第26話 勝算あり――ゴミ拾いとゴミ魔核
屋敷の一室。魔杖師ゴーマンはジャドーからの報告を聞いていた。
「そうか。彼奴め魔核をあきらめたか」
「はい。術式も籠められぬスライムの魔核しか集まらぬ状況です」
火炎系の魔気を帯びているものの、スライムの魔核は含有する魔気の量が少ない。術式を籠めても魔道術を発動することができないことは、魔導師の常識だった。
よって、人はスライムの魔核を「ゴミ魔核」と称した。
「そのようなゴミをいくら集めようと無駄であることもわからぬか」
「魔核の仕入れを断たれて、切羽詰まっているのでございましょう」
「はははは。所詮は平民。愚かで見苦しいことよ」
そう言うと、ゴーマンは気分よさそうにワインを口にした。高級ワインの芳醇な香りが鼻腔をくすぐる。
自然とジャドーにかける言葉が柔らかくなる。
「ジャドー、おまえにも苦労をかけたな。今にして思えば、余計な用心であったかもしれん」
「滅相もございません」
「そうか。まあ、これ以降は見張りもほどほどでよい。魔核の仕入れだけ止めておけ」
「かしこまりました。例の雇われ冒険者たちもダンジョン探索は切り上げた様子。万一再開するときはすぐに先回りできるよう、店の外から見張りを続けます」
「うむ。それでよい」
ゴーマンが空けたグラスに、そつなくジャドーがワインを満たす。ゴーマンはゆっくり時間をかけてそれを味わった。
「ふふふ。ゴミ魔核で何ができる? 平民の手並み、とくと見せてみよ。はははは……」
ゴーマンの心にはダーミアたちとの勝負に敗れる可能性など、かけらもよぎることがなかった。
◇
ダーミアは大量の魔核を携えて工房に籠っていた。
大量といっても手元にあるのはスライムの魔核だけだ。そのままでは魔杖の材料にはならない。
「使えぬか。——そのままでは」
スライムの魔核を一つ手に取る。まともな魔杖師にゴミ扱いされる代物だ。
「ゴミか。ふふん。我らと似た者同士であるな」
できそこない、屑と呼ばれたダーミアが今こうしてゴミ扱いされる魔核を目の前にしている。
事情を知るものが見れば、いかにも皮肉な情景と言えよう。
ダーミアが授かったジョブはゴミ拾い。スライムの魔核はダーミアにふさわしい素材なのかもしれない。
「ゾクゾクするのう。ゴミ拾いに何ができるか。お貴族様に見せて進ぜよう」
ダーミアは目を輝かせてスライムの魔核をあらゆる角度から眺めた。術式回路をつなぎ、その反応を見る。
案の定スライムの魔核では魔導式を発動させることができない。
「ふむ。やはり魔気が足りないか。そもそもどの程度の魔気を帯びているものやら」
気になったダーミアは、ふと魔針盤をスライムの魔核に近づけてみた。
「む? 何だ、この針の動きは? いったい何に反応している?」
魔針盤の針はダーミアの予測を裏切った動きをした。虚を突かれたダーミアだったが、次の瞬間には魅入られたように魔針の動きに注目した。
「面白し! ここに我らのまだ知らぬ現象あり。魔導の理に迫るヒントに違いなし!」
夜が深まっていくことも忘れ、ダーミアは魔針盤の反応をあれこれと探った。
せっかく仕上げた術式回路をばらし、組み替える。
「——道は通じているなり」
窓の外が明るくなる頃、ダーミアは新しい原理の基本を得た。これを応用すれば、やがて新たな魔導術の地平を切り開けるのではないか?
「リノー、お早き目覚めなり」
「おはよう、ダーミア。今朝は元気ね」
一目見ただけでダーミアの気力が充実していることが、リノーにはわかった。
「元気なのはいいけど、徹夜はほどほどにね。夜は寝るのが自然なんだから」
「まことに以てリノーの言ぞ正しき。今日よりは深夜の研究を避け、眠りを大事とせん」
「はいはい。前にもそんなことを聞いた気がするわ。口先だけじゃなく、ちゃんと守ってよね」
小さな子どもをあやすようにリノーはダーミアに注意をした。魔杖勝負は重要だが、健康を害しては元も子もない。
その真意がわかるだけに、ダーミアには口答えする気持ちも起きなかった。
「我らは健康を旨として生活を正さん。魔杖勝負は成り行き任せで挑むべし」
「え? そんなことで大丈夫なの?」
「時が至ればなるようになるであろう。(我らに勝算あり)」
一見投げやりに聞こえる言葉を並べながら、ダーミアはリノーの耳に顔を寄せた。
最後の一言はリノーだけに聞こえる大きさでそっとささやいた。盗聴を警戒してのことである。
「そう? ダーミアがそれでいいならウチは言うことないけど」
ダーミアの息がかかった耳たぶは、ほんのり温かかった。
◇
魔杖勝負当日の朝がやってきた。
勝負は公正な立会人のいる場所でということで、ゴーマンから迎えの馬車が差し向けられた。
支度を整え店で迎えを待つダーミアたちの前に、ゴーマンの執事ジャドーが現れた。
「迎えに参りましたたぞ」
「用意は整えたり」
短い言葉を交わしただけで、ダーミアとリノーは用意した荷物を馬車に積んで、座席に乗り込んだ。
「(どこに連れていかれるのかしら?)」
「(案ずるな、リノー。どこに行こうと、誰の前であろうと、我らが魔導杖の性能を信ずるのみ」
やれることはやった。これで敗れるなら仕方ない。そう納得できるだけの努力をダーミアはこの連射式魔導杖に注ぎ込んだ。
ダーミアの念頭には、もう勝ち負けなどない。自分が作り出した魔導杖の機能を十全に発揮したいという願望だけが、熱く燃え上がっていた。
「それにしてもここはどこかしら? なんだか立派なお屋敷ばかりが立っているんだけど」
「これは……貴族街ならんや?」
「よくわかりましたな。ここがリビングストンの貴族街です」
前世の記憶で下したダーミアの判断を、ジャドーは肯定した。
町の構造、身分別のすみ分けなどは今生でも大きな違いがないようだ。
「馬車は貴族街の中心に向かっている? ならば、もうしかして我らの行き先とは……」
静まっていたダーミアの心に、ぞわりと波紋が生じる。
「おそらくお前の想像通り。行先は領主様の館だ」
「えっ! 嘘でしょ?」
思わずリノーは高い声を上げた。魔杖師同士の争いになぜ領主が関わる?
