第3話 ゴミ拾いの生活――わらの箒
「頂いたジョブが『ゴミ拾い』だって? チッ、そんなもの何の役に立つのさ!」
父親のジョナサンから話を聞いた義母サナは、整った顔をしかめた。
サナはジョナサンの後妻で、ダーミアにとって継母に当たる。
「出来損ないはどこまで言っても出来損ないだね! 我が家の恥さらしだよっ!」
吐き捨てるように言うと、サナは家を出てどこかへ行ってしまった。
その背中に何か言いたげなジョナサンだったが、結局開いた口からことばが出て来ることはなかった。
あきらめて口を結ぶと、ごろりと床にふて寝する。
自分より十歳も若い後妻に対して、ジョナサンは強いことを言えなかった。
わがままなサナは貧しい生活に不満が多かった。食事の量に文句をつけ、少しの金が家にあれば自分の衣服代に回してしまう。
血のつながらない子供たちより、自分のことを何事にも優先するのだった。
十人の子を持つジョナサンだったが、既に八人までが家を出ている。今この家に住むのはダーミアとその一つ上の兄マルス、二人だけだ。
マルスは再来年十歳になる。その時は一番近い町の食い物屋で働くことが決まっていた。
住み込みで掃除や洗い物を手伝うのだ。
人懐こく、はきはきと受け答えができるマルスは早くから奉公先が決まっていた。成長すれば客商売の役に立つと見込まれたのだ。
それに対してダーミアの引き受け手はまったく現れない。
何を言ってもろくに反応しないダーミアは、知能が遅れていると思われていた。
それが祝福の儀の後、短いとはいえ返事をしたのでジョナサンは随分驚いた。しかし、その後まったくしゃべらないダーミアを見ている内に、ジョナサンはそのことを忘れてしまった。
相変わらず「出来損ないのダーミア」というレッテルがジョナサンの心を占めているのだった。
その日が夜となっても、ダーミアは一人で納屋にいた。
サナの言いつけでダーミアは納屋で寝起きしている。
土間に藁を敷いただけの寝床に身を横たえて眠るのだ。
夜が深まる中、ダーミアは壊れた桶を逆さまに置き、椅子代わりに腰掛けていた。その手にはわらの束がある。
小さな手で器用にわらをもみ、編んでいく。
ダーミアは草鞋を作っていた。
これまでダーミアは裸足で歩きまわっていた。靴など買ってもらったことはない。
しかし、歩き回れば石を踏み、足を傷つけることもある。
「仕事」をするには足を守る履物が必要だった。
――ない物は作ればよし。
ダーミアにはヨブだったころの知識がある。魔導術以外にも、九十年以上の人生で蓄えた膨大な知識があった。
転生を志してからは、意図して魔導術以外の技術についても知見を広げたのだ。
――知こそ力なり。
眠りにつく前に、二足の草鞋をダーミアは編み上げた。
◇
「出来損ないは出ていきな!」
翌朝、サナが納屋の入り口に立ちふさがってそう叫んだ。
――独り立ちの日は三年先のはずであったが……。
ダーミアが首をかしげて見返すと、いらだつサナは目をつり上げて叫んだ。
「うちにははずれジョブの出来損ないに食わせる飯も、寝かせてやる寝床もないんだ! 今日からここは使わせないよ!」
もともとダーミアはまともに飯など食わせてもらっていないが、寝る場所がなくなるのは痛かった。
しかし、この様子では話を聞いてくれそうもない。
――やれやれ。せっかちな話なり。
ゆっくり首を振ったダーミアは、のそりと立ち上がるとサナの横を通って外に出た。
「さっさとお行き、二度と帰ってくるんじゃないよ!」
サナが投げつける言葉は刃物のように鋭かった。
ダーミアは口答えせず、生まれた家を出て行った。
抵抗しても仕方がない。父親に泣きついたところで、どうせジョナサンはサナのいいなりだ。
話をするだけ無駄だとわかっていた。
これからの生活に不安はあったが、独り立ちする日が早くなっただけのことだ。そう受け止めていた。
――まずは雨風をしのいで寝られる場所を探すべし。
ダーミアは村はずれの森に入っていった。
森の入り口近くをしばらく歩き回ると、三本の木が集まって生えている場所があった。
根元から上を見上げると、鬱蒼と茂った枝葉が重なり合って空が隠されている。
――ここならば雨露を避けられよう。
風への備えは心もとないが、当座のねぐらには十分そうだ。嵐が来る前にもっと良い隠れ家を見つけることにして、まずはその場所を拠点に決めた。
――寝る場所が決まったなら、次は水源の確保なり。
水がなくては生きていけない。ダーミアは村に流れる川の源流を求めて、心当たりの方角に歩き出した。
崖を迂回しながら三十分ほど歩き、目当ての小川を見つけることができた。
仮の住みかから少し遠いが、生きていくには問題ない。当面水源の問題も解決できたと、ダーミアは考えた。
――さて、次は食料を確保せねば。
森の中に食料はある。山菜、木の実、キノコなど。どこに何が多く生えているかは、これまでの暮らしで記憶している。
だが、それだけでは足りない。
――村で食料を調達するほかなし。村の家々で働いて、代わりに食料を恵んでもらうべし。
そこで活きてくるのが「ゴミ拾い」というダーミアのジョブだった。それがダーミアに適した仕事だと、神が示しているものと考えた。
