第15話 スライム狩り――中級魔剣
スライム狩り。
最弱の魔獣でありながら、スライム狩りは意外に難しい。
正確に言えば、討伐自体はさほど困難ではないのだが……。
「獲物にするのが難しいなり」
「うん? どういうこと?」
「得る物がなし。肉も皮も取れず、牙もなし」
「あー、そういうことね」
プルルンとしたスライムの体はほとんどが水分であり、死ねばどろりと流れてしまう。
ゆえに採取するようなものはほとんど存在しない。
「それなのにスライムを狙うんだよね? どうして?」
「狙いは魔核、ただ一つなり」
魔獣のエネルギー源たる魔核は、どの魔獣も等しく体内に持つ臓器である。スライムの体内にも魔核が存在する。
魔核は魔獣にプラスアルファの力を与え、魔力発動の起点となる臓器だった。
「ゆえに動物型の魔獣は恐ろしい。我らではいまだ手に余るなり」
「堅実に底辺魔獣のスライムを狙うってわけね。賛成だわ」
騎士爵の地位を取り戻す夢を持つリノーだが、己の現状については客観的に評価ができていた。まだまだ、正面から魔獣の相手をするには力不足だと。
家伝の大剣さえ満足に使えない。今回はダーミアが打ち上げたばかりの魔剣を腰にしていた。
一方ダーミアは、手に馴染んだ弓を武器に選んでいた。
「それなる魔剣はいまだ未完成品なり。魔気を帯びておれど、術式の付与なし。切れ味の良い剣と変わらず」
「そうだったよね。炎や雷は出ない、と」
「スライムの身を削るのみ。徐々に弱らせる作戦なり」
ただの剣では、水を切ったようにスライムの体を刃が通り抜けるだけだ。しかし、魔気を帯びた剣であればスライムの体を分断することができる。
魔核が入った側の体は動き続けるが、魔核から切り離された部分は命を失って水のように溶けて流れるのだ。
スライムに痛覚はなく、出血もない。しかし、体が小さくなったスライムはその分パワーを失い、動きが鈍くなっていく。
体の大半を失うと、スライムは動くことができなくなる。
「動きを止めたら、魔核を取り出せるのよね?」
「然り。それが魔剣での倒し方なり」
本来スライムを手っ取り早く倒したければ、魔核をつぶせばよい。半透明の体の中で、黒い魔核は外からでもわかりやすい。
しかし、魔核を破壊してしまったらスライムを狩る意味がない。魔核を持ち帰るためには、スライムの倒し方を工夫するしかなかった。
「その魔剣なんだけど、ウチが持っていていいの?」
「うむ。我らは魔気を持たず。リノーが持つにしかず」
今生のダーミアにとって魔剣は宝の持ち腐れだった。
だが、リノーに持たせれば……。
「魔剣の使い方なんて、ウチは知らないけど」
「剣士にとっての魔気とは、手早く言えば『気合』なり」
「気合って、あの気合?」
「えい」と叫んで剣を振れば、体の魔気が剣に乗る。そういうものだとダーミアは言った。
「ふーん。ウチにそんな才能があるかなぁ?」
「疑いなし。なればこそあのような大剣を振れるなり」
「まだまだ未熟だけどね」
ダーミアはリノーの朝稽古を何度も目撃した。十キロを超える重い大剣を、リノーはその手で振り回している。
まだまだ筋肉が足りず、大剣に振り回されることが多いが、ともかく十一歳の少女が大剣を構え、振り下ろすだけで大変なことであった。
そこには筋力だけでなく、魔気によるブースト効果が存在していた。
「確かに父や祖父からは、下腹に気合を込めて大剣を振れと教えられたわ」
「さもありなん。魔気のマスターは剣士たる極意の一つなり」
「じゃあ、スライムを見つけたら気合を入れてぶった切るわね」
リノーは鼻息荒く言い放つと、腰に下げた魔剣の柄を叩いた。
「むっ。近くに魔獣がいるなり」
声音を変えたダーミアが目を鋭くした。
その手元には自分で作った魔針盤があった。
「魔針盤って魔獣の居場所までわかるの?」
「ほかに強い魔気を発するものがなかりせば」
魔銅鉱の鉱床のような場所では鉱脈が放つ魔気に反応してしまう。しかし、何もない草原であれば、魔針盤は魔獣が放つ魔気を指し示すのだった。
じりじりとダーミアが場所を変えると、魔針盤はとある岩陰を指していた。
「そこの岩陰なり」
「しゃあっ! 出てこいスライム!」
どしゃあっ!
