第12話 初めての依頼――魔銅鉱と屑魔鉄
「ここでは話もできぬ」
「どこかの食堂にでも入る?」
「否。森に帰ろう」
リノーは金欠だ。報酬を受け取ったダーミアに食事をたかろうと思ったが、ダーミアは乗ってこなかった。
宿代もないので、いずれ森には戻らねばならないのだが。
渋々ながらリノーはダーミアに従った。
昼食は干し肉の残りだった。まずくはないが、味気ない。
「さて、昼飯を済ませたところで仕事の話をすべし」
「干し肉と野草の食事は食べ飽きたわ。仕事で稼いでちゃんとした料理が食べたい!」
ダーミアとて好んで野宿をしているわけではない。商売の元手ができるまでの節約術だ。
アウトドア生活から足を洗うには、仕事でしっかり稼がねばならない。
「説明した通り採取依頼で金は蓄えがたし。かといって討伐依頼は危険なり」
「そうね。悔しいけど今の実力では無理ね」
リノーは唇を噛んだ。せめて家宝の大剣を使いこなせるようになれば。
それにはまだ体の成長と鍛錬が足りなかった。
「そこでこれを狙うことにしたなり」
ダーミアは荷物の中から小石を取り出した。
「何それ? ただの石にしか見えないけど」
「魔銅鉱である」
「それがそうなの?」
魔銅鉱。
それは魔導具を支える重要な鉱石だった。魔力を蓄え、必要な時に放出する。魔導具の動力源になる素材だ。
魔力を通すので魔導術発動体として魔杖や魔剣の材料ともなる。
「珍しい物なんでしょう? どこで見つけたの?」
「シラン村の古いゴミ捨て場で拾った物なり」
燃やされた廃屋に保管していたが、これだけは焼け跡から回収できたのだ。もっともこれでは何かを作る材料としては少なすぎる。サンプルとしての価値しかなかった。
「これを集める。素材としてギルドに売れるなり。そして、これをもとに魔導具を作る」
「当てはあるの? 簡単に見つかる物じゃないんでしょ?」
「ここから北へ二時間歩いたあたりに廃坑があると聞いたなり」
ダーミアが冒険者ギルドのマルゲリータから聞き出した情報だった。昔はそこで魔銅鉱が採掘されていたが、取れなくなって放棄されたと。それでも尚ギルドは魔銅鉱採取の依頼を出し続けている。
魔銅鉱に対する需要が根強く存在するためだ。
「廃坑ってことは今は取れないんでしょ? 行くだけ無駄じゃないかしら」
「事業として成り立たなくなったということなり。鉱石自体は探せばまだ見つけられるやもしれず」
「だいぶあやふやねぇ。でも、行ってみなけりゃわからないか。よし、試してみよう!」
リノー自身には仕事の当てがない。あるかないかわからないが、見つかりさえすれば魔銅鉱は高く売れる。
やみくもに歩き回るよりも、鉱山跡に狙いを定めた方が確率は高そうだった。
「手伝ってくれるか。助かるなり」
「こうなったら一蓮托生よ。見つけた分は山分けでいいわね」
「然り。出発は明日早朝。今日はもう寝るべし」
二人は翌日の山歩きに備え、早めに眠りについた。
◇
「ぜんぜん見つからないな!」
翌日の昼、汗だくのリノーは思わずののしった。鉱山跡を中心に崖や枯れ沢の底などを歩き回ったが、一向に魔銅鉱は見つからなかった。
「休憩すべし」
ダーミアも疲れていた。
二人とも荷物は野営場所に隠し、身軽な格好で来ていた。それでもうっそうと茂る森を歩き回るのはきつかった。
「探す場所のヒントとかないのかしら?」
「地形の全貌がわかれば探しようもあるなりが……」
木々が邪魔をして山肌を見通せない。辺り一帯の地形がどうなっているのか、歩いてみなければわからないのだ。
地図があればとも思うが、ギルドにはろくなものはなく、買うとなると途方もなく高かった。
「山というものを甘く見ていたなり」
