第14話 魔獣討伐――屑魔鉄と魔剣
「冒険者ギルドから百万ゲルド、商工ギルドからも百万ゲルド。随分と稼いだわねぇ」
その四分の一がリノーのものとなっている。ダーミアと行動を共にして本当に正解だったと、リノーは自分の幸運を噛みしめていた。
「所詮は開店資金なり。好きな物を作るには金が要る」
「世の中は世知辛いよねぇ」
ダーミアが作りたいものとは魔導具だ。それには材料として魔鉄や魔銅鉱が必要となる。どちらも高価なものだ。
そして、魔核。
魔獣の体内から採取できる魔気を蓄えるための器官である。
魔導具師たちはこれを魔導具の燃料供給減として使用する。
魔核を得るには、魔獣を殺して体内から取り出すしかない。まさに殺すか殺されるか、命がけの戦いとなる。
当然魔核は、魔鉄や魔銅鉱よりもさらに高価な素材として扱われていた。
「それにしても、たった一か月で店を持つなんてねぇ」
「いささか無理をした。だが、勝負はこれからなり」
「そうよね。まだこの店に並べる品物さえないんだもんね」
リノーはがらんとした店内を見渡した。魔銅鉱と魔針盤で荒稼ぎをしたダーミアが、そのほとんどをつぎ込んで買い取った工房付き店舗だ。
店内の棚はすべて空っぽ。売り物の姿はない。
「それで? まず始めは何を作るつもりなの?」
「さても。やはりまずは魔剣であろうか」
「王道だもんね」
魔導具の王道は魔剣と魔杖。世間の相場はそう決まっている。当然売れ筋もそこに偏る。
優れた魔剣を売り出せば、魔導具師としての信用と名声を同時に築くことができるだろう。
「この町であれば、上級魔剣を売り出せば一流と呼ばれるなり」
「ああ、この前の鍛冶屋さんは中級止まりだって言ってたわね」
王都に行けば上級魔剣を打てる鍛冶師がいるだろう。しかし、地方都市程度ではせいぜい中級魔剣が限界だった。
「ところでキミは上級魔剣なんて打てるの?」
「やってみなければ知れぬなり——今世では」
前世であればたやすく打てた。ヨブにはあり余る魔力と、たぐいまれな魔導術があったからだ。
その辺に転がる駄剣でさえ、ヨブが魔導術を付与すれば上級魔剣に変身させることができた。
「魔銅鉱は潤沢にそろえた。足りないのは良質な魔鉄と魔核なり」
「魔核かぁ」
これまでダーミアが買いそろえたのは屑魔鉄だ。良質な魔鉄を仕入れるには資金が足りなかった。
ましてや魔核にはとても手が出せない。
「良質な魔核って強い魔獣からしか取れないんでしょ? どうやって魔剣を打つつもり?」
「うむ。魔針と同じ方法にて試さんと思うなり」
「ふーん。また擦るのかぁ」
例の鍛冶屋のところに通い、中級魔剣の打ち方を見学してきた。まさかダーミアが魔剣鍛冶を始めるとは知らぬ鍛冶屋は、隠すこともなく製作工程を見せてくれた。
八歳のガキに真似できるはずがないと、高をくくっていたのだ。
あいにくと相手の中身は百歳の老人だった。
「鍛冶の工程は覚えた。力量に不足はあろうが、真似事くらいなら打てるはずなり」
「真似事ねぇ。それでいいのかなぁ」
「魔剣の仕上がりは魔気付与の出来次第なり。十分なる魔気を与えられるなら刃の出来は二の次なり」
鍛冶屋は打ちあがった剣に全霊を籠めて魔気付与を施していた。終わった時にはげっそりと頬がこけるほどに、憔悴していたものだ。
魔気付与とはそれほどに難しい。
それなのに、ダーミアには肝心の魔力がない。
「我らは付与術を使えぬ故、魔核に頼るほかなし」
「精一杯擦り倒すことね」
早速工房に籠ったダーミアは、一日かけてショートソードを打ち上げた。屑魔鉄と魔銅鉱の合金製である。
それだけではまだ魔剣とは呼べない。魔気を籠める工程を重ねる必要があった。