その日は木の枝を組み合わせてとんがり帽子のような骨組みを作り、落ち葉をかぶせて仮小屋を作った。
小屋の内部にも落ち葉を敷き詰め、日が落ちると同時にダーミアは眠りについた。
翌朝、ダーミアは日の出とともに目を覚ました。
面倒だが小川まで出向いて体を洗い、身ぎれいにしてから山を下りる。
――人から仕事をもらおうというのである。汚れたままでは話にならぬ。
七歳の子らしくない思案を巡らせ、ダーミアは村に入った。
農家の朝は早い。既に炊事の支度は始まっていた。
「おはよう」
「うん? お前は……ジョナサンのところの子供かい?」
「うん。ダーミアです」
ダーミアは村人と口をきいたことがない。村人の記憶は薄かった。
「朝早くから何の用だい?」
こどもが出歩くには随分早い時刻だ。炊事の手を止めて、その家の女房はダーミアに聞いた。
「掃除や洗い物を手伝うので、何か食べ物を分けてください」
昨夜考えた口上をダーミアは女房に告げる。
「掃除や洗い物? 何言ってんだい。どこが汚れてるって?」
台所はきちんと片づけられ、土間にはゴミ一つ落ちていなかった。
「あたしが毎日掃除してるからね。鍋だって器だってピカピカさ。手伝いなんて要らないよ」
「……そうですか。納屋でも厩でも便所の床でもきれいにするんで、ご用があったら教えてください。また来ます」
ダーミアはぺこりと頭を下げ、その家を後にした。
――しつこくしてはいかぬ。こういうものは当たりはずれがあるものである。何軒も回るべし。
村の家々を回り歩いた挙句、仕事をもらえたのは隠居した老人たちのところだった。
跡取りに代を譲った老人は、軽い農作業などを手伝いながら粗末な小屋で生活していることが多い。
体が十分利かなくなった老人のところには、手の回らない仕事が溜まっていたのだ。
それに年寄りたちから見ればダーミアは孫の年頃だ。余裕さえあれば食料を分けてやることに抵抗はなかった。
「腰と膝が痛くてね。土間の掃除まで手が回らないのよ。頼みたいんだけどねぇ、あいにく箒が壊れちまって……」
老婆が目で示す土間の隅に、糸が切れてばらばらになった箒が投げ出されてあった。
「じゃあ、僕が直していいですか?」
「あんた直せるのかい?」
ダーミアは竹串とわらを分けてもらい、針と糸のように使って丁寧に箒を編み直した。乱暴に扱わなければしばらく使えるだろう。
「その年でよくそんなやり方を知ってるねぇ」
「たまたまです」
ダーミアのスキル「隠忍自重」には手先の器用さ向上が含まれていたらしい。箒の構造を知っているヨブの知識を手の動きに当てはめることができた。
土埃が立たぬよう、ダーミアは土間の表面に薄く水をまいた。そうしておいて箒でゴミを掃き集め、チリトリで回収する。ゴミ溜めにきちんと捨てて、ダーミアの仕事は終わりとなる。
「ありがとう。すっきりしたよ。余り物しかないけど、持っていきな」
ダーミアは野菜やパンの切れ端を分けてもらった。
こうして老人宅を中心に家々を回ることで、ダーミアはその日その日の食料を調達する目途をつけた。
――いつも先方の道具を借りるわけにもいかず。自前の掃除道具を作るべし。
夜、焚火の前にダーミアは座り込んだ。分けてもらったわらと森で拾った木の枝で、自分用の箒を作り上げる。
大人の半分しかないダーミアの身の丈に合ったサイズのものだ。
――ちりとりも自前でほしい。それには刃物と材料が要るのである。
廃材くらいはどこかで手に入るかもしれないが、刃物は貴重品だ。掃除の対価にもらうのは難しかった。
――どこかに廃屋でもあろうか? 捨てられた道具が残っているかもしれぬなり。
どこの村でも、村はずれには人が住まなくなった廃屋が放置されているものだ。前世の知識でダーミアはそれを知っていた。
――よし。明日の午後は食料集めを兼ねて村はずれを探索してみるべし。
そう決めて、ダーミアは眠りについた。
◇
「ごめんよ。うちではアンタに仕事を頼めなくなったんだ」
翌日朝から家々を回ったダーミアだが、どこに行っても断られるばかりだった。
目を泳がせて断りを言う村人の様子がどこも同じなので、不審に思ったダーミアは訳を聞いてみた。
「それがねぇ。アンタのところのサナさんかい? あの人が乗り込んできてねぇ」
物乞いのような振舞いは家の恥だ。今後ダーミアには一切仕事を頼まないでくれと一方的に言い立てたのだという。
「アンタとは縁を切ったから、もう家族じゃない。そんな奴に施しをするなら、村長に言って村八分にするぞってさぁ……」
無茶苦茶な理屈だが、ジョナサンたちが本気で言い立てれば村長は言うことを聞くだろう。
よそ者を村で養うというのは、危険を抱え込む行為だからだ。
「そうですか……」
食料調達の当てを失ったダーミアは、肩を落として帰路についた。森で調達できる食料だけでは、生き延びるのは難しかった。
――このままねぐらに帰っても何にもならぬ。せめて廃屋の調査でもすべし。
森への帰り道に足を延ばしたダーミアは、木々に間にぽっかりと穴が開いたような湿地に出くわした。
――村のそばにこんな所がありしか。
そこには古い廃屋とゴミ捨て場が残されていた。
屋根が崩れた廃屋は数十年、ひょっとすると百年以上の歴史がありそうな建物だった。