「ふふ。わが主ゴーマン・ロートルデ男爵閣下は当地領主ハンス・ロートルデ子爵閣下の従弟に当たるのです」
「ええっ? 領主の従弟?」
「左様。本日の魔杖勝負は御前試合として執り行われる。勝負の結果をご領主自ら検分なさるということだ」
「そんな! 大事じゃない」
これはゴーマンの策だった。御前試合という公式の場でダーミアが作る魔杖にケチをつける。勝敗の結果は瞬く間に町中に広まるだろう。
いや、リビングストンだけでなく、遠く王都にまでゴーマンは自分の勝利を喧伝するつもりでいた。
「リノーよ、誰の前であろうと変わりなし。勝負に勝てばよいだけのこと。出直し屋の良き宣伝となってくれよう」
「う、うん。そうよね。勝てばいいのね」
八歳の子どもがこれほど落ち着いていられるものか? ジャドーは落ち着き払ったダーミアのたたずまいに違和感を感じていた。
(まさかにゴーマン様が負けることなどあるだろうか?)
ジャドーの心にふと不安の影が差す。
次の瞬間、ジャドーは大きく頭を振って不吉な考えを振り払った。
(旦那様は一流の魔杖師だ。八歳の子どもに負けるはずがない!)
第一、ダーミアはまともな魔核を持っていない。自ら魔核の供給ルートを絶ったジャドーはそのことを確信していた。
(そうだとも。この子どもがご主人様に勝つことなどありえない!)
自らに言い聞かせるように、ジャドーは一人大きくうなずいた。
やがて馬車は領主館の門をくぐり、大きな玄関に横づけされた。
「降りるがよい。試合の会場まで案内しよう」
「うわぁ、大きな建物ねぇ。ウチの実家とは偉い差だわ」
「うむ。なかなかの構えなり」
リノーの実家は元騎士爵。名目上貴族の端くれだったとはいえ、実家は少し大きめの家という程度の建物だった。
目の前に見る館とは比べ物にならない。
ダーミアの方は前世で王城に出入りしていた記憶がある。地方領主の館程度では驚かなかった。
やがて裏庭に出た三人は小径をなぞって植え込みを回り込むように進んだ。
急に視界が開けると、数百人が集まれそうな広場がぽっかりと広がっていた。
小さな天幕が離れて二つ張られている。そしてその間に大きな天幕。
ダーミアとリノーは小さな天幕の一つに通された。
「ここがお前たちの控室です。ここで試合の準備を整えるように。名を呼ばれたら広場の中央まで進みなさい」
「承知した」
一礼して去るジャドーを見送ると、ダーミアたちは用意された椅子に腰を下ろした。
リノーが持参した荷物をほどき、魔杖を取り出す。
「あれに見えるのが勝負の的であろうか」
「え? ああ、あそこに二つ立っている奴?」
広場の中央を二十歩ほど外れたところに、標的が二基立っていた。あれが魔杖の性能を競う的だと思われた。
「ダーミア、スライムの魔核であの的に当てられる?」
「此度の勝負は連射式魔杖。威力を競うものにあらず。なれば案ずることなし」
実際の試合場を見てもダーミアの自信はゆるぎなかった。
「リノーは我らを信じて、補助の役を全うしてくれれば良し。そちらの荷物をよろしく頼む」
「大丈夫よ。何度も練習したんだから。補助は任せておいて」
ダーミアの足を引っ張るわけにはいかない。リノーは不安を胸の奥に押し込んだ。
リノーが任された袋は重そうに膨らんでいた。
「男爵ゴーマン・ロートルデ卿、御前に進み出よ!」
双方の用意が整ったとみて、立会人の声がかかった。
「出直し屋ダーミア、御前に進み出よ!」
「リノー、いざ参らん」
「うん!」
ダーミアの後ろに続いて、リノーも広場の中央に進んだ。
見れば、傍らに豪華な椅子がおかれ、大柄な男が腰かけていた。
「ご領主ハンス・ロートルデ子爵閣下の御前である! 両者控えよ!」
ゴーマンは杖を地に置き、頭を垂れて跪いた。ダーミアも同じ動きをしていた。
リノーは目の前のダーミアをまねて跪いた。
「ハンス・ロートルデである。面を上げよ」
三人はようやく立ち上がり、領主の顔を見た。
もっともゴーマンにとっては旧知の仲であり、緊張はない。
リノーの心臓は高鳴っていたが、斜め前のダーミアは平然としている。
領主との挨拶が済むと、再び立会人が大声を発した。
「これより子爵閣下の御前にて魔杖勝負を執り行う! 双方準備はよいか?」
「もちろん!」
「我らも同じ!」
いよいよ出直し屋の命運をかけた魔杖勝負が始まった。




