第20話 魔導師ニシダ――魔杖と借金
「第六層の魔獣はそんなに強いの?」
リノーがサモンに疑問をぶつけた。
階層が一つ変わるだけでそんなに魔獣の強さが変わるものだろうかと。
「いや、そうじゃねぇ。強さで言えば手に負えないレベルじゃない」
「じゃあ、どうして通用しないと……」
「魔剣が効かねぇんだ」
リノーの問いにサモンは先ほどと同じ答えを返した。
「それは、兜割りの性能では力不足ということか?」
「それも違う。物理攻撃が無効なんだ」
「そういうことであるか!」
ダーミアはなるほどと手を叩いた。
「斬ろうと殴ろうとダメージが通らねぇ」
「そんな魔獣がいるの?」
「魔獣とはそもそも自然の摂理に逆らった存在なり」
飲み食いせず、子を産まない。
魔獣とは生き物の形を映した「現象」にすぎない。そう説く学者がいた。
「世界の歪みが瘴気を生み、その瘴気の実体化したものが魔獣なり。実体化の度合い薄ければ物理攻撃が効かぬ道理である」
「それって煙とか霧みたいなもの?」
「それに近いぜ。俺が見たのは『遊霊』だった」
半透明のもやもやが宙に浮かんだもの。それが遊霊だ。霧のように漂い、壁や天井をすり抜ける。
相手が霧では剣は効かない。当然のことに、兜割りの効果を発揮することもできなかった。
遊霊から物理的な攻撃を受けることはないが、まとわりついて生気を吸われる。吸われ続ければ、死に至ることもあった。
「よく脱出できたわね」
「ああ。こんなときのために『火炎玉』を持ち歩いていたんでな」
火炎玉とは火属性の魔核に細工を施したものだ。強い衝撃を与えるとファイアボール並みの火炎を生み出す。
サモンはそれを足元の地面に投げつけ、吹き上がる炎に紛れて遊霊から遁走したのだった。
「そういうわけで、魔導術が使えぬ俺には第六層以降の攻略は無理だ」
「確かに相手が悪いわね」
「むう……。我に魔導の才あらばサモンのカバーができようものを」
ダーミアは悔し気に唇をかんだ。
前世の自分であれば何の問題もなかった。遊霊など杖の一振りで蹴散らせたのだ。
試練を追い求めるダーミアも、この時ばかりは才なき体に生まれ変わったことを悔やんだ。
「何よ、ダーミア。らしくもない」
「リノー……」
「できないことをうじうじ悔やんでも仕方ないじゃない。だったらどうするかを考えるべきよ」
リノーは昂然と胸を張り、拳をダーミアに突きつけた。
「どうすればよいと?」
「だから言ってるでしょ? 自分でできないことは他人にやらせればいいじゃない」
雇ったサモンが壁にぶち当たっているのだが、とダーミアは言い返そうとした。
しかし、ダーミアが口を開く前にリノーが言葉を重ねる。
「剣士のサモンでは足りないんでしょ? それなら魔導師を雇えばいいじゃない」
「魔導師を……?」
物理攻撃無効の魔獣は魔導師が相手をすればいい。つまりパーティーを組ませろとリノーは言うのだった。
「幸いサモンへの報酬として用意していたお金が手元に残っているわ。もう一人雇っても懐は痛まないでしょ?」
「然り。リノーの言う通りなり」
前世の記憶など持たないリノーの方が、こんな時には柔軟な発想ができるようだ。
ダーミアは相談相手がいることの幸せを改めて感じていた。
「よきかな。冒険者ギルドにて魔導師を雇い入れるべし」
「そうと決まれば早速出かけるわよ!」
サモンに留守番を任せ、ダーミアとリノーは勝手知ったる冒険者ギルドに向かった。
◇
「ははは。他を当たってくれ。子どもの遊びに付き合っている暇などねぇ!」
「ちょっと待って! こっちは真剣なんだから。ねえ、話を聞いて!」
五人目の面接者もダーミアたちに耳を傾けることなく、一分で席を立ち、出ていってしまった。雇い手が子供二人という状況を見て、誰も真剣に話を聞いてくれない。
「参ったなり。子どもであることがこれほど足を引っ張るとは」
