第22話 魔杖師ゴーマンの挑戦――魔杖勝負
「むふふふ。ついにアタイも魔剣を手に入れちゃったー!」
「まいどありー! またどうぞー」
リノーから受け取った魔剣を抱くようにして、二十代の女性冒険者が店を出て行った。
「えーと、今ので魔剣も売り切れね。魔杖はとっくに底をついたと……。ダーミア、今日は早じまいにしようか?」
「う、うむ。そうすべし」
まだ昼過ぎだというのに、魔剣と魔杖が売り切れた。出直し屋の商売はすこぶる順調だった。
しかし、その割にダーミアの表情は精彩を欠いていた。
「何だか元気ないわね。気になることでもあるの?」
営業中の看板をひっくり返し、リノーはダーミアの顔を覗き込んだ。
「何か違う気がするなり。我らはもっと世の人すべてに役立つ道具を作りたかったはず——」
ダーミアの声には迷いがにじみ出ていた。
そう言われたリノーは改めて店内を見渡してみた。
回復ポーションを除けば、どの棚にも武器や防具ばかりが並んでいる。冒険者や魔導師によく売れる商品だ。
つまりは戦いの導具だった。
「何だ、そんなこと? 武器を作るから武器が売れるのよ。暮らしを豊かにしたいなら、生活道具を作ればいいんじゃない?」
「おお、そうか!」
ダーミアは盲点を突かれた思いがした。
売れるものを、人が欲しがるものをと魔導具を生み出しているうちに、本来の目的を見失っていた。
ダーミアは「売りたいもの」を作っていなかった。
「我らは、農民、職人、商人たちが日々使える道具をこそ作らん!」
「それがダーミアのやりたいことなら、それでいいんじゃない」
庶民の暮らしに役立つ道具とはどんなものか? ダーミアはリノーと会話しながら魔導具にするネタを探した。
「少しばかり力が強くなる鍬などどうだろう?」
「いいわね。農民の役に立つんじゃない?」
「ほんの少し切れ味がよくなったのこぎりは?」
「大工や職人が喜びそうね」
土属性の魔核を混ぜた魔鉄から作れば、「威力増加」や「切れ味向上」の効果を持たせることができる。
「火属性の魔核を使えば『すぐ煮える鍋』が作れるし、水属性を応用すれば『水やりの要らない鉢』なんかも作れるなり」
「いいんじゃない? でも、値段は大丈夫? 魔核を使うと高くつくんじゃ?」
「何の。魔剣とは違うなり。魔核を混ぜる割合はほんの少しで足るべし」
試作してみると、生活道具を作るために必要な魔核の量は鼻薬程度の微量で差し支えなかった。これなら十分に採算が取れる。
生活魔導具は出直し屋の新たな目玉商品となり、老若男女の庶民が買いに来るようになった。
「マジかぁ。売れ行きが良すぎて生産が追いつかないわね、ダーミア」
「然り。とはいえ一時的なことにすぎず」
「あら、どういうこと?」
「一通り道具がそろえば、あとは買い替えが中心とならん。売り上げはやがて落ち着くべし」
それでも出直し屋としては十分な商いができる。ダーミアにそれ以上の欲はなかった。
「それにいつまでもこの商いを独り占めする気はなし」
「えっ? また作り方を公開しちゃうの?」
「然り。我ら一人では十分な数を作れず。世間に広がってこそ技術の価値が発揮できるなり」
魔導具であふれた豊かな世界。ダーミアが目指す理想は自分一人の力で支えられるものではなかった。
そのためなら創業者利潤を放棄して、新規参入者を募ることに躊躇はない。
「もったいないけど、それがダーミアの望みだったら仕方ないわね」
「次は何を作らんや……」
早くも次の魔導具に思いを馳せるダーミアの前に、ある日一人の男が現れた。
王都から訪ねてきたと言う魔杖師ゴーマンその人だった。
◇
「いらっしゃいませー」
「……」
上等な衣服を身にまとった男性客は、リノーの声に目もくれずに店内を物色し始めた。
その服装は裕福な平民が着るようなものだったが、いかにも新品で着慣れていない感じが現れていた。
(あれはお貴族様なりや? 家来も連れず、お忍びというところか)
カウンターの中にいるダーミアは、前世での経験からその客に貴族臭さを感じていた。
「気になるものがありましたら、どうぞ手に取ってごらんくださいねー」
挨拶を無視されたことなど気にせず、客の背中にリノーが言葉を投げた。
「魔剣はこれだけか? 魔杖も少ない……」
武器を並べた棚の前で、ゴーマンは足を止めた。
品数の少なさに、思わず首を傾げる。
「あいにく武器はほとんど売り切れで……。よく見たければ手に取ってもらっていいですよー」
「いや、見ればわかる。こんなものか」
ゴーマンは生活魔導具の棚に向かった。
打って変わってこちらの棚には様々な商品があふれかえっていた。
「何だこれは……?」
生活道具をこまごまと並べた魔導具屋など、ゴーマンの知識の中になかった。
そんなものが商売になるはずがない。彼の常識がこの店の存在を否定する。
「最近の売れ筋なんですよー。お値段も手ごろなんで町の人によく売れています」
「こんな下らぬものが魔導具だと? バカバカしい」
明るく告げるリノーに対し、ゴーマンは苦々しげに言い返した。
悪意の込められた言い草だったが、リノーは気にする様子もなく笑顔を向けた。
「お貴族様から見たらそうかもしれませんねー。平民の暮らしはこれでだいぶ楽になるんですよー。お屋敷の使用人用に一ついかがですか?」
