第27話 ゴミ拾いダーミアは笑う――魔力充填機
「試合の的は二つ! それぞれ的に向かい自ら作り上げた魔杖にて魔導術の連射を競ってもらう!」
ゴーマンとダーミアが位置につくと、立会人が試合方法の口上を述べ始めた。
「勝敗の基準は連射性能にあり! ただし、的を外れた術は数に入れぬものとする!」
ダーミアが聞かされていた通り、命中精度や威力は採点の基準とはならない。しかし、的への命中は最低限の前提条件となる。
「判定は領主閣下がこれを行われる! 異議は一切認めぬ!」
なるほど。領主の裁定次第ということならば自分もゴーマンも従うしかない。ダーミアは立会人の宣言に納得した。
領主がゴーマンに贔屓するようなことがあれば不利な判定を受けるかもしれないが、それは案じても仕方がないことだ。
(贔屓のしようなきほどの差をつければよきことなり)
ダーミアは内心で闘争心を掻き立てていた。
「先手はロートルデ卿! 後手出直し屋ダーミアはその場に控えよ!」
ゴーマンは余裕の表情で手製の魔導杖を携えると、的の一つに向かって足場を固めた。
手にした魔導杖は最高級の黒檀製で、磨き上げられた表面が陽の光にまぶしく輝いている。杖の上部に大ぶりの魔核がはめ込まれていた。
「閣下、開始の号令を!」
「うむ。魔杖勝負、いざ始めよ!」
護衛騎士を両脇に従えた領主が席から立ち上がり、片手を高々と掲げて試合開始を宣した。
軽く会釈を送ったゴーマンは改めて標的に目をやると、おもむろに魔導杖を肩の高さまで振り上げた。
「呼ぶは炎の気。わが命に応じて的を撃て! 《火球連弾》!」」
気合とともに突き出す魔導杖からこぶし大の火の玉が飛び出した。あっという間に標的まで達し、どぉんという轟音とともに炸裂する。
すると、すぐに魔杖から次の火球が生まれて標的へと飛んでいく。それが弾けると、また次の火球。
一呼吸に一発の割合で七つの火球が連続して放たれた。
「む⁉」
八つ目の火球が生まれたところで魔導杖に仕込んだ魔核が砕け散った。発射目前だった火球が雲散霧消する。
「ロートルデ卿、火球七連射!」
「見事!」
立会人の声に重なるように、領主から称賛の声が送られた。
七つの火球は仕損じなく、すべて標的をとらえていた。
「七連射ってどうなの?」
「見事なり。大ぶりとはいえ魔核一つに七つもの術式を刻むとは、敵ながらあっぱれ」
ゴーマンの成し遂げた七連射の価値が今ひとつピンとこないリノーは、小声でダーミアに評価を求めた。
それに対してダーミアはひいき目なしの評価をしてみせた。
「ふん。術式は七つではない! 十の術式を籠めてあった。ふふふ。さすがに魔核がもたなかったがの」
ダーミアたちの会話を耳にしたゴーマンは、勝ち誇ったように言い放つ。
その目は「お前に同じことができるのか?」と物語っていた。
(できるはずがない)
ゴーマンがあざけるのも無理はない。
そもそもダーミアたちは、これほど大きな魔核を集めることができなかった。魔核が小さければ刻める術式の数も少なくなる。
多数の術式を圧縮して刻むには熟練の技術も必要だ。魔導具屋を開業したばかりのダーミアにそこまでの技術があるはずもなかった。
どうあがこうともゴーマンを上回る魔杖など作れるはずがない。ゴーマンは勝利を確信していた。
「次! 出直し屋ダーミア!」
立会人に促され、ダーミアは己の魔導杖を取り出した。
「何だ、あの形は……?」
勝負を見守る領主の口からつぶやきが漏れた。敵であるゴーマンも同じ思いであったろう。
ダーミアが持ち出した魔導杖は、今まで誰も見たことがない形をしていた。
黒檀の杖、その根元に埋め込まれた魔核。そこまではゴーマンの魔杖と似ていると言えなくもない。
「ス、スライムの魔核……」
使い物にならないはずのゴミ魔核。領主はそれを装備して勝負に挑むダーミアの考えが理解できなかった。
「そして、あの見たことのない形……」
ダーミアの魔導杖の左側には溝が刻まれ、そこからボルトが突き出していた。同じく右側からは細長い筒が突き出している。
さらに杖には取っ手のようなものが備わっていた。
ダーミアはその取っ手を右手でつかみ魔導杖の中ほどを左手で支えて、肩の高さで水平に構えた。
脇をぴたりと締め、頭を右に倒して杖にこめかみを添える。
「いざ撃たん! 火炎流!」
ダーミアが取っ手の前にある引き金を引くと、的に向けた魔導杖の先端から火炎が噴き出した。
ゴーマンが放った火球とは違い、ダーミアの炎は細く長く伸びた。
それはおとぎ話で聞く竜の息吹のようであった。
轟っ!
