第21話 魔杖とポーション――人と道具
ダーミアの言葉は強がりではなかった。
魔剣を作る場合、素体となる剣は鍛冶の技術で鍛造しなければならない。さらに鉄と魔核を合金化するにも時間と労力が必要だった。
それに対して、魔杖の素材は木である。
赤樫の木からダーミアは杖を削りだした。鍛造よりはるかに楽な作業だ。
大賢者ヨブとして、前世では自ら魔杖を作ったこともある。
しかし、木を削っただけでは魔杖にならない。通常は魔導具師が杖に魔気を通す工程を必要とした。
これはムラのある素材に魔気で圧をかけ、魔気の通り道を作り出す作業である。こうすることで木の棒が初めて魔杖となり、魔導師の意のままに術を発する媒体に変わる。
熟練の魔導具師が時間をかけて施す技は、魔気圧縮術と呼ばれる。高度な魔気制御と、魔気圧縮を長時間維持するための精神力を必要とする技だった。
杖専門の魔導具師は魔杖師と名乗り、専門職ギルドを形成していた。
前世と異なり、魔気を持たないダーミアは魔気圧縮術を使えない。
したがって、通常の方法で魔杖を作ることはかなわなかった。
そこで、ダーミアはここでも技術不足を素材によって補う道を選んだ。
すなわち、赤樫の杖に魔銅鉱の細線を埋め込んだのだ。杖の全長に渡って糸のような魔銅鉱をらせん状に埋め込み、杖全体が魔気に馴染むように細工した。
この方法でダーミアはニシダのための魔杖を製作した。かかった時間は二日だった。
◇
「本当にもう杖ができたのか?」
「疑うなかれ。これなり」
「おお! 魔気を通してみてよいか?」
「好きにするべし」
魔杖を渡されたニシダは、バランスを測るように幾度か振ってみた後、魔気を操った。
水面にインクを落としたように、流した魔気が杖全体に広がっていく。
「ぬう……。まるで抵抗がない」
正確に言えば、魔気の伝達にムラがない。いつも感じていた流した魔気が引っかかるような違和感をほとんど感じなかった。
ニシダが元々使っていた杖は高級品ではない。魔杖としての仕上がりに精度の甘さがあったのだ。
「これは——手に馴染む」
ニシダは目を輝かせて手の中の魔杖を見た。
「気に入ったようで重畳なり。ダンジョン攻略にはそれを使うべし」
「こ、これを。この杖を報酬としてもらえないか?」
ニシダは身をかがめるようにしてダーミアに願った。この魔杖があれば、今まで以上に魔導術を振るうことができる。その確信がニシダにはあった。
もちろん、普通に考えれば一度のダンジョン攻略程度の報酬でこれほどの魔杖を買うことはできない。それはわかっていた。
しかし、相棒となるサモンは既に魔剣を報酬として手に入れたと聞いた。
ならば、自分も——。魔導師としての欲がニシダの体を突き動かしていた。
「ふむ。別に構わんのであるが」
「本当か?」
「但し——」
どのような条件を出されるかと、ニシダは息を飲んだ。
「二回目の依頼以降お主に渡す報酬を半分にすべし」
「どういうことだ?」
「残りの半分は、こちらから借金の返済に充てるなり」
報酬全額を渡せばニシダのことだ。そのまま博打に溶かしかねない。
借金返済を進めるために、あらかじめ半額をダーミアの方で確保し、金貸しの手元に払い込もうというのだった。
「その魔杖を、また借金の形にされてはかなわんのでな」
ニシダはダーミアの条件に合意するしかなかった。
半額でも十分に生活できるだけの金額はあった。遊びに回す金が残るかはニシダ次第だ。
「わかった。その条件で頼む」
「良きかな。ならば、明日からサモンとともにダンジョンに潜るべし」
「了解した。今日は探索準備とこの魔杖の試し打ちをさせてもらうぜ」
杖をさすりながら去っていくニシダの背中には、今までにない生気があふれていた。
◇
「あっさり魔杖を作るなんて、さすがダーミアね」
「他は知らず。魔杖のことには詳しいなり。言い立てるほどの物にあらず」
