第24話 忍び寄る黒い影――連射式魔導杖
昼前に目覚めると、ダーミアの頭の中に一本の魔導杖ができあがっていた。
「この方法ならば物になるべし」
「えっ? どうしたの、ダーミア?」
キッチンに顔を出すなり確信に満ちた独り言を言うダーミア。
リノーは驚きを抑えて食事を勧めた。
「と、とにかくサンドイッチを買っておいたから、それを食べて」
「ありがたし」
言葉少なにダーミアはサンドイッチを頬張り、水で飲み下した。
「されば夜まで工房に籠らん。本日中に単発式魔導杖を仕上げるつもりなり。夕餉には素早くとれるパンとスープを願う」
それだけ言うと、ダーミアは工房で作業に没頭した。
「術式を魔気の通り道として魔核に刻む。すなわちそれ魔導回路なり」
ダーミアはまずスライムの魔核を真っ二つに切断し、その断面に魔鉄製の素子を配置してそれぞれを魔銅鉱の細線でつないだ。
接続一つ間違うだけで台無しになる繊細な作業だった。
素子と細線をつなげるには、火属性魔核の粉を燃やした炎で両者を溶かし合わせる。
一つ。また一つ。
精神力を削るような集中により、ダーミアは魔導素子を魔核に埋め込んでいった。
「あるべきものをあるべきところへ——」
ダーミアの心は静かに研ぎ澄まされた。
脳裏には明白な完成図が存在する。自分はその道筋に沿って手を動かすだけだ。
作業の半ばでとる夕食の席でも、ダーミアの心には迷いも焦りもなかった。
「調子はどう、ダーミア?」
「順調なり。夜半までには魔導杖が仕上がるべし」
顔色は明るく、言葉に力が満ちていた。これならば間違いないと、リノーが見ても安心できる様子だった。
◇
「これをこうつなげば——できた!」
ダーミアは工具を作業台に置き、額の汗をぬぐった。
「あとは魔核を元通りに接合すれば……」
半球同士をつなぎ合わせ、魔導炉に入れて溶かし合わせる。
リノーに予告した通り、夜中前に魔導杖が完成した。
四十センチほどの杖の根元に魔核を組み込んだ形。それがダーミアの単発式魔導杖だった。
「ふむ。良きかな。試し打ちは明朝のこととすべし」
完成した魔導杖を引き出しにしまうと、ダーミアは自分の寝室へと向かった。
◇
二時間後、出直し屋の入り口に黒い影がわだかまっていた。
それは鍵穴にかがみこんだ小さな人影だった。
かちり。
小さな音を立てて錠が開いた。人影はドアを細く開けると、するりと店内に滑り込んだ。
夜目が効くのか、明かりもともさずに出直し屋の店内を進んでいく。棚に並んだ商品には一切目をくれず、侵入者はまっすぐ工房に向かった。
工房に入り、四方の壁を見渡した挙句、影はダーミアの作業机に近づく。つい二時間前までダーミアが魔導杖作りをしていた場所だ。
ゆっくりと顔を動かして机の上を見渡すが、望みの物はなかったらしく、影の手は机の引き出しに伸ばされた。
そこには完成したばかりの単発式魔導杖がしまってある。
侵入者の手が取っ手にかかり、引き出しを手前に引いたところで、開きかけた引き出しの隙間から煙が噴き出した。
パーッ!