二日目、ダーミアは皮手袋をはめ、屑魔核で魔剣となる素材の剣を擦り続けた。
屑魔鉄から打ち出した剣は全体にくすんだ黒色をしていた。屑魔核で擦りつづけた部分はやがて黒が強まり、表面が透き通ったガラスをまとったように光り出す。
そのはずだった。
ヨブの知識によれば、魔剣とは黒き鏡のように輝きを放つ存在だった。
「黒は濃くなったが……輝かぬ」
「何となくくすんでるね」
指が動かせなくなるまで磨き続けた屑魔剣を見つめていたダーミアは、がっくりと肩を落とした。
素人のリノーが見ても、ダーミアの剣は輝きが鈍いとわかる。
「魔針ではうまくいったのに、大きさの問題であろうか……?」
「剣にした分、相手が分厚くなったものね。剣の芯まで屑魔核の力が届かないんじゃない?」
手にした作りかけの剣を作業台に置き、ダーミアは両腕を組んで目を閉じた。
(これではいかぬ。研磨法では先が見えぬなり)
「求めるは魔気の浸透。剣身の奥深くまで魔気を届けるには……」
「擦っても無理なんじゃない? 剣の芯が屑魔核でできていればいいのかもしれないけど」
「それができれば苦労せぬなり」
屑魔核を剣の芯に入れるアイデアはリノーだけのものではない。これまでも鍛冶師、魔導具師が同じことを考えたが、誰一人成功した者はいなかった。
「屑魔核を芯に入れた剣はもろい。簡単に曲がってしまうなり」
「そうかぁ。魔気は通せても、剣として出来損ないになっちゃうわけね。だから魔気をよく通す魔鉄が大切にされるわけだ」
「然り」
リノーは作業台に置かれた剣に顔を近づけて、横からその厚みを見つめた。
「ふうん。この剣がうんと薄ければいいのにね。そうすれば表面からでも魔気を通すんじゃない?」
「左様に薄ければ剃刀なり。戦いの役には立たず――いや、待つべし」
ダーミアは組んでいた腕をほどくと、リノーの反対側から剣身を眺める。
「一枚なれば剃刀となる。されど二枚、三枚と重ねれば……」
刀と呼ばれる片刃の剣は、性質の異なる鉄を何層にも重ねて鍛えると言う。柔らかい鉄は折れない粘り強さを生み、硬い鉄は曲がらぬ強さと切れ味を生む。
「一枚ずつ魔気を染み込ませたものを、重ねたとしたら……」
「あーなるほど。ミルフィーユみたいに作るってわけね」
薄い生地を何枚も重ねて焼く、繊細な菓子があるのだと、リノーはダーミアに説明した。
「あーでも、焼いては重ね、焼いては重ねだったら、バウムクーヘンの方が近いかも」
棒の周りに生地を塗りつけ、回しながら塗っては焼き、塗っては焼く。バウムクーヘンの製造法をリノーが語ると、ダーミアの目が爛々と輝いた。
「得たり! 『積層研磨鍛造法』に答えはあり!」
がばりと身を起こすと、ダーミアは出来損ないの魔剣もどきを左手に取り、右手に金槌を構えた。
「えっ? どうするの?」
「こうするなりっ!」
叫ぶと同時にダーミアは金槌を振り下ろした。左手で床に抑えた剣をめがけて迷いなく打ち付ける。
ぱきん。
乾いた音を立て、剣は真っ二つに折れた。
「えーっ! 何も折らなくても」
「案ずるなかれ。再び溶かして打ち直すなり」
すっきりとした顔でダーミアは告げた。
「また出直しかぁ。何事も一筋縄ではいかないものね」
「然り。――良き名前なり」
「えっ? 何のこと?」
きょとんとしたリノーに、ダーミアはにこりとほほ笑んだ。
「我らが魔導具屋の名前なり。名づけて『出直し屋』」
「『出直し屋』かぁ――ちょっと格好悪いけど、案外お似合いかもね」
ダーミアが初めての魔剣を打ち上げるのには、十日の時間がかかった。
◇
じゅう――。
最後となる焼きを入れた剣が、水桶の中で音を上げた。一瞬水面に湯がたぎり、湯気がもうもうと立ち上る。
「――できた」
「おお! 完成したのね?」
