第4話 廃屋と導具作り――一本のナイフ
百年も前の廃屋とゴミ捨て場。
どうやらそこは見捨てられた場所らしい。
――湿地が広がり、やがて水があふれて昔の村が飲み込まれてしまったのであろうか。
今では人の通う気配はない。道さえもない廃墟だった。
――もしやして、まだ使えるものが残っているやもしれず。
ダーミアは崩れかけた廃墟を覗いてみた。
――一部レンガ造りの木造なり。レンガは使えるもの多し。壁板を引き剥がせばチリトリの材料とならんや。
鍋釜など調理器具は残っておらず、木桶は朽ち果てていた。
――家具はほぼ全滅なり。刃物があればうれしきところ……。
残念ながら刃物は見つからなかった。
朽ちて穴の開いた床板の下を覗いてみたが、隠し財産のようなものもない。
台所の後に水瓶が残っていた。これは使えそうだが、ダーミアの力では持ち運べない。
――ううむ。持って帰りたきところなるが……。いっそここを拠点にすべきか?
崩れかけた廃屋でも木の下で寝るよりはましかもしれない。風は防げそうなので、屋根の一部をふさいでやれば住めないこともない。
――ここには水源がある。住むにはよき場所なり。
それにしても道具が欲しい。ナイフ、金づち、のこぎり……。道具さえあればいろいろな物を作れる。
ダーミアはゴミ捨て場の方を覗いてみることにした。
「これは――思ったよりも歴史ありげな」
湿地に飲み込まれかけたゴミ捨て場には用途のわからない道具が山積していた。
生ごみの類はとっくに分解されてしまったらしく、何かの遺跡のようにも見える光景になっていた。
「随分と遺物多し。昔の村は栄えてありしか?」
木材の多くは腐ってなくなったのだろう。遺物には金属製のものが多かった。ところどころには陶器やガラス製品も見える。
――割れた陶器は簡単には直せぬ。ガラスは炉を作れば溶かして使えよう。
ダーミアはがらくたを手に取ってはぶつぶつとつぶやいた。
鉄や銅でできたものの多くは錆び果てていたが、中には大分形が残っているものもある。
――ふむふむ。これらも溶かせば利用できよう。お、ナイフか……これは少々磨けばきれいにならん。
ダーミアはほくほく顔で使えそうながらくたを集めて回った。
廃屋に戻り、集めたがらくたを前にしてダーミアはふと考える。
――ダーミアに授かりしジョブ『ゴミ拾い』とは、こういうがらくたを再利用しろという意味かもしれぬ。
ジョブとは神が人に与えた道だと言う。ならば、ダーミアがこのゴミ捨て場に出会ったことも神の采配の一部と言えよう。
「こいつらを生かすのが僕の道? よし、やるぞ!」
ダーミアの目にゴミ捨て場は宝の山として映っていた。
持ち帰ったナイフを手ごろな石にこすりつけると、ごそりと表面から赤錆が落ちる。刃の上に水を垂らしながら、ダーミアは無心に手を動かした。
砥石代わりの自然石はいびつな形をしている。
なかなか思うようには刃を研げない。
それでもダーミアは諦めることなくナイフの刃を動かし続けた。指が痛み、血豆ができても構わない。
ただひたすらに磨き続けた。
その日一日は拾ったナイフを磨き上げることで終わった。固まって動かなくなるほど両手の指を酷使した結果、ついにナイフの刃は輝きを取り戻した。
成果というにはあまりにもささやかだったが、ダーミアは満足だった。
――ナイフがあれば狩りが捗らん。取った獲物を自分でさばける。ロープや布を斬り、木材を削ることができる。これがあれば我らは自分の力で生きていける!
ナイフという強力な道具を手にした充実感に浸りながら、ダーミアは廃屋で一夜を過ごした。
「ふわぁー、よく寝た。……ぅうう、お腹が空いたなあ」
昨日は何も食べていない。わずかばかりの食料は森の住みかに置いてきてしまった。
「引っ越しがてら森の住みかに戻って、何かお腹に入れるか」
ついでに追加の食料を調達したい。手に入れたばかりのナイフを使って狩りをしようとダーミアは思いついた。
――狩りをするなら武器が要るなり。ナイフ一本では獣を狩れぬ。
森に入れば枝やツタが手に入る。
――長めの丈夫な枝を探して、このナイフを括りつけるべし。槍があれば狩りの成功率が一段と上がるなり。
獣を仕留めれば、肉が食える。ダーミアにとっては大きな課題だった。
元の住みかにたどりついたダーミアは途中で拾った枝にナイフを括りつけた。ずしりと両手にかかる重さが頼もしい。
ガサガサ。
少し離れたところで茂みが揺れた。何かいるらしい。
鳥やウサギならいいが、大きな獣だったら襲ってくるかもしれない。
ダーミアはできたばかりの槍と、麻袋二つを素早く背負って木に登った。地上から三メートルほどにある木の股に体を落ち着ける。
――熊以外が相手ならこれで何とかなるであろう。
熊は巨体でも木登りを得意としている。この程度の高さでは熊から身を守れない。
もしも相手が熊だったら、命がけで戦うしか方法がないかもしれない。
――いずれは毒を使えるようにしなくてはならぬ。森で生きるためにはな。
今は両手の中の槍が頼りだ。そして、麻袋の中身――。
ガサッ。
茂みを揺らして獣が姿を現した。それは二頭のオオカミだった。
オオカミたちは鼻を鳴らしてダーミアの匂いをたどっていた。地面に鼻を近づけ辺りを嗅ぎまわる。
やがて二頭はダーミアが隠れる木の根元にやってきた。
ダーミアは身を縮めて息を殺していたが――。
「……ゥウウー」
鼻先を上げて漂う匂いを探していた一頭が、木の上に避難したダーミアの姿を見つけた。鼻にしわを寄せて、牙をむく。
(くそっ。見つかったか!)
