第23話 目標への道――できぬと知ること
「あんな勝負、受けてよかったのかしら」
工房の机に向かって座り込んだダーミアを見て、リノーは不安を漏らす。
「連射式魔杖はおろか、普通の魔杖だって作ったことがないのに」
ダーミアがニシダのために作ったのは魔銅鉱を仕込んだ魔杖だ。伝統的な魔杖師から見れば、それはまがい物と呼ばれても仕方がない面がある。
勝負のテーマにはさらに「連射」という機能が上乗せされている。
魔銅鉱埋め込み式の魔杖で、それに対応できるのであろうか? リノーは漠然とした不安を覚えていた。
「ダーミアの魔杖は魔導師の魔気を集めて通すだけ。連射式と言われても、それでは魔導師が術を連発するしかないはず……」
術者の技量頼みの連射。そんなものを連射式の魔杖とは呼べないだろう。
勝負の課題に応えるためには、まったく違う方式の魔杖を製作する必要があるのではないか。
「それでもできるって、ダーミアは信じているのね」
机に向かって目を閉じたまま身動きもしないダーミアの背中に、リノーはその覚悟を読み取った。
「だったらウチはキミを信じて、全力で応援するしかないわね」
ぐっとこぶしを握り締めたリノーは、食事を作るために厨房に向かった。
「おいしいものを食べなきゃ頭が回らないでしょ? ウチの見せ場が来た!」
リノーは腕まくりをすると、包丁を手に取った——。
……。
三時間後、刺激臭を放つ暗黒物質を処分したリノーは近所で夕飯の買い出しをした。
「うん。利用できるものは上手に利用しよう」
買ってきた料理をテーブルに並べたリノーは、ダーミアを呼びに行った。
「ダーミア、夕飯の準備ができたわよ——って、まだ考え込んでたの?」
工房に来てみれば、三時間前とまったく同じ姿勢でダーミアが机の前に座っていた。
「ん? ああ、リノーか。どう致したか?」
「どうって夕食ができたから呼びに来たのよ」
「もうそんな時刻か。うむ、食事は必要なり」
手を洗ったダーミアはテーブルに着き、黙々と食事をし始めた。
リノーもそれにならうが、沈黙がテーブルを覆うのに耐えられず、会話の口火を切った。
「それで連射式魔杖のヒントは思いついたの?」
「道半ばというところなり」
「へぇー。どれくらい進んだの?」
初手から行き詰って悩んでいるのかと思えば、ダーミアの答えは「道半ば」というものだった。それならば随分と状況がましに思える。
リノーはどこまで構想が進んだのか、ダーミアに尋ねた。
「連射式魔杖は作れないということがわかったところまでであるな」
「えっ? ちょっと待って、どういうこと⁉」
「ああ、安心すべし。あきらめてはおらぬ。言葉足らずで済まぬ」
「どういうことよ? 詳しく説明して」
リノーに詰められて、ダーミアは現在の状況を説明し始めた。
「単発式魔杖なれば魔銅鉱埋め込み式にて製作できたなり。されど連発式となれば魔杖そのものが連発の仕組みを備えねばならぬ」
「今日はどうやってそれを実現するかを考えていたのよね?」
「然り。考え抜いた結論は、魔銅鉱埋め込み式にては不可能というものなり」
魔銅鉱埋め込み方式は使えない。それがダーミアの言葉の意味だった。
ならばどうする? ダーミアは考えた。
「そもそも連射を実現するには複数の術式を魔杖に仕込まねばならぬ。もちろん魔気も蓄える必要あり」
術式と魔気を組み合わせたものを魔導式と呼ぶ。
複数発分蓄えた魔導式を連続的に解き放つことで、初めて連射という動作が可能となるのだ。
問題はどうやって魔導式を魔杖に蓄えておくかという点に帰結する。
「魔導式の貯蔵ですって? 難しそうね……」
「否。それだけであればさほどの難事にあらず」
