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前世に天才大魔導師と呼ばれた俺は苦労というものをしてみたい  作者: 藍染 迅


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第10話 リビングストンの町へ――冒険者ギルドと薬草

 リノーが落ち着きを取り戻したところで、二人は改めて自己紹介を交わした。

 ダーミアが語る生い立ちを聞き、リノーの顔はだんだん険しいものになっていった。


「ひどい親たち! それに村もひどいわ! さっさと出てきてよかったわね」

「然(しか)り。我らも同感なり。リノーの方はまともな暮らしをしてきたと見えるが」

「う、うん。キミの人生に比べれば、これでも恵まれているのかな――」


 リノーの表情は何やら複雑だった。


「ウチの家は簡単に言うと、没落貴族ってやつ? 祖父は騎士爵だったんだけど、一代限りでね。パパは継げなかったの。小さい土地を持っていたので、人に任せて農園をやっていたのだけれど……大干ばつでやられて」


 両親は数年前病気で亡くなり、農園は人手に渡った。リノーは家宝である大剣だけを持って家を出たのだという。


「なるほど。心中お察しする。子どもはリノーだけか?」


 てきぱきと野営地の設営をしながら、ダーミアは尋ねた。その手際があまりにも良いので、リノーは素直にダーミアの指示に従って動くことにした。


「……弟がいたんだけど。サムっていうね。二年前に強盗に刺されて死んだわ」

「左様か。許せ」


 リノーがダーミアを山賊から逃がそうとしたのは、弟のことがあったからだ。あの時自分に力があれば、サムは死なずに済んだかもしれない。

 普段は押し込めてあるが、リノーの心の傷は癒えていなかった。


「気にしないで。ウチは冒険者になるの! 過去に縛られてなんかいられないわ」


 リノーは背中からおろした大剣の柄を、ぽんと叩いた。


「キミも村を出たんでしょ? これからどうするつもり?」


 八歳の子どもが一人で生きて行けるのか? 他人事とはいえ、リノーは気にせずにはいられなかった。

 ダーミアにサムの面影を見てしまうせいかもしれない。


「道具屋を志す。まずは町を目指すなり」

「道具屋って……。えっ? もしかしてその弓と矢って?」

「然り。我らの手作りなり」


 そのほかにも、ショベルは落とし穴づくりに大いに役立ったと、ダーミアは笑った。この辺りでリノーはダーミアのことをただ者ではないと感じ始めていた。


「町って言うと、リビングストンを目指してるの? それならウチと行き先が一緒だ」


 リビングストンはこの辺りで一番大きな町だった。ダーミアはそこで道具屋を開くことを計画している。

 リノーはといえば、リビングストンの冒険者ギルドに登録することを目標にしていた。


「されば、町まで同道いたすか? だが、恥ずかしながら食料がなし。明日はこの森で狩りを所望す」


 一人旅より二人旅。旅は仲間といる方が安全であり、快適でもある。

 ごく自然にダーミアはリノーを道連れに誘った。


「キミ本当に八歳? ずいぶん堂々と女を旅に誘うものね。まあいいけど。八歳の男の子に何かされるとは思ってないし……」


 十一歳になっているリノーはお姉さんになったつもりでダーミアの申し出を受けた。


「男女が寝起きを共にするのは世間的にはばかりあるが、子ども同士なれば気にすることもなかろう?」

「落ち着いてんな、オイ!」


 急ぐ旅ではない。年下の子どもでも相棒ができれば、心強さが増すはずだ。リノーは自分の心にそう理由付けしていた。