火炎は水平に飛び、標的を襲った。燃え上がる炎が標的全体を覆う。
生き物が相手であれば、この一撃で致命傷となったろう。
炎が消えるのも待たず、ダーミアの左手が素早く動いた。杖から突きだしたボルトをつかみ、溝に沿ってスライドさせる。
その動作で、セットされていた魔核が杖から飛び出した。
ダーミアは引いたボルトをもとの位置に戻す。すると、新しい魔核が魔導杖にセットされた。
「魔核の交換だとっ⁉」
目をむいて叫ぶゴーマンに一切注意を払うことなく、ダーミアは再び引き金を引いた。
轟っ!
先ほどとまったく同じ光景が繰り返される。細く伸びた火炎流が標的を襲い、燃え上がった。
ガシャっ! カチャリ。轟っ!
火炎は五度噴出し、その度に標的に当たって燃え上がった。
今度はダーミアはボルトを引かずに、右側に突き出した筒――弾倉――を魔導杖から引き抜いた。
「そうか。あの筒に魔核が納められているのだ。だ、だが、五連射が限度だな。所詮はゲテモノ……」
「リノー!」
「はいっ!」
連射はこれまでと見て、勝ち誇ったようにゴーマンが語りだした。その声に重なるようにダーミアがリノーを呼ぶ。
すると、それまでダーミアの横にしゃがみこんでいたリノーが大きな袋から新しい弾倉を取り出し、ダーミアに放った。
ダーミアはそれに合わせて空になった弾倉をリノーに投げる。
曲芸のように二つの弾倉が空中で交差した。
新しい弾倉を受け取ったダーミアはそれを素早く魔導杖にねじ込み、ボルトを前後にスライドさせた。
轟っ!
何事もなかったようにダーミアは連射を続ける。
新しい弾倉でも五連射が行われた。
「リノー!」
「はいっ!」
「馬鹿なっ!」
再び弾倉交換が行われ、ダーミアは三度目の五連射を披露した。
ここまで十五射。失中は皆無だった。
「もうよかろう。ご領主、裁定は如何に?」
まだ予備の弾倉が残っていたが、既にゴーマンの倍以上火炎流を放ったダーミアである。勝負を決めるには十分な頃合いと考え、射撃をやめて領主に結果を問うた。
対戦相手のゴーマンは苦虫を噛み潰したような顔で歯噛みしていた。
「うむ。この勝負、出直し屋ダーミアの勝——!」
「お待ちください! 異議がございます!」
七連射対十五連射。誰の目にも明らかなダーミアの勝ちに見えた。それに物申すゴーマンの姿に、領主は眉を寄せた。
「ロートルデ卿、予の裁定に不満と申すか? 連射の数は貴下の七射に対してダーミアは十五射。勝敗は明らかと思うが」
「閣下! 此度の勝負は連射勝負でございます。出直し屋の射撃は中断をはさんでおり、連射とは申せません!」
「むっ? ダーミア、その方はロートルデ卿の言い分をどう思う?」
ダーミアは二度弾倉を交換していた。確かにその間、射撃が中断したと言えなくはない。
もし中断を認められれば、ダーミアの連射は最大五射と数えられることになる。つまりゴーマンの勝ちだ。
「ダーミア……」
「立会人に伺いたし!」
「何であるか?」
「ただ今の勝負、双方が射撃に費やした秒数はそれぞれいくらなりしか?」
不利な成り行きを悟って、リノーの顔に影が差した。
しかし、ダーミアは顔色を変えることなく、立会人に質問を発した。
「ふむ。先手ロートルデ卿は七射を七秒で行った。後手出直し屋ダーミアは十五射を十五秒で放っておった」
「なっ?」
「それは弾倉交換の時間を含んだ秒数なりや?」
「いかにも」
ダーミアの射撃速度は弾倉交換の時間を入れてもゴーマンのそれに負けていなかった。
その上連射回数はゴーマンの倍以上。事実を確認し、ゴーマンの顔が青ざめた。
「ロートルデ卿の異議は却下する。裁定通り、ダーミアの勝ちだ」
「ぐぬぬ……」
「やったぁ! おめでとう、ダーミア!」
「ふむ。勝利はリノーのものでもある。めでたきかな、リノー」
覆らぬ判定にゴーマンは肩を落とした。
飛び上がって喜ぶリノーに、ダーミアは自分だけの力で勝ったわけではないと笑みを返した。
「十五連射の業、見事であった。魔核を交換するなど見たことのない工夫である。でかしたな、出直し屋」
「ありがたき幸せ」
悔しさをかみしめるゴーマンの横で、ダーミアは領主の称賛に礼を返した。リノーは満面の笑みでお辞儀を繰り返す。
「負けたとはいえロートルデ卿の業も見事であった。魔核一つに十もの術式を刻むとは、その技巧精緻の極み。さすがは魔杖師ギルドの重鎮である」
