第25話 兵糧攻め――スライムの魔核
「旦那様、お許しください」
「ぬう。お前ともあろうものがつまらぬ仕掛けに引っかかるとは」
「面目ございません」
ゴーマンは執事ジャドーからの報告を苦々しく聞いていた。
「出直し屋の試作品を盗み出すことはできなかったのだな?」
「残念ながら」
出直し屋の工房に忍び込んだのはジャドーだった。
ダーミアの試作魔導杖を盗み出して開発の邪魔をすると同時に、その内容を知って魔杖勝負の参考にするつもりであった。
「まあよい。準備期間は始まったばかりだ。まだろくな試作品もできていまい」
「床下から盗み聞きした様子では、単発式魔導杖なるものを試作しておる様子でございました」
ジャドーは盗賊か間諜の訓練を受けたことがあるのか、錠前外しや忍び込みの技を身につけていた。
「はっ! 話にならぬな。連射どころか単発の魔杖さえ思うように作れぬのか」
「どうやら魔核に術式を刻んで術を発動しようとしておるようでございます」
「うん? 術式を刻むと言ったか?」
「はい。どうやら魔気操作も魔気圧縮もできぬ有り様らしく」
ダーミアがリノーに話す内容をジャドーはしっかり記憶にとどめていた。
また、ジャドー自身が優れた魔導師であり、ダーミアの体から魔気が感じられないことも付け加えた。
「そうか。それで杖に魔銅鉱を巻きつけただけのまがい物を売っていたのか」
「そういうことかと察せられます」
「——ならばもうよい。奴らの様子など探る必要もないな」
「監視の方はもうよろしいので?」
「うむ。その代わり奴らの急所を突け」
「旦那様、恐れながら急所とは……?」
にやりと腹黒く笑ったゴーマンは低い声でジャドーに告げた。
「わからぬか? あの子どもは魔気を使えぬ。ならば魔導を行うには魔核の力に頼るしかない」
「おお! それでは」
「魔核の仕入れを完全に断て!」
命令を受けたジャドーは音もなく部屋を出て行った。
すでに冒険者ギルドや商業ギルドからの仕入れルートは妨害済みだ。出直し屋が魔核を入手するには冒険者を雇って、自ら調達するしかない。
ジャドーはその最後の魔核入手手段をつぶしに出かけたのだった。
「ふふふ。これで何をしようとお前たちが勝利する道はないぞ? せいぜいあがいてみせよ、出直し屋」
ゴーマンは一人満足げに笑った。
◇
「ぬう。また誰かに先を越されたか……」
「どうした、サモン?」
「これを見ろ」
ニシダはサモンが指さす地面に目をやった。
「う。魔獣の死骸か」
「たった今倒したばかりだ。きれいに魔核だけ抜かれている」
二人が見下ろす中、鎧熊の死体が瘴気に変わって消えていく。
「くそっ! 俺たちの行く先々で魔獣をかっさらう奴がいる」
「だが、それらしい奴の姿が見えないな」
「戦いの跡を見ると、どうやら一人で行動しているらしいが……」
地面にかがみこんだサモンは、残された足跡から邪魔者がソロであることを推測した。
そのまま足跡を追おうとしたが、戦いの場から離れると足跡は消えてしまった。
「むう。よほど隠密行動が得意な奴だとみえる。歩くときには足跡も残さねぇ」
「まいったな。魔獣が見つからなくては魔核など取りようがないぞ」
サモンはもどかしさに天を仰いだ。
誰かが自分たちの狩りを妨害しているとしか思えない。
しかし、どこかに訴え出るわけにもいかない。相手がやっていることはあくまでも合法な行為なのだ。
ただ、自分たちの一歩前で魔獣を狩っているにすぎない。
「手ぶらで帰るわけにもいかん。とにかく狩りを続けよう」
「そうだな。敵が討ち漏らした魔獣に出会わんとも限らない」
わずかな望みをかけて二人は狩りを続けた。