リノーの興奮をよそに、ダーミアはまだ湯気立ち昇る剣身に顔を近づけた。研ぎ仕上げ前のそれはまだ本来の輝きを放ってはいない。
しかし、その色は既に失敗作の魔剣とは全く異なるものとなっていた。
「黒いね」
「うむ」
剣身は誰の目にも黒く見えた。魔導に長けた者ならば、剣身の周囲を歪めるほどの魔気をまとっているのが見えたであろう。
ここまで魔気を籠めるのに、研磨と鍛造を重ねること実に五十回以上。
ダーミアは、一日の終わりに拳が開けなくなるほど両手を酷使し続けた。
今も、水を飲もうとする右手が震えてカップの水が半分床にこぼれるほどだ。
「やったわね! 上級魔剣ができたんでしょ?」
「然り。できるにはできたなり」
「何よ、その言い方。何か不満があるみたいじゃない?」
時間がかかりすぎる。そして体をいじめすぎる。
このやり方では魔剣を打ち続けることができないと、ダーミアはリノーに説明した。
「そっかあ。せっかく上級魔剣を打つ方法を編み出したのにね」
「また出直すなり。積層研磨鍛造法でだめなら、違う方法を編み出すべし」
壁にぶつかったダーミアだが、その表情は決して暗くなかった。
魔剣は打てたのだ。後は、より良い方法を見つけるのみ。
道は必ず見つかると、大魔導師ヨブの経験値が告げていた。
「そうね。ウチらの店は『出直し屋』だもんね」
入口の上には「出直し屋」と大書した看板が堂々と掲げられている。
ダーミアが魔剣と向き合う十日の間に、リノーが買ってきた板材に書きなぐったものだ。
野性的な勢いに満ちたその文字は、ダーミアのお気に入りにもなっていた。
「次の剣はいつから打ち始めるの?」
「いますぐにでも――と言いたきところなるが、さにも参らず」
ダーミアは空になった小箱をリノーに示した。
「それって……」
「屑魔核が尽きたなり」
「じゃあ、また仕入れようよ」
「否。それでは同じことの繰り返し」
ダーミアはいつものように腕を組んで瞑目した。
「やり方を変えなくちゃだめかぁ……。て言っても、本物の魔核は高いのよねぇ」
リノーの声にも苦いものが混じる。
堂々巡りだった。どうやっても資金の壁が行く手を邪魔する。
「この魔剣を売ったらどう?」
「それでも足らず」
「うー、魔核ってそんなに高いのかぁ。魔剣なら元手になるかもって思ったのに」
「む?」
ダーミアが目を見開いた。
「えっ? 何か思いついた?」
「魔剣を元手にする方法が、一つあるなり!」
「ほんと? どうするの?」
ダーミアは腕をほどいて打ち上げたばかりの魔剣を手に取った。
「売ってもだめなら使えばよし。自らの手で魔核を狩らん!」
「えぇっ⁉ ここに来ての冒険者活動再開かよ!」
驚くリノーが目を見張る中、ダーミアはいそいそと研磨工程の支度を始めた。
まずは手元の魔剣を仕上げる。それがすべての始まりであった。
「我は魔剣を研ぎあげるなり。リノーは魔獣狩りの準備を乞う」
「わかったわよ! あれだけ稼いだのに、冒険者生活に逆戻りかぁ」
口ではそう言ったが、リノーはきびきびと遠征の準備に取り掛かった。騎士爵家再興のために旅に出たリノーである。冒険の支度はお手の物だった。
◇
翌朝、すっかり支度を調えた二人の姿が町の出入り口にあった。
「また冒険者ギルドで依頼を受けるとは思わなかったわ」
「魔獣を狩るならギルドを通すべし。情報も聞けるなり」
そうであった。魔獣の討伐という常設依頼を受ける体で、ダーミアはリビングストン周辺の魔獣生息分布や各魔獣の特徴、討伐難易度などを受付嬢から聞き出していた。
「で、何を狩るの?」
腰の魔剣を一揺すりして、リノーは尋ねた。
弓を携えたダーミアは町の外へと歩き出しながら答える。
「王道中の王道なり。スライムを狩る」