オオカミは木の周りを動き回り、幹に前足をかけて飛び上がったりしたが、登って来ることはできなかった。
(諦めてどこかへ行ってくれないかなぁ)
狙ったネズミが巣穴に逃げ込んでしまった場合、オオカミはその場を立ち去ることもある。しかし、この二頭は諦めが悪いのか、いつまでたっても諦めようとしなかった。
――こちらの姿が見えているのは不都合であった。仕方なし。決着をつけるべし。
オオカミは長期戦の構えで地面に伏せている。ダーミアに動きがあったら攻撃態勢を取るつもりだ。
それを見て、ダーミアは戦う腹を決めた。
――まずはこれで……。気づかれぬうちに。
ダーミアは音をたてぬように注意しながら、麻袋に手を入れた。そーっと取り出したのは、両手がふさがる大きさの石だった。
もはや岩と言ってもいい大きさだ。
それを肩より高く持ち上げ、手近な一頭めがけて投げ下ろす。
地上からの高さ三メートルに加え、ダーミアの身長一メートル強。合計四メートル以上の高みから投げつけられた岩石は落ちるほどに勢いを増し、地面に寝そべったオオカミの頭部に直撃した。
非力な七歳児が投げたとはいっても、四メートルの落差がある。オオカミの頭蓋骨は重力によって破壊された。
衝撃は頭蓋骨の内部まで到達し、脳を押しつぶした。
岩を食らったオオカミは白目をむき、一瞬で絶命した。
ドスンという音に驚いたもう一匹が地面から跳ね起きる。動かなくなった相棒を見て、樹上のダーミアに吠え付いた。
「うるさいな。うーん、気づかれちゃったらもう石は当たらないだろうなぁ。しょうがない。槍で戦うか」
この体で槍を使ったことはないが、前世のヨブは槍の使い方を知っていた。オオカミ一頭なら何とか相手にできるはずだと、ダーミアは考えた。
――それよりこの高さの方が厄介なり。降りる時に怪我せねばよいが。
ぶつぶつ言いながら、ダーミアは左手に槍を、右手に二つ目の岩石を持って立ち上がった。
オオカミは根元に近づいてダーミアを見上げている。
「そら行くぞ。えいっ!」
ダーミアは右手の岩を投げつけるや否や、幹を蹴って宙に身を躍らせた。
オオカミは岩石が飛んで来るのを見て、前方に飛んだ。ダーミアが気合を発したので、簡単に岩をかわす。
そこへ槍を持ったダーミアが落ちて来た。上を見上げるオオカミの体の上に、まともにぶつかる。
ダーミアはオオカミが身をかわす方向を見定め、その場所を狙って飛び降りたのだ。
「ギャンッ!」
ダーミアの尻に押しつぶされる衝撃と槍先が背中に突き刺さる苦痛を、オオカミは同時に味わった。
勢いの強さに負けて、槍の柄が途中で折れてしまった。
「くぅうーっ! 痛たたた」
尻の痛みに顔をしかめながらも、ダーミアは急いで立ち上がった。折れた槍を抜こうとしたが、肉に食い込んでいて抜けない。
仕方なくダーミアは投げ落とした岩石を両手で拾い上げた。
――運が悪かったのである。すぐ楽にしてやるなり。
槍が胴体に刺さったままのオオカミは、倒れてもがいていた。ダーミアに潰されて両前足が折れている。
背中から入った槍先は内臓まで届いていた。もはや致命傷だが、しばらくは死ねない。
「ふっ!」
頭上に持ち上げた岩石をダーミアは思い切り振り下ろした。狙い違わず、岩はオオカミの頭蓋骨を陥没させた。
――念には念を入れるべし。
ダーミアはオオカミの体を踏みつけて槍先を引き抜いた。それを使ってオオカミの喉を切り裂く。
大量の血が流れだし、ようやくオオカミの呼吸が止まった。
「オオカミの肉は堅そうだな」
――だが、貴重な食糧である。バラして持ち帰るべし。
痩せているが体はそれなりに大きい。そのままではとても運べなかった。
取ってきたツタで木につるし、ダーミアはオオカミの血抜きをした。
――滑車があれば楽なのであるが。
滑車の作り方はヨブの知識にあるが、すぐには用意できない。効率が悪くても目先のことを一つずつ片づけていくしかなかった。
ダーミアは苦労してオオカミの肉をさばき、何度も湿地との間を往復して肉を運んだ。
「あー、疲れた」
――何をするにも道具が足りぬ。順番を決めて、毎日道具を作るべし。
一日の半分は食料採取。残り半分は道具作り。そして夜は小物づくりなどに時間を割り当てることにした。
いきなり金属の加工は難しいので、手始めに木を削って木槌を作った。
材料を加工する時、「叩く」という作業が意外に多いのだ。
森の木から木製の槍や弓矢も作った。最初に作った槍と矢は、ナイフで棒を削って先を尖らせただけだ。
性能も耐久性も推して知るべしという代物だが、ないよりはましだ。
道具が増えれば作れるものが増える。製作物が進化する。
ダーミアにはヨブとして前世で蓄えた膨大な知識がある。猟師、農民、職人、商人。あらゆる職業の人間から、その生活に必要な知識を聞き取っていたのだ。
ダーミアは毎日ひたすら道具を作り続けた。
一年後、シラン村を干ばつが襲った。