しかし、夕暮れ時まで粘っても魔核を得ることはできなかった。
◇
「そうか。本気で我らの邪魔がしたいらしい」
「きっとあのゴーマンって奴の仕業よ! 魔核の仕入れを邪魔して、魔杖を作らせないつもりだわ!」
「リノーの言う通りならん。だが、文句のつけようがなし」
やっていることは合法だ。魔杖勝負に「相手の邪魔をしてはいけない」というルールもない。
「これが大人の——否、商売人のやり方というものであろうな」
「もう! ねえ、どうするつもり?」
「さても……」
焦れるリノーの目の前で、ダーミアは腕を組み瞑目した。
「魔核なかりせば連射はかなわぬな」
「そんな……! ゴーマンに負けちゃうの? いやよ、そんなの!」
卑怯な相手に負けたくない。リノーはその想いをダーミアにぶつけた。
ダーミアも気持ちは一緒だ。しかし、魔核を手に入れるアイデアが思いつかない。
悔しさをかみしめながら目を開けると、部屋の片隅に積まれた使用済みの魔核が目に入った。
「ふっ。空の魔核なら山ほどあると言うに……」
使い捨てた魔核には魔気が籠っていない。魔導式を籠めるカートリッジとしては役に立たない代物だった。
「あるのは空の魔核だけか……。ねぇ、空の魔核にもう一度魔気を籠めることってできないの?」
「魔核の抵抗が大きすぎて無理なり。魔気圧縮の達人も音を上げたそうな。もともと我らに魔気圧縮の技能はないのであるが」
前世のヨブにも、空の魔核に魔気を再充填する方法の知識はなかった。
そんなことに精力を費やすより、魔獣を狩る方が手っ取り早い。誰もがそう考えるのだ。
「魔気圧縮ができなきゃ無理かぁ。えー、魔気圧縮以外に魔気を籠める方法ってないのかしら?」
「何? 魔気圧縮以外の方法? それ以外の方法などあろうや……」
リノーの素朴な疑問にダーミアは虚を突かれた。素人の浅知恵と笑い飛ばすことができない。
そんなことを考えたことがなかったからだ。
「待て。魔針盤——あれは摩擦法で魔気を針に籠めた。積層摩擦鍛造法の魔剣もまた然り。そもそもあれはいかなる原理の現象か……」
リノーの投じた疑問がダーミアの脳裏に波紋を広げる。問いと仮説が反響し、仮説は次の問いを呼ぶ。
もしも、もしかしたら——。
ダーミアの精神は無数の仮説で一杯になった。
「——済まぬ、リノー。我らは工房に籠るべし」
「ええ、わかったわ。食事の準備ができたら呼ぶわね」
こうなったらダーミアは思索の深淵に沈み込む。しばらくは呼びかけても声が届かない状態となるだろう。
そんなダーミアに、リノーはすっかり慣れていた。
「——魔導とは魔気の誘導。魔気の流れを外から導く業なり。魔気は動かせる……すなわち流れの誘導……」
脳裏に去来する思考をぶつぶつと口にしながら、ダーミアは工房に入っていった。
◇
「おはよう、ダーミア」
「リノー、早きことなり」
翌朝、ダーミアは寝過ごすこともなく普通に起きてきた。顔色もすっきりしており、夜更かしした形跡もない。
「どう、調子は? 朝ご飯を食べながらでいいから、様子を教えて」
「心得た。いつも済まぬなり。馳走になる」
パンとスープの朝食をとりながら、ダーミアは昨夜の状況を語り始めた。
「空の魔核に魔気を再び籠めるアイデア——リノーの思いつきであるな。それは十中八九可能なり」
「やった! じゃあ、魔核を再利用できるのね?」
「できる——はずなりが、その方法がわからぬ」
「えぇー? まだそんな感じ? うーん。なかなか先は長そうね」
ぬか喜びをしかけたリノーは、ダーミアの言葉に水を差された。そう簡単にはいかないらしい。
「リノーよ、焦るなかれ。準備期間はまだ三週間以上残るなり」
