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前世に天才大魔導師と呼ばれた俺は苦労というものをしてみたい  作者: 藍染 迅


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第13話 山師ダーミア――魔針盤

「これくらいにてよし」


 一心に針を研いでいたダーミアの手が止まった。

 指先に鈍く光を放つそれをつまみ、角度を変えてできばえを眺める。


「できたの? それが魔針?」

「然り。次はこうするなり」


 ダーミアは小さな木片を手に取り、魔針をその中ほどまで突き刺した。


「それだけ? 針穴も開いていないし、確かに縫い針じゃないわね」


 首をかしげるリノーの前で、ダーミアはお椀を取り出して水桶の水をくんだ。

 波紋が静まるのを待って、木片に挿した針をそっと水面に横たえる。


「へ? 何よそれ? 何のおまじない?」

「待つべし」


 何が起こるのかと見ていると、椀に浮かんだ魔針がすっと動き始めた。

 風に吹かれたわけではない。乱れのない水面に浮いたまま、すいーと針先が回って行く。


「動いた!」


 やがて魔針はある方向を指して動きを止めた。


「荷物の中の魔銅鉱を指したり」

「えっ? もしかしてそれって……」

「名づけて『魔針盤』。魔気の強き方角、今は魔銅鉱のありかを指し示すなり」


 羅針盤が北を示すように、魔気に反応してその方角を示す。

 これさえあれば魔銅鉱の所在が探れるはずだった。


「すごいじゃない! これさえあれば魔銅鉱が取り放題じゃん!」

「当たらずとも遠からず。無駄に歩く必要はなし」


 地中深くに鉱脈があっても、ダーミアにはそれを掘り出す手段がない。ダーミアの狙いはあくまでも地表に露出した鉱床だ。


 ダーミアは坑道の入り口前から捜索を始め、徐々に範囲を広げながら魔針盤の反応を読み取った。


「む。感あり。そこの岩場が怪しいなり」

「わかった! 岩を掘り出すから魔銅鉱かどうか調べて」


 リノーはスコップを担いで岩場に走る。岩の突き出た地表にスコップを突き刺し、片っ端から掘り出した。


「どう?」

「これは否。これも否。これは是なり。魔銅鉱に相違なし」

「やったー! とうとう見つけたわ! この調子で掘っていくわよ!」


 場所を変えて掘り続けるうちにリノーも魔銅鉱の特徴を覚えた。割れた断面の様子、手に持った時の重みの違い。


「これなんかよさそうね」

「然り。魔銅鉱なり」

「よーし! 山中の魔銅鉱を掘りまくってやるぞーっ!」


 貴重な魔銅鉱を次々と掘り出した興奮に、リノーはスコップを天に突きあげた。


「否。町に戻るべし」

「何よ、これからっていう時に」

「これにて十分。これ以上は時間の無駄なり」


 ダーミアは自分が背負った背負子を示した。

 既に担いで歩ける限界まで魔銅鉱を満載していたのだ。


「う、ウチだって担げるわよっ⁈」

「これ以上は面倒の元となるべし」


 一度に大量の魔銅鉱を持ち込めば、怪しまれる。鉱脈を見つけたか、魔銅鉱を発見する手段を得たか、どちらかを疑われるだろう。

 実際にダーミアたちは後者の「手段」を持っているわけだ。


 秘密を狙う不届き者に襲われる危険があった。


「今の我らには身を守る術がなし。要らぬ耳目を集めるは愚かなり」

「そっか……」


 ダーミアの言葉を聞き、欲に浮かされていたリノーの熱が冷めた。


「でもさ、少しずつなら持ち込んでもいいわけよね」

「しばしの間は然り。やがて勘のよき者には気づかれよう」


 その間に稼げるだけ稼いで、次の商売を始めるというのがダーミアの考えだった。


「よく考えてるわね。まあ、これだけ魔銅鉱を売れば当面贅沢ができるわよね」

「半分は手元に残すなり。道具屋の素材とせん」

「ああ、そうか。じゃあアタシの取り分は四分の一ってこと?」