同時にラッパなような甲高い音が引き出しから響き渡る。
「がはっ! ごほ、ほっ……!」
吹き出す煙には目と鼻を刺す刺激臭が伴っていた。曲者はたまらず、せき込みながら顔を覆った。
「えーっ? 夜中に何よー!」
遠くから間延びしたリノーの声が聞こえてくる。眠りを破られて騒ぎの元を探しているようだ。
「ちっ!」
曲者は舌打ちをすると、身をひるがえして工房から脱出した。音もなく店内を駆け抜け、夜の闇の中へと走り去っていく。
「げっ! 何よ、この匂い? あー、それにこの音、止まらないの?」
「リノー、工房に入らぬがよし」
「あ、ダーミア。今起きたの?」
鼻と口を押えたリノーが振り返ると、廊下にダーミアが立っていた。
◇
「やれやれ。とんだ災難ね。やっぱり泥棒かしら」
「然り。泥棒は泥棒でも狙いは決まっていた様子」
「うん? 何か目的があって盗みにきたっていうこと?」
「十中八九、試作魔導杖を狙ってのことならん」
店の品には目もくれず、工房を狙った。曲者はそもそも金目当てではなく、ダーミアの製作物を盗み出すために忍び込んだということであろう。
「えー? でも、ダーミアが新しい魔導杖を作ろうとしていることを知っているのは……」
「間違いなく、かのゴーマン氏所縁の者であろうな」
あまりにもタイミングが良すぎる。
開発の邪魔をしてダーミアを不利な状況に置こうとしたか、あるいは試作品から情報を盗み取ろうとしたか?
いずれにしても、今回の魔杖製作勝負で勝つためにゴーマン側が仕掛けたことに違いないと、ダーミアは考えていた。
「汚い真似をするわね。それで、試作品は無事だったの?」
「心配無用。こんなこともあろうかと、防犯装置を仕掛けおいたなり」
引き出しを開けると煙を吹き出し、警報を鳴らすようにしておいた。
ダーミアの用心が功を奏した形だった。
「やれやれ。とんだ騒ぎであった。リノー、寝直すといたそう」
「そうね。今後のことは明日考えましょう。おやすみ、ダーミア」
獣を狩り、野宿を繰り返していた二人である。泥棒騒ぎの後でも眠りにつくのは早かった。
うとうとと眠りの波に飲み込まれる頃には、ダーミアの心うちで明日からの防犯対策について腹案ができていた。
◇
「それではサモン、見張りをよろしく」
「うむ。心得た」
侵入者騒ぎのあった翌日、ダーミアたちは冒険者ギルドを訪れてサモンと打ち合わせた。
その内容は、ダンジョン攻略をしばらく中断し、夜間出直し屋の警備にあたるというものだった。
警備は夜のみ。サモンとニシダが一日交替で務める。
中堅冒険者である二人の実力を考えれば、その目を盗んで工房に忍び込むのはほぼ不可能だ。
盗み以外で怖いのは放火などの妨害活動だが、それも見張りの目がある場所では難しいはずだった。
「どうせなら、もう一つ手を打とうよ」
悪い顔をしたリノーが策を提案した。
「魔杖勝負の話を世間に広げてもらおうじゃない」
ダーミアの進退をかけてゴーマンと連射式魔杖の出来栄えを競う。そういう勝負が行われるということをあえて公表し、世間の知るところとする。
「そうすれば、アイツも下手な動きができなくなるでしょ?」
出直し屋に何かあれば、勝負相手のゴーマンが真っ先に疑われる。
そういう状況を作り出して、相手の陰謀を未然に防ごうというのだった。
商業ギルドに相談したところ、そうしたことを専門とする「広め屋」という商売を紹介してくれた。
比較的に安い料金で貼り紙、ビラまき、噂の伝播などをやってもらえることになった。
「これはよきかな。敵へのけん制ができるうえ、出直し屋の宣伝にもならん」
「そうね。そう思えば、無駄な費用じゃないわね」
これでゴーマンもめったなことでは出直し屋に手が出せない。
その効果を確信し、ダーミアは再び魔導杖開発に専心した。
「まずは試作品第一号の試し打ちなり」
「やっと試し打ちができるわね」
予定より一日遅れてダーミアたちは森に来ていた。ゴーマン陣営の目に触れぬよう夜明け前に町を出てきた。