岩陰に回り込み、リノーは魔剣を草むらに叩きつけた。
したたかな手ごたえと共に、スイカを叩いたように水しぶきが飛び散った。
「あ!」
「ああ……」
運悪く(?)リノーの魔剣はスライムの魔核を叩き潰していた。
魔核は砕け散り、スライムの肉は水となって爆散したのだった。これでは元も子もない。
「やっちゃった……。一発で魔核に当たるとは」
「むう。運がいいのやら、悪いのやら」
「ごめん。次からは気をつけるから」
思わぬ失敗に、リノーは頭をかいた。
功を焦ったのがまずかった。姿が見えぬスライムをやみくもに斬りつけず、草むらから追い出してから落ち着いて仕留めるべきだったのだ。
「気を落とすべからず。スライムはいくらでもいるなり」
「うん。魔針盤があるものね」
ダーミアの言葉でリノーは元気を取り戻した。この切り替えの速さがリノーの長所だろう。
気を取り直したダーミアたちは、魔針盤を頼りに次のスライムを見つけた。
「今度こそ慎重に仕留めるぞ。――つん、つん、つんってね」
リノーは魔剣の先で草むらをつつき、スライムを追い出した。
「上等なり。後は魔核を避けて切り刻むべし」
「任せといて! どりゃあーっ!」
まだ魔気の使い方がつたないリノーは、気合全開で魔剣を叩きつけた。
ぷつり。大根を切るような手ごたえと共に、スライムの体が二つに分かれた。
「よし! 切れた!」
「その調子なり。スライムを弱らせるべし」
「よっしゃ! 任せなさい」
リノーは元気を取り戻した。一振り、また一振りと、気合を込めて魔剣を振り下ろす。
「だあーっ! どうだ?」
「見事。スライム討滅完了なり」
「しゃーっ! はぁ、はぁ……」
剣に魔気を通すためには気合を全開にする必要があった。そうでなければリノーの実力では魔剣が力を発揮しない。
スライム一頭を倒すために、リノーは持てる全力を振り絞らなければならなかった。
「ふう……。こ、これ……思ってたより大変……ね」
すっかり息が上がったリノーは、呼吸を落ち着かせるためにいったん休憩が必要だった。
溶けたスライムが残した魔核を地面から拾い上げ、ダーミアは眉を寄せた。
「これでは消耗が大きすぎるなり。魔剣の質が問題か――?」
「中級魔剣……なら……スライム程度には十分じゃないの?」
「魔導術式を籠められれば、な」
スライムは火に弱い。ただの火ではなく、魔導学的火炎を弱点としている。
魔導的に燃やされた火にさらされると肉体が沸騰し、爆散する。ダーミアにとってなじみ深い知識だった。
だが、ダーミアにはその魔導術が使えない。魔剣に術式を付与することができなかった。
もちろんリノーにも魔導の才能はない。
だから、ダーミアは純粋な魔気だけを頼りにリノーに魔剣を振らせていたのだ。
この様子ではスライムを五頭も狩れば、リノーは立っていられなくなる。コスパの悪さは明白だった。
「……どうにかせねば。さて、いかにせん」
「何よ? ウチならまだまだいけるぞ。見てて」
ちょうど草むらをかき分けてスライムが顔を出した。
リノーは歯を食いしばって魔剣を振り上げ、気合もろとも叩きつける。
「う、うーん。どりゃあーっ!」
振り下ろした剣尖がスライムの体を通り抜け、がきんと小石を割った。リノーの気合が不十分で、魔気の量が足りなかったらしい。
ぼっ!