「ところで今日は何も食べておらぬ。晩飯の材料を恵んでくれぬか?」

「早速た(・)か(・)り(・)かよ⁉」


 ぶつぶつ言いながらもリノーは自分の食料をダーミアに分け与えた。乾燥肉に豆、そして固くなったパン。

 それらを受け取ったダーミアは、お礼に食事の支度を受け持つと言う。


「キミに料理なんかできるの――って、今更か。ウチよりずっと器用なんだもんね」

「こんな材料では大したものはできぬが、お任せあれ」

「一言多いな!」


 ダーミアはさっと辺りを見回すと、ナイフを手に立ち上がった。


「え? どうしたの?」

「ちょっと食材を調達してまいる」


 そう言うと、ダーミアは近くの茂みをうろつき、やがて手に野草を持って帰ってきた。


「乾燥肉だけでは味気なし。滋養も偏る。青物も食すべし」

「キミってまるで年寄りみたいなことを言うのね。そう言えば、口調も古臭いし」


 手際よく調理を進めるダーミアの手元を見ながら、リノーはあきれ顔で言った。


「左様なるか? 実質百歳に近いとあれば、さもありなん」

「何よそれ? どういう意味?」


 意味がわからず首をかしげるリノーに、ダーミアはあっさりと自分の秘密を告げた。

 頭の中にもう一人の自分、九十歳で死んだ大魔導師ヨブが住んでいるのだと。


 ダーミアが自分のことを「我(・)ら(・)」と呼ぶ口癖は、一つの体に二つの人格が共存するためだというのだが……。


「へえ、そう――って信じられるか! 頭がおかしいんじゃないの?」

「リノーは言い難きことをはきと言う女子(おなご)なり」


 正気を疑われているというのにダーミアは一切気にした様子がない。本当に頭のねじが緩んでいるのか、それとも途方もない大物なのか?


 考えてみれば、ついさっき山賊三人を相手に命のやり取りをしたばかりの少年なのだ。ただの阿呆のはずがない。


「うーん。わからないわ! とりあえず保留! 一旦キミの言葉を信じてみるわ」


 リノーは面倒くさいことを考えるのが苦手だった。裏表のない性格で、曲がったことが大嫌い。

 冒険者を目指すのも悪者から弱い者を救うためだった。弟のサムのような弱き者を。


 山賊から自分を救ってくれたダーミアを信じる。リノーの正義感がそう決めさせた。


「頭の中に老人が住んでいようと虫が湧いていようと、キミはキミでしょ? ウチの付き合い方は変わらないわ。これからよろしくね、ダーミア」


 にっこり笑って差し出す右手を、ダーミアはそっと握り返した。


「我(・)ら(・)こそよろしく願う、リノー。あ、スープを煮る間に用便を済ましてきても苦しからず?」

「デリカシーねぇな! そういうことははっきり言わなくてもいいの!」


 顔を赤くしたリノーだったが、結局ダーミアの勧めに従った。行けるときに行っておかないと、後々困ることになる。

 リノーが戻ると、入れ替わりにダーミアがトイレに立つ。


「本当に変わった子ね。——何これ? 美味しいじゃない!」


 ダーミアに任された鍋をかき回しながら、リノーはスープの味見をしてみる。まずかったら味を調えてやるつもりだった。

 ところがスープはすっきりとした酸味が効いたまともな味だった。


「とりあえず器用だってことは認めるわ。百年の人生経験があるかどうかは知らないけど」


 八歳で料理のできる子どもは珍しくない。幼いうちから家の手伝いをさせることは、農家ならよくあることだ。

 ダーミアもそういう子どもの一人というだけかもしれない。


 しかし、ダーミアがまとう独特の雰囲気がリノーは気になった。自分と世界の間に一本線を引いたような超然としたあの態度は、普通の子が身につけるものではない。そう思えるのだった。