珍しくダーミアが弱音のようなものをもらした。
「ふうん。らしくないわね。いつもみたいに上から目線で乗り越えられないの?」
「考え方を変えた方がよいかもしれぬ」
難題に直面してダーミアの中でヨブの部分が表に浮かび上がって来ていた。前世で得た膨大な知識を想い起こそうと、眉間にしわを寄せる。
「ウチにはどうしようもないのよねぇ。あ~あ、鉱脈のありかを示してくれる目印があればいいのにね」
「うん? 目印か――」
リノーの何気ない一言がダーミアの脳内に波紋を起こした。山上の湖に小石を投げ込んだような小さな波紋。
波紋は広がり、やがて湖面を渡る巨大な輪になる。ごぼりと水面から何ものかが顔を出す……。
「得たり! やみくもに求めても行きあわじ。向こうから呼んでもらうにしかず!」
「ダーミア、何か思いついたのね?」
ついに魔銅鉱を見つけることができるのかと、リノーはダーミアの発言に期待をかけた。
「町へと参らん」
「えっ? どうして?」
魔銅鉱の採掘をあきらめるのか? リノーはダーミアの意図が読めなかった。
「手に入れたきものあり」
「鉱脈の地図か何かかな? お金は足りるの?」
「否」
時間が惜しいとばかりに、ダーミアは腰を上げて帰り支度を始める。
「二足三文の屑なり」
「は? 屑って……。ちょ、ちょっと待って!」
さっさと歩き始めたダーミアの背中を、あわててリノーは追いかけた。
◇
「何だか昨日から歩いてばかりね」
三時間かけてリビングストンの町まで二人は戻ってきた。道中ダーミアはずっと無言のままだったが、どことなく表情は明るかった。
山道をさまよっていた時の迷いが表情から消えている。
「ここで聞いてみるべし」
ダーミアの足が止まったのは、一軒の鍛冶屋の前だった。
「屑を手に入れるって言ってたけど、やっぱり道具を買うのかしら」
だが、それならば道具屋に行くのが普通だろう。鍛冶屋に特注で何かを作らせるつもりか?
そんな大金は懐にないはずだが……。
「邪魔をする」
「あん? 何だお前は?」
作業の合間に休憩していたらしい中年男が、ダーミアにとがった眼を向けた。
子どもに仕事の邪魔をされて喜ぶような職人はいない。
「頼みがあって来た」
「何だと? 見かけねぇ顔だが、偉そうなガキだな」
鍛冶屋はもちろん皮肉で言っている。まるで常連客のような口を八歳のガキがきいたからだ。
ふんと鼻を鳴らしたかと思うと、鍛冶屋の男は傍らのテーブルから水差しを取り、コップも使わずぐびぐびと直接水を飲んだ。
「仕事の邪魔をするなら、とっとと帰ぇれ」
「手間は取らさぬ。屑を分けてほしい」
「屑だぁ? バカ野郎! うちに屑などあるもんけぇ!」
仕事を馬鹿にされたと受け取り、男はどんと水差しをテーブルに置くと、二の腕をまくってすごんで見せた。
「屑は屑でも魔鉄の屑だ。カップに一杯ほど所望す」
男の剣幕に眉も動かさず、ダーミアは変わらぬ調子で望みを告げる。
「魔鉄の屑だと? ――そりゃ、あるにはあるが。そんなもんをどうする?」
「針を一本打つ」
鍛冶屋の顔色が変わった。
今までは冷やかしだと思って頭に血を登らせていたが、魔鉄で針を打つと聞いて職人の性根が表に出て来た。
「針なんぞそこらの屑鉄で十分だ。何だって魔鉄なんかを使う?」
「親方——」
上目づかいにダーミアが鍛冶屋を見上げた。たたき上げの職人が、なぜか子どもの眼力にたじろがされる。
「な、何でぇ?」
「魔銅鉱が欲しくはないか?」
「バカ野郎! どこの鍛冶屋でも欲しいに決まってんだろう!」
北の鉱山がさびれてからリビングストンでは魔銅鉱が不足している。ほかの地方から遠路はるばる運んで来るほかに入手のしようがないのだ。
