第18話 ダンジョンの洗礼――冒険者サモン
第二層に下りたダーミアたちは早速困難に直面した。強さが増した魔獣たちに苦戦したのだ。
「くっ! こいつ、硬いわね!」
「虫型魔獣の外骨格にはその剣でも歯が立たぬか……。関節か腹を狙うべし!」
「わかってるんだけど……それが難しいのよ!」
昆虫型の魔獣オオカブトは、焦げ茶色の外骨格に全身を覆われていた。てらてらと輝く外骨格には、魔剣が通用しなかった。火炎をまとわせても刃が弾かれてしまう。
リノーは前脚の関節を狙って斬りつけるが、簡単には刃を当てることができない。
相手はじっとしていてくれないのだ。
隙を見せるとオオカブトにのしかかられそうになる。オオカブトの攻撃手段は踏みつけるか噛みつくかしかない。それを避けるためにリノーは魔導盾で敵を押し返そうとしていた。
「大丈夫か、リノー?」
「平気よ! 燃えろ、オオカブト!」
力では押し負けそうだ。ダーミアはリノーの後ろに回り、彼女の背中を支えて押し返した。
リノーはここぞとばかり魔導盾を突き出し、魔剣を叩きつけた。
ぼっ!
スパイクが炎を吹き出し、オオカブトの前足を焦がす。しかし、炎耐性があるらしく、大きなダメージは入っていないようだ。
「リノー、チャンスだ。関節に斬りつけるべし!」
「逃がさない! やあっ!」
至近距離からの一振りは見事にオオカブトの左前脚を捉えた。人で言うと肘に当たる部分を刃で傷つけることができた。
ぼわっとオオカブトの関節から炎が上がる。
「勝機なり。一気に攻めよ!」
「とうっ!」
オオカブトに痛覚はないが、炎の熱を受けて一瞬ひるんだ。リノーは勢いに乗って攻めかかる。
オオカブトを突き放しておいて、左に回り込み、傷つけた関節部に魔導盾を叩きつけた。
ボボッ!
数本のスパイクが突き刺さり、関節から炎が噴き出した。オオカブトの右前脚が関節から吹き飛ぶ。
敵の圧力が弱まったのを見定めて、リノーは魔剣をオオカブトの口に突き刺した。
「ギシギシッ!」
丸太同士がきしむような音を立てて、オオカブトは口から体液をほとばしらせた。魔獣はひるんで身を引くと、低い体勢を取って尻を持ち上げた。
「むっ? リノー、下がれっ!」
「はっ!」
リノーをフォローしていたダーミアは、オオカブトの様子を見て警告を発した。リノーのベルトを後ろから引いて合図を送る。
普段おっとりしているダーミアの鋭い声を聴き、リノーは顔を引き締めて後退した。
ぐっと腰を落として、魔導盾の後ろに身を隠す。ダーミアはその背中に体を寄せた。
「敵は飛ぶ気なり!」
ダーミアが短く叫ぶと同時に、オオカブトが羽を広げた。
バ、バババ――。
耳をつんざくような爆音を立てて、オオカブトが宙に飛び出す。そのままリノーに向けて突っ込んできた。
「ぐーっ!」
オオカブトの体重はおそらくリノーの二倍はあるだろう。まともに受けたら跳ね飛ばされる。
リノーは魔導盾を斜めに傾けて、衝撃を頭上に逃がした。
ガリガリと嫌な音を立てて、オオカブトが盾の表面を滑って行った。リノーとダーミアは盾の後ろでその圧力に必死で耐える。
もう少しでオオカブトが飛び去るというところで、その腹が魔導盾を強く打った。
「うわっ!」
「ぬぬっ!」
こらえきれずリノーはダーミアもろとも後ろに転がった。
「う、うう。ダーミア、立って!」
「大丈夫か、リノー?」
「これくらい平気よ!」
固い床で強打し、リノーの背中は激しく痛んだ。苦痛に顔を歪めながらもリノーは強気に剣を構えた。
「ギギギギギ……」
逆襲に備えて敵の姿を探す。
オオカブトは地面に落ちてあがいていた。仰向けになった腹部から激しく炎が燃え上がっている。
衝突した際に魔導盾のスパイクで傷ついていたのだ。
「してやったり、リノー! とどめを刺すべし」
「オッケー! くたばれ、虫けら野郎!」
リノーは盾を捨てると、火炎魔剣を両手に持ってオオカブトの首に斬りつけた。身動き取れないオオカブトは火を噴く魔剣をまともに食らう。
バツン!