「こうなってみると、サモンを雇えたことが奇跡みたいなもんだったのね」
ダーミアたちは顔を見合わせてため息をついた。
二人とも報酬さえ約束すれば魔導師を雇い入れるのは難しくないと考えていた。サモンという前例があったからだ。
しかし、サモンが依頼を受け入れた裏側には、魔剣を手に入れたいという彼の願望があった。
そうでなければサモンが言うことを聞いてくれたかどうかは定かでない。むしろ断られる確率の方が高かっただろう。
「残っている候補者はあと一人ね」
「魔導師ニシダ、か」
「うーん。この身上書を見ると、こっちからお断りしたくなるんだけど……」
リノーはギルドから渡された身上書に目を落とし、眉を曇らせた。
「魔道術の腕は中級。でも、『酒と博打の常習者で多額の借金を背負っている』って書いてあるわ」
「人格に問題あり、であるな」
そう言いながらもダーミアはさほど問題視していなかった。
長期にわたってパーティーを組ませるわけではない。所詮一時的な関係にすぎないからだ。
それに、職場はダンジョンの中だ。一度攻略が始まってしまえば、酒も博打もやりようがない。
借金取りもダンジョンの中までは追ってこないだろう。
むしろニシダは喜んでダンジョン攻略の依頼を受けるかもしれない。
借金取りから逃げながら金を稼ぐことができるのだから。
「とにかく面談してみるべし」
「そうね。わざわざギルドに来たんだから、会わずに帰るわけにはいかないわね」
そう言って迎え入れたニシダは、くたびれた感じの中年男だった。顎の高さまで伸ばした金色の髪はゆですぎた麺のように絡み合っている。
疲れた表情で、肌に張りがない。
椅子に座ったニシダは神経質に指先を動かし、その視線は一か所に定まらなかった。
「ニシダさん……でよかったかしら?」
「そうだ」
「ジョブは魔導師なるか?」
「ああ」
二人とは目を合わさず、伏し目のままニシダは答えた。
「この町のダンジョンに潜ったことはある?」
「パーティーを組んで何度か」
「到達階層は?」
「三度踏破した」
ニシダの話は事前に冒険者ギルドから得た情報と一致していた。実績だけで言えば、ニシダは中堅程度の成果を挙げていると言えた。
「最近はどんな仕事を?」
「……。冒険者としての仕事はできていない」
面談者への質問は主にリノーが担当していた。ダーミアは相手の反応を見極める役割だ。
実力がありながら冒険者活動をしていないというニシダの答えに、ダーミアの眉がピクリと持ち上がった。
「あら、どうして? どこか怪我でもしたの?」
ダーミアの反応を横目で見て、リノーはさらにニシダを掘り下げた。良きにつけ悪しきにつけ、特別な事情があるなら知る必要がある。
「くっ。今、手元に魔杖がないのだ」
「ふうん。杖をなくしたの?」
「――借金の形に取られた」
「あらまあ。それじゃあどうしようもないわね」
酒と博打で作った借金はそこまで膨れ上がっていたらしい。商売道具の魔杖まで手放したとなると、働こうにも働きようがない。
この男は使えないのではと、リノーはダーミアに目で合図を送った。
「博打はそれほど大切なるか?」
「え?」
リノーからの合図を無視して、ダーミアが口を開いた。その目はニシダの正体を見極めんと、瞬きもせず相手を見つめている。
「借金をしてまで博打にうつつを抜かす理由とは何であるか?」
「そう言われてもな……。考えたこともない。すべてを忘れて熱くなれるから、じゃいけねぇか?」
ニシダは腕を組んで一瞬考え、思いついた答えをダーミアに返した。これまで考えたこともなかったが、口にしてみると当たらずとも遠からずという気がした。
己のすべてを運に任せて勝負に賭ける。あの一瞬の高揚感が忘れられないのだ。
「借金などせずとも、同じ気持ちは味わえように」
「自分で自分が止められねぇんだよ! タネ銭が尽きても、勝負から抜けられねぇんだ」
