服だ。
――金持ちか、家柄良き子であるか? なのに一人旅とは解せぬ。
少女が男たちに突きつけているのは剣ではなく、ただの棒だ。それでは武装した大人三人には勝てそうもない。
――背中の剣は使わぬ気か? いや、使えぬのか?
少女はその体に似合わぬ大剣を、背中に背負っていた。背負って歩くだけでも疲れそうだ。とてもあれを振り回すことなどできないだろう。
そんな重荷を背負って旅をするとは、少女にとって余程大切なものかと思われた。
「いいからその剣をこっちに寄こしやがれ!」
「剣さえ置いていけば見逃してやるって言ってるんだ!」
山賊は口々にそう言って少女を蛮刀で脅した。
よく見ると山賊の手足はあちこちが赤くなり、擦り傷ができている。少女の棒に殴られたものか。
だとすると少女の腕は馬鹿にならない。
少女の方は転んで擦りむいたらしく、膝と肘から血を流していた。山賊が蛮刀で斬りつけないのは、少女を捕まえて奴隷商にでも売り飛ばすつもりかもしれない。
「ふん! 口では見逃すなんて言って、ウチの体が目当てなんでしょう!」
「何言ってやがる。ガキの体になんぞ用はねぇ!」
――耳年増という奴であるか? 随分ませた女子なり。
襲われているのが他人なので、ダーミアはのんびりとした感想を抱いて傍観していた。山賊たちがちらちら視線を送ってくるが、ダーミアは八歳の子どもだ。邪魔ができるようには見えないので、山賊は意識を少女に集中した。
「ちっ! 仕方ねぇ。こいつでぶん殴って言うことを聞かせてやる!」
男の一人が傍らに落ちていた木の枝を拾って、ぶんと素振りをくれた。
蛮刀で斬りつければ少女に大けがをさせてしまう。棒で殴る程度の傷を与えるのはやむを得ないと腹をくくったようだ。
「くっ……」
少女の顔が歪んだ。
今までは山賊が手加減をしていた。しかし、手加減なしに棒を振るわれたら分が悪いと感じたのだ。
少女に多少剣の心得があっても、大人と子供の体力差は覆しがたかった。
焦る少女の額からぽたりと大粒の汗が滴る。
ここまで戦っては走り、走っては戦い、必死に逃げて来たのだ。少女の体力は尽きかけていた。
「そこのキミ! 早く逃げて!」
少女は横目でダーミアを見て、逃げるように促した。
ダーミアはと言うと、ぼおっとした顔で立ったまま動かない。
「――行くぜ。覚悟しろ」
「うう……」
余裕のない少女の様子を見据えながら、棒を持った男が前に出た。
「さても」
山賊たちが少女を打ち据えるために棒を振りかぶろうとした矢先に、ダーミアが間延びした声を上げた。
「何だ、クソガキ!」
タイミングを狂わされて、山賊はイラついた声をダーミアにぶつけた。
「その方ら取り込み中らしきが、これは我らに関わりないな?」
「何だと?」
抜き身の蛮刀を構えた男三人の前に立っているとは思えない、淡々とした響きだった。まるで知り合いと世間話をするような調子だ。
毒気を抜かれた山賊はダーミアに注意を振り向けた。
「ガキの知ったこっちゃねぇ。ケガしたくなければさっさとどっかへ行け!」
「さもありなん。我らも同感なり。さらばごめん」
ゴトゴトと荷車を引き、ダーミアは茂みの向こうへと消えて行った。
「ふん。何なの、アイツ? でもよかったわ。他人が巻き添えにならなくて」
捕まればダーミアもただでは済まない。奴隷商に売られる頭数に加えられていたかもしれないのだ。
危機の最中でも少女は自分より幼いダーミアのことを思いやっていた。
「人のことを気遣う余裕はないはずだぜ。あきらめな」
今度こそ少女を打ち据えてやろうと、山賊は木の棒を振り上げた。棒の先を見上げる少女の体が思わずこわばった。
ドスっ!
