アビプロ職員(女性)
【アビプロ職員:近藤葵24歳】
「いや〜、若いだけでチヤホヤされて良いわね。会社に男でも探しに来てるかしら……」
「本当ね。化粧や髪の毛に時間を使うなら、仕事の一つでも覚えてもらいたいものだわ」
給湯室の中では絶賛、私をディスり中のお局様方。彼女たちの現在のトレンドは私の悪口らしい。そして、チラチラと給湯室からこちらの様子を伺うように視線を送ってくる。まるで、私が聞いているのを知っているかのように……だから私は、聞こえていないフリをして――
「お疲れ様です。皆さんの分のお茶を淹れますね」
そう、本心を隠して愛想を振りまく。それが私の処世術だから。同じように、喫煙所では……
「新人の子はいいよな。若いってだけでおじさんは張り切っちゃうよ」
「ああ、胸は残念だけど、くびれた腰からお尻までの曲線がたまらん」
あのお局様たちは、こんな扱いを受けたいのでしょうか?
私はまた、聞こえていないフリをして――
「お疲れ様です。こちら、総務部に来ていましたよ」
「おっと、アオイちゃんサンキューな。今度、一緒に食事でもどうかな?」
「フフフッ、ダメですよ」
「そうか? ひょっとして彼氏がいるとか? あっ、こういうのもセクハラになっちゃうんだっけ……」
「そういうことです。奥様に怒られてしまいますよ。それでは失礼します」
ハァ……本当にストレスです。お誘いを断るのも相手を傷つけないように気を遣わなければならず、逆恨みでもされたら恐いですからね。
……ここまでは、どこの会社でもよくある事でしょうね。
「いや〜、近藤君。この間の発注ミスがあったぞ。な〜に、僕が揉み消しておいた。ただ、表面には出さないとしても、評価には入れざるを得ない。まぁ……それも君のこれからの『態度』次第で、どうとでもなるがねぇ〜?」
私の膝を粘つく手で撫で回し、視線が私の胸や腰、脚を舐めるように彷徨っているのが嫌というほど分かります。
「申し訳ありませんでした、部長。用件が済みましたので、私はこれで失礼します」
ねっとりと絡みつくセクハラ部長の手を素早く振り払い、私は二人きりにされた会議室から逃げるように飛び出した。
そう……セクハラ上司やお局様のイヤミから逃げる事は出来たけれど、こんな状態から逃げ続けることなんて出来るのかな?
大学を卒業して社会人となり、そんな理不尽な状況が当たり前になりつつある日常に諦めそうになった時に見つけた冒険者アイドル。もちろん、存在は知っていましたし、人気だったのも知っていました。
ただ、普通のアイドルと何が違うのか分かりませんでした。綺麗な服を着て魔物と戦う意味はあるの?
歌ってダンスするだけではダメなの?
同じ女性として、命をかけて身体に傷がつくような仕事をする理由が分かりませんでした。
そんな時にたまたま見た動画――『アビス・シグナル』が結成された回の生配信でした。
『『コチラは奈落の底です』』
二人組のカワイイ女の子が洞窟のような場所で赤と青の装備を着こなし、自分たちよりも大きく凶悪な魔物に挑み……圧倒している姿でした。
強烈に憧れました。日常を諦めてきた私が、奈落という日本に存在するダンジョンの奥底で、懸命に命懸けで戦う姿に。
そこからは過去の配信や掲示板などを読み漁り、社会現象になるほどの冒険者アイドルだということを知り、心から応援したいと思えるようになって、日常でも――
「お茶をお持ちしました。それと、必要だと思いコピーを取っておきました」
「おお、サンキュー。どうしたの? 最近張り切ってるみたいだね」
「ありがとうございます。憧れている人が過酷な環境でも頑張っているのを見かけて、私もパワーをもらったんです」
「そうなんだ。それと……部長が君を呼んでいるよ。まぁ、大人なんだからその辺は察してくれよ」
どうやら『最終勧告』のようですね。
私はニッコリと笑ってお辞儀をし、個室へと向かう。
――――コンコン……
「失礼いたします。お呼びでしょうか?」
「おお、近藤君。来たね。今日こそ答えを聞かせてもらえないかな? 私もいつまでも穏便には……」
「申し訳ありませんが、なんのことでしょうか?」
「ん? とぼけるのかね? 会社にいくらの損害を与えたと思っているんだ」
「だから、私に脱げということですね?」
「んほ! そこまでは言っておらん! しかし、君がどうしてもと言うならやぶさかでは……」
『一応、お前達に伝えておく。俺達みたいに居場所を失った、もしくは失いそうなヤツ。今に満足していないヤツ。単純に嬢ちゃん達を応援したいヤツ。どんな理由でもいいから『株式会社アビス・プロダクション』に入らないか? もちろん、入社しなくても俺達は嬢ちゃん達を見守る仲間だ』
配信動画でそう言ってくれた岩本さん。もちろん、彼が私の決断する背中を押してくれました。
だけど私には、彼女たち……冒険者アイドルという死に近い場所で懸命に咲く花に強烈に憧れ、応援したい気持ちがありました。
アイドルたちは協力して難関な場所や強敵を倒し、一緒に喜び、一緒に苦労を乗り越えている。その力強い生命力に、私だってなりたい。
「今までお世話になりました。本日を持ちまして、退職させていただきます」
そう、私の人生は愛想笑いだけでは終わりそうにありません――。