「そうだけど、開発の目途くらいつけたいじゃない」
「目途らしきものならあるなり。それは……」
「待って!」
リノーはダーミアの口を手でふさいだ。
息が詰まったダーミアが目を白黒させる。
「(誰かに聞かれているかもしれない)」
「!」
「(この前のこともあるでしょう?)」
息を殺してリノーはダーミアの耳にささやきかけた。
工房への侵入者。サモンたちへの妨害。
ゴーマンの手下と見られる勢力が出直し屋の周辺に手を伸ばしてきている。
「(うちらの会話を盗聴して、秘密を盗もうとしているかもしれない)」
「(なるほど……)」
リノーの用心はもっともだった。
工房に籠りきりのダーミアとは異なり、一人きりの時間が多いリノーは「敵」のことをいろいろと考える機会があった。
それからは連射式魔導杖に関わる物事を話すときは声を抑え、盗み聞きができぬよう用心することにした。仕事に関わりない世間話であれば大声で話しても構わない。
顔を寄せ合う内緒話でダーミアが語ったのは、魔導術の概念を変えるアプローチだった。
魔核には魔気が満ちている。魔核を用いて術を発動すれば魔気は抜け、魔核は空となる。
しかし、本当にそうか? 魔核が空になるとはどういうことかとダーミアは疑問を抱いた。
試みに使用前の魔核と使用済みの魔核の重さを比べてみた。
まったく変わらない。魔気が抜けたとすれば、使用済みの魔核は軽くなるはずではないか?
世の魔導術師たちは「魔気は重さを持たない」と考えた。
だが、とダーミアは立ち止まる。
魔気に重さがあるとしたらどうだ?
もしそうなら、使用済みの魔核から魔気は抜けていないことになる。
魔気は相変わらずそこにある。しかし、魔導術の発動には使えない。
そのことは何を意味するか?
魔気はそこにありつつ、ただ性質を変えたのではないか?
その性質が何かを知り、魔導術発動前の状態に戻してやることができれば——。
「(魔核はよみがえる)」
一人、夜中の工房でダーミアは両眼を見開いた。
◇
「まったく面目ない」
「これが俺たちの精一杯だ」
サモンとニシダは疲れ果てた様子で頭を下げた。
ダーミアに差し出したのは膨れ上がった麻袋。
「これは……」
「何者かに妨害されて魔核が全く取れん」
「仕方なく集めてきたのがそれだ」
袋を覗き込むと、中には小ぶりの魔核が詰まっていた。
「スライム……の魔核ですか?」
「ああ。こんなものでは役に立たないだろうが……」
ダーミアは袋の中身に目を落としたまま、無言で固まった。
スライムの魔核に含まれる魔気はあまりにも微量で、魔導術を発動するには足りない。
「本当に申し訳ない。どうしてもまともな魔核が欲しいと言うなら俺とニシダは何日でもダンジョンに潜るぜ!」
「ああ、もちろんだ」
サモンたちはダーミアが失望しているものと考えた。
こんな働きでは魔剣と魔杖を授けてもらった恩を返すことはできないと焦る。
「ふふ。ふははは」
「おい、ダーミア……」
「ははは。よりによってスライムの魔核とは!」
失望するどころかダーミアは笑い出した。
少しおかしくなったのではないかと、サモンはうそ寒い気持ちになった。
「おっと。とにかくご苦労なことなり。これ以降はダンジョンに潜ること無用。店の警備に専念すべし」
ダーミアは二人に魔核集めを切り上げるように言い渡した。
「ねぇ、ダーミア。本当にそれでいいの?」
「スライム以外の魔核が手に入らぬとあれば仕方なし」
「でも、スライムの魔核なんて使いようがないし……」
「(それ以上語るなかれ)」
最後のささやきはリノーの耳にしか届かなかった。




