第16話 出直し印の火炎魔剣――スライム斬り
「本当に夜通し作業したのね」
ダーミアは作業場の入り口を振り返った。夜の闇を切り取ったように戸口は白く浮かび上がり、リノーのあきれ顔を縁取っていた。
「――もう朝か。げに時の流れは矢のごとし」
「何言ってるかわからないけど、できたのね?」
まぶしげに目をこすりながら振り向いたダーミアの手には一本の剣が握られていた。既に鞘に納められた一振りの片手剣である。
「火炎魔剣『スライム斬り』と銘を授けり」
「ふうん。ダサい名前ね」
「まさかに⁉」
夜の半分は鞘を作りながら銘を考えて費やしたというのに。ダーミアは身も蓋もないリノーの感想に衝撃を受けていた。
「どうやって魔導術を付与したの?」
そう。リノーにはそれが不思議だった。
魔気を操れないダーミアがどうして魔剣を生み出せるのか? 屑魔核を混ぜ込む方法では魔気を帯びさせるので精一杯だったはず。それでさえ数日がかりの作業だった。
「スライムの魔核を用いたなり」
「昨日集めてきた奴ね」
リノーは「スライム斬り」を手に取り、柄元から鞘先までじっくりと眺める。どこにも魔核を用いた痕跡は見られない。
「剣身は……真っ黒ね」
抜き放ってみれば「スライム斬り」の剣身は、魔剣第一号をはるかに超えて黒かった。夜の闇を凝縮し、煮詰めたような。
黒の中の黒。
「これ、魔剣として上級の領域に入ってない?」
「おそらくは、然り。魔気の密度は上級の魔鉄を上回るなり」
その秘密は魔核の使用法にあった。
魔剣第一号では薄く伸ばした魔鉄を屑魔核で研磨しながら積層鍛造した。今回は、スライムの魔核を魔鉄に直接溶かし込んだのだ。
「それって何が違うの?」
「炭の火では魔核は溶けぬ。魔導的火炎こそが魔核鍛造の根本なり」
火炎魔導術で魔核を溶かした。ダーミアはそう言うのだった。
魔導術をまったく使えないダーミアが。
秘密は「連鎖反応」にあった。
リノーが魔剣で火打石に斬りつけた時、偶然発した火花が魔導反応を引き起こした。魔剣に籠められた魔気、火打石の火花、そしてスライムの肉が持つ微弱な火属性魔気が組み合わさって、魔導的火炎が発生した。
火炎は魔剣からほとばしる魔気により増幅され、スライムの肉を沸騰させる。そのエネルギーがスライムの魔気を刺激してさらなる火炎を生む。
「わらの山に火をつけたようなものなり。反応が反応を呼び、たちまち火炎は燃え上がる」
「それで爆発した――」
魔導連鎖反応に着目したダーミアは魔核を「燃料」として利用した。スライムの魔核をすりつぶし、粉末化してから炉に投入したのだ。
狙い通り作業場の炉は魔導的火炎を燃やす「魔導炉」となった。
その魔導炉で、ダーミアは屑魔鉄とスライムの魔核を溶かし合わせた。すなわち「魔導合金」の作成である。
「それって――」
「然り。人工魔鉄であるな」
貴重な魔鉄をスライムの魔核と屑魔鉄から生成した。この世のどこにも存在しない技術だった。
だが、それだけではダーミアは満足できない。
魔導術を発するにはさらなる工夫が必要だ。
「スライム斬りは魔導連鎖反応を引き起こす魔剣なり」
「何か仕掛けがあるっていうこと?」
「抜いてみるがよし」
鞘から抜いたスライム斬りを見れば、剣身中央に金色の線が走っている。装飾用の象眼かと思っていたが……。
「金線は魔銅鉱の細線を埋めた象嵌細工なり。鞘にも着目すべし」
ダーミアが指さしたのは、鞘の鯉口部分だった。
そこに何やら突起が仕込まれている。
「何これ? 石?」
「火打石なり」
気合を込めて剣を抜き放てば、剣身が鯉口の突起を削って火花が飛ぶ。火花は気合に含まれた魔気と反応し、火属性の魔気として人工魔鉄に含まれたスライムの魔核を刺激する。その刺激が魔導反応を引き起こし、魔銅鉱の金線に沿って剣全体に反応を広げる。
その結果、魔剣は連鎖的に火炎を発するのだった。