「試射を見られたとしても、これ自体は普通の魔杖と変わらぬようにしか見えぬが」
ダーミアが手にした試作魔導杖には薄布が巻きつけてあり、仕組みがわからぬようにしてあった。
柄の部分には魔導式入りの魔核が仕込んであったが、それも布に隠されて外からは見えない。
「何の術を仕込んであるの?」
「スライムの核を使ったのでな。ありふれた火炎魔導なり」
二人が立つ場所は森の中に広がる野原だった。いびつな形だが、直径五十メートルほどの広さがある。
ここなら火炎系の魔導術を使っても火事になることはない。
「いざ行かん。燃えよ、火炎!」
ダーミアが魔導杖を振ると、その先端から轟と火炎が噴き出した。杖の先端から一メートルほどの長さに炎が尾を引く。
「ふむ。成功なり」
「やったぁ! すごいじゃない、ダーミア!」
ダーミアは仕様通りの炎が噴き出たことを喜び、リノーは純粋に魔導術を再現できたことに驚いた。
実際のところ火炎の勢いは驚くほどのものではない。魔導術としては並だ。
ポイントは発現した術の良しあしではない。魔気制御を介さずに魔核に魔導式を組み込めたという事実にこそ、魔導杖作りの革命があった。
「一歩前進であるな。あとは魔核の数をそろえ、道具としての仕掛けを作れば完璧なり」
「あと二歩でゴールってこと? もう楽勝じゃない!」
リノーは手放しで楽観的だった。
実際には「やるべきこと」が見えているだけであって、いくらダーミアでもそれを実現するにはそれなりの困難を伴うのだったが——。
「ふむ。期待には応えてみせよう」
ダーミアには自信があった。
あきらめず、手を止めなければ必ずゴールに至れると。
シラン村の逆境を生き抜くつらさに比べれば、この程度の課題は何ということもない。躓いても命を取られるわけでなし。
できるまでやり直せばよいことだ。
「食べ物があり、寝る場所もある。あまつさえ支えてくれる仲間までいる。これでできぬことなどあろうか」
「へへ。ウチも役に立っているってことだね」
もちろんだった。リノーがそばに立ってくれること。それがダーミアにとって一番の支えだ。
「次は連射の肝となる仕掛けを形にすべし」
ダーミアは工房での作業を再開した。
ダーミアが考える連射機構とは、魔導式を収めた魔核を五個弾倉に納め、ばねの力で魔杖の基部に次々と装填するというものだった。
魔核を収める弾倉の構造は単純なので、作るのは難しくない。
難しいのは使用済みの魔核を排出する仕組みの方だ。
「できる限り簡素かつ堅牢な仕組みが望ましい……」
魔導杖は命を預ける武器だ。使いやすく、壊れにくいものでなければならない。
排出の動きがそのまま次弾装填と魔導式発動へとつながる機構をダーミアは探求した。
その結果行き着いたのは杖に取り付けたボルトをスライドさせる仕掛けだった。
ボルトを引くと鉄の爪が使用済み魔核を魔導杖から弾き飛ばす。引いたボルトをもとの位置に戻すと、弾倉から次弾の魔核が押し出されて魔導杖に装填される。
魔導杖の持ち主は引き金を引くことで術を発動させる。引き金が魔鉄製撃針を落とし、魔核カートリッジを叩く。
撃針は魔核内の魔導回路を接続し、術式を発動させるのだ。
それによって魔核に貯蔵された魔気が術に変換され、魔杖の先端から発現するという仕組みであった。
魔核の排出と装填。この二つが円滑かつ確実に行われなければならない。
弾倉には魔核カートリッジを五個収め、撃ちつくしたら別の弾倉と取り換えれば再び連射ができる。
「弾倉一つを三秒で連射。二秒で弾倉交換。この繰り返しを行うべし」
夜が明けるまでにダーミアは納得のいく連射機構を完成させることができた。
「あとは魔核を十分に集めれば、思い通りに連射試験がなせるなり」
満足をにじませて朝食のテーブルに向かったダーミアだったが、昼過ぎに暗い顔をしたリノーから報告を受けることになった。
「困ったわ。魔核が手に入らないの」
「どうした、リノー? 何があったか話してみるべし」
リノーの告げる話を聞き、ダーミアも眉を寄せるしかなかった。