「くっ。はっ! ありがたきお言葉であります」
領主ハンス・ロートルデ子爵は鷹揚に敗者ゴーマンの技術をも称賛した。敗者に恨みを残さぬための心配りであり、魔杖師ギルドへの配慮でもあった。
負けてなお誉あり。そう態度で示していた。
「さて、それにしてもダーミア。その方が使ったのはスライムの魔核に違いないな?」
「然り。これ以外の魔核が手に入らず、スライム魔核に頼りしものなり」
「ほう。強い魔核が手に入らなかったとな」
微笑みながら子爵はゴーマンに横眼を向けた。思わずゴーマンは目をそらす。
「はは。しかし、スライムの魔核はゴミと呼ばれる代物。魔杖には使えぬと承知していたが……」
「ゴミを転じて宝と為す。我らはゴミ魔核に魔力を籠め申した」
「魔力? 魔導術に必要なのは魔気ではないのか?」
魔導術の基盤となる力は魔気である。それがこの世の常識だった。ゴーマンもそう信じてきた。
その場の誰もが首をひねる中、ダーミアは静かに世界の常識を覆す。
「魔気はこの世界至る所に満ち満ちてあるものなり。使えばなくなるものにあらず」
「いや。そこにころがる使用済み魔核は、魔気が空になったものではないか?」
「否。魔気は依然としてそこにあり。ただ力を失いしのみ」
ダーミアは毅然と領主の言葉を否定した。彼にとり真理はいかなる身分よりも尊きものだった。
「魔気があっても力がない? 力とはその方が申した魔力というものか?」
「然り。魔気には力をためた状態と、それを使い果たした状態あり」
「ふうむ。しかし、どうやってゴミ魔核から十分な力を得るのか?」
ダーミアは魔導回路に近づけた魔針盤が不思議な動きをすることに気づいた。その現象を追求した結果、魔導には二つの面があることを発見したのだった。
「魔導術とは魔気を誘導し術をなすものなり。これは魔気に籠められた魔力を術式に流すことでなされる業である。我らはその逆を求めしものなり」
「逆とは——魔力の流れを逆にするということか?」
「ご賢察鏡のごとし。魔気に陰と陽あり。力を使うとき陰陽は混ざり合い、魔気はやがて均一に変ず。力を籠めるときは混とんを分け、魔気中に陰と陽を生み出すものなり」
ダーミアは魔力の流れを逆転させる術式を編み出した。この術式にわずかな魔力を流し、仕掛けを回転させると、空気中の魔気を集めて魔核に魔力を充てんすることができる。
「これなるが魔力充填器なり」
ダーミアの合図に従い、リノーは袋から円筒状の機械を取り出した。円筒の中心からクランク状のハンドルが飛び出しており、これを回転させることで魔力を集める仕掛けになっていた。
「我らには魔導の素質なし。魔気を導く術は使えず。されば機械仕掛けにて魔力を集め、圧縮し、ゴミ魔核に充填せり」
「おお、それで本来よりも多くの魔気——いや、魔力を蓄えさせたのか!」
「然り。魔力充填機を用いれば、ゴミ魔核でも十分強力な魔力充填が可能となるべし」
「何だと!」
魔導術の概念が根本的に覆された瞬間である。
「くくく。最早魔杖勝負の勝敗などどうでもよい。ダーミア、途方もないものを作り上げたな」
「これは広く使われてこそ価値あるもの。現品と設計図をご領主に献上いたすものなり」
「何? これだけのものを発明して、営利を求めぬというのか?」
さすがの領主もダーミアの言い分に意表を突かれた。魔力充填器を商品化すれば巨額の利益を得られるだろう。
「ダーミア、まことに良いのか? 惜しくはないのだな?」
「はははは。何を惜しむことあらんや? 魔力充填機が世に広まれば、魔導術はこれまでにない発展をなすこと間違いなし。それこそ我らが望みなり!」
名誉も財産も欲しくない。そう言って、ダーミアは領主からの褒賞を断り、領主館を後にした。
「ふう。疲れちゃったわね。でも、これで誰にも気兼ねなく商売ができるってことね」
「然り。されど、魔導の道が栄えれば我らの前に数多の競争者が現れることならん」
「ええー。じゃあ、自分で自分の首を絞めてるってことじゃない?」
一難去ってまた一難。前途の険しさを想像して、リノーの顔が曇る。
「ははは。よきかな、よきかな。艱難辛苦、我らを玉にす」
「もうー! 自分から苦労を背負いこむことないじゃない!」
「くくく、どんな強敵が現れることか。——ゾクゾクするのう……」
前途に待ち受ける困難の数々を想像し、ゴミ拾いダーミアは腹の底から笑った。<了>