「振ってみるべし」
「うん」
スライム斬りを鞘に納め、リノーは腰を落として心気を研ぎ澄ました。
「やっ!」
気合を込めて剣を抜き放てば、たちまち剣身は青白い炎をまとった。振り下ろし、切り上げても炎は消えない。
まさに、炎の魔剣だった。
「青き炎は魔導の火なり。火炎属性の魔気を帯びたる魔獣は、たちまち燃え上がり爆散すべし」
「すごいじゃない! スライム殺し放題よ!」
『スライム斬り』の名にふさわしい魔剣であった。
その日から二人はスライムを狩りまわり、その魔核をひたすら採集した。
人知れず得た大量の魔核を素材として、ダーミアはスライム斬りを大量生産した。
炎の魔剣「スライム斬り」はその名のダサさにもかかわらず、魔針盤、積層鍛造魔剣に続いて「出直し屋」第三の目玉商品となった。
◇
「旦那様、ご存じでしょうか? 近頃リビングストンで『出直し屋』とか申す魔導具屋が幅を利かせております」
「何だ? ぽっと出の田舎者か?」
豪華な調度に囲まれた一室。ソファーにくつろぎ話を聞くのは、魔導ギルドの重鎮であった。その斜め前に佇み、まっすぐに背を伸ばした姿勢のまま語りかけたのは品の良さがにじみ出る執事である。
「田舎者……と申せば、その通りでございましょう。どこぞの寒村から流れてきたような小童でございます」
「子どもだと? 子どもに魔導具屋が務まるか?」
「それが不思議にございます。既に『魔針盤』、『積層鍛造魔剣』、『火炎魔剣』という三種の新商品を売り出してございます」
ソファーに座る主人の顔に初めて興味の色が浮かんだ。執事が挙げた三つの商品はどれも今まで売り出されたことのない品物だった。
「魔針盤とやらの名は聞いたことがある」
「はい。冒険者ギルドに百基を納品し、商工ギルドに製法を売り渡した実績がございます」
「ふん。その程度の商いか」
主人から見れば吹けば飛ぶような稼ぎに過ぎない。二つのギルドを手玉に取った商いの手腕にはいささか見るものがあるとしてもだ。
「小童にしては目端が利くというところか」
「おっしゃる通りで」
積層鍛造魔剣と火炎魔剣については既に執事が取り寄せていた。お抱えの魔導具師に命じてその性能まで分析させてある。
「どの商品もこれまでに見ぬ独特のものなれど、その性能に特筆するところはない。専属の魔導具師はそう見立てております」
「そうか。ならば捨てて置け」
「――承りました」
執事の返事にわずかに遅れがあった。その違和感を主人である男は見逃さない。
この執事が躊躇するとは。
「何が気になる?」
「成長の速さにございます」
執事は主人の疑問に正面から答えた。魔導具業界を支配する辣腕の主人を前にして、その態度は一切のひるみを見せなかった。
それだからこそ主人はこの執事に信を置いている。
「詳しく言ってみよ」
「かの少年がリビングストンに現れてからわずか一か月足らず。その間に類を見ない商品三種を生み出し、無一物から店を構えるまでに商いを伸ばしております」
「異例の成長と言うか? だが、準備があればその程度のこと、難しくはあるまい」
細めた目で軽くいなす主人の言葉に、執事はピクリと眉を動かした。
「旦那様の基準であれば、そうでございましょう。しかし、並の者になせることではございません」
少年が「本物の天才」かどうかを見極めるにはまだ時間が短い。しかし、その可能性があると執事は言うのだった。
「そうか。ならば目を付けておけ。お前に任せる。出すぎるようであれば、芽を摘んでも構わん」
「介入してもよろしいので」
「任せる。所詮は小銭商売。どう転ぼうと痛くもない」
そう言うと、主人はほこりを払いでもするように手を動かした。
今の話など、この男にとってはそれだけの価値しかない。何物にも動じない富と実力が、主人には備わっていた。