「これで出直し屋の目玉商品がまた一つ増えたわね」
「否。あの魔杖で商売は立ちいくまじ」
熟練の魔杖師たちが長い日にちを費やして生み出す魔杖を、ダーミアは物の二日で製作した。これはすごいことではないかとリノーは思った。
しかし、ダーミアはそうではないと首を振る。
「考えてみるべし。魔銅鉱の細線さえあれば、あの杖は誰の手でも作れるものなり」
「あ、そうか! 術を使っていないんだものね。作り方を知ったら誰にでも真似できるのか」
「然り。まあ、困るのは凡庸な魔杖師たちだけなるが……」
誰にでも作れるということになれば低品質の魔杖は価格が暴落することになる。レベルの低い魔杖師は、安売り競争に巻き込まれて収入が減るだろう。
気の毒だとは思うが、ダーミアは彼らに同情するつもりはなかった。
「技術の進歩は世の常なり。技術者たるもの、日々腕を磨くべし」
「そうだね。技術で追い抜かれたら、抜き返せばいいだけだよ」
だがしかし、誰もがリノーのように割り切った考え方をできるわけではなかった……。
◇
「ポーションが手に入らぬとな?」
「そうなのよ。あちこち回ってみたんだけど、どこも品不足で」
「いかなる次第か。戦が始まったわけでもなし」
「誰かが買い占めでもしてるのかなぁ」
サモンとニシダは隠し通路から、ダンジョン第七階層まで探索の範囲を広げていた。
さすがにこのレベルで出現する魔獣は手ごわい。二人が攻略中に怪我を負ったり、魔気を使い果たすケースが増えてきた。
「回復ポーションと魔気ポーションがなければ、攻略の危険度が跳ね上がるわね」
「ポーションの入手がかなうまでダンジョン攻略を中断すべきか?」
「何よ、弱気ね」
考え込むダーミアをリノーは叱咤激励した。
「こんな時こそ魔導具師としての腕を振るうべきでしょ? ポーションが買えないなら自分で作ればいいじゃない?」
「おお! その手がありしか」
だが、ダーミアは魔導具師であって薬師ではない。前世の知識で、初歩的な傷薬、毒消しなら作れる程度だ。
しかし、体力や魔気を回復させるポーションはそのような薬とはまったく製法が異なる。ダーミアには作り方の見当もつかなかった。
「ううむ。思い立ったはよいが、作り方が皆目わからぬな」
「やったことがないんだから当然よね。魔導具のことには詳しいのにね。——いっその事人間の体を魔導具だと考えてみたらどうかしら?」
「人体を道具と思えと……? 大胆にして斬新なり。例えば道具に魔気を帯びさせるとしたら如何にすべきや?」
リノーのヒントでダーミアは思考の渦に飲み込まれていった。こうなるとダーミアには周りの物音が聞こえなくなる。
やんわりと微笑んだリノーは静かに立ち上がり、お茶の用意を始めた。
◇
魔力ポーションを独自の方法で作り出すまでに、ダーミアは三日の期間を要した。
元にしたのは今回も魔核だ。魔核から魔気を抽出し、人間が摂取できる形にできないかと着想したのだ。
魔核を粉末になるまで砕き、酸に浸して成分を抽出する。それを石灰水で中和し、さらにろ過して溶液を得る。
そして、その溶液を蒸留して薬効成分を濃縮し、ポーションを完成した。
「これが魔気回復ポーションなのね?」
「然り。マウスに投与して無害なることを確認済みなり」
「問題は人に効果があるかどうかよね」
こればかりは実際に使用してみなければわからない。
ダーミアは魔導師ニシダに訳を話して実験台となってもらった。
「飲んでも害はないんだな?」
「然り。魔気は元々生き物に備わりたる力なり。過剰摂取せぬ限り人体機能の妨げとはならぬ」
「信用するぜ」
ニシダは覚悟を決めて、小瓶に入ったポーションを一気飲みした。ほんのりとした甘みが口内に広がる。
のどを通るポーションは食道の壁を熱くしながら胃に到達した。