「えぇっ⁉」
魔剣の先から炎が燃え上がった。始め小さかった炎は風に煽られたように大きくなり、スライムの肉を沸騰させ、爆発した。
ごろり。スライムが霧のように飛び散った後に、魔核が転がっていた。
「何これ⁉ 火が出た?」
「今のは火属性の魔導術……?」
二人ともあっけにとられて目を丸くした。ダーミアはリノーが掲げた魔剣に食いつくように顔を近づける。
籠めた覚えのない火炎魔導術が、確かに今発動した。
目を皿のようにして見つめれば、魔剣の先がわずかに刃こぼれしていた。
「これは小石を噛んだ跡。小石――これか、割れ跡が新しいなり」
「何? 何かわかりそう?」
「そうか! 得たり! 火打石の火花が魔気に引火したなり!」
取りつかれたようにダーミアの目がぎらぎらと輝いた。
たった今、火炎・爆発という現象を得た。ならばその原理を知れば、現象を再現できる。
原理の追求こそ魔導学の神髄であるとダーミアは考える。
「生まれた炎は小さかりしが、急激に成長したり。ついにはスライムの肉を沸騰させて爆散を遂げたり。そこには反応の広がりがある――」
小さかった現象が玉突きのように連鎖して瞬時に巨大化した。それが爆発に至った理由だと、ダーミアは考察した。
「――すなわちスライムの肉には火炎属性との親和性これあり。魔導を発するほどでない微弱な火属性魔気を有するや? ならば――」
ダーミアは言葉を切り、くわっと両目を見開いた。
「スライムの魔核もまた火属性なり」
「何か思いついたみたいね、ダーミア」
ダーミアの邪魔をせぬよう発言を控えていたリノーが、この時とばかり合いの手を入れた。
こくりと頷いたダーミアは、いつもの調子を取り戻した声音でリノーに返事をした。
「頼まれたし、リノー。後二つ、いや後三つ、スライムの魔核を勝ち取るべし」
「スライムの魔核三つね。お安い御用よ」
疲れを吹き飛ばしたリノーは、にやりと笑って魔剣を肩に担いだ。
「リノー姉さんに任せなさい!」
それから一切弱音を吐くことなく、疲労困憊しながらもリノーはスライム三頭から魔核を獲得したのだった。
「はあ、はあ……。どうよ? やったでしょ……」
「然り。店に帰ってゆっくり休むべし」
リノーが集めた最後の魔核を大事にしまい込むと、ダーミアはリノーに肩を貸して歩き始めた。重い足を引きずりながらも、リノーの顔には誇らしげな笑みが浮かんでいた。
◇
「ふう。やっぱり拠点があるっていいわねぇ」
水浴びをして汗を流したリノーは生き返った顔をして言った。言いながらも食事をする手は止まらない。
簡単な食事だが、空腹が最高のスパイスとなっていた。
「うむ。リノーは立派に仕事を果たしたり。これよりは我らの出番なり」
手早く食事を済ませたダーミアは食器を片づけて立ち上がる。せっかちゆえの行動だが、それだけではない。
やりたいことに手を付けたいと、胸が高鳴っているのだ。
「随分と楽しそうじゃない」
「むべなるかな。魔導に勝る娯楽なし」
「そのようね。娯楽の邪魔をしちゃ悪いからアタシは寝るわ。結果は明日の朝聞かせて」
「心得たり。さらば良き眠りを」
そそくさとダーミアは工房に消えた。残されたリノーは寝床に向かう。
「アイツ、夜通し作業するつもりだろうけど、問題ないわね」
既に工房からは金槌を使う物音が響き始めていた。リノーは気に留めることもなく、静かに瞼を閉じた。
「耳元で叫ばれたって……気にならないもの。眠気には勝てな――フワぁ……」
充実感に満たされ、リノーは眠りについた。