 よく考えてみればそれでも結構な金額になるはずだ。一文無しから一躍成金に。

 といっても、リノーにはうまい料理を食うことしか金の使い道が思いつかなかった。


 ◇


「お前たちか」

「約束通り参った」


 椀一杯の屑魔鉄と引き換えに同じ量の魔銅鉱を渡す。ダーミアはこの鍛冶屋にそう約束した。

 町に戻ったダーミアが真っ先に向かった先が、この鍛冶屋だった。


「受け取るべし」

「こ、これは」


 ずしりと持ち重りのする塊は、確かに魔銅鉱。熟練の鍛冶屋が見間違えるはずもなかった。


「本当に取ってきやがったのか」

「然り」

「こいつがありゃあ……短剣が打てる」


 魔銅鉱だけでは強度が不足する。魔鉄と溶かし混ぜて短剣に打ち上げるのだ。

 この量があれば――。


「中級の魔剣ならできよう」

「う。おめえ、わかるのか?」


 前世の知識でなと、ダーミアは心のうちでうなずく。店の壁に飾られた見本の武器を見れば、この鍛冶屋の腕もおよそ見当がついていた。

 上級には届かずとも、中級の魔剣ならば十分に打てるだけの技量がある。


「ただのガキじゃねぇとは思ったが、底が知れねぇ」

「ちと相談がある」


 ダーミアの鋭い目を不気味に感じ始めた鍛冶屋に、畳みかけるようなダーミアの言葉だった。


「冒険者ギルドに口をきいてくれぬか?」

「ギルドに? どんな口をきけと?」

「魔銅鉱の買取を依頼したし」

「取れたのはこれだけじゃねぇんだな?」

 

 鍛冶屋は思わず目を細めた。

 どれだけ取って来たかわからぬが、魔銅鉱があるならあるだけほしい。その欲が身の内で動いた。


「今日だけの話に非ず。定期的に鉱石を持ち込むなり」

「何だと!」


 確実に魔銅鉱を見つける手段があるというのか? だとすれば、途方もないことだ。

 その秘訣を知るために命を狙って来る奴まで出るかもしれない。


「表に出れば命が危うし。内密の取引を望むものなり」

「命って……」

「なるほどな」


 ダーミアの口から出た思わぬ言葉に、リノーは顔を青ざめさせた。

 鍛冶屋は顎に手をやって考え始める。


「いいだろう。口はきいてやる。その代わりに——」

「魔銅鉱は卸せぬ」

「ぬっ」


 目をぎらつかせる鍛冶屋の出鼻をくじいて、ダーミアは右手を顔の前に持ち上げた。


「お主を贔屓すれば争いの種となる。妬まれるぞ?」

「ぐ……」


 ダーミアの言う通りだ。抜け駆けは同業から恨まれる元となる。

 同業者から憎しみを集めれば、この町での商売は成り立たない。


 鍛冶屋は思い通りにならぬ現実に、唇を噛んだ。


「だが、魔銅鉱復活のことを知るのはお主のみ。その意味を知るや?」

「意味って……」

「今ギルドに注文を出せば、お主が一番最初に魔銅鉱を入手できるということなり」

「そうか!」


 今なら魔銅鉱には希少価値がある。魔銅鉱をいち早く入手して魔剣に打ち上げれば、高値で売ることができるだろう。

 魔銅鉱の供給が安定すればその価格はおのずから下がる。魔剣の価値もそれにつれて大きく下がるのは間違いなかった。


「わ、わかった。ギルドに話を通してやるぜ!」

「うむ。持ち込みは毎日夕方。ギルドの裏口から参る」

「ああ、そう伝えておくぜ」

「任せる」


 言いたいことを言ってダーミアが去ると、鍛冶屋はあわてて店じまいをした。手に入れた魔銅鉱を懐に入れ、小走りに冒険者ギルドへと向かう。


「うおおっ。鍛冶屋として名を上げるチャンスだ! 有り金ぶち込んででも魔銅鉱を買い占めてやる!」


 火を噴く勢いの鍛冶屋を見て、通行人が不審そうに首をかしげた。


 ◇


 翌日からダーミアとリノーは北の森と冒険者ギルドとを往復した。

 朝から昼過ぎまで魔銅鉱を集めては、夕方ギルドに鉱石を持ち込む。買い取り代金は持ち運ぶには大金過ぎるため、ギルドの口座に預けることにした。


 口座の残高は日々増えていった。


 ◇

 