王国一の魔導具師ゴーマンは整った顔にいつもと変わらぬ薄笑みを浮かべる。「出直し屋」のことは既にその頭から去っていた。
その少年がダーミアという名の異才であることなど、ゴーマンには知る必要がなかった。
◇
「ほんっとにバカバカしくなるわね!」
スライム斬りの一振りでスライム一頭を燃やし尽くしたリノーは、思わず肩をすくめた。スライムが形も残さず蒸発した後には、真っ黒な魔核が残されていた。
「昨日の苦労は何だったの? この剣を使ったら、一撃で終わりだもんね」
「コツはつかんだようであるな」
スライム斬りで火炎魔導を発動するにはコツがある。まず鞘に納め、鯉口に仕込んだ火打石を剣身で擦るように抜き放つこと。
「まあね。剣先が鞘を離れる瞬間、ちょっとぶつけてやるのがポイントね」
リノーの性格は大雑把だが、意外に手先は器用だった。リノーが振るうスライム斬りは最初は八割くらいの発火率だったが、一時間後にはほぼ十割の確率で火炎を発するようになっていた。
「おかげで改良の仕掛けを思いついたなり」
発火率が九割九分であっては、百に一つ不発のことがある。それでは武器として問題だった。
ダーミアが考え付いた対策とは、火打石にばねを仕込むこと。剣を抜き放つ瞬間にばねに押されて火打石が剣身を叩くという仕掛けだった。
「火炎が必ず出てくれるなら、安心して攻撃に専念できるわね」
不発の武器ほど怖いものはない。攻撃者は武器を使用した瞬間に隙をさらけ出すものだ。
武器を振るったからには相手にダメージを与えてくれなければ困る。
「収穫は十分なり。これで今日の狩りはしまいとするなり」
「もうそんな時間? 体力的にはまだまだいけるけど、キミが言うなら終わりにしようか」
攻撃は確かに楽になったが、それまでに獲物を探して歩きまわっている。探索時間が長引けばそれなりに体力を消耗するのも事実だった。
余裕があるうちに引き上げるのは冒険者に必要な心構えだ。
それに、ダーミアには気になることがあった。
◇
「スライム斬りの評判が悪い?」
新興店である「出直し屋」は魔導具に良心的な値付けをしている。客にとってはお買い得なはずだ。
それがなぜ不評を招くのか?
「あれは粗悪な安物だと言われているらしい」
「誰よ! そんなことを言うアホは?」
納品先の商工ギルドでダーミアはそう聞かされた。
魔導具としての効能をけなされたわけではない。二流の品物だと言われているのだ。
「あながち嘘とも言えぬなり」
「何よ! 自分で認めるわけ?」
「所詮素材はスライムの魔核。質量ともに貧弱なり」
「それは……仕方ないじゃない」
今のところリノーにはスライムしか倒せない。それ以上強い魔獣が相手となると、途端に命の危険を伴うのだ。
問題はダーミアの腕ではなく、自分の弱さかとリノーは爪を噛んだ。
「魔核が弱みであるならば、より良い魔核を使えばよし」
「でもそれができないから困っているのよね?」
「然り。その解決策を一緒に考えるべし」
ダーミアは問題に直面しても平気な顔をしている。信じているからだ。
リノーと自分が力を合わせれば、おのずと問題は解決すると。
「うーん。一本のスライム斬りじゃ弱いのよね。双剣にしたらどうかしら?」
「二剣を用いるのは難し。双剣術は特殊技能なり」
「そうかぁ。質が足りなければ剣の数を増やせばいいと思ったんだけど……」
「数の利であるか――。得たり!」
ダーミアはかっと目を見開いた。それを見てリノーはにんまりと笑う。
何か思いついたな、と。
「我らは工房に――」
「籠るのね? 了解! 体を鍛えて待ってるわ。どんな武器を作るつもりかだけ教えて」
家伝の大剣を取りに立ち上がったリノーの背中に、ダーミアの返事が追いかけるように届いた。
「これより打つは武器に非ず。我らが鍛えるは不敗の盾なり!」
ダーミアの声は自信に満ちていた。