「不思議な感じだ。酒でもないのに、体の中がかぁっと熱くなるぜ」
「うむ。それは薬効成分が体内に浸透しつつ、細胞を活性化する働きなり」
腸の粘膜から浸透し血流に乗った成分が、ニシダの体内を循環し始めた。活性化はニシダの体全体に及び、効果は脳にまで達した。
「来た! 《水よ》!」
ニシダが持ち上げた杖の先にスイカのような水球が浮かんだ。
「むっ! デカい!」
「効いたようだの」
ニシダは自分が作り出した水球の大きさに驚いた。魔気回復ポーションが一時的なブースト効果を発揮したのだ。
それを見届けたダーミアは狙い通りの薬効を確認してうなずいた。
「実はこの薬は傷の回復にも使えるなり」
「飲めば傷まで治るの?」
「否。傷を治すには、傷口に直接振りかけるなり」
小瓶を持ち上げて首をかしげるリノーに、ダーミアは回復ポーションとしての使用方法を説明した。
「魔気は生物の細胞を活性化する働きを持つ。直接振りかけることで傷口の自然治癒力を高めるなり」
ポーションには若干の糖分を加えてあり、魔気を生命力に変換するためのエネルギーを補助する。
「名付けて『出直しポーション』。このポーションは魔核さえあれば作れるなり」
「これでダンジョン攻略が安定するわね」
「その結果、魔核入手が安定すべし」
魔導具屋として素材入手ルートを確立したことになる。ダーミアはようやく安心して商売と向き合えるようになった。
「ポーションが十分使えるとなりゃ、こっちの準備は万端だぜ」
数日前とは別人のように、力強くニシダは言った。ダーミアの杖を得て、魔導師としての自信を取り戻したのだ。
サモンとニシダの二人組がリビングストンのダンジョンを攻略完了したのは、それから五日後のことだった。
◇
「……気に入らぬな」
「はっ。お耳障りな知らせを持ち帰りまして、申し訳ございません」
王都の一角、豪壮な屋敷の一室にて二人の男が会話していた。
一人掛けのソファーに深く収まった男はこの家の主だった。でっぷりと肥えた体を持つ男の名はゴーマン。国有数の魔杖師である。
もう一人はこの家に仕える執事。名をジャドーと言った。
「出直し屋か。奴らが作る魔剣については評判を落としてやったのではなかったか?」
「はい。二流の安物であると魔導師、冒険者双方のギルドに噂を流したのですが……」
「それなのに、なぜ奴らの商売が伸びている!」
大きな声ではないながら、ゴーマンの言葉には怒りが籠っていた。この主人は自分の思い通りにならないことを忌み嫌う。
ジャドーはそのことをよく知っていた。
ジャドーの背中を冷汗が伝う。
「安価な魔剣のみならず、最近では魔杖や『出直しポーション』なる回復薬まで売り出しております」
「何だそれは?」
「飲めば失われた魔気を回復し、振りかければ傷口を治療する魔導薬でございます」
「馬鹿な!」
初めてゴーマンの声が大きくなった。
「申し訳ございません。但し、これだけはわかっております。あ奴らが仕入れているのは魔導具の材料のみ。ポーションの素材となりそうなものはダンジョンで得られる魔核しかございません」
「ぬう。魔核か……魔核からポーションを作ったと言うのか……」
「わたくしが仕掛けたポーション買い占めを克服したばかりか、あ奴らは自家製ポーションを商品化して商いを伸ばしております」
「くっ! 小生意気な奴らめ。雑魚は雑魚らしく大人しくしておればよいものを」
ゴーマンはサイドテーブルから酒の入ったグラスをつかみ上げると、苦い顔で中身を飲み干した。
グラスを持った手で口元をぬぐい、たたきつけるようにテーブルに戻す。
「こうなればこのわしが直接相手をしてやろう」
「旦那様――!」
「わしが動くからには生半可には済ません! 二度と立ち直れぬように叩き潰してくれる!」
「はっ! 仰せのままに!」
二敗目の酒を飲み干す頃にはゴーマンの顔は赤黒く紅潮していた。