ゴーマンにあってダーミアにないもの。まあ、たくさんあるのだが……。
中でも魔気圧縮技術の有無が大きな意味を持っていた。
「魔導式を魔杖に組み込んだもの——人はそれを魔導杖と言う」
術式と魔気の組み合わせは、銃火器で言えば弾丸と炸薬をセットにした「カートリッジ」のようなものだ。
前世では魔導式を魔核に充填して、魔杖に組み込む技術が普及していた。この方式の魔導杖であれば、魔気を操る能力を持たない一般人でも魔導術を使える。
「ふうん。じゃあそれをやればいいんじゃない? 複数の魔導式を魔核に充填すれば、連射式魔導杖が作れそうね」
「然り。理屈はその通りなり。しかるに我らにはそれがかなわぬわけがある」
「あっ! 圧縮技術!」
ダーミアには魔気を圧縮する能力がない。魔核に多数の魔導式を充てんするには高度な圧縮技術が必要なのだ。
「魔気圧縮技術を持たぬ我らには連射式魔導杖は作れぬという道理なり」
「じ、じゃあ、とびきり大きい魔核を使ったら? それなら圧縮しなくても複数の魔導式を充てんできるんじゃない?」
「理論的には然り。ところがそのような魔核は、ドラゴンの如き伝説級魔獣を倒さねば得ることかなわず」
とてもダーミアたちに手を出せるような代物ではなかった。
「うーん。それで考え込んでいたわけね。袋小路に入り込んじゃったってことか」
ようやくリノーにもダーミアが抱えた問題の概要が理解できた。
勝負を仕掛けてきたゴーマンは一流の魔杖師だ。当然魔気圧縮技術においてもトップレベルの実力を有していた。
「察するに、最初から自分の勝利が揺るがぬ課題を選んで挑んできたものならん」
「何よ、それ? ずるいんじゃない?」
「否。勝負とはそういうものなり。強者とは、勝てる条件を整えて戦いに臨む者のことを言うなり」
ダーミアはゴーマンが卑怯だとは考えなかった。そもそも勝負を受けると決めた時、これくらいの不利を背負うことは覚悟の前である。
「この難局を乗り越えてこそ、我ら魔導師として成り上がることができよう」
リノーと会話することでダーミアの心は落ち着いた。
静かな気持ちで夕食を終えることができた。
「かたじけなし」
「何よ?」
「リノーのおかげで心の整理がついたなり」
「そう? それならいいんだけど」
急に感謝されて、リノーはどぎまぎする。だが、ダーミアにすれば突然のことではない。
日ごろからリノーに支えられていることを感じていた。
リノーが聞き、話してくれることで心の安寧と新たな気づきが得られる。嵐の夜、灯台に巡り合うような心強さをリノーの何気ない一言が与えてくれるのだった。
「えへへ。それにしても連射式魔杖って聞けば聞くほど大変なのね。魔杖をとっかえひっかえ使うのとは違うものね」
十本、二十本と魔杖を用意しておき、それを続けざまに使用すれば連射のようなことができる。リノーはそんなイメージを頭に描いていた。
「面白い使い方であるな。普通左様な贅沢はできぬ。数多の魔杖を同時に用意するなど、個人の財力では追いつかぬこと。それにそもそも魔導師の連射能力頼みと――待て」
通常の魔杖であれば、そうなる。魔導師に連射能力がなければ、どれだけたくさんの魔杖があろうと連射などできない。
だが、魔導師でなくとも使える魔導杖だったらどうなるか? ダーミアは思考の沼に沈んでいく。
「そうかぁ。魔杖の数を大量に増やすなんて、コストを考えたら無理なことよね」
リノーは自分の思いつきが無茶なものだったと反省した。
しかし、ダーミアを見ると、瞼を閉じて何やら考え込んでいるのが分かった。
「どうしたの、ダーミア? 何か気になる?」
「——リノーのおかげで思いついたことがある。されど、物になるかどうかは未だ判然とせず」