当然魔銅鉱の仕入れ値は高くなった。
「詳しくは言えず。魔銅鉱を手に入れるために、魔鉄の針を使うなり」
「何を言ってやがる。わけがわからねぇ……」
鍛冶屋の常識にはない言葉だった。しかし、ダーミアのまとう雰囲気が単なる絵空事とは感じさせなかった。
思わずごくりと男ののどぼとけが動いた。
「屑魔鉄を分けてくれれば、同じ量の魔銅鉱にして返さん」
「く、屑と魔銅鉱を交換するだと? ば、バカなことを……」
「当てはある。損はさせぬぞ?」
ダーミアの目。瞬きもせぬ瞳に腹の内を見透かされるような思いがして、鍛冶屋は息が詰まった。
「く、かっ! 勝手にしろ、そっちの隅に集めてある。好きなだけ持っていきやがれ!」
「かたじけない。遠慮なく、いただいて参る。この椀に一杯」
土間の片隅に木箱が置かれている。その中に黒々とした塊がごろごろと積み重なっていた。
「魔鉄に相違なし。その屑なり」
ダーミアは屑魔鉄を無造作にすくい上げ、職人に示してから持参した袋にしまった。
「確かにもらい受けた。後日また参る」
「お、おうよ」
「さらばだ」
呆気にとられた職人を尻目に、ダーミアは鍛冶屋から出て行った。
◇
「いつ追い出されるかと、気が気じゃなかったわ!」
鍛冶屋を離れると、リノーは大きなため息交じりにこぼした。
「双方に利のある話なり。我らが追い出される謂れなし」
「そうかな!」
確かに見返りに魔銅鉱を渡すと約束したが、そんなものはただの口約束だ。こどものたわごとと思われても仕方がない。
「まあ、所詮屑だから向こうも惜しくはないか」
屑魔鉄は魔鉄を鍛える際に出てくる不純物の塊だ。鍛冶の材料としては使い物にならない。
溶かし直しても、柔らくて低品質のものしか作れなかった。
「屑屋がただで引き取るようなゴミだものね。惜しくもないってわけだ」
「それが魔銅鉱に化ける。乗ってみるだけの値打ちはあろう」
お椀一杯分の魔銅鉱。それだけで一月分の生活費に相当するだろう。
何よりも鍛冶屋にとっては貴重な材料だ。喉から手が出るほどに欲しい。
「魔銅鉱は我らも欲しい。お互い様なり」
森に戻ったダーミアは集めた石で簡単な炉を組み、屑魔鉄を溶かして針を打った。
「ふうん。鍛冶の仕事もできるんだ。その針で何を縫うの?」
「縫い針にあらず。これでは曲がりやすく、折れやすい。使い物にならず」
「じゃあどうするの?」
石の上で鍛えた針はいびつな仕上がりで、生焼けの代物だった。
ダーミアは常温に冷ました針を手ぬぐいで清めると、小袋から粉のようなものを取り出した。
「これで擦るなり」
「何それ? えっ、魔核……の屑?」
ダーミアが取りだしたのは冒険者ギルドで買い込んだ屑魔核だった。スライムなどの弱い魔獣からとれる魔核は弱く、砕けやすい。砕けてしまったものはほとんど使い道のない屑魔核と呼ばれていた。
屑魔核は粉末状のものが二束三文の値段で売られており、竈の発火材程度の用途しかなかった。
ダーミアは屑魔核の粉を指先にとり、針の根元から針先へ、根元から針先へと同じ方向に何度も擦る。
「屑魔核で磨くの? そうすると針が鋭くなるわけ?」
「ならぬ」
「ならんのかい! じゃあ、何のために擦るのよ?」
真剣に屑魔核を擦りつけるダーミアの手元を、リノーはじっと見た。
「屑魔核には微弱な魔気が宿っている。一方向に擦り続けることで魔鉄の性質が変わるなり」
「どう変わるの?」
ダーミアの声に、何か重いものを感じてリノーはその顔を見た。
「魔気に擦られた魔鉄の針もまた魔気を帯びる。すなわちこれ『魔針』なり」
ダーミアの小さな手の中で、屑魔核がしゃっと乾いた音を立てて針の上を滑った。