負けた分を取り戻すために新たな勝負に挑み、また負ける。そうして借金が膨らんでいくのだ。
ニシダにもその仕組みはわかっている。わかっていても止められないのが、博打うちの性だった。
「博打とは勝つか負けるかの一発勝負——それは冒険者の生きざまそのものではないのか?」
「何?」
「特にダンジョン攻略など博打そのものなり。一歩死地に踏み入らば、生きて帰れる保証なし」
「そう言われりゃあそう……なのか?」
ニシダはこれまで冒険者の仕事を「金を稼ぐための手段」としか考えたことがなかった。パーティーを組み、求められる役割を不足なくこなす。
そうして受け取った分け前を博打にぶち込むことを繰り返してきた。
「ああ、冒険者のありようが博打と違うところが一つだけあるなり」
「違うとは何が?」
「冒険者の仕事は厳しき勝負なれど、その勝率は自らの手で左右すべきものなり」
冒険者は己を鍛えて強くなることができる。
強い武器、強い防具、強い仲間。条件をそろえれば生き残る確率を改善することができる。
それに対して博打の勝率は決まっている。変えようがない。
「さらに言えば、博打とは必ず胴元が勝つようにできている」
「――それを言っちまったらおしまいだぜ」
博打うちなら誰でも知っている。博打のルールはほんの少しだけ胴元が有利になるようにできているのだ。
長い目で見れば必ずカジノ側が賭け金を手に入れることになっていた。
博打うちはその事実から目を背けて、一瞬の興奮に身を任せる生き物だった。
自分だけは勝てるのではないか?
今日は勝てるのではないか?
今日負けても、明日は勝てるのではないか? そうやって金を溶かしつづけるのが博打に飲み込まれた人間の姿だ。
「おぬしの生き方に我らが文句をつけるいわれはなし。好きに生きるがよし。但し——」
「但し……何だ?」
「賭けたなら勝つべく生きてはどうか? そうでなければ人生がつまらん」
ダーミアはそう言ってニシダに考える時間を与えた。今の言葉からニシダが何かを感じ取ればよし。
何も感じないとなれば、それはそこまでの男だということになる。
「ガキのくせに偉そうな口を叩きやがる……」
口では反発してみせるニシダだが、ダーミアの言葉を聞き動揺を隠せなかった。十歳にもならない子どもに腹の中を見透かされているような気持ちをおぼえたのだ。
「まあよかろう。しかし、どうやってダンジョンに潜るつもりなるや?」
「どうやってって……」
「杖がなければ戦えまい?」
「うっ」
魔杖は借金の形に取られている。返してもらうにはそれ相当の額を返済しなければならなかった。
ニシダにその当てなどない。
「その……そっちで借金を肩代わりしてもらえれば、魔杖を返してもらえる」
「ふむ。万一おぬしがダンジョンで死ねば、我らは貸し倒れになる上、魔杖を取り返すこともできぬ」
「ぐっ」
ニシダの提案に乗ればダーミアは大きなリスクを抱え込むことになる。それはニシダも十分承知していた。
世間を知らぬ子どもなら乗ってくるかもと持ち掛けてみたのだ。
だが、ダーミアは世間知らずの子どもではない。長寿を全うした大魔導師の精神が、幼い体に宿っていた。
「サモンには魔剣を報酬として渡したり。おぬしへの報酬を魔杖にしたらどうであるか?」
「え?」
魔剣をダンジョン攻略の報酬とした? 依頼料の相場をはるかに上回っている。
しかも、自分への報酬を魔杖にする? 目の前の子どもは確かにそう提案した。
「魔杖を……持ってるのか?」
「違うわ。作るのよ」
「何?」
とまどうニシダにリノーは言った。魔杖を自分の手で作ると。
できるのか? こんな子どもたちに。
「杖がないなら作ればいい。そうでしょ、ダーミア?」
「げに正鵠を射たるかな。魔杖作りなど魔剣に比ぶれば容易きこと」
「嘘だろ……?」
何なんだ、この二人は? ニシダはうっすらと寒気を覚えていた。