何かをかみしめるようにダーミアは答えた。
「重ねて礼を言う。おかげで道が開けた。これより工房に籠って試作を重ねるべし」
「うん。方針が決まったのね。よかった」
思いつきが消えぬうちに形にしたい。ダーミアはその想いに突き動かされていた。
食器の片づけもそこそこに工房に戻っていく。
「工夫もいいけど、作業はほどほどにね。ちゃんと休みもとるのよ」
「心得た。先は長い。ゆるゆると参らん」
ダーミアの背中に活力が戻っている。リノーはそれを見て微笑んだ。
◇
先は長い。自分で口にしたその言葉を、ダーミアはかみしめた。
「真理であるな。目標まで一歩で到達する必要などなし」
目標を目指す。まずはその方向に一歩を踏み出せばいい。
ダーミアはそう考えた。自分なりの連射式魔導杖に近づくための第一歩に取り掛かることにした。
「杖を取り換えるのではなく、魔核を交換する」
一つの魔核に一つ魔導式を籠め、魔核ごと交換する方式なら無理なく連射が効くのではないか。
魔核にはもとより魔気が含まれている。必要なのはそこに術式を籠める技術だ。
「術式についての知識なら我らの内にあり」
ダーミアには大魔導師ヨブとしての記憶があった。その術式を魔核に刻み込むにはどうしたらよいか。
「魔導とは魔気の流れなり。魔気の流れを操る仕掛け――否、魔気の流れる道を刻むということなるか?」
魔杖に巻いた魔銅鉱線は単なる魔気の通り道だった。いかなる変化もない一本道だ。
今度は術理を写して流れを変えなければならない。
「流れを変える。魔気が水だとすれば、術式を水路に見立てるべきか。流れの速さを変え、方向を変え、水量を変える……」
浅瀬や淵、滝やため池、分岐、合流、渦巻きなどの有り様を、ダーミアは脳裏に想像した。
「なるほど。異なる性質の魔鉄を配置すれば流れの様相を操れるか……」
ダーミアは小さな単位で試作と実験を繰り返した。
やがて夜が明けるころ、ダーミアは基本となる魔導ユニットを一通り揃えることができた。
「よきかな。一日目はこれなり」
第一歩を踏み出せたことに満足し、ダーミアは試作に区切りをつけた。
「おはよう、ダーミア」
「お早きことなり、リノー」
顔を洗い、身を清めたダーミアをキッチンでリノーが出迎えた。
「パンとスープしかないけど、朝食はそれでいい?」
「言うに及ばず。ありがたし」
簡単な朝食をとりながら、ダーミアは朝までに得た成果についてリノーに語った。
「ふうん。よくわからないけど、術式を刻む材料を準備したっていう感じ? あとは料理すればいい、みたいな?」
「まさしく。なるほど、術式記述はレシピと同じであるな。おお……!」
何気ないリノーの言葉がダーミアの脳内で連鎖を引き起こす。発想が発想を呼び、ぶつかり合って火花を散らした。
「素材——否、素子と言うべきか? 素子と手順、タイミングか。加熱を魔気の付加と見立てるか? 調味料は属性の調整? ふむ……」
朝食をとり終わったダーミアは再び考察の海に沈んでいく。
「ちょっと、ダーミア! 昨夜は寝てないんでしょ? 朝食が終わったなら、ちゃんと寝ないと体がもたないわよ」
「お? 寝る? そうであるな。先は長いのであった」
そのまま考察を続けたい気持ちを抑えて、ダーミアはベッドに入ることにした。
「うむ。進むべき道が見えたり。この道はやがて目標へとつながらん」
予知のような確信とともにダーミアは目を閉じた。
眠りに落ちたダーミアの脳内では、魔導素子の組み合わせが次々に浮かんでは消えた。激流に浮かぶ無数のあぶくが出会っては別れ、また異なるあぶくとぶつかり合うような目まぐるしさだった。
ダーミアは夢の中で無数の発光を見ていた。




