第11話 冒険者生活のスタート――クズ鉄と魔針盤
「それではリノーが先に行くべし」
「え? 一緒に行かないの?」
「二人で入れば、荷車の見張りがいなくなるなり」
そんなものを盗む人はいないとリノーは言いたかったが、ダーミアはなかなか頑固なところがある。
無理に連れて行って荷車がいたずらされたら自分のせいになると思い、リノーはため息をついた。
「わかったわよ。それじゃ交代で入るのね。ウチが先に行ってくるわ」
「武運長久」
ダーミアはリノーに顔も向けずに返事をする。荷車に積んだ薬草を手作りの背負子に移し替える作業に専念していた。
たいして待たされることもなく、リノーは五分ほどで外に出て来た。
「登録してきたわ」
「思いのほか早し」
「簡単なもんよ。名前と出身地を聞かれて、プレートを作ってもらっただけ。お金も取られなかったし」
拍子抜けした様子でリノーは語った。
リビングストンの冒険者ギルドに登録料はない。なるべく多くの人間に登録してもらい、依頼報酬から手数料をたくさん集めるというのがギルドの方針だった。
「それがプレートというものなるか?」
「うん、そう。名前と出身地、それからギルド名が書いてあるでしょう?」
手のひらに載るほどの鉄の板に、それらの情報が打ち込まれていた。
「薬草の買取をしているかどうかも聞いてきてあげたわ」
「どうであるか?」
「常時受け付けているそうよ。薬草が本物ならね」
「それについては心配無用」
「その自信はどこから来るのかなぁ。次はキミの番だから、自分で納品してきたら? 荷車は見といてあげるわ」
そう言ってリノーは荷車の荷台に腰を下ろした。
「よしなに。では参る」
「はい、いってらっしゃい」
物おじせずにギルドの扉を開けて入って行くダーミアの後ろ姿を、リノーはぼんやりと見送った。
八歳にしてあの落ち着きはどこから出てくるのだろう? 中身は百歳の爺さんだとしてもだ。
「ダーミアの精神がヨブに影響されているのかもね」
祝福の儀で覚醒して以来、二つの精神は一つの体の中で徐々に溶け合っていた。今は別々だと思っている意識が、やがて一つになる時が来るのかもしれない。
「ちょっと話を聞きたし」
「えーと……。キミは誰かと一緒に来たのかな?」
ダーミアは冒険者ギルドの内部に入ると、迷いなく受付カウンターの前に立った。前世で見知っていた作りと大した違いはない。
「我ら独りなり。素材や薬草などの買取につき教えられたし」
「我らっていう割に一人なの? 随分しっかりした子供ね。言葉使いがちょっと古臭いけど。家族に頼まれてお使いに来たの?」
「家族はおらず。我らが集める素材をここで買い取り願いたし」
子ども扱いする受付嬢にじれることもなく、ダーミアは淡々と自分の希望を伝えた。
ここまでのやり取りはすべて想定内のことだった。
「そう。えーと、キミはまだ十歳になってないわよね?」
「この世に生を受けてより八歳なり」
「なら、ギルドには加入できないわ。会員になるには十歳以上でないといけないの」
ダーミアとは会話が成り立つことを悟った受付嬢は、質問にきちんと答えてやることにした。昼前の時間帯でギルドは込み合っていない。子どもの相手をする余裕くらいはあった。
「会員にならねば買取は頼めぬか?」
「そんなことはないわ。価値のある素材なら誰が持ち込もうと適正な価格で買い取りします」
素材集めを専業にしている人たちもいる。彼らは冒険者を職業にしているわけではないので、冒険者ギルドに加入しない者が多かった。
「左様か。思った通りなり。今日は薬草を持参したにつき、買い取れるか否か、査定願う」
「あら、本当? それならカウンターの上に出してみて」
八歳の子どもがまともな薬草を採取できたとは思えない。そこらの雑草を適当にむしってきたのだろうと受付嬢は疑った。
そうであれば間違いを指摘して、この子どもを指導してあげようと彼女は思った。
(言葉遣いはアレだけど、まじめそうだし。ちゃんと教えてやればしっかり仕事をするタイプだわね)
許しを得たダーミアは背嚢を下し、持ち込んだ薬草をカウンターに並べた。
「これがエキドリナ、傷薬の原料なり。これはマサラン。胃腸薬に使うべし。次はゲンミョウ。頭痛薬。こちらは――」
「えっ、ちょっと……!」
滔々とまくしたてながらダーミアは十種類の薬草をカウンターに並べた。いくつか受付嬢の知らない薬草が混ざっていたが、それ以外は少年が言った通りの薬草で間違いない。
しかもどれも新鮮で、傷みもなかった。
「ちょっと待って! ――すみません! この三つ、薬草の種類を確認してください」
受付嬢は判断がつかない三種を別の係員に任せて、改めてダーミアに向き直った。
「キミやるわね。誰に薬草の取り方を教わったの?」
「自己流なり。勉強の仕方は秘伝としたし」
前世の知識だとは言わない。本来は専門家の指導を受けなければ身につかない知識であるが、自分一人で勉強したと言い張るつもりだ。
「根元からきれいに刈り取ってあるし、採取後も傷つけないように扱ってるわね」
「葉元を水に漬けて鮮度を保ってある」
「そんなことまで……」
水を入れた桶に薬草を漬けて運んできたことになる。本職の素材屋でもそこまではしない。袋や布にくるんで乾燥を防ぐくらいが精々だった。
「水桶に入れて運んで来たって言うの?」
「荷車を引いてまいった」
「驚いたわ。本格的ね」
受付嬢はダーミアが子どもだからと下に見ることを止めた。相手の実力を見誤ると商売は失敗する。
ここからは一人前の素材採取人としてダーミアを扱うことにした。
「疑うような態度を取って失礼しました。冒険者ギルドの受付担当マルゲリータです。あなたのお名前は?」
「ダーミア」
「ダーミアさん、鑑定結果が出そろい次第、買取査定額をお知らせしますので少々あちらでお待ちください」
マルゲリータが示す方を見ると、壁際にベンチが並んでいた。手続きに時間がかかる場合、そこで待つためのものだろう。
ダーミアは頷き返し、ベンチに腰を下ろした。
ふと反対側の壁に目を向けると、依頼票とみられる紙きれを一面に貼りつけた掲示板が目に入った。
(どんな依頼が出されているか?)