風を切って飛んできた一本の矢が、山賊の腹に突き立った。
「うげっ!」
ダーミアが放った矢だった。例によって鏃はついていない。矢は肉に届いているが、内臓は傷つけていなかった。
そうは言っても、痛いものは痛い。
思わず腹を抱えた山賊に、機を捉えた少女が打ちかかった。狙うは足元。
山賊の向こうずねに思い切り棒を打ち込んだ。鈍い音を立てて、骨が折れる。
「ぎゃぁっ!」
情けない声を上げて、山賊が倒れた。己の膝を抱えて、苦痛に転げまわる。
――ほう。思い切りがよい。それに、大きな剣を背負っているのになかなかの踏み込みであるな。
茂みに身を隠したダーミアは、少女の機敏な体さばきに感心した。
「なっ! 大丈夫か、お頭?」
「さてはさっきのガキが……どこに隠れていやがる!」
向こうずねを折られた男は重なる激痛に言葉も発せられない。二人の手下が駆け寄るが、動揺は隠せない。不意を突かれたのでどこから矢が飛んで来たかもわからなかった。
開けた場所で飛び道具に狙われるのは恐ろしいものだ。
手下二人は腰が引けてきょろきょろと辺りを見回すことしかできなかった。
「さっきの子ね? まさか戻って来てくれるなんてね。これなら助かるかも!」
ダーミアの応援により山賊の頭を倒した少女は、窮地を脱する希望を見出していた。そのためには先ほどのようにダーミアと力を合わせる必要がある。
「いいこと? 奴らが他所を向いている時に矢を射かけて。不意を突くのよ!」
そうすれば矢を避けられず、山賊に隙ができる。矢を受けた敵を自分が追撃するのだ。
もう一人倒せれば最後の一人は何とかなる。少女はそう判断していた。
少女に語りかけられてもダーミアは返事を返さなかった。
居場所を知られていないことが最大の強みなのだ。攻撃の瞬間まで、気配を消すことにダーミアは専念した。
――声をかける必要はなし。先ほどの様子なら我らの矢を見て少女も飛び出すはずなり。
ダーミアは手製の弓に矢をつがいながら、その瞬間を待った。
(今だ!)
山賊の視線が少女の方を向いた瞬間、ダーミアは無言の気合と共に矢を放った。
ブスっ!
矢は狙い違わず、一人の男の横腹に命中した。肉の薄い部分に当たったので、先ほどよりは深く矢が刺さった。
「うぎゃっ!」
「ちくしょうめ!」
「やぁっ!」
間髪入れずに少女が前に突っ込み、矢を受けた男を攻撃する。身をかがめた男の脳天めがけて、棒を振り下ろした。
がつんと鈍い音がして、男は意識を失った。
「かぁああ――!」
最後の一人は目をつり上げて少女に斬りかかってきた。追い詰められて正気を失っている。
振り下ろしてくる蛮刀を少女が棒で受ける。
かつん。
乾いた音を立てて少女の棒が断ち切られた。先端から三分の一程が切られて消えた。
残った棒では戦いの役には立たない。
「えいっ!」
唇を噛んで少女は棒の残りを投げつけた。
しかし、棒はわずかに男の肩に触れただけで彼方に飛び去った。
「へへ。これでおしまいだ!」
歪んだ笑みを浮かべて男が前に出ようとした時、小さな影が少女の後ろから飛び出して来た。
どん!
「――へっ? うぐっ!」
ダーミアが繰り出した手製の槍が、山賊の腹に突き刺さっていた。
「アンタ?」
自分よりも小さな子供が肉弾戦に参加するとは思っていなかった。槍を引き抜くダーミアを見て、少女はことばを失っていた。
「しばし待て。とどめを刺してくるなり」
そう言うと、ダーミアは槍の先からナイフを取り外し、山賊たちの間を歩いて回った。
野鳥か野ウサギでもしめるように、もがく男たちの頸動脈を切り裂いていく。
すぐに三人の山賊は物言わぬ死体になった。
「やあ。我らはダーミア。お初にお目にかかる」
「う、ウチはリノー……って! ええーっ⁈ この子マイペース過ぎる!」
少女リノーはヤバい奴に出会った驚きに顔をひきつらせた。