「とりあえず悪い奴ではなさそうね」


 自分を助けるために危険を冒してくれた。ダーミアを信用する理由としてはそれだけで十分だった。


 食事を終えた二人は、一枚しかないリノーのマントの下で体を寄せ合ってその夜を明かした。


 ◇


「いやあー、やっと着いたかぁ!」


 目的地リビングストン。高い石塀に囲まれた町を眺めて、リノーは歓声を上げた。


 ダーミアと出会ってから一週間がたっている。狩猟を続けながらの道中は十一歳の少女にはつらいものだった。


「ふむ。こんな感じなるか。変わり映えせぬな」

「キミ、村の外に出たことなかったんでしょ? 何よ、その上から目線」


 ダーミアの無感動な言葉にリノーが皮肉で応じた。

 リノー自身はリビングストンに来るのは二度目である。


「この世界では初めてなるが、前世ではさらに大きな町にて暮らしていたなり」

「生まれる前の話をされてもねぇ」


 ここまでの道中で、リノーはダーミアが前世の記憶を持っていることを受け入れていた。

 八歳児とは思えぬ博識ぶりや判断力は、そうでなければ説明がつかない。


 三つ年下のダーミアが自分よりも堂々としているのは、何となく気に食わなかったが。


「人前では生まれ変わりの話はしない方がいいわよ」

「うむ。狂人に見られると、いろいろ差しさわり多し」


 ダーミア自身は他人にどう思われようと気にならない。だが、他人の方が自身への付き合い方を変えてくる可能性があった。

 シラン村でのような扱いはもうたくさんだ。


「まずは冒険者ギルドに行くからね」

「異論なし。我らの商売にも関り深し」


 そう答えるダーミアは荷車を引いている。この一週間で改造したそれは、初代よりもだいぶ頑丈な作りになっていた。

 荷台には食料品や生活道具のほかに、森で得た成果物が積んである。


「本当にそれって薬草なの? ただの雑草にしか見えないんだけど」

「ギルドに行けばわかる」


 疑いの目で見るリノーにダーミアは短く答えた。

 薬草の選別は大魔導師時代の知識によるものだが、説明すれば長くなる。すぐに答えの出ることを、喉をからして説明する必要などないとダーミアは考えていた。


「採ってきたのも運んだのもキミだからいいんだけどさぁ。無駄足にならなければいいと思ってさ」


 リノーの心配はもっともだった。薬草の採集には深く広い知識が必要で、普通は専門の冒険者か薬師などが生業としていた。

 八歳の子どもが手を出すような仕事ではない。


 町の入り口では入門の理由を尋ねられたが、二人それぞれに滞りなく答える。


「ウチは騎士爵の孫で、冒険者登録をするために来ました」

「我らは狩人の子ども。薬草を売りにまいった」


 背中の大剣を見せると、リノーはあっさりと入門を許された。そういう身の上はよくある話なのだろう。

 ダーミアの方はというと、これもあっけなく入門を認められた。


「何だかなぁ。ウチは正直に申告したけど、キミのはちょっと……」

「何故に? 真のことしか話しておらず」


 ダーミアは狩りをしている。つまり「狩人の子ども」だ。親が狩人だとは言っていない。

 薬草を売りに来たのは本当のことで、荷車の積み荷を見ればわかる。


「本当は農家の子どもなのに、言い方が正直じゃない! 誤解を招くでしょう」

「誤解するのは先方の勝手なり」


 そもそも悪事を働くために来たわけではない。門番が許可しやすくなるような言い方をしただけだ。

 そう言って、ダーミアは涼しい顔で足を進めた。


「ちょ、ちょっと! 一人で進まないでよ」


 迷いなく進むダーミアに遅れそうになり、リノーはあわてて足を速めた。


「ギルドへの道順をどこかで聞かなくちゃ」

「……」

 

 町の主要機関はたいてい中央に固まっている。町民にとってそれが便利だからだ。

 それを知るダーミアは、初めから町の中央を目指していた。


 そうと知らないリノーは迷子になることを恐れ、行き会う人に道を教わった。


「――ありがとうございます。このまま進めばいいみたいね」

「左様か」


 結局ダーミアの向かう先が正しかったのだが、リノーには納得がいかなかった。


「何か釈然としないなぁ」

「着いた」


 ダーミアの荷車が動きを止めたのは、周りよりひときわ大きな建物の前だった。


「リビングストン冒険者ギルド」


 そう書かれた看板が高々と掲げられていた。

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