狙い通り、リノーの一振りはオオカブトの頭部を体から切り離した。切断部から蒼炎が燃え上がり、オオカブトは命を失った。
斬り飛ばされた頭部が転がりながら黒い霧となって散っていく。一瞬遅れて頭を失った体も燃えカスとなって崩れ去った。
「ふう、勝ったわね」
リノーは魔剣を鞘に納め、額の汗をぬぐった。ふらつきながらさっき投げ捨てた魔導盾を拾い上げる。
「勝つには勝ったが、ぎりぎりのところなり」
ダーミアの口調は重かった。今のままでは第二層の魔獣が相手でも荷が重いと痛感したのだ。
「このまま進めばいずれ大けがをするなり。今日のところはこれにて帰還すべし」
高レベルの魔核を集めるという本来の目的は果たせていない。こんなに早く撤退するのはダーミアの本意ではなかった。
しかし、自分一人のことではない。リノーをこれ以上に危険にさらすことはできないと、ダーミアは判断した。
大丈夫だとリノーは言いたかった。しかし、それは嘘になる。
火炎魔導盾をもってしても、これ以上に手ごわい魔獣が相手では後れを取る恐れがあった。
意地になりそうな自分の気持ちをぐっと飲み込み、リノーはダーミアに従った。
地上への帰り道をたどる二人の足取りは重かった。
◇
「まったくの失敗というわけでもないなり」
店に戻るなりダーミアは工房に向かった。その手にはダンジョンで得た新たな魔核がある。
「トカゲ鬼は水、オオカブトは土の属性を帯びていたなり。火炎魔導盾との相性を考えて、土属性の魔剣を作るべし」
オオカブトの魔核を溶かし込んだ人工魔鉄で魔剣を打つ。
「あの外骨格のごとく固く、重い魔剣となるべし」
出来上がった土属性魔剣を見て、ダーミアは満足げに頷いた。これならば安物と酷評されることもないだろう。
魔剣は補強できた。残るは使い手の問題だった。
「リノーの腕に不足はないが、一人ではダンジョン攻略が難しいなり」
「そうね。魔獣との相性もあるし。悔しいけどワタシ一人ではすぐ限界に突き当たりそうだわ」
「我らでは戦闘の手助けはかなわず……」
ダーミアの声に無念がにじんだ。
前世のヨブであればそれができた。大魔導師と呼ばれた男は冒険者として魔獣と戦ったこともある。
しかし、それは体内の魔気を自在に操るスキルがあってのことだった。
今生のダーミアにはそれがない。
八歳の体では短剣でさえも満足に扱うことができなかった。
「己の無力に悩むとは……」
「何を言ってるのよ。バカね」
つい愚痴っぽくなるダーミアの言葉を、鼻で笑い飛ばすようにリノーは断ち切った。
「自分でできないなら他人にやらせればいいじゃない」
「何と?」
自分ができないことを他人にやらせる。その当たり前のことを思いつけなかったダーミアは、額に手を当ててうなった。
「そのための冒険者ギルドでしょ? ウチと一緒にダンジョンを攻略してくれる冒険者を探せばいいのよ」
「パーティーを組む?」
「というより、護衛の依頼ね」
リノーは身を乗り出してきたダーミアに説明した。
力量不足のリノーがパートナーを探すのは難しい。それなら金を払って護衛を依頼すればいい。
獲得した魔核は山分けという条件なら、それなりの料金で冒険者を雇えるはずだと。
「魔核の半分を渡すのは惜しけれど、落としどころはそこらあたりか?」
「そういうこと。それに店の宣伝にもなるわ」
護衛に雇った冒険者に火炎魔導盾と魔剣を貸し与える。そうすればその威力を体験し、知り合いに語ってくれるはずだ。
「うちの魔導具、とにかくコスパがいいんだから。そこを宣伝しなきゃ」
「もっともなり」
ダーミアはリノーの発案に唸った。まさに一石二鳥。目の前の窮地を脱する妙案だった。
それどころか店の宣伝という副次効果まで見込める。
「よきかな。早速冒険者ギルドに依頼を出すべし」
「一緒に行きましょ」
二人は肩を並べて冒険者ギルドへと乗り込んでいった。
◇
「俺の名はサモン。剣士だ」
冒険者ギルドに依頼内容とこちらが求める人材の条件を告げ、翌日には適格者を選び出してもらうことができた。
サモンと名乗った中年男性は引き締まった体に浅黒い肌が特徴だった。
「この町のダンジョンなら何度も攻略した実績がある。もちろんソロでもだ」
「ギルドからもそう聞いたわ。実力は十分と信頼してる」
「普通ならこの手の依頼は受けないんだが……」
そう言いながらサモンの目がリノーの腰に向けられた。
「これが気になる?」
「その通りだ。最近できた魔導具屋で変わった魔剣を売り始めたと聞いてな」
「品質ならば上級魔剣に勝るとも劣らず」
無精ひげをなでながら語るサモンに、ダーミアは短く言い切った。
「ガキが魔剣を打っていると聞かされても、この目で見るまで信じられなかったぜ」
「誰が打っても魔剣は魔剣。これに不足があるかしら?」
リノーは腰の魔剣をするりと抜き、逆手に持ってグリップをサモンに差し出した。
「拝見しよう。ふむ。見かけは悪いが、バランスは悪くない」
手の内で動かしてサモンは魔剣のバランスを測った。リノーたちと少し距離を取ると、今度は軽く素振りをくれる。
「ふん。少し剣身が厚めで重みがあるな。俺好みだ」
まっすぐ剣を立て、腕を伸ばした。
サモンが無言の気合を発すると、魔剣全体から青白い炎が噴き出した。
「火炎がち密でムラがない。温度も高いな」
ゆっくりと足を動かしながら、体の周りで剣を動かす。静かに踊るような動きだ。
「さすがね。剣士を名乗るだけのことはある」
サモンは鯉口のギミックに頼らず、自らの魔気制御によって火炎魔導を発動して見せた。すなわち魔剣士のスキルを持つ男だった。
「この程度は基本だ。それよりも普通でないのは、魔気を持たぬ子どもがこの剣を打ったことの方だ」
剣を止めたサモンは一瞬で炎を消して、魔剣をリノーに返した。
「へえ、わかるのね?」
「まあな。アイツの体内魔気に動きがないことぐらい、一目見ればわかる」
サモンはダーミアを頭の先からつま先までなめるように見た。
「面白い奴だ。――この仕事引き受けよう」
「受けてくれようか。条件はギルドに出した通りでよきや?」
安堵したダーミアが言い出すと、サモンは手を上げてそれを制した。
「いや。こちらから条件を出したい」
サモンは鋭い目でそう言った。