「要らん!」
リノーもゴーマンを貴族の一人と見立てていた。落ちぶれたとはいえリノーの家は元騎士爵家だ。それなりに貴族を見る目を持っているのだった。
「——どれもこれも魔導具の名に値せぬな。店の主はいるか?」
「我らにございます」
鼻を鳴らすゴーマンにダーミアが返事をした。
静かにカウンターを出てゴーマンの前に立つ。
「出直し屋の主、ダーミアにてございます」
「噂の通り子どもだな。わしは王都魔杖師ギルド顧問のゴーマンじゃ」
「ゴーマン様。はるばるのお運び、痛み入ります」
ダーミアは軽く上体を折り、略式の礼を執った。お忍びの貴族に対してはその程度が応礼としてふさわしい。
「近頃商いを伸ばしているそうだな?」
「おかげさまにて」
「分をわきまえぬ仕業だ」
ゴーマンの口調に皮肉なものが混じった。
「何だあれは?」
「あれとは?」
ゴーマンの指さす先にあったのはニシダに与えたものと同じ魔銅鉱を仕込んだ魔杖だった。
「木材に魔銅鉱を巻きつけただけのガラクタだ。あれが魔杖とはおこがましい」
「えぇ? でも、魔導術の発動性能はそこいらの魔杖より優秀なはずですよー」
商品にケチをつけられて気分を害したのか、リノーが頬を膨らませた。
それにはちらりと一瞥をくれただけで、ゴーマンはダーミアにダメ出しを続ける。
「せいぜい並以下の品質にすぎぬな。魔気の流れを整えることはできるが、収束も増強もできまい」
「だから値段をお安くしてるでしょ? 文句を言われる筋合いはないわ」
「小銭稼ぎの商売か。志の低いことよ!」
ダーミアの魔導具をけなされてむっとするリノーを、当のダーミアが目で抑えた。
「こんな品物で魔杖師を名乗るとは詐欺同然である。小僧、魔杖師ギルドには加入しておるまい?」
「然り。ギルドに入らずとも魔杖を売ることは自由とわきまえる」
「こざかしいことを。確かに自由だ。まこと魔杖であるならな」
魔杖師ギルド未加入者であっても魔杖の販売はできる。ギルドは加入者の権利を守る団体であるが、未加入者を排斥することまでは法によって許されていなかった。
それを指摘するダーミアに対して、ゴーマンは含みのある言葉を発した。
「だが、まがい物を売ったということになれば話は別だ。魔杖師の信用に泥を塗る行いとして、商売を差し止めることができるぞ」
そう言ってゴーマンはぎろりと目をむいた。
「我らの商品をまがい物と呼ばれるか?」
「ああ、呼ぶとも。お前の魔杖は見掛け倒しのまがい物だ!」
「何てこと言うのよ!」
「待て、リノー」
食って掛かろうとするリノーをダーミアは手で制した。
顔色も変えずに半歩前に出ると、ゴーマンを見上げて言った。
「そこまで言うからには、事の始末を如何にするご意向か?」
「不服があれば事実を以て抗弁せよ。このわしと魔杖の出来を競い合い、見事勝ってみせるなら二度と文句は言わん。詫びてもよい。ただし、お前が負ければ詐欺師として店をたたませる。これが王都魔杖師ギルドの決定である」
「ふむ。腕比べとな。げにわかりやすし。して、勝負の中身は?」
ゴーマンの申し入れは魔杖師としての腕比べだった。それを知ったダーミアはひるむどころか、むしろ喜んだ。
一流の魔杖師と腕を競えるとは、願ってもない機会だった。
「勝負は一月後。課題は『連射式魔杖』だ!」
昂然と顎を上向かせて、ゴーマンは宣言した。
内ポケットから勝負の条件を書き記した同意書を取り出し、ダーミアに突きつける。
「勝負を受けるならこの書類に署名せよ。——ひと言言っておく。署名したが最後、これに背けば牢獄行きだ。覚悟を決めて返答いたせ」
芝居じみた煽り文句を告げるゴーマンを無視し、ダーミアはペンを執って淡々と書類に署名した。
それを見届けたゴーマンは、奪い取るように同意書を取り戻し、内ポケットに戻した。
「いいの? ダーミア」
「案ずるなかれ。我らが力量を世に示す格好の機会なり」
リノーが不安げに肩に伸ばした手を、ダーミアはぽんぽんと叩いた。心配することは何もないと言わんばかりに。
ダーミアに必ず勝てるという自信はなかった。相手は一流の魔杖師なのだ。
勝負の課題も相手が決めたもの。ゴーマンは連射式魔杖というものに精通しているはずだった。一方のダーミアに特別な知識はない。
今の自分に連射式魔杖が作れるという予測もできなかった。
それでも。
未知の課題に挑める。
一流の職人と技を競える。
それだけで胸躍ることではないか。
「結果などどうでもよい。我らが力量を世に問わん。技術者ならばこれを喜ばずにいられようか」
リノーに言い聞かせるようでありながら、ダーミアの目はゴーマンの目をしっかりととらえていた。
そこに一切の怯えはない。己の力への自信と、技術に生きる職人の覚悟だけがあった。
「その言葉忘れるなよ。一月後に使者を送る。せいぜい工夫に励むがよい」
「承知」
そのやり取りを最後にゴーマンは店の前に待たせていた馬車に乗り込んだ。
馬車が姿を消すのを待たず、ダーミアは店舗部分から工房に向かった。
「ダーミア……」
「ふふふ。ゾクゾクするのう」
ダーミアの口元には笑みが浮かび、その目は獲物を狙う肉食獣のようにぎらぎらと輝いていた。