ダーミアは掲示板に歩み寄り、全体を眺めた。
(前世で見たものと変わりなし)
掲示板の下方には危険の少ない依頼が並び、上に目を上げるにつれて危険度が増すような内容になっていた。
天井近くは魔獣討伐か犯罪人討伐、長期の護衛任務などが中心だ。
薬草や素材の採取は最下段に含まれている。
(初心者向きと言われるが、素材採取の報酬が低いわけではなし)
どこにでもあるものならともかく、特殊な素材、貴重な動植物となればそれなりに高額報酬が示されていた。
要するに適材適所。専門的な知識や技術を必要とする仕事には高い報酬が約束されているのだ。
(あった。やはりコレも買い取り対象か)
ダーミアは目当てにしていた素材の採集依頼票が掲示に含まれているのを見つけて、一人頷いた。依頼票の内容を頭に刻みつつ、さっきのベンチまで戻る。
たいして待つことなく、マルゲリータに呼ばれた。
「査定の結果が出ました」
「査定の内訳を紙に書かれたし」
「疑っていますか? ギルドでは公正に買取価格を決めています」
「疑うわけにあらず。今後の参考にせんとす」
「わかりました」
マルゲリータは嫌がることなく、種類別の買取単価と数量を書き出し、全体の金額を見積書にまとめた。
本来商売人同士の取引はこうした書き物なしでは成り立たない。
しかし、年端もいかない子どもが物おじせずにそれを要求したことに、マルゲリータは内心驚いていた。
「できました」
「結構。この内容で買い取りを頼む」
「確認しないんですか?」
「薬草の種類、数量は頭に入っている。ここに書かれている通りで間違いなし」
カウンターの天板から頭だけ出しているダーミアは、表情も変えずにそう返した。価格についてはギルドを信用している。
というか、信用するしかない。相場など知らないし、他に持っていく当てもなかった。
「それでは現金を用意します。――こちら五百九十ゲルドになります」
「うむ。かたじけない」
「受け取りにサインをお願いします」
ダーミアは背伸びをして右手を出すと、ペンを借りて受取証にサインした。
すべてにおいて行動に迷いがない。マルゲリータは不思議な少年を見て、その正体を測りかねていた。
「よければ一つ尋ねたし」
「どうぞご遠慮なく」
改まった言い方をするダーミアに、マルゲリータは内心身構える。一体何を言い出すのだろうかと。
「この依頼について差し支えない範囲で情報を教えてほしい」
「……」
ダーミアは自分が目を付けていた依頼についてマルゲリータから五分ほどレクチャーを受け、ギルドを出て行った。
◇
「どうだった? 薬草は買い取ってもらえたの?」
「然り。問題なし」
リノーは空になった背嚢を覗き込んでダーミアに尋ねた。
「ふうん。悪くない金額ね」
買取額を耳打ちされたリノーは本心でそうつぶやいた。
100ゲルドあれば宿屋に泊まって一日生活できる。ダーミアはほぼ六日分の生活費を稼いだことになる。
「薬草を集めるのに三日かかった。毎回この金額では割に合わず」
「それもそうか」
野宿をしてきたダーミアたちだからこそ元手をかけずに済んでいるが、普通は遠征費用というものが必要になる。それを考えると、大きな稼ぎとは言えなかった。
「まあそれはよし。本業のついでに薬草を集めるのならば小遣い稼ぎにはなる」
「なるほどね。でも、本業って何をするつもりなの?」
「言わずと知れた道具屋なり」
ダーミアはよどみなく答えた。村にいたころから考えていたことだ。
「道具屋って……店なんかないじゃない。露店を出すつもり?」
「さし当り店は必要なし。ギルドを相手に商売せんとす」
無名のダーミアが道具屋でございと名乗りを上げたところで、世間は相手にしてくれない。いきなり不特定多数相手の商売は無理だ。
ならば、特定の大口取引先を持てばいい。ダーミアの考えはシンプルだった。
「冒険者ギルド、商工ギルドに魔導具を売る」
「魔導具って魔導術を籠めた道具? そんなものがどこにあるの?」
「もちろん自分で作るなり」
さすがのリノーも目を丸くした。魔導修行もしていない八歳の子どもが魔導具を作るだと?
ああいうものは熟練の魔導具師が精魂込めて作り上げるというのが、この世界での常識だった。
「怖いもの知らずだな、『ゴミ拾い』のダーミア!」
唾を飛ばして叫ぶリノーの肩をダーミアはぽんぽんと叩いた。
「手伝ってくれるなら手間賃を出すなり。生活費が底をついたのであろう、リノー?」
「ぜひ手伝わせてください!」
リノーはダーミアの企てに乗ることにした。