「うーん。さすがに十日も続けると、魔銅鉱を見つけにくくなってきたわね」

「然り。潮時なり」


 かがめていた腰を伸ばしてリノーがうめくように言った。今日は昨日の半分も取れていない。


「魔銅鉱採集は終わりってこと?」

「我らとしてはな」


 たった二人でこれ以上広範囲を探し回るのは効率が悪すぎる。それでも食い扶持には十分だろうが、ダーミアにはほかにやりたいことがあった。


「鉱石採集はあくまでも材料と元手を蓄えるためなり。ここまでの収穫で十分である」

「なるほど。それで潮時ってわけね」

「これよりはほかの冒険者らに採集を任せるべし」

「え? 秘密を教えてやるってこと?」


 ダーミアが作り出した魔針盤。それが魔銅鉱発見の鍵だった。

 他人に採取を譲るということは、魔針盤の秘密を明かすということになる。


「ただでは教えず」

「どうするの?」

「冒険者ギルドに魔針盤を売るなり」

「あー、そっちか!」


 魔針盤の作り方はダーミアにしかわからない。それで魔銅鉱の所在がわかるとなれば、どんな高値でも売れるだろう。


「さんざん鉱石を売りつけておいて、今度は魔針盤ですか。あこぎな商売ですな―」

「知識と技術は財産なり。正当な対価を求むるは必然」

「はいはい。おっしゃる通りですね―」

「儲けは山分け」

「思いっきりぼったくってやりましょう!」


 ◇

 

 その日の持ち込みが最後の魔銅鉱であることを冒険者ギルドに告げ、ダーミアは魔針盤の存在を明かした。これさえあれば誰でも魔銅鉱を探せると。

 ギルド長の目の前で、ダーミアが手に持つ魔銅鉱を追って魔針はくるくると回る。


「何とっ! こ、これをいくらで売る?」

「一本一万ゲルドなり」

「一万だと⁈」

「嫌なら商工ギルドに持ち込むべし」

「ぬう~……!」


 応じるしかなかった。商工ギルドに持ち込まれたら元も子もない。

 禿げ頭から湯気を立てながら、冒険者ギルド長はダーミアの条件を飲んだ。


「作れる魔針は一日十本」

「うむ」

「何本欲する?」

「何本でも! と言いたいが、こっちの懐にも限りがある。百本! 百本売ってくれ!」


 翌日から十日間、ダーミアは魔針を作り上げては冒険者ギルドに納めた。


「これで百本。すべて納めたなり」

「うむ。間違いない。取引はこれで終了だ」


 椅子にふんぞり返ったギルド長はでっぷりと太った腹を揺らせてほくそ笑んだ。

 翌日からはこの魔針を冒険者たちに貸し出して、魔銅鉱の探鉱に当たらせる。


(ふふ。こっちは百人の大所帯。広域をしらみつぶしに調査できる。必ずや鉱脈を発見してやる!)


 鉱脈にさえ当たれば魔銅鉱は取り放題だ。百万ゲルドの投資など、すぐに回収できる目算だった。


(元を取るどころか、巨万の富を築けるぞ!)


 大儲けの夢を描いてギルド長の鼻の穴が広がった。


(見苦しきかな。「捕らぬ狸の皮算用」なる言葉を知らずや?)


 ダーミアは気づかれぬほどわずかに眉の根を寄せた。


「時にギルド長。これより我らは道具屋を始める」

「ふうん、そうか。それがどうした?」

「ついては商工ギルドに我らの口座を開かん。当ギルドの残高を先方に移すなり」

「そういうことか。まあいいぜ。どうせうちの金じゃねぇんだ。今日中に手続きさせといてやる」

「頼む」


 翌日、ダーミアは商工ギルドに魔針盤の製法を百万ゲルドで売り渡した。

 冒険者ギルドがそのことを知って歯噛みするのは、数か月がたった後のことだった。


「えげつなーっ! 骨までしゃぶりつくすような商売だなっ!」

「リノーよ、案ずるなかれ。冒険者ギルドも商工ギルドも、百万ゲルドなどすぐに取り返せるなり」


 ダーミアは飄々として次の商売に思いを巡らせていた。

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